103話【VS.】大陸最強種族 母なる海龍 スードラ・ニール・ハルクレート 4
「2人は僕にあわせなくてもいいから。とにかくこれは僕が勝ちたいっていうただのわがままなんだ。人間を見下すあの龍に見返してやりたいっていうエゴにすぎない」
勝っても負けても同じ結果が待つ。
しかし彼は蒼をまとい、弓を番えて引き絞った。
そうこうくだを巻いているうちにだって日は沈む、夜が広がる。
「まったくしょうがないわねぇ~。夢矢くんって変に意固地なところあるんだから」
「でも龍族を見返してやりたいという感情は人間さん特有のものです。私たち大陸種族では龍に抗うという思考は持ち合わせていません」
テレノアがぐっとガッツポーズすると、隣でヒカリはやれやれと首を振った。
そうして間もなく熱意に乗せられる。姿勢低く構える。
「よっし! ならいっちょっやるからにはきっちりやってやるとしますか!」
両手で膝を叩いてから拳は握らず、ゆるく開いて前屈み。
上半身は低く構える。両足は開き気味にどっしりと足裏を地に固定した。
レスリングの構えをとるヒカリのやや後方で、テレノアも準備を整えてる。
「このような機会を設けていただけるなんて私はとても幸運です! 此度は聖女としてではないひとりのお友だちとしてご一緒させていただきます!」
白い手をかざし、もう片方の手で腕を固定した。
仲間たちが活気づくなかで、ミナトもまた手の調子を探る。
「一か八かだな。まあオレもアイツのこと気に食わないし1回くらいはぎゃふんといわせてやる」
握っては解き、握っては解く。
脳から送られる信号は良好に手を動作させている。
と、やる気になっているところへ脳内から水刺す声が響いた。
『ねえ、そういえばキミの名前ってミナトっていうんだね』
――なんだよ藪から棒に。いまから雌雄を決するいいところなんだぞ。
『いや僕らってまだお互いに自己紹介してないなと思ってさ。不思議だよね身体を共有しているのに相手の名前さえ知らないなんて』
身体を共有しているからか、見えるというより感じる。
幽霊少女が片膝を抱えながらくすくす笑う様子が脳裏をよぎった。
――そっちが勝手に入ってきたんだろ。ま、おかげで助かってはいるけども。
『正直でよろしい。僕の名前はヨルナ。ヨルナ・E・スミス・ベレサ・ロガーだよ』
よろしくね、と。幽霊少女からの気さくな挨拶が頭に直接届く。
対してミナトは素で「……長ぇ」と、ぞんざいに嘆いた。
死線を乗り越えていまさら自己紹介というのもくすぐったい話だった。
そしてこちらも用意を調えて仲間たちと吐息を合わせる。
緊張感はいままでのなかでもっとも濃い。産毛が風になびくだけで表皮にヒリつくような刺激を感じてしまうほど。
こちら側はいつでも爆ぜられた。もはやアイコンタクトの必要すらいらないくらい出来上がっている。
あとは呼吸を合わせるだけ。完全な状態で各々に的の様子を探った。
「みんなとても熱意あるいい表情をしているね。本気になるようけしかけた甲斐が有ったよ」
それでもスードラのみはやはりといった様子だった
軽い性格は生得か。はたまたそれさえ演技なのか。
底知れぬ微笑を貼りつけながらゆるく尾先を流す。
「キミたちの鼓動が見えるよ。とくり、とくり、とくり、とくり。身体の中央から熱が上がって首に巡って脳へ流れゆく。筋肉の筋が強張って震え、収縮するためにたっぷりと熱を蓄えていく」
スードラは艶やかな唇で歌を歌うよう言葉を紡ぐ。
そしてすっ、と側頭部へ指を添えた。
『あれってまさか! 額の宝玉は3つ目の瞳だったんだ! おそらく熱源を感知するセンサーだよ!』
ヨルナの叫びからそれらすべてが唐突にはじまろうとしている。
「ってことはサーモグラフかッ!? 心拍数!? 第2世代の《心経》とほぼ同じ仕組みか!?」
静止した世界そのものが突発的に流動を開始した。
まずきっかけとなったのは叫び。読み切ったミナトが導火線の着火点となった。
ヒカリとミナトの合間を蒼き閃光が刹那となって横切る。
「一斉にかかるよ! レディ!」
1射目を終えた夢矢は矢継ぎ早に2の矢を番えた。
そして2の矢の発射とともに追随する。間断なくヒカリとミナトが同時に地を駆る。
