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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.4 【エニシの異界&ルスラウス大陸 ―The Perfecty WORLD―】
104/364

104話【VS.】大陸最強種族 母なる海龍 スードラ・ニール・ハルクレート 5

挿絵(By みてみん)

第2世代への進化

次の段階へ


人間

【VS.】

最強種族


ついに決着へ

 蒼爆ぜる。より極端に、より鮮明に。


「喰らえっ!!」


 夢矢の咆哮に同期して無数の矢が飛び交う。

 本物の矢嵐が人気の離れた細路を舞った。

 攻撃は撃つのではなくい。すでに撃たれた後の矢さえ含まれる。

 彼を中心に電流で繋がった矢束が一斉に向きを変えて敵に襲いかかった。


「ずいぶんと器用なことを――おっと!?」


 矢嵐に呑まれたスードラの表情にもはや余裕はない。

 躱しても躱しても次がくる。矢は躱した端から無限に戻ってくる。

 蒼き閃光は放たれ終えて役目を終えず。再び意思をもって彼に襲いかかった。


「くっ、さすがに片足を縛られていてはもう耐えられそうにないか」


「動きを止めたな! なら問答無用でいかせてもらうよ!」


 夢矢が手をかざすと、中空に浮いた蒼き閃光が一斉にスードラに先端を定めた。

 そして10数はあるであろう矢が1点へと集結し襲いかかる。

 直撃した石畳は電流によって焦げ、割れ、欠けた。当然人の身で喰らえばひとたまりもない。絶大な威力を示す。


「これでいい加減負けを……っ、いない!?」


 自信に満ちた夢矢の表情が一気に強張った。

 静電気で広がった髪の毛にもチリチリと細い電流が弾ける。

 間違いなく直撃だったはず。それでもスードラは青蔦を引きちぎって飛んで躱した。


「ふぅ……正当でありながら理にかなった進化の形だよねぇ」


 生身の肌を手でぽんぽん叩いて身体の埃を落とす。

 砂を被ってぶるぶる猫のように頭を振る。

 スードラは、まったくの無傷だった。


「お前! いつでも抜けだせたのにワザと遊んでいたな!」


「失礼しちゃうねもちろんちゃんと本気だったさ。ただキミたちのレベルに合わせた調整はしていたけどね」


「どこまでも見くびって! なら当たるまで繰り返すだけだ!」


 夢矢の瞳が蒼く澄み渡る。

 構えた右腕のデバイスから新たに矢を3本生みだし射出した。

 スードラも即座に腰を落として迎え撃つ用意をする。


「どうやら軌道が変わるようだね。なら余裕をもって先に動かないと躱しきれなそうだ」


 これは3射一斉の同時攻撃だった。

 しかもそれらは互いに共振しながら不規則なトライアングルを描きながら飛翔する。


「ならこうするしか選択肢はないね!」


 スードラの朱色の瞳が細められ、向かいくる3つの点を捉えた。


「逃がさない! 僕の矢はたとえ避けても後を追う!」


「なら僕は意地でも避けるだけさ!」


 スードラは鋭く地を蹴った。

 飛んだ先にあるのはステージの隅だった。影を伸ばす壁の1つに向かってぶつからんばかりに突っこんでいく。


「逃がすものか!!」


 3射は弧を描きながらすぐさま彼の飛んだ方角へと軌道を変えた。

 スードラは壁を蹴って三角跳びと翻りを決める。


「よっ、ほっ! 地面は1つじゃないんだよ! こういう場面では地形も利用しないとね!」


 3本の矢は壁に吸われて弾け飛ぶ。

 しかしすでに次の矢が(つが)えられている。


「《雷伝(システム)》!」


 今度は夢矢自身が飛ぶ。

 走る速度も先ほどまでと比較にならない。第2世代へ至ったことで速度も進化していた。

 夢矢の身体は足裏に溜めた電流を弾けさせ瞬く間もなく姿を消す。電光石火で着地位置を予測し先回りする。


「《雷伝の矢(リニアアロー)》!!」


 夢矢は雷撃をまとう弓に矢を構えてスードラを下から狙い撃ちにかかった。

 電極の反発によって吐きだされる矢は、さながらリニアレールボウ。射出と同時に白光が満ちて夜を消した。


