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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.5 【両手一杯の花束を ―WORLDS Scenario―】
112/364

112話 波、啜り泣く、潮騒《Crown Tears》

挿絵(By みてみん)

潮騒の村への

到着


さざ波と

泡沫(うたかた)の平穏


導かれる者たち

それは


神の意志か

求めの声か

 南下していくと風に嗅ぎ慣れぬ香が混じりはじめた。

 嗅いだことのない匂いなのだがどこか懐かしさを覚える不思議な感覚だった。

 木立の狭間を縫って優しい風が葉をそよぐ。

 鼻腔を僅かに刺激するのだが嫌ではない、むしろすがすがしさを覚える。

 すると森を抜けた先には遙かなる悠久の水平線が広がっていた。


「わああっ! 海だぁ!」


「すっげえ! こんなだだっ広い水の塊なんて映像(ホロ)くらいでしか見たことがねぇぞ!」


「母なる海、生命の根幹、ただの塩っ辛い水。データにはそう書かれている」


 宇宙暮らしにとって海ほど縁遠いものはない。

 現世代の人類にとって海はデータの産物。記録されたものくらいでしか見たことがない。

 だからか一党らは、どこまでも広がる潮騒と潮風の海化粧に心を奪われてしまう。


「あそこが奇病を患ったかたがたの療養の地となる沿岸の村です。名は恵みのコンラーマカといいます。漁業が盛んで新鮮な魚が採れる豊かな村なんですよ」


 護衛エルフは心なしか穏やかな表情ではしゃぐ人間たちを見つめた。

 鬼の奇襲を退けた一党らは、海岸沿いの村まで護衛を請け負うことになった。


「このたびはどのように感謝して良いものか。無論このことは国の中枢を担うかたがたに率先して報告をさせていただきます」


 護衛のエルフは姿勢を正し折り目良い礼をくれた。

 それをミナトはこれ見よがしに「よしなにッ!」、最大級の謝礼を求む。

 あれだけがんばったのだから相応の報酬は期待したいのも当然だろう。しかもエルフ国との太いパイプが築けるのであれば努力以上の釣りがくる。

 と、すかさずテレノアが間に割って入った。


「お気になさらないでくださいね。あれだけの波瀾万丈をともに乗り越えたのですから旅も道連れです」


「そういっていただけると我々も報われというものです。まさか聖女様みずから救いの手を差し伸べてくださるとは……創造主ルスラウス様の寛大な御心に感謝を」


 エルフ兵の1人が祈りを紡ぐと、他の兵たちも同じように祈りを結ぶ。

 テレノアも「……感謝を」平坦なエプロンドレスの前で祈りを返す。

 鬼の被害により多くの怪我人がいる。しかも手持ちの道具では応急処置くらいしか出来ていない。

 最大数を減らした護衛たちに再度危機が及んだなら先以上の二の舞を見ることになっただろう。

 ゆえにこうして生きて目的地にたどり着ける。それだけでエルフたちにとってなによりも尊き結果なのだった。


『キミ器小さいねぇ……あの無欲な聖女ちゃんを少しでいいから見習いなよ……』

 

――心は広いぞー? うんと広いぞー? 幽霊に身体間借りさせるくらいにはな?


『はぁ……爪の垢でも煎じてもらいなさい』


 とり憑いたヨルナという霊のため息を引いて、一党らは村を目指す。

 ミナトたちは護衛の護衛役を買っている。そのついでに本日の宿泊先を沿岸の村と定めていた。

 エルフたちと時間を共有すれば多くの情報が手に入るはず。情報が手に入れば解呪法もわかるかもしれないという意図もある。

 ひとまず森を抜ければ見通しは良い。あるていど肩の荷が下りるのを感じながらもうすでに見えている沿岸の村に向かう。

 魔物なんて珍妙奇想天外が存在しなければ平和なものだ。

 暖かな昼の日差しを上から浴びて気分はハイキングのリズム。ちゅんちゅんちりちりと、鳥のさえずりと虫の声をBGM代わりに歩けば、どこまでだってスキップできてしまうだろう。


「そういえばなんであんなに大量の鬼がいたんだろう。兵士さんたちの話によると小鬼っていう雑魚魔物の上位個体らしいね」


「ふぁぁ~……さぁなぁ。天気が良いからお仲間揃えて散歩でもしてたんじゃねーのか」


「あくび……もう少し護衛役としての自覚をもつべき」


 夢矢、ジュン、リーリコたちの足どり心なしか軽やかだ。

 豊かな大陸世界に気もそぞろとなる。未来さえそっぽを向くひりついた現実とは少しだけずれた世界が広がっていた。

 そうしてそれほどかからず村の入り口へと辿り着く。と、なにやら見覚えのある人物が出迎えてくれた。


「……なぜこのような場所に貴方たちがおられるのです?」


 断じて歓迎ムードというわけでない。

 清廉な美をもつ少女は、一党らを視界に捉えるなり露骨に眉をひそめた。

 傍らには重厚な鎧をまとった騎士を付き従えている。しかも騎士らの手には青き月と聖十字の紋様が描かれた旗を掲げているではないか。

 護衛を終えた一党らを不服に出迎えたのは、品良く強かなエーテル族の少女である。


「まあまあザナリア様! このような場所でも会えるとは奇遇です!」


 テレノアは、彼女と同じ色をした目をぱあ、と輝かせた。

 いっぽうでザナリア・ルオ・ティールは怪訝そうに目を細めるばかり。

 しかもあとにつづく人間たちにさえ、怒りともとれる視線が順繰りに刺さった。


「聖女である貴方がなぜこのような場所にいるのです。この村には物見や観光案内をする娯楽施設はありません」


「エルフ国の兵士さんたちにお魚が美味しいと聞いていますよ。それにこの大陸はいらっしゃたお客様をそうそう飽きさせはしません」


「……貴方は自身がどのような立場にあるか理解していないようですね。まったくおこがましいにもほどがある」


 冷淡な美貌から吐き捨てるような口調だった。

 さらに彼女の身には銀甲冑を着こまれている。腰にも長尺の剣を帯びていた。

 一部の弱みもない戦闘用のザナリアに対し、こちらはドレスエプロンのふりふりミニスカートである。

 

