123話 孤高に出会った花々《Many Precious》
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。高く断続的な音の揺らぎとともに蒼き波動が波紋となって吐かれる。
地質調査レーダーから飛びだした蒼は瞬く間に世界を巡り、世界を学んでいく。
ザナリアたち大陸種族たちは奇っ怪なものを見るかのようだ。神経質そうに整った眉をしかめている。
「音と蒼を発している? これにいったいどのような効果を望めるというのです?」
口元に手を添えながら厳かな鎧を軋ませた。
おっかなびっくり。警戒した猫が威嚇するような感じ。
蒼の波が身体に触れるたび肩を揺らして目を瞑る。
「人のみなさんを信じましょう。私たちは彼らに望みを託しこれからへ備えるべきです」
テレノアは、そんなザナリアをそっと手で制した。
彼女は、はじめだけ僅かに躊躇う。
しかしテレノアが彼女を見つめながらもう1度「信じましょう」小さく呟く。
ザナリアは腰のロングソードをすらりと引き抜いた。
「我らルスラウス教団の教えに畏怖と不敬はあり得ません。貴方の信ずる人種族とやらの実力、この場にて測らせていただきます」
細腕には似つかわしくない鉄の刃が鈍く光った。
人に向けられる視線もまた鋭さを増す。すぐさま持ち直すあたりさすがは教団頂点の娘といえた。
その間にも地質調査レーダーからは段階的な情報がALECへ集積している。
「深度100……まだいない。深度120……もっと深い」
ミナトは、粒さえ見逃さない。
すべての情報を目で追いつづける。集中力を限界に振り切ってモニター上の情報を洗った。
モニターに表示されているのは、地形図。それから地の底に眠る鉱石の硬度や質が次々流れていく。
1音1音が世界に広がるたび、範囲が拡大し、深度が明確となっていった。
「……これは一種の賭けかもしれないね」
そのとき夢矢が深刻そうな表情で呻いた。
彼の父親はなにを隠そう地質のプロフェッショナルである虎龍院剛山、その人。地質に明るい彼の息子だからこそこのていどの疑問は軽く浮き彫りになる。
リーリコが「どういうこと?」短く問うと、夢矢は苦そうに眉をしかめた。
「地質調査レーダーはなにも万能っていうわけじゃない。穴を掘って探すよりは遙かに優秀なのは絶対。だけど、広範囲の調査では見逃しが必ず発生する」
「つまり局所的な探知でないと精度が悪いということ?」
「見つけられるかもしれないけど、精度が問題になるね。フレックスの波長も広がりにラグが生まれるから生物を探すのは困難を極めるよ」
そうして自分たちのモニターを展開させつつ見守るしかない。
夢矢のいうとおり、これはミナトにとっても賭けだった。
もし敵が本能に従うのではなく思考する生物であれば最悪だ。どうあっても捕まえようがないから。
だが分の悪い賭けというわけではない。この呪いの起源となるエカマプタの群生地を調査場所としたのだって明確な理由が存在していた。
「きっとヤツはここに帰ってくる……! なにせ臆病者がエルフを安全に食うため進化をしつづけていたはず……!」
生物の進化に勝手はない。すべてが合理的でなければ生物としてなり得ないのだ。
人が2足で立つようになって投擲を好むことも、人が脳を肥大化させたことも、結果未熟なまま生まれてしまうのも、それでも生き残れることでさえ。それらすべてが意味をもつ。
進化とは精錬でり研鑽の賜でなくては意味がない。意味が失われた生物はいずれ滅ぶ。
だからこそミナトはそれら生命の根幹となる道理を信頼している。
「深度200……! まだ、まだだ……! もっと深く、この場所に必ず待機しているはずなんだ……!」
こい、こい。手に汗を握った。
瞬きはとうに忘れた。圧倒的な集中力が羅列された情報をくまなく探る。
握りしめた拳の奥に水気が滲んでなお固く結びつづけた。
「……頼んだよ、ミナトくん」
スードラもまた静寂と羽衣をまとって槍を構えていた。
この場にいる全員がヒリつくような緊張感をまとう。風に歌う花々のなかで固唾を呑んでいた。
そしてようやく待ちに待ったそのときを迎えようとしている。
「――っ! 見つけたァ!」
祈りの拳がガッツポーズになった。
その放たれたひとことに場にいる全員が身を凍らせる。
レーダー上には確かになんらかが映しだされていた。