「――くッ!?」


 スードラは地上のない中空で、無防備に身を委ねている。

 しかも夢矢の射撃は精密で完璧だった。誰もが必中を予測する状況だった。


「だけど僕を捉えるにはそれだけじゃ足りないよ!」


 なのにスードラはここにきてもう1度蹴った。

 空を蹴ることで辛うじて雷撃の矢の進行ルートから逃れる。足先が消えるほどの剛力で大気を蹴って3回目の跳躍を繰りだし、躱す。

 放たれ終えたリニアの矢は空虚を裂いて星々の漂う空へと消えていく。


「……蒼?」


 ふとスードラは気づく。

 それは矢の抜けた方角に真っ直ぐつづく、1本の蒼。

 ばっ、と。スードラの振り向いた先には蒼が輝いている。

 そしてそれは高速で消えたはずの雷撃矢が返ってきていることを意味していた。


「ま、さかッ!? さっき矢が戻ってきたのはッ!?」


 別の蒼に繋がれた電磁の矢が戻ってくる。

 彼の背目掛けて戻ってくる。

 スードラは笑みか恍惚かわからない表情でワイヤーの根元のほうをに目を向けた。

 そこにはあらかじめ射撃前にワイヤーを設置し終えた犯人が立っている。


「さすがにそれは避けないと身体に穴が空くかもな」


 ミナトが左腕を構えて立っていた。


「キミが空に浮かぶ雷撃の矢にそれを巻きつけて投げていたのかい!! だとしたらやってくれるねェ!!」


 スードラは裾を巻いて身を大きく翻す。向かいくる雷撃を己の尾で払いのける。

 地上に吸われた雷撃は落雷となって轟音を散らす。砂煙が捌けると石畳に1mほどのクレーターを作った。


「初ヒットおめでとうといいたいところだけど、あの尾が厄介だ。スードラの動きかたから考えても皮膚よりも鱗のほうが硬いらしい」


「でも矢にワイヤーを重ねる機転はナイスだったね。僕1人じゃ悔しいけどあれでオシマイだった」


 そうして2人は歩み寄ってから拳と拳をぶつけ合う。

 隣り合ってからも視線を合わせる必要などない。

 夢矢が滲んだ額の汗を拭う。それを横目にミナトも低く喉を唸らせた。

 それでもただ淡々と。しかし覚醒した夢矢とミナトはしだいに龍を追いこんでいく。


「次ならもっと上手くやれるはずだ。オレが戦況を考えながら動く、夢矢は体力の温存と自分のやれることをやれ」


「僕もようやくこの力の使い方にも慣れてきたところさ。だからもっと踏ん張らないとだね」


 信頼が構築されている2人だから可能な策だった。

 互いに仲間へ合わせ、任せ、重ねる。

 なにせこうして背を預け手を取り合うのは初めてではない。この信頼というコンビネーションは裏づけあっての偉業でだった。


「あれぞ第2世代フレクサーの実力ってヤツですなぁ! 夢矢くんやるぅ!」


「すごい……! 私たちと一緒にいたときより遙かに洗練されてます……!」


 場外に退避したヒカリと待機指示を受けたテレノアは、彩色異なる瞳を爛々に輝かせる。


「そういえばあの2人ってしょっちゅう東にアザーへ引っ張られてた精鋭チームだったんだっけ」


「あざーですか? それに精鋭チームとはいったい……?」


「その辺の話をすると話が長くなっちゃうんだけど、とにかくあの2人は私たちの船の中でもベテランってことよ!」


 一線から退きながらも胸を弾ませながら観客として戦いを見物していた。

 死地によって鍛えられた実力は伊達ではない。なにしろ死の星で命を預け合ってなお生き延びている。

 さらには《雷伝(システム)》という第2世代能力への覚醒もまた優位に働いていた。


「体内で電気を増幅させ現実に影響を及ぼす第2世代能力、《雷伝》! あれをまともに使える人なんて船の中でも片手の指くらい少ないんだから!」


 ヒカリは、テレノアに対してふふんと得意げに鼻を膨らませる。

 それからまるで自分のことでも話すように指を振って背を弓なりに反らす。


「あの域に至れるの1000人に1人いるかいないかなのよ! しかもそれをこの土壇場で目覚めさせちゃうなんてものめちゃくちゃすごいことでしょ!」


 それを聞いたテレノアは「まあ!」と上品に驚く。

