124話【VS.】超進化固体 石食いの怪魚 エヴォルヴァシリスク
戦いがはじまってしまった。
勝負は苛烈を極める。もう人の踏みこんで良い領域ではなくなっていた。
偉大なる嘶きに森そのものが震え、怯え、慄く。
「OOOOOOOOOOOOOOO!!!」
それは咆哮。あまりにも猛烈で凶暴な生命の胎動。
耳にした環境、生物、それらモノすべてに恐怖という同じ感情を刻みこむ。
魔物でさえその身を土に隠しながら逃げ惑う。
「ZRRRRRRRRRR!!!」
大柄なり、その身をくねらせながら地平へと潜る。
エルフの肉で包まれた半身を覗かせ地を割り滑り泳ぐ。
だが偉大なる龍は大顎を開いて大地ごと、敵の尾先に齧りつく。
「ZEEE――GERARAA!!?」
「GGGGGGGGGGG!! OOOO!!」
龍は長き肢体を脈打たせるよう身体を波打たせた。
そうして頭を振り敵を森の木々とともに振り回す、薙ぎ倒す。牙によって捕獲した敵を完膚なきまでに打ちつけていく。
ガゴン、ガゴン、ガゴン、ガゴン。とてもではないが生物が叩きつけられる音ではない。硬く厚いなにかがプレス機に殴られるかのよう。異常な音と振動が森を騒がす。
龍が敵を嬲るたび、花は舞い、森の木々がへし折れていった。1撃ごとにへし折れた木々の緑葉が空を舞って飛散する。
「Z、Z、Zッッ!! EeEeEeEeEeEeE!!」
「GIEッ!?」
敵は苦肉とばかりに無数の瞳から光を発した。
モロに受けてしまえば龍でさえ数秒ほど目を潰され悶えるしかない。
意識が外れて顎が緩まってしまう。牙の牢獄から敵の体が抜け落ちていく。
「ZAHAAAAAAAAAAA!!!」
「GOOOOOOOOOOO!!!」
そして2匹の超獣による崩壊がまた開始された。
巨躯対大柄。頂上規模の苛烈な戦場。他者の入りこむ余地なんてあるものか。
とにかくいま一党らに出来ることは祈り、それと生きることだけだった。
「光をモロに食らった連中はこれで全員か!? まだあの戦場に残されてるってんなら無事じゃ済まねぇぞ!?」
ジュンが戦場から最後の1人の回収を終えて帰還した。
担いだ鎧騎士を木の根に横たえさせる。
「大丈夫そのかたで教団員たち全員が揃いました! 危険な回収作業を行っていただき感謝します!」
即座にザナリアが駆け寄って鎧騎士の兜を脱がせた。
兜が脱げるとなかから白銀の髪がわあ、とあふれる。
「だ、れか……だ、れ? そこ、にいるの、は?」
なかから現れたのは可憐なエーテル族の女性だった。
目は虚ろ。呼吸も浅く顔色も黄土色に近い。とてもではないが平常とはいえぬ。
「私です! ザナリア・ルオ・ティールです! しっかりしてください!」
「あ、ああ……なにも、見えない、なにもかも、聞こえない……暗い、感じない」
「ッ、呪いの影響が強い!?」
女性の銀燭の瞳には光が宿ってすらいない。
どころかザナリアがいくら揺すっても彼女からの返答そのものが朧気だった。
「このかたは目と耳をやられています! 大至急この場から退避をお願いします!」
「し、しかし、ならばザナリア様も我々とともに――」
「私は構わないといっているのです!! この場においてもっとも優先されるべきは負傷したかたがたであると心得なさい!!」
教団騎士は凄まじい剣幕で一蹴されてしまう。
二の句を告げさせぬ、それだけの確固たる意思があった。
もう一刻の猶予もない。なにしろいつこの場に逆鱗が至るかわかったものではないのだ。
ザナリアは女性を肩に担ぐと、無理矢理に騎士へ押しつける。
「もしこの状態からさらに悪化して呼吸が止まるようであれば死に至ります! そうなったら人種族のかたがご教示くださった風魔法による延命法を休まず処置しつづけてください!」
いいですね!? 騎士は戸惑いながらも「は、ハッ!!」律儀に礼を尽くす。
そして呪われた女性を抱えて走り去っていく。
「頼みますよ……っ!」
ザナリアは喉から絞るようにそういって、去って行く騎士の背を見送った。
これで呪いの発覚した騎士はおよそ8名に及ぶ。そのどれもが5感のいずれかを欠落している。
呪いの正体は、石化。しかして敵の使ってくる――バシリスクの進化個体エヴォルヴァシリスクの使用する特性はそれと若干異なっていた。
もはや戦場に枠はない。一党らは、とにかく戦いから遠のいた場所に避難している。
「おいおいあんなの滅茶苦茶じゃねぇかよ! だいたいなんなんだそのバシリスクってのは!」
最難関任務を達成したジュンが慌てて退避してきた。
なかなかに肝を冷やしたらしい。額にしどと浮いた背を強引に袖で拭う。
こちらでは身を屈めながらすでに考察を進めている。
