130話【VS.】超進化固体 石食いの怪魚 エヴォルヴァシリスク 7
「ZGOOOOOOOOOOOO!!!」
「よっとぉ、ぶねぇ!? こりゃなりふり構ってらんねーな!?」
猛烈なタックルを転げて交わす。
敵の体躯はトラック1台分にも及ぶ。それが人目掛けて追い回してくるのだからたまらない。
ジュンは顎先辺りの汗を強引に袖で拭いとる。
「おいだいぶ時間稼いでやったぞ! 次弾準備は終わらねーのか!」
「待って! 夢矢のことも考えてあげて! そのペースで戦えるのはジュンだけ!」
急かすも、リーリコに釘を打たれてしまう。
はやる気持ちもあってか少しずつ連携に綻びが生まれていた。
「くっそ! 俺も攻撃に参加できりゃ良かったのによ!」
ジュンは唯一の武器を敵の体内に残している。
そのため素手でのヘイト稼ぎくらいしかやれることがない。
1拍ほど間を開けてびょう、という空気を裂く音が放たれた。
「だ、大丈夫だよリーリコちゃん……! まだ、このていどでへこたれたりするもんか……!」
「GEHAAAAAAAAAA!!?」
横腹の傷口に雷撃を喰らった怪魚の喉から悲鳴めいた絶叫が漏れだす。
ここまでは一進一退だった。しかし夢矢の体力の消耗は無視できないほど顕著だった。
顔中が汗に濡れ額に前髪が貼りつくほど。呼吸も荒く肩で息をしている。
「もう、1発――くぁっ!?」
腕に装着したデバイスから矢を引き抜こうとした。
そのとき夢矢の華奢な身体がガクリ、と斜めを向く。
あわや転倒となりかけたところで足に踏ん張りを効かせてなんとか支えた。
慌ててジュンとリーリコが「夢矢!?」「夢矢くん!?」声を揃える。
「まだ……こんなものじゃない……! あの僕たちを小馬鹿にした龍に力を見せつけるまで終われるもんか……!」
夢矢はよろめきながら苦しげに顔を歪ませた。
明らかなフレックスの過剰消費の兆候。体内のフレックス量低下に伴い第1世代能力の薄い膜が濃薄をはじめてしまっている。
第2世代に突入したとはいえ日数が浅すぎた。いくら《伝雷》の力が使用可能となっても使いこなせていない。
「いったん引け! そのまま戦闘継続すれば意識を飛ばしかねねぇぞ!」
「ジュンの言う通り! とりあえず呼吸だけでも整えて最低限のフレックス確保が必須!」
それでも夢矢は歯を食いしばりながら矢を生みだして番える。
「僕らは盾だ……! 漠然と生きるためだけに生きていた僕たちに意味を与えてくれた人のためにも……!」
やるんだァァッ!! 雄々しき勇猛な叫びだった。
濃厚な蒼を秘めた雷光が空を裂き敵目掛けて飛翔していく。
「Z、HEEEEEEEEEEE!!!」
「つっ!? 外した!?」
が、敵も本能で学習している。
矢の当たる直前に尾を地べたに叩きつけると枯れ枝や土の壁を作ったのだ。
夢矢の気迫の籠められたとっておきでさえ反らされ、潰えてしまう。
「そ、そんな……!」
失望するさなかでさえ戦場は動きつづけている。
狼狽え青ざめる夢矢目掛けて敵の幾十もの瞳がギョロリと剥かれた。
「EeEeEeEeEeEeEeEeEeeeee!!!」
瞳から邪悪なる光が放たれ一帯に満ちる。
影さえ呑みこむ呪いの光。すべての元凶であり敵を敵たらしめるための絶対的な力。
「《ヘヴィ・α》!!」
ジュンがすかさず夢矢との間に滑りこむ。
そうして蒼きヘックスの連鎖体を作りだして光から守った。
「バッカヤロウ! 第1世代能力を途切れさせるんじゃねぇ! お前も長耳連中みてぇになりてぇのか!」
夢矢はビクッと身体を震わせる。
激昂するジュンに首をすぼめながら「ご、ごめん……!」謝罪した。
チームワークに亀裂が入りつつある。それぞれが十分な働きをこなせていないことが問題だった。
夢矢が無理くり攻撃をつづけたのもおそらく焦りが一端となっている。間違いなく乱れつつある。
「戦況……最悪。撤退も視野に入れるべき頃合い……――通信?」