 ヒカリの興奮が伝播でもしたかのよう。両手で口を塞ぎながら銀燭の眼をこれでもかと見開いた。


「つまり大陸的にいうと上級(ハイ)クラス魔法を自由自在に使いこなしてしまうようなものですね!?」


「は、ハイ? あー……たぶんそう! うん、きっとそうよ合ってるわ!」


 昂ぶる乙女たちをよそにあちらでも動きがある。

 しかも今度はもう1手欲しいところ。


「聖女ちゃん! 解けたバインドを繋げられるかい!」


 夢矢からのテレノアへの要望だった。

 テレノアは一瞬驚いたように動きを止めた。

 が、すぐさま「やってみます!」とスカートを膝で蹴るように戦線へと復帰していく。

 ここからが本領発揮だった。もう思い残すことはないほどに全員が仕上がっている。


「《バインド》!!」


 スードラの着地に重ねてテレノアの拘束魔法が仕掛けられた。

 そこへミナトが合わせる。


「ッ、おおおおおらぁ!!」


 すかさず中空に溜まった矢を1本ほどワイヤーで絡めた。

 スードラは弧を描く軌道にやや戸惑いながらも容易に尾で払い除ける。

 そしてその間に移動を完了した夢矢が詰めを入れた。


「《雷伝》!!」


 雷撃を放ったのは、矢でもなければ、目標の敵へでもない。

 膝を落として両手で叩いたのは大地だった。しかもテレノアが先ほど叩いて繋げた青蔦の真上に位置している。

 強烈な電撃によってフレックスをまとう彼の周囲の景色が歪む。青蔦を伝わって雷撃が流れていく。


「グッ――アアア!!?」


 その電撃は直接スードラの身体に衝撃を与えた。

 魔法で生みだされた若々しい青蔦に電流を流すことで導線としたのだ。

 発案したのは誰でもない。夢矢本人である。

 テレノアが拘束魔法を使った際に感心を抱いたことでたぐり寄せた必中法。


「う、くッ! いまのは……ちょっとだけ効いたよ……!」


 電流をモロに浴びたスードラは前髪の奥で朱を滾らせる。

 しかし身体に影響は確実にあった。踏鞴を踏むみたいに足裏でよろめく身体を支えている。

 電流は抵抗がかかるためダイレクトに流すより劣る。しかして多少の神経系の麻痺は望める強さ。


「良しやったぞ! これでいままでのように柔軟な動作は――」


 ぐらり、と。突如夢矢の身体も斜めになって倒れかかる。

 第1戦目からつづけての覚醒による第2戦目。肉体的にも精神的にも無理をしていないわけがないのだ。

 予知していたミナトは、倒れかかった夢矢の元へ、すかさず回りこんで支えとなった。


「まだ……まだやれるから! もう少し先に進むんだ!」


 しかしそれでも夢矢は虚ろげな瞳に蒼を宿しつづける。

 ミナトに全体重を預けながらも決して膝を折ろうとはしない。


「本当に大丈夫かい? キミたちの場合使用しているのはマナじゃなくてもっと根源にあるものだろう?」


「余計なお世話だッ! 僕はお前にまだなにもやり返せていないッ!」


 満身創痍の身ながらも吠える。

 敵と定めた相手へ牙を剥く。鼻筋にうんとシワを集めて眼孔を光らせる。

 まさに威嚇する虎の形相だった。追い詰められてもなお心は気高く、威勢を陰らせない。


「お前は聖女ちゃんを泣かせたんだッ! ヒカリちゃんのことも心の中で嘲笑ったッ! なにより僕たちノアの民が心から尊敬するミナトくんのことをおちょくってるのも許せないッ!」


 フーッ、フーッ、と。夢矢は噛み締めた歯の隙間から吐息を刻む。

 それはスードラに対しての完全なる真っ向からの怒りだった。


「ありゃりゃ……ちょっと楽しいからってやり過ぎちゃったかな」


「僕はキミに一矢報いる! そうすることで僕ら人間は弱くないことを証明してやるんだ!」


 龍相手であっても凄まじい剣幕でまくし立てていく。

 彼は、ただ友を馬鹿にされた怒りだけで次のステージに進んだわけではない。

 きっといまが次世代へと進む転機(ターニングポイント)だったのだ。

 誰にでも好かれ誰にでも懐っこいという彼そのものの性質では成し得なかったこと。

 ミナトは、見たこともないほど怒れる友の横顔に心を打たれてしまう。


「……そうか! ……これが答えか!」

 

