110話 反転の狼煙《Life Salvations》
森に湧いた魔物の数は多く、事態は予想を遙かに上回るほどに深刻だった。
個と個の戦ならばより先鋭されたほうが勝る。しかし団体となれば数がモノをいう。
さらに浮き足立つエルフたちの様子から強襲であることが窺える。
しかも指揮系統が機能してすらいない。
「全員隊列を組み直し非戦闘員を中央に集めて守れ!」
「ここは振り切ったほうが最善だ!」
「海岸の村まで走ってもあと半日はかかるんだぞ!?」
兵たちは怯える民を囲い、喧々囂々とした。
周囲警戒をしながら意見を交わすもまとまらず。こうなっては時間を食うだけのただの烏合の衆と化すのみだ。
これでは徒党を組んだ鬼たちにとって格好の的、袋のねずみでしかない。
そうやって手をこまねいている間にも密林の隙間に蠢く影が多数浮かんでくる。
「Kekekekeke!」
「Rururukiiii!」
「Kaaaaraaaaaa!!」
縫い八方からおぞましい量の鬼が姿を現した。
すでに彼らの包囲は済んでいたといこと。それでいていつ喉笛に噛みつくか舌なめずりしている。
これでは網から抜けるために戦闘は必須。兵の消耗は避けられぬ事態に陥ってしまう。
「……っ! っ、っ!」
「~~~っ! ~~っ!」
中央に集められた民たちは涙ぐんで兵に縋った。
言葉なくしてもなおタスケテと口にしているのがよくわかる。
このままではきっと彼、彼女らに想像を絶する未来が訪れるはず。尊厳も道徳もなにもかもを剥がれ、奪われ、蹂躙され尽くす最悪の未来が待つ。無論先に待つのは死であることに変わりはない。
そして時をそれほど待たずして平等な裁定が下されようとしていた。
「KEEEEEEEEEEEE!!」
「く、くるぞォ!! 備えろォ!!」
鬼の1匹が痺れを切らして動きだす。
と、別の鬼もまとめてエルフの集団目掛けて走りだした。
エルフ兵たちは剣を片手に、頼りない木の盾で迎え撃つつもりらしい。
「命に変えても病魔に侵された民たちを守り抜け! 1人でも海岸の村まで辿り着かせるんだ!」
「EEEEEE――KIッ!?」
蒼が翻り、まずは1つ。
後頭部を打ち抜かれた鬼は前頭部から脳漿を散らす。
目を剥き後悔する時間さえ彼に与えられることはない。駆けだした勢いそのままに崩れ、前のめりとなって絶命した。
仲間の死を垣間見た鬼たちは一斉に襲いかかる足を止める。
「KE!?」
「……rrrrrrr?」
獣かあるいは野生に生ける勘というやつか。
鬼たちは静まりかえった。くまなく視線を巡らせ警戒する。
魔物たちの判断は冷静で的確だった。
「GEッ!?」
だが、その甲斐はない。
とさり、と音さえなく、もう1つ命が朽ちた。
今度の鬼は喉と動脈をざっくり裂かれていた。声さえ発せず地に伏す。
残るのは蒼き残滓のみとなっている。すでに影さえなく虚が広がっている。
さらにつづけて別の方角の頭上にある木の葉の影より蒼き閃光が放たれた。
「GEAッ!?」
的確な致命の射撃が鬼の脳を無残に飛ばす。
打ち抜いた矢はそのまま頭蓋を貫通し、大地に刺さって消滅する。
そして鬼たちが矢の行く末を見守っている隙に、またも喉を裂かれた鬼が血を吐いて倒れた。
意識さえさせることない。その一瞬のみで3つの命が下生えを青き血で濡らす。
一変して鬼たちは食う側から食われる側へと立たされた。通常の獣であればここで引くという警戒心があっただろう。
「KAAAAAAAAAA!!!」
