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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.5 【両手一杯の花束を ―WORLDS Scenario―】
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116話 龍と少女の物語3《A LOST SONG》

挿絵(By みてみん)

あるところに少女がいました

少女は細やかな愛で満たされていました


ある日少女は


龍と出会いました

 酔いの回ったザナリアは、さながら揮発性のアルコールの如し。よく燃える。


「いつ私が貴方を見ていないといいましたか!? いつ、どこで、何時何分何秒!?」


「だって顔を会わせるたび聖女聖女と私の名さえ呼んではくれないじゃないですかぁ!」


 対してテレノアも負けじと食らいかかった。

 叩かれるたび卓がミシミシ軋みを上げる。


「いつも貴方を見ているからこそです! ゆえに聖女として目覚めの悪い貴方に常日頃から腹を立てているのです!」


「ほーらやっぱり私じゃなくて聖女の名ばかりを見ているんじゃないですか! 私というテレノアとしての権利なんてまったく見てくれてないです!」


「だからそうではないと何度おっしゃればわかるというのです!」


 右から左からと、姦しい。喧しい。

 卓の中央で板挟みにされたミナトは、両耳を塞いで天井を仰ぐ。


――小学生の喧嘩かよ。


 これではただの酔っ払いである。

 聖女や宗教という普段ならお堅く張り詰めた敷居が酒の力で瓦解していた。


「貴方が聖女として神託を得られなければ大陸の民は永遠に路頭を彷徨うことなってしまうんです! 民を思うならばもっと聖女としての自覚をお持ちになっていただきたいと願ってなにか不都合でもあるのですか!」


「私だって叶うならば聖女として目覚めて民に安寧をもたらしたいと常に願っているんです! 私が民を愛していないとそうおっしゃりたいのですか!」


「ですからそうはいっていない! 貴方は誰よりも多くの民を愛し愛されていることを私が1番認知している!」


 またも、ガァンという拳が振り下ろされると轟音が屋内に木霊した。

 次第に彼女らから飛び火した熱が周囲の酔っぱらいたちにも引火しだす。

 とり巻きの酒面エルフ兵たちが「いいぞいいぞ!」「いってやれぇ!」上機嫌で捲し立てる。


「いよっしゃ華があるぜぇ! やっぱり宴会ってのはこうじゃねーと盛り上がらねぇや!」


「止めなよ!? なんでジュンは一緒になって盛り上がろうとしてるんだよう!?」


 素面のはずのジュンも一緒になって大盛り上がり。

 場の空気に呑まれていない夢矢だけが慌てて止めようと躍起になっていた。

 しかし1度火が着いた宴というのを無理くり止めるのは御法度である。

 ミナトは、隙を縫ってテーブルの下に潜りこんだ。四つん這いになってテレノアに気づかれぬよう卓の下をくぐる。


「どこいくの?」


 と、抜けた先にリーリコがいた。

 彼女は股下辺りからひょっこり顔をだしたミナトに驚きもしない。

 ただ見下ろしながらきょと、と首を傾げた。


「ちょっと夜風に当たってこようと思ってさ」


 ミナトは意味深にニタリと笑う。

 するとリーリコも足りないものに勘づいたらしい。素早く瞳のみを動かし周囲を探る。

 それから「なるほど」ローブを脱いでミナトの黒い頭に被せた。


「お、サンキュウ。これさえあればステルスミッションも巧くやれそうだ」


「それをするのはアナタが適任。良い夜を(グッドラック)


 グッドを差しだしてから互いから意識を反らす。

 光学迷彩を授かったミナトは宴会の背景と同化した。

 見送ってくれたリーリコに「良い夜を(グッドラック)」小声で囁いてから抜き足差し足、外へと脱出する。

 境界を跨いで騒ぎの中央から蚊帳の外に飛びだすと、余計に静寂が耳をつんざいた。

 祭りの後に、より静けさが際立つような。もの悲しささえ覚える。


「さて……いったいどこで黄昏てるのやら……」


 ミナトは、未だ甲高く喚くテレノアとザナリアの声を置いて歩きだした。

 海側から吹きこむ風は心地よいを通り越してもはや冷たい。冷風が光学迷彩ローブの裾をばたばたとはためかせる。

 この世界の夜は2色にわかれている。清涼なる蒼と血の如き深紅。2つの月が天空の2時と4時の辺りに常に鎮座しているせいだ。

 耳を生ませば岩漿を打つ波の音と、夜な夜な夜を飾る虫の音が、ごちゃまぜとなる。紫色の大地を賑わす演奏家たちは今日も客を満足させるために奏でていた。

 そうして村を抜ける。軽い傾斜を下る。

 強い逆風に逆らいながら足をとられぬよう砂浜を目指す。

 なぜ理由もなく砂浜を目指したのかはミナト自身も定かではない。なにせ理由がないのだから説明のしようもないだろう。

 ただなんとなくそちらの方角から匂いが漂ってきていた。幻嗅(げんきゅう)という勘に近いが、経験をもって培った技術のようなもの。


「おっ、いたいた」


 そして足に絡む草がなくなり靴底が砂に埋まる頃。

 闇夜に溶けこむ黒いローブのはためきを視界の中央に捉えた。

 ミナトは、彼の隣に辿り着くと、腰を据えてローブフードを外す。


「…………」


 ざざん。ざざん。ざざん。


「…………」


 ざざん。ざざん。ざざん。

 しばし砂の転がる音のみが3人を包みこむ。


「このローブの模様カマナイ染めっていうんだ。極小規模な村でのみ伝わる名産品ってやつだね」


 スードラは、膝で眠る少女の頭をそっと静かに梳く。

 起こさぬようの配慮か声は波の音よりも小さい。


「本当に小さい村でさ、エルフの数だって20もいないんだ。街だって遠い僻地で交易も容易じゃないっていうのに、毎日狩りや裁縫なんかで一族の生計を立ててるような連中の集落だよ」


 とつとつ、と。語っていく。

 海色の瞳は正面の海ではない、もっとずっと向こうのほうを見ていた。


「ある日そんな村に突然どうしても少数エルフじゃ手に負えない魔物が現れたんだ」


「ッ! まさかソイツが!」


 ミナトが肩を揺らすと、スードラは無言で指を唇の前に立てた。

 そうやって片目を閉じ、ミナトが黙ったことを確認してから語りはじめる。


「助けてー助けてーってね。顔ぐっちゃぐちゃにベソ掻きいて森のなかから空に向かって叫んでいたんだよ」


 そうしてぐっすりと眠るソルロの頭を優しく撫でた。

 つまりいま彼が語っているのは、彼女がまだ話せる――呪われる前の話ということ。


「ほら僕ってこういう性格してるからさ、どうしようか悩んだんだよね。助けてもいいけど、別に助けなくても僕の生涯になんの関係もないし。どころか少し面倒が増えて不利益を被るかもしれない」


 ミナトは、コイツ最低だなと、思った。

 が、先の件もあって口にだすのは止めた。

 なによりスードラがそこから先を自身の口で語りたがっているから。


「でもこの子ってば自分が死ぬかもしれないのにこういってたんだ。お父さんとお母さんを助けてー、おじいちゃんおばあちゃんを助けてー、おじさんとおねーさんとお友だちを助けてー」


 てねっ。そこから彼はとある小さな村の些細な話をはじめる。

 小さな小さな村で強く生きる、己より弱い者たちの話。決して特別ではない話。波のように穏やかで、慎ましく繰り返すだけのつまらない話。

 普通を愛し、日々を生きるどことない退屈を謳う、ありきたりで、夢のない、美しい話。



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挿絵(By みてみん)


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