「バシリスクは虫や小動物、小鬼などを喰らう弱き魔物です。石化を使うといってももっと小規模で強力ではないはずです」
テレノアが解説するなか、遅れてザナリアも合流した。
「聖女様の言に間違いはないかと。バシリスクの討伐事態は隠れ潜む性質のため難しいですが、それほど危機とされぬ魔物です」
敵を知らなければ戦いようがない。
しかもあれだけの規模感で戦闘が勃発している。手の施しようがないという事実。
だからもう人々は敵の醜い姿から推察するしかやれることがなかった。
車座となって額を突き合わせながら小さくまとまる。
「じゃあおそらく敵は広範囲かつ発見されずらい形で石化に見えない呪いを蒔くように進化したんだろうね」
「まるで超常現象。あるいは育ちすぎた大風みたい、幻想」
リーリコは呆れ果てるみたいに眉根を摘まんだ。
背後では爆音轟音が轟きつづけている。
龍と肉塊が未だ荒れ狂っているのだから無理もない。
それでも夢矢は冷静に戦況を分析していく。
「でも見えるモノすべてを受け入れていかないといけない。どうにかしてアイツを倒さないとエルフも教団の騎士たちも一生あのままになってしまう」
おそらくはそれも慣れなのだ。アザーという星で覚えた臨機応変さ。
とはいえ戦場の音が響くたび目をぎゅっと結び肩を上げる。身をびくびく震わせてもいた。
こちらも戦力を投入したいのだが敵は強大すぎる。なにしろ瞳から発される光を浴びた数人が一瞬のうちに戦闘不能となっている。
「それにしてもなぜスードラくんはあの光をまともに浴びたのに動けているんだろう……?」
夢矢は怯えながらも木の影から半身を覗かせた。
穴兎のようになって戦場の様子を窺う。
すべての騎士たちが呪いを受けなかったのは、スードラのおかげだった。あの敵が発覚したと同時に彼は騎士たちを、その身を挺して守ったのだ。
おかげで救助と搬送の手が足りたということになる。もし全騎士が呪いに倒れていたら今ごろは戦場の一部と化していたかもしれない。
――……なあ?
ミナトは仲間たちの声に耳を傾けつつ、心に問う。
第1世代フレックスも使用不能で、第2世代フレックスだって良くわからないワイヤーなのだ。
ここに至ってミナトほど木偶の坊もいないし、正直もうどうしようもないの筆頭だった。
だから頼り縋るしかない。もう1人いるもう1つの切り札に。
『無理だよ』
しかし頭のなかへ響いた答えは、至極端的かつ無情。
身体を間借りした幽霊少女からの返答は、一刀両断ものだった。
――そこをなんとか頼む! あとでいつもの喫茶店であんころ餅食べ放題にしてあげるから!
『あのね、僕、鍛冶屋なの。鍛冶屋っていうのはいい武器を作るのが仕事で、本分は戦闘に置いていないの』
あんだすたん? 諭すようなヨルナのため息が耳奥を撫でた。
でもミナトは、「のーあんだすたん!」だった。
『だいいちあのまま龍に任せておけばいいじゃないか。君なんかが飛びだしていったところで秒で犠牲が増えるだけだろうに』
――その通りだけどさぁ! でも最強種族っていってるわりにいつまでたっても終わらないってどういうことなんだよ!
正直なところ期待外れにもほどがある。
最強最強と謳われる龍族があのていどとは想定外だった。
ミナトの予想していたのはもっと簡単な戦い。最強の龍がなんやかんや敵を押し潰すものだと想定していた。
それだけにあの接戦は、焦る。
「ROOOOOOOOOOOOOO!!!」
「ZRRRRRRRRRR!!!」
もう幾度目かの咆哮と咆哮が交差した。
そのつど大地がひっくり返るかと思うような地響きが生みだされる。森どころか立っている世界ごと割れてしまいそう
龍と魔物のかち合う衝撃が波動となってびりびり鼓膜を叩いてくる。
――っ、あれマジの接戦してるじゃないか! 龍族の強さってあのていどなのかよ!
ミナトの懸念は、そこだった。
いつまで経っても勝負の片がつかない。どころかじょじょにスードラのほうが追い詰められているようにさえ見えていた。
『言われて見ればオカシイね? 龍の強さってあんなものじゃなかったはずだけど?』
――ま、まさかスードラって案外弱いタイプの龍なのか?
『龍っていうだけで特性的には僕らが逆立ちしたって勝てやしないさ。それに僕の剣術ですら一太刀さえ浴びせられないくらい強いはずだよ』
唐突に空間が揺らぐように森の一部が陽炎となって揺らぎだす。
次第に揺らぎは黒い髪の人物となって形作られていく。
そしてミナトのすぐ横に彼女は現れる。
燕尾の如きマントを羽織う。愛らしいハート型のヘアピンに飾られた少女が立っている。
「んー……? あれは確かにだいぶ様子が変だねぇ?」