129話【VS.】超進化固体 石食いの怪魚 エヴォルヴァシリスク 6
エヴォルヴァシリスクの捕獲に成功する。
これはいままでだしてきたワイヤーのなかでも最長への挑戦だった。
しかしミナトには成功するという確固たる自信があった。
「フレックスの保持に必要なのは折れない心だったんだ」
教えてくれたのは、誰でもない。弱き己の心。
あのときすべてを託すと決めてしまった。死を覚悟した。
だからノアから亀裂へ吸いこまれる瞬間はじめてワイヤーは薄れ、途切れた。
ゆえにフレックス維持に必要なのは誇示する心、自信だけで良かったのだ。
ミナトは、姿勢低く木立を縫うように駆け巡る。
「そして第1世代の真の能力は防衛能力の向上じゃない。反射的な生命の保持と人にとって生られる環境を適合させる能力」
使えぬからこそ、奮う。
焦がれるからこそ、究める。
この渇望に何人足りとも勝るものはない。
なのにどれほど知識を授かってもなおこの身に蒼は宿らずにいる。
「……オレに出来るのはここまでだ。あとはジュンたちにがんばってもらうしかない……」
前線から引いたミナトは、忸怩たる思いを噛み締めた。
息を殺しながら木陰に潜み戦況を窺う。
敵の捕縛は成功したが戦うのは己ではない。第1世代を習得しているジュンたちに頼る以外手はない。
ずどん、という轟音が反撃の合図だった。仲間たちは豪快に落ちてきた怪魚に猛攻をけしかけていく。
「叩きつけられて鈍ってるいまがチャンスだぜ! やっちまえ!」
「りょうかいっ! 《雷伝の矢》!」
ジュンの合図すると、夢矢の手から雷の矢が放たれた。
音さえ遅れる高速の矢は、敵の粘液を帯びた鱗へ風穴を開ける。
電気を帯びた射撃は皮膚を通過し内側の肉をも焦がす。遅れて傷口から鮮血がしどと噴きだし大地に血だまりを作った。
「弾薬、バッテリーともに良好。射撃開始」
そこへリーリコが合わせる。
突撃用カービン銃を構えた。清淡な瞳で冷静な照準を重ね、射撃を開始する。
散らすのではない精密射撃。少しでも多くのダメージを敵の肉に累積させていく。
ミナトも思わず息を呑むほど。あまりに熾烈な闘いが繰り広げられている。
「クソッ、このままだと長期戦になる……! どうやっても火力が足りない……!」
戦闘に参加している面々でさえ気づいているはずだ。
幾度と敵に攻撃を加えたところで決定打に欠ける。巨大すぎる相手を前にこちらの手札は人並みていど。
しかも憂慮すべきはいまようやく敵がこちらを敵とみなす。いままではただ不意を突かれていただけにすぎないのだ。
ゆえに逃げられぬと悟った猛獣がどうするのか想像に易い。
「Z、Z、Z――ZRRRRRRRRRR!!!」
ヴァシリスクは咆哮とともに全身を波打たせた。
そうして再度地中へと潜りこむと尾のみを地上に生やす。
敵は生やした大団扇の如き尾を人間たち目掛けて振り落とした。
「ヤベェッ! 《タイプ・α》!」
ジュンの不敵が尾の軌道上に展開された。
間一髪のところで張られたヘックス状の蒼き壁に敵の振り下ろしが直撃する。
ピシッ、という甲高い音とともに不敵の壁に亀裂が生じた。
「ッ、ハァ!? 俺の壁がもたねぇだと!? 全員交代しろォ!!」
生じた亀裂は稲妻の如く対角側へと響いていく。
そうして間もなく幾千もの蒼き破片となって散った。
直後、音では洗わせないような尋常ではない衝撃波がその場の全員に襲いかかる。
「衝撃に乗って木枝や石が!? まずい!?」
ミナトは慌てて地に伏せた。
天地鳴動の苛烈な衝撃波によって自然物そのものが狂気と化す。
地そのものに振り落とされた暴力は周囲の石や枝などを弾丸の如く弾き飛ばした。
荒れ狂う残骸に視界さえも奪われる。
「く、ううううううううう!?」
夢矢は風圧に飛ばされそうになりながら必死に耐えた。
ジュンも急ぎ、仲間たちとの間に壁を発生させて防御耐性をとる。
「目は塞がずに耐えろ! 尾の攻撃がまたくるぞ!」
「潰されれば第1世代能力でさえ防御不可! とにかく合間を縫ってダメージを与えるしか――きゃっ!?」
「ZEOOOOOOOOO!!!」
怪魚は、地中で巨体を反転させ今度は横薙ぎに尾を奮う。
あわや直撃というところで全員の後退が間に合う。辛うじて薙ぎ払いの範囲から抜けることに成功した。
そうして再び折れた木々などの破片が風圧によって炸裂する。
「クッソ!? これじゃあ反撃する暇もありゃしねぇ!?」
「体力が削られる!? このままじゃ長くは、もた、ない!?」
「打開策、必須! これじゃ閉じこめられたのは私たちのほう!」
なんとか耐えているという状態だった。
第1世代能力によって生身へのダメージはいまのところ問題はない。しかしそれは能力の消耗とイコールとなっていた。
『あのままじゃ直に潰れちゃう。なにか攻勢に転じられる策を見出さないと』
「わかってる! そんなことはとっくにわかってるんだ! だけどどうしても――手が足りない!」
脳裏に響くヨルナの声を振り払うよう拳を大地に叩きつけた。
ミナトは地べたに這いながら脳をフル回転させる。
「第2世代に覚醒したばかりの夢矢に重荷を背負わせすぎた! 成り立てなのに別の第2世代連中と同等の力だと判断したオレのミスだ!」
後悔とは遅れてくるものだから後悔なのだ。
なにより攻撃役の夢矢が役割を果たせていないことに問題があった。