 そして全身に熱き血潮がみなぎっていく。

 その身に湧くのはひらめきという天啓に似た様相だった。

 同時にノアから引き剥がされたときの不可思議な記憶を呼び覚ます。

 するとまず浮かんできたのは、残してきた仲間の顔。そしてノアの魔女の魔性の姿だった。


「あの時ワイヤーが消滅したのは偶然でもフレックス切れでもない。つまり――」


 すべて友等が身をもって教えてくれていたのだ。

 人類はどのような形で進歩と研鑽を重ねていったかを、今日この日に知る。

 ミナトは歓喜に震える己の拳に空想を描く。


――ならやれる! 絶対にやり遂げられる!


 そしてこの普段は女子だから男子だかさえ朧になる少年が到達させてくれた。

 ミナトはたまらず支えていた彼を思い切り全身で抱きしめる。


「あ、あの……み、ミナトくぅん?」


 途端に夢矢の耳が、ぽっ、と真っ赤に染まった。

 それでもミナトは構わずその小さな頭を痩せた胸板へと押しつける。

 そして温もりに名残惜しさを覚えながらゆっくりと彼の肩を掴んで引き離した。


「もう1度自分の足で立てるだけの余力はあるな?」


「え? う、うん! やれるよ! 僕はそう簡単に諦めない!」


 夢矢はよろめきながらも自身の両足で佇む。

 脇を締め両の拳を頬横にフン、と寄せた。

 それでも彼は覚束ない。隠しているようだがすでに意識を保っているのがやっと。その証拠に身体を覆う蒼は皮膜のように薄くなっていた。

 だからといってこのまま終わるなんて悔しいどころの話ではない。無論、夢矢も、ミナトもだ。

 みなの願いは、本日を最高の形で終えること。龍の力を得て、次へ繋がる足がかりを手にする。そしてテレノアを王座レースに勝たせ、船を修理し、仲間たちの元へ帰る。


「なら最後にもう1度だけオレにチャンスをくれ」


 ミナトは夢矢の肩に手を添えながらスードラを睨む。

 悠長にしている場合ではない。もう直に日が暮れて視界も体力も限界がやってくる。


「オレを信じてくれ。あの時信じてくれたように」


 ミナトは真剣だった。

 と、夢矢はなにかを言いかけて静かに首を横に振る。


「なにか手が……いや、わかったよ。それでいこう!」


 それから並び、龍という最強種族を見定めた。

 当然あちらもこちらを赤い眼差しで見つめている。


「鼓動の質が変わった。なにを仕掛けてくるつもりだい?」


 スードラのほうも笑むことを止めていた。

 それはこちらを確実な敵として認識しているということ。ここからはあちらも余裕をひけらかすようなマネはしないはず。

 夕を終えて夜が君臨しようとしている。今日を納める清涼なる夜風が汗の引いた頬を撫でる。


「これで最後のおつもりなんですね。ならば私も全力で寄り添わせていただきます」


 前線に戻ったテレノアさえも予測し、構えた。

 ここが正念場となる。どう考えても最後の悪足掻きというやつ。

 しかし1番仕上がっている。幾度と龍へ挑んだときよりも精密に完成している。

 3人の呼吸が揃い、肩の動きが一律となった。誰1人として敵から目を逸らすことなく、敵へ向かう心を整えていた。

 ミナトが消え入りそうな声量で合図を送る。


「一瞬だけ身体任せるぞ」


 すると夢矢とテレノアが「え?」「へ?」同時に瞬いた。

 そんな知らぬ2人を置いて、声が内側から返ってくる。


『どうするつもりだい?』


「卑怯な手を使うに決まってる――だろッ!!」


 ミナトは返答すら待たずに動きだす。

 走りだす。地べたの石を刈るように鋭く駆けた。

 僅かに遅れて夢矢と「これで決める!」テレノアが「やってみせます!」つづいた。


『協力しないつもりだったけどしょうがない。でもあとであんころ餅食べさせてよね』


「なんなら渋い茶もつけてやるさ!」


『よっしゃきた! あの龍のところまで連れてくところまでだからね!』


 そしてミナトは身体の所有権をヨルナへと託す。

 すると駆ける速度がぐんっ、と一気に上昇した。

 これには夢矢とテレノアの理解が追いつかない。


「ど、どういうこと!? 能力を使っているのに素のミナトくんに追いつけない!?」


「早い! それも凄まじく! 最後の最後までそのお力を温存していたということですね!」

 