「足下を回遊してるぞ! コイツは絶対にここに帰ってくるのは当然だ! なにせ呪いでやられたエルフたちの死骸が埋められるのをいまかいまかと待ってやがる!」
頭のなかにあるスイッチがカチリと切り替わる。
ついに地中深度を現すデータに穴を発見したのだ。
レーダー上で見つけられさえすればこちらのもの。居るとわかればやるべきことはただ1つきり。
周囲の面々の顔つきもすでに決戦を待ち望んでいる。それぞれが武器を手に握りしめた。
ミナトは片側の口角が意図せずキツく吊り上がらせる。
「地中深く、深度約234から37mの位置! 時速はおおよそ15kmちょい凸凹!」
レーダーが示す。計器によって敵の居場所を暴く。
花の根さえ届かぬさらに奥の地底の1点に、敵はいる。地中深くに明らかな異物が存在していた。データ上でも周囲の石より微かに柔らかく、土より遙かに固いスケールを表示している。
そしてそれは人が通常走る速度とほぼ同格の速度で地中移動をつづけていた。
「モクラにしては早すぎる! こんな超高速で地中を掘り抜く生物なんて僕たちの世界には存在しない!」
「これ、かなり大きい! 異物が通ったあとには明確な空洞が出来ていく!」
花畑がざわめき、どよめく。
夢矢もすでに矢を番え、リーリコも迷彩を起動した。
しかしこれは足下にいるという情報を得ただけにすぎない。
「で、どうやって引っ張りだすってんだぁ!? 足下泳いでるつっても地べたの奥じゃ釣り針さえたらせねぇんだぞ!?」
「見つけたことは賞賛に値します! ですが――ここからどう進展なさるおつもりですか!」
ジュンとザナリアが2重奏のように焦りを揃えた。
もっともな疑問である。見つけただけでは得られるモノはない。
しかしそこは用意周到。なにせこちらには世界最強種族という折り紙付きが同行しているのだから。
「とびっきりのを頼むぜ」
「おっけー」
あらかじめ段どりは済んでいた。
だからミナトも十分な信頼を籠めて友に役を譲ることが出来た。
彼は、白い腰と青き鱗尾をこれ見よがしに左右へ振って、歩みでる。
「信じていたよ。きっと君たちなら僕たちをここに誘ってくれるってさ」
なんていいながらも、しゃなり、しゃなり。
白く長い足を猫のように交互に繰りだす。エカマプタの花を己の魅力とし、優雅に踏み進む。
「僕1匹じゃここまでは決して辿り着けなかった。出会わなければ龍である僕が孤独であることさえ知らずに済んだ」
そういってスードラは見えぬ片目をパチンと閉じた。
振られた3つ叉の槍が、びょう、と空を裂く。肩には薄く透ける羽衣をまとう。周囲には宝石のように美しい水晶の如き玉が飾られている。
敵は知る由もないだろう。己がすでに見えざる網によって捕らえられているということを。
そして海を冠した彼にとって地でさえ領域にあることを。
「3秒後に方位3時方向! 直径約12mくらいあれば余裕をもってぶち抜ける!」
ミナトが予測位置に2指を立て、示す。
データから得た敵の行動予測を的確に伝えた。
スードラは示された方角へキッと妖艶な笑みを仕向ける。
「だからこの素晴らしき出会いに心からの感謝を。最強と謳われてなおはぐれモノだった僕から縁に、大いなる祝福と愛をもって――」
とっておきさ。前髪がはらりと割れてニヤけた笑みが顔を覗かせた。
スードラは、姑息な表情に愉悦と怒りを重ねて紡ぐ。
「引きずりだして決めてやれ!! 最強種族!!」
「ここからは肉食獣同士の食うか食われるかの戦いだッ!! 《グランド・アクアブロウ》!!」
そして彼は勢いよく槍を回しながら空へと刈った。
跳躍の頂点に達し、しなやかな身のこなしで体を捻る。身体の周囲に浮かぶ水泡たちが捻りに合わせて槍先に集っていく。
スードラは全身全霊をもって大地へ槍を突き立てた。
「グランド!? 上位のさらに格上の超級魔法!?」
木霊する意味ある紡ぎに大陸種族たちは揃って愕然とする。
聖女であるテレノアでさえ声と表情を強張らせた。
「さすがは海を司りし龍ですね……! やはり水系統の魔法に関していえばその実力は破格……!」
ザナリアに至っては震える手で剣の柄を強く握った。
それから苦虫を噛みつぶしたように奥歯を鳴らした。
「……音? なにかが、くる!?」
聴覚過敏能力、《心経》をもつ彼女だけが反応を示す。
スードラが発動した魔法は未だ顕現せず。しかしリーリコだけは気づいたらしい。