「――シィッ!!」
ヒカリの初速は弾丸の如き凄まじいものだった。
地を蹴りつけると細身の身体が虚ろとなる。そのまま砲弾となってスードラとの距離を一瞬に詰め切る。
「まだそんな力を隠してたんだ。どちらにも確固たる意思が乗っていて素晴らしいね」
しかしスードラは当然とばかりに渾身の2撃をひらり、ひらりと躱す。
夢矢の矢と、ヒカリの全体重を乗せた1撃を、難なく避ける。
「聖女ちゃん!」
「――! 《バインド》!」
すかさず夢矢はテレノアへと合図を送った。
合図を送りながらも第3射目を射出することも忘れない。
そしてテレノアは地にしゃがみ込むと同時に魔法を発現させた。
「おっと、そうくるんだ」
しかも今回は伸ばした手からではない。
石畳を裏返して現れた青蔦はスードラの足に巻き付いて自由を奪う。
そこへ3射目の矢とヒカリが挟み撃ちにする。
「貰ったあああああああ!!」
後方上部からは猛烈なタックルがスードラ目掛けて放たれた。
さらには夢矢の放った矢は確実に当たるであろう進路を描く。
「これはびっくりだよ。読まれることを前提に置いて処理できないタスクを僕に強要してくるとはね」
「え、あ――うそっ!?」
スードラのとった行動は実に不可解かつ不条理だった。
ヒカリは自分を受け止めようとする彼を前にしてぎょっと目を見開いた。
そしてスードラは猛烈なタックルをそのまま胸で受ける。流れるような所作でヒカリをお姫様みたいに抱えてしまう。
ついでのように臀部辺りに垂れ下がる尾で矢まで弾いていなす。
「とてもいいタックルだったね。でも流れる水へぶつかったところで、こうして包みこまれてしまうものさ」
「あー……あれでもダメですかぁ。っていうか……布とかその辺のものに当たったくらいの感触しかしなかったんですけど」
「そのまま避けても良かったんだけど怪我させたくなかったからそっと受け止めたまでだよ」
受けられてしまったヒカリは、茫然自失とばかりに、目を白黒させる。
そ、っと。下ろされてしまったあとはもうその場でぺたんと座りこんでしまう。
ヒカリは、ぼんやりスードラを見上げながら額に手を添え、天を仰いだ。
「こりゃ……もう無理ですわ。私たち喧嘩を売る相手ミスってるって……」
それは気力すらへし折れてしまったことを意味していた。
渾身の1撃まで容易に受けられてしまった。こうなるともう白旗を掲げるしかない。
もともと戦闘を好むタイプではないため引き際は誰よりも弁えていた。
そこへすかさずテレノアが一陣の風となって割りこんでいく。
「ヒカリさんは下がっていて下さい! ここからは私が前線を請け負います!」
「ようやく聖女ちゃんのおでましだね。エーテル族相手なら僕も負け筋があるかもだ」
後衛からスイッチの判断は迅速だった。
対してスードラもひらりと尾を流し、彼女を真正面へ捉えた。
「でも聖魔法が使えないんじゃタカが知れているかなぁ。キミたちって他種族と比べて器用貧乏なところあるからねぇ」
「私たちエーテル族の本懐は統率にあります! それに私が聖魔法を使えないのもきっと神と人間さんたちが用意してくれた試練なんです!」
上位種族たち同士の苛烈な接近戦だった。
テレノアが華麗なステップを踏んでスードラへと幾度と攻め上げる。
「はっ! やっ、たぁ! せええい!」
「ふんふん。戦闘の心得がなっている、キレのある動きだね」
でも足りない。スードラは荒れ狂う攻勢の最中でさえ口角をふふと引き上げ嘲笑した。
当たらないのだ。どれほど躍起になって繰りだしたとして、すべてがミスとなる。
片足を魔法の蔦で固定されている。というのに、スードラはすべてを避けてしまう。
「でもねぇ先代と先々代の聖女はもっと凄かったよ。それはもう歴史に名を残すほどにね」
「つっ! どうして! なぜこれほど埋めようのない差が生まれているのですか!」
「ふぅん? キミにはない才能ってやつかな?」
絶望的な戦闘能力の差だった。
テ圧倒的かつ縮めようのない生まれ持った才覚。
テレノアは攻勢の手を緩めることはない。どころかキツく睨みつけながら喉で喘ぐ。
