7.初仕事
組合に辿り着き、俺はイベリスと掲示板の前で別れた。
ハンター依頼とサポーター依頼とでは張り出されている掲示板が違うのだ。
サポーターの掲示板を眺める。色んな種類の依頼があるようだ。
作業の手伝い、荷運び、探し物に届け物、家事代行に家庭教師なんてのもある。これだ、と思う依頼を選ぶのはなかなかに難しい。自分の“得意”をしっかりと把握できている人間ならそう悩むことはないのかもしれないが、多分、俺、全部出来ちゃうんだよな。チートがあるから。大量のスキルがあるし、それでも駄目なら便利な魔法を創り出してしまえばいい。チートがゆえの悩みとは……。
依頼にはランクがあり、ギルドカードに書かれた自分のハンター/サポーターのランクより上のものは受けられない。ランクは下からC、B、Aと続き一番上がSだ。これが初仕事の俺はハンターとしてのランクもサポーターとしてのランクも当然一番下で、Cの横に更にマイナスが付いている。C-。初心者の中の初心者だ。
というわけで、初心者の俺は最低ランクでも受けられる依頼からすぐにこなせそうなものを探した。それでも数がある。
ランクは組合からの信頼の度合いだ。依頼人とトラブルを起こさない、きちんと報告する、なんてのは当然だから置いておくとして、ハンターとして信頼されるには当然“強さ”が必要で、サポーターには作業の正確さ丁寧さ……あとは速さが必要になってくるのではないかと思う。実際は知らん。依頼の数をこなしていけばポイント溜まって昇級って感じかもしれないし。サポーターの上位ランク依頼を見るに言葉遣いが美しいかとか多方面の分野に精通してるかとかも重要になってきそうだな。
まあ、とりあえず何事もコツコツと、だ。
俺は目に留まった依頼の紙を掲示板から剥ぎ取ると、初めて組合に来たとき応対してくれた狐耳の受付さんのところへ持って行った。
ぴこん、と跳ねる狐耳が可愛らしい。いや別に、この人が可愛いからここを使ってるわけじゃなくて、なんかこの受付だけ空いてるんだよな。掲示板から離れた位置にあるからかな。もしかして……美人過ぎて近寄りがたいと思われてるのか……?
その気持ちはわかる。わかるが、そういうのを態度に出すとセクハラになりそうなので俺は彼女を美人で可愛いと思いながらも「いや? 別に何とも思ってないですけど?」という顔でいる。社畜時代に培ったポーカーフェイスで。感情を表に出すのがいいことかどうかは時と場合によるからね、うん。
受付さんが依頼の紙を受け取り、代わりに長方形の紙をくれる。これに依頼人の署名か拇印を貰い、受付に提出すれば依頼が完了となる。なくさないように大事にアイテムボックスに仕舞った。ポケットに入れるふりしてこっそりね。
「それじゃあ、いってきます」
「……はい。いってらっしゃいませ」
挨拶をして組合を出る。
初仕事だ。頑張るぞ。
指定された待ち合わせ場所へ行くと、依頼人と思しき人物がそこにいた。声をかけると、一瞬驚いたような顔を浮かべる。
「組合から来ました。依頼人のかたですか? 俺は冒険者のメイスケです」
「あっ……は、はい。おれ……おれが依頼したんじゃなくて、親方が……。親方は今作業中だから、おれが案内するようにと。ええと、ついてきてください」
そばかすの少年は速足で前を歩く。待ち合わせ場所――ハーマーズの東門を抜けて、港に出た。ここが今日の仕事場所だ。大きな船が泊まっている。荷下ろしをしているのが見えた。あれかな?
少年は勝手知ったるというように人ごみの中を抜けていく。はぐれないようについていくと、荷下ろしの指示をしている、浅黒い肌をした大柄の男の前まで案内された。
「親方、連れてきました」
「依頼を受けて来ました、メイスケです。よろしくお願いします」
「オウ、時間通りだな……ンン?」
親方と呼ばれた人物は俺をジロジロと見た。なんだなんだ。
「まあいいか。こっちは猫の手も借りたいところだし、なにより時間が惜しい。ここと倉庫を行き来するだけの簡単な仕事だ、しっかり頼むぜ兄ちゃん」
俺の初仕事は荷運びだ。
海を渡った向こうの大きな国から届いた荷物――大事な商品をこの港からこの街の商人が有する巨大な倉庫まで運ぶ仕事だ。距離はそう遠くはないが、単純に商品の詰められた木箱の数が多い。中には一人では持てないような大きな箱もある。力、体力、速さ、なによりも丁寧さが求められる仕事だ。腕が鳴るぜ。
力と体力にはそんなに自信はないが、俺には秘策がある。
「じゃあ始めますね」
俺は木箱をひょいと抱えた。
親方と少年が驚いた眼で俺を見る。
屈強な海の男がわっせわっせと運ぶ荷物を俺のような平凡な男が簡単に抱えたことが意外というか不思議なのだろう。
何故俺が重い荷物を軽々と持てるのか。種も仕掛けもある。
〈身体強化〉の魔法だ。
その名の通り、身体能力を上げる魔法。今の俺は腕力も脚力も体力も上がっている状態だ。常時発動なので当然MPは減り続けるが大した量ではない。まだMP2000以上あるし。
木箱を抱えてすたすたと歩く。他の荷運びをする男たちを追い抜いて。中には俺と同じように依頼を受けて来たのだろうなという冒険者風の男もいた。涼しい顔で歩く俺を恨めしそうな顔で見ている。いや別に俺ズルしてるわけじゃないから……これ空箱ってわけじゃなく普通にズッシリ荷物が詰まった箱だし……強化魔法は俺の能力なわけだし?