リーリコは、戦場を駆け巡りながらふと耳に手を添える。
敵の猛攻をひらりひらりと柔軟に交わしながらも、モニターを眼前に表示させた。
「……ミナトくんから?」
黙読しながらも彼女の動きに無駄はなかった。
肌を浮かし透かすスーツのみをまとう。女性らしい柔らかくしなやかな身のこなしは新体操のよう。
そうやって敵の突進を回避しながらALECナノマシンに送られてくる指示に目を通していく。
リーリコは、魅力的な唇で妖艶な笑み作り、ただひとこと「面白い」とだけ口にした。
「ジュン、夢矢の2人は支援。ここからは私がメインに回る」
唐突な配置換えの提案だった。
「そんな豆鉄砲でなにが出来るってんだよ!? 対人用のペレットなんてばら撒いてもせいぜい目くらましくらいにしかならねぇだろ!?」
「……へぇ。頭は単純なくせに案外勘がいい。なんかムカつく」
リーリコは、ジュンたちの同意を待たずして行く先を変更する。
カービン銃のグリップを強く握りながら胸に押し当て、駆ける速度を増していく。
ヴァシリスクの旋回軌道を読みながら弧を描くように駆け巡る。そしてあろうことか敵の向かう正面位置で銃口を構えた。
「リーリコちゃん!? その位置はマズいよ!?」
「気でも狂っちまったってのか!?」
彼女の行動は傍から見ればただの自殺でしかない。
敵の向かう先にみずから飛びでていくという突飛ない行動。
戦友である2人が傍観せざるを得ぬほどに常軌を逸してしまっていた。
「ZRRRRRRRRRR!!!」
敵からしてみれば獲物が飛びこんできただけ。
ヴァシリスクは地を泳ぐ速度を加速させてリーリコに狙いを定める。
「もう少し。タイミングが重要」
「ZEEEEEEEEEEEE!!!」
敵は小さき獲物を狩らんと大口を開いた。
悍ましい1度入れば抜けだすことは許されぬ牙の牢獄が開門する。
敵の口腔内には大小様々な牙が生えそろっていた。喰らった獲物が抜けだせぬようかぎ爪状にびっしりと並んでいる。
「――いまっ!!」
機を見てリーリコは飛んだ。
猪突猛進と突っこんでくるヴァシリスクの鼻先に触れるかという寸前で空に身を投げる。
あわや直撃といった寸前での見躱しだった。それと同時にリーリコは華麗な宙返りを決めて狙いを定める。
「当てることは実に容易。射撃時に願うのは経験の浅い素人だけ」
トリガーを引く。蒼とは異なる電光とともに数発の鋼鉄がばら撒かれる。
弾丸は超近距離から放たれた。最大の速度を保ちながら狙い通りの箇所を抜く。
「GYOEEEEEEEEEEEEE!!?」
弾はヴァシリスク正面の位置に生えた無数の瞳を容赦なく捉えた。
射貫かれた瞳はひしゃげ、透明な液体を散らす。
本当の意味で目を潰された敵はもっとも惨たらしい悲鳴を上げた。
リーリコは、のたうち泳ぐ敵を見据えながら優雅に着地を決める。
「大きな効果を確認。瞳の破壊に成功」
こなしたというのに表情ひとつ変えることはなかった。
ただ熟練であるという在り方のみがある。
「敵正面に陣どってから刹那の見切り。これは銃をもつ私だけが可能な任務」
違う? 瞳を潰され悲鳴を上げるヴァシリスクを背景にそう、問いかける。
ジュンと夢矢は、「……女怖ぇ」「あ、あはは……」あきれ顔を凍らせることしかできないでいた。
リーリコの活躍によって効果のほどは証明された。いわゆる弱点というやつを発見した。
「そうと決まればあのうじゃうじゃある瞳を全部ぶち潰すだけだな!」
「あまりフレックスの出力を上げずに射撃することくらいなら僕もまだやれると思う!」
「仕事は精確さと迅速さが要。私の足を引っ張りさえしなければそれで良い」
今度はこちらが攻める番だった。
3人は水を得た魚の如く怪魚の瞳狩りに注力しはじめる。
とはいえこんな無情な策を思いついたのは彼女自身ではない。その影の影に潜み隠れながらALECを通じて暗躍する者がいた。