「せ、聖女とあろう者が……! なんという破廉恥な格好を……!」


 身をふるふる震わせながら眉間に集まったシワをどんどん深くめていく。

 ザナリアは、虫くらいなら殺せそうな目つきで、筋の通った鼻の横をヒクヒクさせた。

 これに対し人間たちの反応は「あ、美人さんだ」「べっびんさんだな」「美人さんだねぇ」「美人」とくに気にした様子もない。

 テレノアは周囲をきょろきょろ見渡してから小首をちょいと傾げる。


「それをいうならなぜザナリア様もわざわざエルフ国におられるのです? てっきりハイシュフェルディン教、お父上とともに功績(トロフィー)を集めているものかと?」


「我々教団は困ってる種族に手を差し伸べることを信奉の1つと捉えています。それくらいのことならば貴方様だって存じておられるはずですよ」


 ここにきて玉座レースらしさが滲む。

 レースというからには早い者勝ちが常となる。つまりザナリア含むルスラウス教もまたエルフ国へと介入を開始しているということ。

 こちらからしてみれば由々しき事態だろう。せっかくビッグヘッドオーガの角膜でリードを差を詰められかねない。

 なのだがテレノアは気ほども気にしてはいない様子で手を打つ。


「ということはつまり私たちと同じようにエルフ国の病を払うため尽力しているということですね! なんと素晴らしいご奉仕のお心なのでしょう!」


 どころかザナリアの手甲をぎゅうと握って固く結ぶ。

 敵を生まない性格といえば聞こえは良いが……――どうなんだこれ?

 しかもテレノアはよりにもよって奉仕の心と口にした。まさかとは思うがそのためのフリフリミニスカートメイド服着用……――なのか!?

 するとザナリアは、意外にもテレノアの手を払うようなことはしなかった。


「ルスラウス様の御心は常に種への慈愛に満ちている。ゆえに我らも平等に種を愛し助け慈しむのです」


 長く艶やかな銀糸の如き髪を掬い上げて横に流す。

 そうしてふふん、と。得意げに高い鼻を鳴らした。


「それにお父様率いる本隊は玉座争奪に向けて常に動いています。ビッグヘッドオーガという幸運で手にした代物で得た優位なんて優位になり得ません。だからあのていどの功績で私たち教団に勝てると思わないでいただきたい」


 かくも自信満々といった感じで背を反らす。

 彼女の自信はなにも見栄ばかりではない。戦力も人員も、こちらにとって必要なものすべてをもっている。

 そのうえふんすと押しだされたバストサイズまでここまで差があるとは。甲冑の薄い辺りから覗く白い胸元の谷間の深さやるや。

 テレノアが楽に勝てる道理は圧倒的に少ないといえた。むしろビッグヘッドオーガの角膜のおかげでようやく勝負の舞台に立てたといっても過言ではない。

 ただ忘れてはならない。こちらにも、もう1つだけ優位性(アドバンテージ)が存在している。


「おーい! 聖女ちゃんたち約束の血抜き終わったよー!」


「……血抜き?」


 遠間から響く声に反応しザナリアの眉尻がひくっと動いた。

 森の方角を見ればなにやら半径3mはあるであろう大きな水の玉が浮かんでいる。

 水球を従えて1人の民族衣装を帯びたエルフと大陸最強種族が、村入口へと向かってきていた。


「討伐した鬼の臭みとり処理は終わらせたよ。あとは氷魔法で凍らせればしばらくは腐らないはずさ」


「っ! っ、っ!」


 ソルロ・デ・ア・アンダーウッドは、スードラの腕にぶら下がって無邪気にはしゃいでいた。

 そしてそのすぐ後方の水球のなかには、しこたま鬼の死骸が詰めこまれている。

 なにもしらないであろう者にとっては寝耳に水でしかない。そんな光景がとある1人に突きつけられた。

 途端にザナリアは、品の良い顔立ちを驚愕に染め上げる。


「こ、小鬼の大型個体がなぜそんな大量にッ!? し、しし、しかも一緒にいるのって――龍ッ!?」


 テレノアの華奢な肩を掴んで、ぐわん、ぐわん。

 毛先に癖のある髪が思い切り揺らされ波のように弧を描いた。


「い、いえあの、実はあのあと色々ありまして……な、成り行きといいますかぁ?」


「成り行きでどうとなる話じゃないわ!? いったいどんな卑怯な手を使って籠絡したというの!?」


「ひぃぃん!? ろ、籠絡なんてエッチなことしてませんよぉぉ!?」


 顔面蒼白のザナリアは、テレノアが目を回すまで問い詰めを止めなかった。

 海岸の村には、僅かな喧噪と、潮騒と、潮風が涼やかに流れる。

 1人また1人。呪いという病を患ったエルフたちが俯きながら入村を果たしていく。

 この村が療養とは名ばかりの隔離地であることを知らねば、もっと美しい景色に見えたのだろう。

 奇遇にも合流した教団のザナリアにも協力を請う。

 ここからが解呪治療の正念場だった。



…… …… …… …… ……

挿絵(By みてみん)

※明日更新予定

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