ここにいる全員に強化かけたら仕事の効率すごいことになりそうだが、それは流石にね。C-ランクでも受けられる簡単な仕事なのでそれ相当の報酬しかもらえないってのもある。本当に自分ではどうしようもないことで困ってる人がいるなら見返りがなくても助けたいとは思うけど、これは依頼された仕事だから依頼されただけをきっちりこなすのが大事なのだ。目立って目をつけられて面倒なことになって今後の活動に支障が出るのもよくない。
何往復かして、周りの男たちにも疲労が見え始める。親方から昼休憩の声がかかった。
昼は配給があったので、ありがたくいただく。ここ数日で見慣れたパンに、葉野菜と小ぶりなエビのスープだ。塩味が効いていて美味い。これもハナザカリで味付けしたものだろうか。
パンをスープに浸しながら、俺と同じように昼食をとる男たちを見た。昼食を自分で用意している者もいるようだ。パンに……ソーセージを挟んで……ガブリといった。いいな……。肉。肉を食うべきだ。イベリスから干し肉を貰って以降肉を食べていない。日付にするとそう前ではないが、気持ちの問題だ。ツナマヨおにぎりにこのエビのスープと魚介はちょっと食べたけど、動物性たんぱく質が足りないぞ。肉を食わねば。この世界に来て初めて食べた角ウサギの肉は味気なかったし、イベリスの干し肉は美味しかったけど俺が今求めている肉は柔らかくてジューシーな焼き立てのアレなのだ。肉が……食べたい……。今日の夕飯は肉にする絶対。
食べ終え、スープが入っていた食器を返却する。もちろん、美味しかったですと感謝の言葉を忘れずに。
午後の部だ。よっしゃやるかあと気合を入れる声がする。ひいひい言ってる奴もいるし、無言で腰を押さえているやつもいた。俺も身体強化がなければああなっていた。いやあれ以上にひどい有様だったかもしれない。
念のため、自分に〈回復〉をかける。傷だけではなく疲労も回復する魔法だ。これでまだまだ動けるぞ。チート万歳。
日が暮れる前に全ての荷物を運び終わった。男たちがぐったり座り込むなか、俺はピンピンしている。ちょっと怪しいか? 疲れたふりしておくか?
と、そう考えていると親方がやってきた。
「おう兄ちゃん! あんたなかなかやるな。人は見かけによらねえもんだ」
「あ、お疲れ様です」
会釈する。親方はからから笑った。
「真面目そうだから仕事はきっちりやってくれると思ったがよ。ここまでやってくれるもんだとは思わなかった。あんたのおかげで予定より早く終わったよ。最近物騒でよう、盗賊団なんてものが出やがるから早めに終わらせたかったんだ」
盗賊団なんているのか。
親方の話によると、夜になると貴族や商人の家が覆面の集団に襲われたり、少人数で山歩きをしていると囲まれて追いはぎにあったりするらしい。それで怪我をした人もいるんだとか。怖い。
「ひょろいのが来たときはどうなるかと思ったがな!」
あ、ジロジロ見られてたのってそういう。頼りなく見えてたのね。
体格はともかく服装も簡素なシャツとズボンだから余計に……なのかもしれない。
せめて格好良いローブとかそういうの装備してたら「魔術師……!? アイツ、なにかおっぱじめる気だゼ……!」みたいな感じにならないかな。服屋があったら見てみよう。
ポケットから出した(ふりでアイテムボックスから出した)紙に親方のサインを貰う。これを組合に提出して、俺の初仕事は終了だ。もう一度大事にしまって、親方と俺を案内してくれた少年に挨拶をしてから港を出る。
日暮れにはまだ少しあるし、組合で依頼完了の手続きを終えたらハーマーズの街を見て回ろう。