 2人は加速するミナトの背にギョッと目を剥く。

 それでもテレノアの弁は、遠からずだった。

 ここで肝心となってくるのは如何にしてスードラの裏を掻くかとなっている。


「ッ、いままでにない挙動!? 心音も体温もまるで変わってないのに!?」


 だからこそ混乱を誘わねばならなかった。

 それはいままでみっちり観察していたが故の驚愕。ミナトの動きの変化を見てスードラは明らかな動揺を見せた。

 これがミナトの狙いだった。最後の最後に切るべきジョーカー。いままで見せていたのはカードの裏だけ。


――相手は麻痺で動きが鈍い! 裏を掻いて夢矢とテレノアを待つような動きを演じてからオレに身体を返せ!


『おっけーい。戦いの基本は演じることだし、騙し合いともなれば得意中の得意さ』


 人はヨルナの力で風となる。

 ビッグヘッドオーガと立ち回った時と同じようにして人の域を超越した。

 そして瞬く間もなくスードラとの距離を詰め切る。それほど広くないフィールド。しかもこの地を滑るような疾走は彼に思考の時間を与えない。


「――つっ!?」


 懐まで入りこんだヨルナは、慌てるスードラの目の前まできてから唐突に飛ぶ。

 動きに合わせてスードラの視線が上へ上へと向かう。

 それから軽やかに身をこなす。宙で反転しながらスードラの背後へと着地する。


『返すよ』


「返されたッ!」


 先ほどまでならとうに振り向ききっていただろう。

 しかしスードラが身を翻す動きも微かに鈍い。さらにミナトの動きは逆に華麗すぎる。

 夢矢の功績とヨルナの功績。この2つをミナトが重ねることにより1秒ほどの猶予を得た。


「――――!」


 ミナトはスードラへと構えた。

 左腕に巻かれたフレクスバッテリーが後頭部辺りを狙い定める。

 スードラは振り返りきっていない。尾が流れようとするもミナトが後方でしゃがんでいるため振ることは攻撃となってしまう。


「読めないままならやばかった。でもいまになっていっぺんに鼓動へ圧がかかった」


 辛うじて振り返ったスードラの横顔は――蠱惑。

 それでいて深い青髪と海色の瞳さえ、烈火を彩る。


「しかもあとの2人はハナから囮だったようだね。ラスチャン狙いで懇願したのも僕からキミへの意識を逸らすための偽物(ブラフ)