「KEEEEEEEEE!!!」
「RORORORORO!!!」
しかしこの大陸世界の魔物は少しばかりややこしいらしい。
脳が足りないのか、はたまた欲が強いのか。あるいはどちらもか。
鬼たちは一斉に咆哮を発してから遮二無二構わずエルフたちへの襲撃を再開する。
「あーあー……平和的解決とやらを打診してやったってのにまぁバカヤロウなこって……」
だが、もうすでに鬼たちの道は閉ざされていた。
時間を稼いだ間に壁役がエルフたちの元へ辿り着いている。
「き、君たちはいったい誰なんだ!? なぜ我々を助けてくれる!?」
「ヘンッ! 袖振り合うも多生の縁ってな! ちーっと大人しくしててくれりゃ丸くおさまるぜ!」
ジュンは、戸惑うエルフたちを手で制した。
そして腰から幅広の銀剣を外し、大振りを決めて森の大地へ突き通す。
「《不敵・ヘヴィ・α》!!」
「全域!」という威勢に彼のまとう蒼が色濃くなる。
六角形の連鎖体がジュンの周囲に発現していった。
みずみずしい活力ある蒼が1枚また1枚と組み上がる。そうすると己もろともエルフたちを四方全域に囲う強固な壁となって完成した。
すかさず鬼たちは壁を崩そうと攻撃を加える。
「KEEEEEEEEE!!」
それは俺たちの獲物だ。
「KIIIIIIIIIII!!」
がんばった褒美の横どりをするな。
「Gya! Gya! Gyaaaaaa!!」
俺たちの楽しみを奪わせるものか。
壁を叩き、叩き。必死に食らいつく様子に幻聴さえ聞こえてくる始末。
そう、まるで鬼たちは私利私欲の権化であるよう。額に青筋を立て、口端からしどと涎を漏らし、懲りず突撃してくる。
「効かねぇよ、全然効かねぇ。俺の壁は囲ってる命が多ければ多いだけ強ぇんだ」
「KIIIIIIIIIEEEEEEEEAAAA!!!」
ジュンは、咆哮さえもろともしない。
突き立てた剣に両手を添えて仁王立ちした。
蒼に沿われた瞳に微塵の怯えもない。どころか勇壮な笑みを浮かべて怒り狂う鬼たちと相対している。
「GYAGYAGYAAAA!!」
どれほど鬼たちが当たろうともジュンの組み上げた蒼き構造はすべてを弾く。
純然たる蒼は多くの命を覆っていた。ミツバチの櫛の如き六角形の連鎖体は彼の意思に同調していた。
そして不敵の壁にまとわりつく鬼たちへ向かって外側から猛攻が開始される。
「《雷伝の回路》!!」
木々の枝から子兎の如き華奢な影がぴょんと上空に飛び上がった。
不敵の壁の真上に至ると同時だった。
夢矢は引き絞った雷撃の矢を狙い、撃つ。
「《落涙》!!」
「Gya!?」
「GIIIIIIIII!!?」
放たれた1粒は発射直後すぐに分散した。
そして互い互いに反発し合うよう傘上に広がる。次々と鬼たちの頭頂から股ぐらを射貫いて生命を終焉に導いた。
さらには雷撃の雨を縫って、また別の死が影を縫う。
「処刑」
死に音はない。
ただ彼女が指を引くと、死という現象が遅れて追いついてくるだけ。
静音性の高いカービンライフルから電圧発射式の特殊弾を吐く。
死に追い立てられた鬼たちの血が弾けて踊る。
「Ke? KeKeeeee!!」
女だ。ここにも女がいるぞ。
いち早くリーリコを視認した鬼は、即座に標的を彼女へ狙いを変更した。
鬼のほうが身長も高く四肢の長さも異なっている。まともにかち合えば抵抗間もなく鬼の玩具と化すだろう。
鬼は長身痩躯の身で彼女に覆い被さるよう全身で飛びかかった。
「……Ke?」
しかしもうそこに彼女はいない。
 