チームマテリアルの面々は、熟練の第2世代で構成されている。そのためリーダーであるミナトも第2世代を買いかぶりすぎていた。失態の現況だった。
当然夢矢に責任はない。安直な作戦で敵に挑んだミナトに大きな責任がある。
「なんとかヨルナの力で強力な1手を打ちこむことはできないのか!?」
『そんな唐突にいわれても無理なものは無理だよう!?』
唯一最終兵器として握っていた頼みの綱からの拒絶だった。
『ビッグヘッドオーガのときとは状況がまったく違うんだ! まず呪いの光を浴びた時点で僕も、君の身体も、使い物にならなくなっちゃうんだからね!』
ヨルナを矢面に立たせたところで呪われてしまっては意味がない。
かといってミナトがでていたところで結果は同じこと。ただいたずらに足手まといが増えるだけ。
『まずもって君たち以外が戦場に立つコトが許されていないんだ! すでに結論はでてしまっているじゃないか!』
「……ん? なんでオレたち以外が戦場に立てないんだ?」
ふと降って湧いた。それはただの疑問だった。
唐突に目が覚めるような気分もあった。1だと思っていたものが別のなにかだったような曖昧な気分。
『なんでって……はぁ』
ヨルナは呆れたというより諦めたようなため息を零す。
『そんなの呪いがあるからでしょ? 呪いがなければそもそも騒動にすらなってないじゃないか?』
その理屈自体は真であり正答だった。
まず呪いなんてものがなければカマナイ村のエルフも平穏に暮らせていたし、スードラもソルロも解呪に走る必要がない。
それどころかこの決戦だって呪いさえなければもっと多くの戦力を望めたはず。3人決戦なんて無謀なことはしなくても良かったのだ。
ミナトは口元を手で覆いながらぽつりと漏らす。
「つまり……呪いを使えなくさせればいいのか」
そして腹ばいになって地べたを這い進んでいく。
服に泥を塗りつけるかのよう。土に汚れ葉を背負いながら進む。
極力頭は上げず、大蛇の如く這って目的地を目指した。
『え、ちょっと待ってよどこに向かってるんだい? っていうかいま滅茶苦茶なこといってたよね?』
「実は滅茶苦茶でもなんでもないんだ。滅茶苦茶だと勘違いしていたからこんなことになってるんだよ」
『勘違いって……。戦場に晒されるような位置にいたらいつ呪いの光がくるかわからないし危ないよ!?』
ヨルナのいう通り危険極まりない行動だった。
だからこそミナトもなるべく戦場から直線とならぬよう這って進む。
こうして這ってみると生きとし生けるものが多く犠牲になっていることがよくわかった。
だからこそ命を容易く弄ぶ怪魚に死よりもキツい罰を与えてやらねばこちらとしても気が済まない。
そうやってようやく遠からずの距離に辿り着く。ミナトは木の陰にすらりと伸びる白い足にそっと触れた。
「ひゃあああっ!? み、ミナト様そんなところでいったいなにをやっているのですかっ!?」
テレノアは怖気に震え、全身を跳ねさせた。
そうしてミナトが下にいることを確認し、ハッ、と慌ててスカートを押さえた。
突如油断していた足下から男が這い寄ってくるのだから恐怖でしかないだろう。しかも短く油断ばかりの多いスカートを履いているため気が気ではない。
彼女の悲鳴に反応し、ザナリアも勢いよく剣を引き抜く。
「下方よりスカートを覗き見るとは無礼千万! しかも女性の足下に這い寄ってくるなんて万死に値する行為です!」
鋭い剣筋でミナトの額辺りに先端を突きつけた。
頬を怒りだか恥辱だかに染めて眦を吊り上げた。
「べ、べべ、別にミナト様がみたいとおっしゃられるのであればや、やや、やぶさかではありませんけどね!? と、時と場合というか可能であればお外ではなく屋内のほうが……その、いい塩梅かと!?」
「聖女ともあろうものがなにをバカなことを口走っているのですか!? 女性が意図して下着を晒すなんて聖女どころか痴女に他なりませんよ!?」
「ち、痴女ってなんですかぁ!? ザナリア様は私のことをもはや聖女もどきですらないといいたいんですかぁ!?」
ふたりは、ミナトを忘れ、喧々諤々。はじめてしまう。
しかしそうではない。そんないつでも見ようとすれば見られるものを覗き見るために這ってきたわけではないのだ。
ミナトはのっそり立ち上がると、言い合うふたりを無理矢理に引き剥がした。
「もし敵が呪いを使ってこなかったら戦闘に参加してくれるかい?」
しばしテレノアとザナリアはぼう、と彼を見つめていた。
ここにフザケはない。これは真面目で切実な問いだった。
だから彼女らと種の異なる、人の黒い瞳には、覚悟が秘められている。
「あの化け物を倒すのを手伝ってくれるか? あそこで死にかけてるオレの友だち全員を助けるために、手を貸してくれるか?」
返答を待つ必要はなかった。
すでにふたりとも愛嬌と品ある美貌を凜とさせ引き締めていた。
そうして打ち合わせもなく同時にこくり、と頷き、掲げる。
「貴方様のお望みとあらばたとえ業火のなかであろうともご一緒いたします。さりとてたとえ望まれずとも必ず成してご覧に入れます」
「創造主ルスラウスの教えに誓い討伐することを約束致しましょう。騎士たちの受けた借りはこの身が受けたものと同義であり忠義の対象となります」
金と銀の騎士が真っ直ぐ――大小異なる――胸甲の前で己の剣を掲げた。
…… … … … ……