 なかなかにちゃんとしているね、と。スードラは頭をぐるりと回す。

 器量の良い顔が斜めになって背部を見下ろす。

 そしてそこへ蒼き閃光がひょう、という風切り音とともに仕向けられた。


「それでもキミの動きは遅すぎるだ! 龍の身体能力の前には小細工如き無駄だってことを学ぶべきだったね!」


 すかさずスードラは躱した。

 ミナトのワイヤーは耳横を僅かに掠めて遠くへ流れていってしまう。

 ここまで重ねてなお人の手では届かない。大陸最強の名を冠する彼にとって人如きは遠すぎる存在だった。


「ならもう1回裏替えしてやる!!」


 だからこそ、ここまで焦がれた。

 その大いなる力を拝見し、検閲し、尊敬を重ねた。

 ゆえにもう1歩先へ進む。ミナトは1度目に発射したワイヤーを即座に消滅させ2射目を投じる。


「ツーウェイ!!」


 ぴしゅ、と。メタルブルーの先端から2本のワイヤーが同時に射出された。

 銃ほどでないにしろ、矢より早いワイヤーが2本。即座に標的へ吸いこまれていく。

 スードラは一瞬の機転で地を蹴った。身体を横に倒しすようにし、宙でくるりと身体を回転させる。


「つっ、かすった!? でも――」


 頭部と腰を狙う2本のワイヤーがまたも虚空を通り抜けた。

 スードラは一瞬ふふ、と口角を引き上げ微笑を作りかける。

 しかし作りかけた余裕は次の瞬間片鱗すら砕けた。


「まさか……まずい!? ここまでのすべてが狙いだったのか!?」


 スードラの見た先には、醜悪な笑みが咲いている。

 ミナトは、地を離れた彼を見ながらキツく笑う。

 すべてが絵図通りであることを彼に示しながら勝利を祝う。


「ダブルショット!! クアドラ!!」


 心に結び、祈り、謳う。

 それは怒濤の4連同時発射だった。

 絶対に可能だと信じていた。なぜならもののコンマ数秒前の2連射が上手くいったから。

 こんなことをやったことはなかったし、やる必要もなかった。だがいま求められてはじめて次の段階へと進んだ。そう、彼と同じように。


「いっけええええええええええええええ!!」


 最後となるべく光景を見て、夢矢の叫びが木霊した。

 そして投網のように広がった4本の蒼き閃光は、無抵抗のまま宙に飛びだした横向きのスードラに向かっていく。

 捕まえたのならあとは好きにすれば良い。4本のワイヤーで拘束し縛りつければ髪の1本でも容易に奪えるだろう。

 最後の瞬間が迫る。スードラもとうに堪忍したのか眼を瞼で閉ざした。髪の色をふ、と、青へ戻す。


「……は?」


 勝利を確信したミナトの口からとぼけた音が漏れだす。

 最後の詰めの段階で、急な風が横切った。

 布の端がふわりと浮かぶ。

 地のように豊かで森の如く清涼なる香がミナトの鼻腔をくすぐる。


「……っ!!」


 終結の最中に1人の少女が割りこんだ。

 彼女は迫りくる――攻撃性のまったく皆無な――4連の蒼に立ち向かう。

 両手を広げた勢いでフードが捌けると、ぎゅぅと目を瞑っている。まるでスードラを守る盾のように立ち塞がる。


「あー仕方ないなぁもう! 《アクアプロテクト》!」


 スードラは水流の盾を唱えた。

 現れた水流は、立ち塞がる彼女をさらに守る。さらにはバリアとなり蒼を弾いてしまう。


「あーあ魔法使わされちゃったよ。ま、(えん)もたけなわって感じたしちょうど良かったかもね」


 スードラはなにごともなかったかのように着地を決めた。

 凜とした笑みで眉根を寄せる。乱入者の新緑色の髪を梳くように撫でる。


「……! ……!」


 すると少女も猫のように目を細めた。

 飼い主に懐くみたいに撫でる手に自分の頭を押しつけた。

 騒乱を迎えていた場は、乱入者によって瞬く間に冷えた。

 というより水流をモロ被りしたミナト含め全員が愕然と冷えて、固まっている。


「確かあっちが魔法を使うのって……ルール違反じゃなかった?」


 夢矢はよたよたとたどたどしく足を止めた。

 横に頭を倒すと、髪先から水がしどと滴り落ちた。

 テレノアも唇をふるふる震わせる。


「つまるところ私たちの……」


 ミナトは頭をぼりぼり書きながら「はぁ、くだらな」とブスくれる。


「勝ちになるんだろうな」


 次の瞬間。わぁっ、と勝利を得た全員が弾けた。

 そして勝利に浮かれた夢矢、テレノア、ヒカリの3人がまとまってミナト目掛けてぶつかってくる。


「なんでお前らこっちくるんだよ!? ハチ公的な集合場所になった覚えはないぞ!?」


 しゃがんだ姿勢だったため押し寄せる勢いに崩されてしまう。

 友等の手によって地面へ横たえさせられる。そこからはもうもみくちゃだった。

 スードラがひたひたと濡れた地面を歩いて近づいてくる。

 

「レクリエーションのつもりだったんだけど存外楽しめたよ。龍に騎乗する資格は十分にあるみたいだね」


 そして手で拍を打ちながら「勝利おめでとう」と健闘を讃えた。

 不本意であろう終焉にも関わらずスードラに滲むような悔しさはない。

 ただ清々しい表情で凜と佇みながら笑みを横に傾ける。


「ということで今日からよろしくね♪ 可愛い僕のご主人様♪」


 そしてエルフの少女ともども人間の管理に入ることを約束したのだった。

 ミナトたちにとっては泥被り、砂まみれな、ずぶ濡れの勝利だった。



 ●  ●  ○  ◎  ◎

挿絵(By みてみん)

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