127話【VS.】超進化固体 石食いの怪魚 エヴォルヴァシリスク 4
――もう、なにも見えない。なにも聞こえない……感じない。
音さえなく、もはや感覚さえ失った。
はじめから目は見えていない。そしてとうとう痛みすら遠く、遠のく。
呪い。もつ者からすべてを奪う。もたざる呪い。
――まるでここは監獄だ。暗く淀み死を待つだけ、たった1人きりの呪いの監獄。
もしかしたらすでに息絶えているのかもしれない。
死という恐怖さえ奪われていることだけが救いだった。
ここには孤独のみが存在している。なにもない、のみで構成された闇の籠。
しかし孤独には慣れている。むしろ好んでいるといってもいいかもしれない。だからいまさら寂しいだのとのたまう年でもなかろう。
――みんなちゃんと逃げられたかな。
ただ1つ死ぬ前に思い残したことがあるとするならやりきれなかったことくらいか。
――ああ……ここ最近本当にらしくない。
らしくない。もう1度切なげに繰り返す。
スードラにも良くわからない感情が胸の奥をざわつかせている。
本当なら今日死ぬ運命ではなかったのだ。それでもなにかが切っ掛けになったからこうなっている。
はじまりはソルロという少女との出会いだったのかもしれない。カマナイ村の温かなエルフたちだったのかもしれない。
もしかしたらその2つではなかったのかもしれない。聖都で見た光の柱だったのかもしれないし、蒼き光だったのかもしれない。
――ミスったなぁ。僕がちゃんとしてればみんな助かったのになぁ。
正直なところもうどうでもよかった。
あのとき身体が勝手に動いてしまっていた。守るために盾となってしまったせいでこうなった。
どう考えても判断ミスだった。しかしもう言い訳でしかない。失敗したのだ。
スードラはすべてから目を背くと、そっと眼差しを伏せる。
――…………。
幾百もの時を生きた龍は、闇に揺蕩いながら、少々呆気なさを感じた。
死の直前なのだからもっと色々な思い出が湧きでるモノかと思っていたから。
――空っぽ。生きるために生きただけの死にたくなかっただけのただ空虚な存在でしかない。
生に意味はあったのか。求めたところで答えは見えず。
しかしめくるめく出会いはあった。まさかこれほどまでに驚天動地を我でいくほどの巡り会いがあるとは。
――それに比べて彼らときたら僕の期待を裏切らないんだもん。
見つけたときには少々おセンチな気分にもなったモノだ。
蒼き意思はあの頃と変わらず。200年の時を超越してなおそこに存在しつづけている。
もしかしたら彼らとの出会いが決定打だったのかもしれない。そのせいで冷静な判断力と自己のリズムというものを失った。
――はぁ……ついうっかり採算度外視で声なんてかけてしまったし、まさか決闘なんてことまでやらかすとはねぇ。
それくらいあの再開が、嬉しくて、嬉しくて、尾が振り切れてしまうくらい。たまらなかった。
らしくない。今度のスードラは心の中にふふっという嘲笑を混ぜる。
――こんなことが原因で天冥に惑う羽目になるなんて知れたら焔龍たちにドヤされちゃう……?
ふと空虚な心にほっかりと。より空虚な洞が空いていることに気づく。
すべてを手放し諦めたはずの中央あたりにぽお、という思いがあった。
目を逸らさず正面から見つめてやると、すぐにそれがなんであるかがわかる。
――っ!
悔しい。
死が、己が、憎らしい。
自負が、プライドが、龍としての意思が、けたたましいほど咆哮してならない。
――いや、だ……!
はじめて見つけたのだ。
幾百の時を経てようやく今生に守りたいモノを手にしたのだ。
――ここで、終わりたく……ない! せめて、カマナイ村のみんなを、普通を愛し生きる平穏な村を……!
藻掻けども身体はいうことを効いてはくれず。
意思は十分だというのに尾も揺らがなければ爪の先でさえ自由がない。
もはや死んでいるのかもしれない。ならば、ここで動いてしまえば亡者もいいところではないか。
こんな感情は浅ましいみすぼらしいとさえ卑下していたはず。しかしそんなことはもはや言い訳にすらならぬ。
――イヤダ!! 僕は生きたい!! 生きてもっと、っ。
なにを成したい? 心が静かに問いかけてくる。
スードラはその問いに数秒ほど言葉を失った。
――そんなのはわからない!! でも、それでも生きたいんだ!!
上等な答えなんてなにもなかった。
いまここにきて、死の牢獄に放りこまれて、はじめて己の欲望に火が着く。
――もっと自由に生きたい!! 色々な種族とともに今回みたいな冒険にでかけたい!! 友と触れ合い夜を語り合ってみたいし、気が狂うくらいの恋だってしてみたい!!
1度着いた火は龍の身でさえ焦がすほど。烈火となって燃え盛った。
そうやってみすぼらしいほどに生に縋りつく。ある意味で斜に構えていた彼にとってもっとも忌み嫌う存在へと成り果てる。
――誰か、誰かぁ……! 誰でもいいから……お願いだから……今度はもっと上手くやってみせるからぁ……!
涙すら彼の自由ではない。
ただ一心に、心が、生きたいと叫ぶ。
未来を求めずすべてを横目に流しつづけた龍の本当の声だった。
すると僅かに心が触れる。
「なら死ぬな。もし死ぬのならせめてオレの見えないところで頼むよ」
鼻……だった場所辺りだろうか。
温もりが。蒼い。そっと触れ。伝わる。
心と心が同期し、重なり、巡っていく。あちらからの思い流れこみ、あふれてしまいそう。
――ミナト……くん?
スードラは、はじめに閉ざした3つ目の眼を開く。
と、この闇だけしかない世界に光があった。
弱々しくも存在する蒼い色。3つほど揺らぐ。
「昨夜の約束は絶対に破らせない。オレたちが意地でも守らせてやるから覚悟しておけよ」
もう1つ。鼻先あたりに触れる暖かな蒼はなにより鮮明であった。
蒼よりもさらに蒼い。白みがかって沿う。闇のなかにくっきりと人の形が浮かんでいる。さながら存在を証明するが如く明瞭に主張する。
――死なないで……! 僕の大切な友よ…!
スードラの心に曇りと闇は消えていた。
迷いなく、ただ信じて待つ。
空虚だったはずの心には、まるで空のように眩しい光の色を映している。
… … … … …