それほど待たずして各々が異常を察知する。足下から轟々とした地響きがせり上がってくる。
「きます!! 気をつけてください!!」
そしてテレノアが叫ぶと同時、決壊した。
まるで大地で蓋をされた鍋が弾けるようにソレは地下深くから濁流を吐く。
地下深くより呼び覚まされた巨大な地下水脈が水流となる。大きな水の柱となって天高き空に向かい打ち上がったのだ。
その打ち上げられた水柱の先端にそれはいる。
「な、なんだアイツは!?」
「あんな歪な魔物知らないぞ!?」
目視した教団のエーテル族たちが兜の内側から騒ぎ立てた。
「――ヒッ!?」
ザナリアもまた表情筋を引きつらせ恐怖に顔を歪ます。
地下より誘われし存在は、あまりに醜悪すぎたのだ。
それは、目、目、目。手、手、手、手、足、足、足。誰もが青ざめる。あまりにも醜い存在をだった。
天空へと舞い上がったそれは、およそ生物と呼べるものではない。醜悪なる肉塊ともいえる代物。
「Z、ZZ……――ZAH」
それは形容しがたき悍ましい瞳の集合体である。
肉体を構成するものすべてが種族を由来するものばかり。白き手、すらりと長い足、それから新緑色の瞳の群。エルフたちの部位で全体をまとう。
数えきれぬほどの粒のそれらすべてが、一斉に種族たちと人を捉える。
「ZRRRRRRRRRR!! EeEeEeEeEeEeEeee!!」
揺らぎの多い、ひどく醜い音は、きっと声ではない。
威嚇、あるいは激昂。羽虫が発す音に似て、脳ではなく脊髄思考からなる本能的なもの。
「そ、そうか……そういうことだったのか!」
スードラでさえこの一瞬だけは動けずにいた。
あまりの驚愕に手にした槍先が定まらず。ただ愕然と光を通さぬ瞳に敵を映すだけ。
そして相対するこちらもきっと本能だったのだ。人のもつ能力とはまた別にある、反射的行動能力。
警笛。あるいは本能的憎悪が彼に行動する余地という予測を与える。
そうでなければ初見の相手を前にしたジュンの行動に説明がつかない。
「ッッ!! 《不敵・ヘヴィ・α》ァァァ!!」
敵が光を発する直前にヘックスの連鎖体が張り巡らされた。
同時に不敵の範囲外に教団の兵たちが光を浴びてしまう。
「あ……」
なんの抵抗さえ出来ず、前のめりになって倒れた。
まさに刹那の出来事。その1度で3名がガシャリと鎧の重厚な音を奏でながらエカマプタのなかへと沈む。
「…………」
起き上がることさえなければもがくこともない。
あまりの唐突な事態の来週に全員の思考が麻痺した。ジュンによって守られたということさえ意識の外。
だが次の瞬間、スードラが花弁を蹴散らすほどの俊足で行動に打ってでる。
「もしこれが真実であれば敵の特性はただ1つだ!! 僕たちとエルフたちにかけられた呪いの正体は全部たった1つの目的に集約する!!」
まだ光を浴びていない幸運な騎士のもとに駆けていく。
その者もやはりミナトたちと同様魂を抜かれるように佇むばかり。
そこへスードラが「《アクアプロテクト》!!」水膜を張り巡らす。
「敵の能力は石化だったんだッ!! こいつは生命を石を化かしてから食らうバシリスクの進化個体――エヴォルヴァシリスクだったんだッ!!」
直後、彼の身体は鱗をまとう巨躯の龍に変化する。
水柱が飛散し花畑に多くの水がいっぺんに降り注ぐ。踏み荒らされた淡き花々は茎から横たわって泥に濡れる。
「EeEeEeEeEeEeE!!」
守護に入った龍の身に無情なまでの煌々とした光が満たされた。
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Chapter.5 WORLDS Scenario
importance:OrangeClass『Evolve』
The Only Girl
Just one smile
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My Found Treasure
only one
Bouquet for meeting and parting
...even if it takes
...all my life
hey? my friend?
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【MISSIONCOLOR:DUEL】