「才能なき者でなにが悪いのですか!? 才能を与えられず生まれてしまった者は努力してもなにも成せないとおっしゃるのですか!?」
「そこまではいわないけどキミの場合は詭弁でしょ? きっと、たら、ればと繰り返して満足してないかい?」
「そんんこと――ッ! ありえません!」
この戦いの優劣はあまりにも酷い。
そして恵まれぬ者に現実を叩きつけるには十分過ぎた。
しだいにテレノアの息は上がっていく。同期するようにして行動が単調かつ粗末に変化していく。
「はっ、はっ、私は聖女です! 力なくとも天と交信できずとも聖女なんです!」
「民に認められず嘲笑われながらも? 永遠その身に力が宿らず誰も聖女と呼ばなくなってもそう言いつづけるつもり?」
「だからそのために女王となって民を導き神に己の力を示すのです! こんなところで立ち止まってはいられないんです!」
夕日を含んだ水滴がしどと石畳に垂れ落ちる。
頬触れる髪を貼りつけながら流れるのは、汗とは違う。もっと熱く滾った感情そのもの。
押しとどめていた劣や悔しさを秘めた涙がテレノアの頬を濡らしていった。
「あーあー……泣かせるつもりじゃなかったんだけど――ッ!?」
その時だった。
テレノアによる無理くりながむしゃらを余裕でいなすスードラの瞳が色を変えた。
赤く灯る。海のように深かったはずの青い瞳が烈火の朱となる。
おそらく彼の聴いた者は風の音だろう。仕組みが彼の耳横数mmを薙いだのだ。
耳横を抜けた蒼き閃光が石畳を穿ちピンと地面に刺さっている。
「あっ――」
足をもつれさせたテレノアがバランスを崩す。
それをスードラは片手で受け止め静かに地べたへ座らせた。
そしてゆっくりとしながらも油断のない動きで背後へ視線を仕向ける。
「いまキミ……なんかしたよね?」
やや離れた位置に人が1人ほど佇んでいた。
もっともはじめに動きだし、なお戦闘に参加しなかった者がいる。
「ちっ。ヘッドショットしないよう気を使ったばっかりに外れたか。なら次はもっと上手くやれそうだ」
機会をじっくりと窺いつづけていた。
ミナトは手で銃を象りながらニヤリと笑う。
これはもはや賭けに近いものだった。
しかし賭けるだけの十分な価値もあった。
「なあ? 夢矢よ?」
ミナトは彼の名を口にする。
そうして微笑みを傾けながら狙い定める。
伸ばした左腕にはメタリックブルーのフレクスバッテリーが。しっかりとバンドで締めつけられていた。
そしてミナトの狙いは敵ではない。もっと上の死角となっている場所。
スードラは追うようにして己の上を扇ぎ、慄く。
「これを……まさかはじめから狙ってたってこと?」
「いいや全然。ただオレは途中から友だちがやけにキレてるなと思って隙を窺ってただけだ」
「キレる? 誰……ああ、そういうこと?」
スードラもようやく異変に気づく。
熱の冷めた静寂のなかへと爆ぜる音が、小さく、幾らか。
「へえ……僕はてっきりキミだと思ってたんだけどな。まさかあっちがジョーカーだったなんてね」
スードラでさえあの苛烈なやりとりのなかでは気づけなかったらしい。
その証拠に空を覆う蒼き無数を見上げ口角を痙攣させた。
「《雷伝》」
誇り高き虎は開花する。
次への階層へと踏みこもうとしている。
「《共振》」
彼の手から放たれた矢は現実を凌駕する。
停滞と進軍。矢は互いに爆ぜながらも回路となって響き合う。
結果彼の放つ矢はスードラから逸れてなお中空で時を待つ。
そして指揮者である人間のまとう蒼にもバチバチという蒼き雷光が生まれていた。
髪はまばらとなって揺らぎ踊る。揺らぐ蒼も鋭敏かつ棘立つ。まるで彼の怒りを彷彿とさせるかのように。
「《次世代》!! 《雷伝の回路》!!」
虎龍院夢矢は、この異世界においての最強格――龍と対峙し、次へと進む。
彼が怒りの先に辿り着いたのは、現状人類の最高到達点。
「わかった僕はキミが嫌いだッ!! 僕だけならまだしもキミは僕の前で色々なものまで傷つけたッ!!」
夢矢の感情の波に呼応する。
まとう蒼が稲妻と化して火花を散らす。
人の上のそのまた上へ至りし時。
「これ以上僕の前で誰かの夢や努力を笑い傷つけることは絶対に許さないッ!!」
少年は、《第2世代》へと昇華する。
…… …… ……




