5.ハーマーズでの夜
「これで登録は完了です。仕事を始めるときは、掲示板からやりたい依頼の紙を剥がしてこちらに持ってきてください。買取もこちらのカウンターで受け付けております」
「あ、じゃあ買取お願いします」
「私のもまとめて頼む。ベア系だ」
そう言うと、受付さんはこくりと頷き俺たちを別室へと案内した。別の受付では薬草のようなものや角ウサギのものと思われる毛皮をカウンターの上に乗せていたから、ロッキーベアのような大型の魔物は別室で買取査定、という感じだろう。受付カウンターにどーんと置かれても困るだろうしな。
「こちらへどうぞ」
部屋に入る。広い部屋の半分ほどにシートが敷かれており、もう半分は机がいくつか置いてある。数人の職人らしき人が部屋に入ってきた俺たちを見た。なんだか緊張する。
「メイスケ、このシートの上にベアを。ギルド職員は守秘義務があるから、スキルのことは気にしなくていい」
「わかった」
アイテムボックスからロッキーベアを取り出す。シートの上に巨体が寝かされた。心なしかそれを見ていた職人たちがウキウキしているように見える。
「ロッキーベア、ですか。イベリスさんが受けたのは森の調査依頼でしたよね」
「ああ。こいつは森で戦闘になったんだ。ここのところ小型の魔物が森の外に出てくるようになったのはおそらくこいつが原因だろう。北の方から迷い込んできたか」
「そのように報告しておきます。依頼達成ですね。査定が終わりましたら達成報酬とまとめてお渡しします」
「ああ、頼む」
イベリスたちの会話をぼんやり聞いていると、職人の一人に絡まれた。年齢は俺が日本にいた頃よりもさらに上、三十代後半から四十代ほどの男だ。額にバンダナを巻いている。イベリスよりは少し背が低いが、それでも長身で、分厚い筋肉が身体を覆っていた。プロレスラーみたいな体格をしている。目の前に来られると威圧感がすごい。
「オウ兄ちゃん、あんたも何か持ってきたんだろ? 〈収納〉持ちとは珍しい。あれ、仕舞ったモンは時間が止まるから素材が劣化しなくていいんだよな」
気安く肩を組まれる。硬く太い腕に圧迫されて、結構痛い。職人の気を逸らそうと俺は角ウサギとデスボアの素材を机の上に出した。
「ほう、ほうほう! 解体済みか! しかも状態が良い! 素人がやったモンじゃねえな!」
いや素人のチートスキルが勝手にやってくれたものです。とも言えず。
職人は目をらんらんと輝かせている。角ウサギはともかく、デスボアはそれなりに珍しいようだった。毛皮と牙を舐めるように観察している。
「こいつが……こうで、こんなもんか……」
職人の男はズボンの尻ポケットから取り出したそろばんをぱちぱちと弾く。そろばん、あるんだこの世界。異世界ファンタジーには結構日本っぽい文化の国があったりするから、職人さんもそこの出身だったりして。
査定が終わり、イベリスたちのほうを見ると話を終えていて、おそらく俺を待ってくれていた。
「ごめん、お待たせ」
「いや。大丈夫だ。戻ろう」
俺とイベリス、そして受付のお姉さんの三人で受付カウンターのほうに戻る。部屋を出る際に職人さんが元気よくまた来いよと言ってくれた。厳つい印象を受ける職人さんだったが、気さくでいい人だ。
カウンターに戻ると、俺とイベリスはお金を受け取った。俺のほうは銅貨と銀貨と、金貨がそれぞれ数枚ずつ。イベリスのほうには俺よりも多く金貨が含まれていた。もしかしてロッキーベアの代金だろうか。銅貨がだいたい一食分くらいの額で、銀貨がその十倍で、金貨は更にその十倍で……。すごい。大量の金貨を見て顔色一つ変えないイベリスがすごい。慣れたものだというのか金貨を目にするのは。
イベリスはお金をポーチに仕舞い、俺はイベリスに立て替えてもらった登録料を返し、残りはとりあえずズボンのポケットに仕舞った。【アイテムボックス】という手もあるが、もし消失してマナ化したら困るので、それは後で人目のつかない場所に落ち着いてから銅貨一枚で試してみることにする。
さて、これからだが。
「もう夜も遅い。今日はもう休んで、明日から冒険者としての仕事を始めるのがいいだろう。いい宿屋を知っているから、紹介しよう」
「何から何までありがとう、イベリス。あの森で会えたのがイベリスで良かった」
「気にするな。困ったときはお互い様というやつだ。また何かあったらいつでも頼っていい」
お互い様か。もらってばかりな気がするけど。
イベリスに紹介してもらった冒険者向けの宿屋はあたたかみのある木造のこじんまりとした宿屋だった。二階に宿泊できる個室があり、一階は食堂であり夜は酒場として開放しているらしい。ぽつぽつと冒険者や職人らしき人が飲み食いしているのが見える。賑やかに談笑しているが、騒がしすぎない。いい雰囲気だと言えた。
朝飯付き連泊が安いので、それにする。宿屋……泊まれる場所というとホテルや旅館を思い浮かべてしまうが、どちらかというと寮や下宿に似ている気がする。イベリスもここに泊まっているらしい。銀貨を支払い、宿屋のおかみさんに部屋の鍵を貰うと二階に上がりそれぞれの部屋に別れた。
部屋に入る。ここがしばらく俺の拠点になる場所。あまりにも色々なことが起きて、精神的にも肉体的にも疲労していたのでベッドに腰掛けようとしたが、自分の身体が汚れていることに気付いた。森の中を歩き戦闘して崖から落ちて汚れていないはずがなかった。
ここは……あれの出番じゃないか?
〈魔法創造〉。その名の通り、魔法を創り出せるスキルだ。
俺は自分の服と身体が綺麗になる想像をする。洗濯したての服。風呂上がりの身体。汚れを、細菌を落として、綺麗に。
「〈清浄〉」
ほう、と魔力が温かな光となって身体を包む。光がおさまると、身体と服の汚れは綺麗に落ちていた。これは便利だ。日本人としては湯船にしっかり浸かって疲れを癒したいところだが……。流石に今は無理か。
ベッドに腰を下ろす。ポケットの中で金属が擦れる音がした。そうだ、お金。
ポケットからお金を取り出す。宿泊料に払ったから、銀貨が減っている。
俺は銅貨を一枚手に取ると、アイテムボックスに収納してみた。
「お?」
結果から言うと、お金はアイテムボックスに収納されはしなかった。代わりに、【ウォレット】というものがメニューに追加された。タップすると、画面に「銅貨×1」と表示される。隣には日本円の価値が書かれていた。
銅貨を取り出し、アイテムボックス同様無事に出し入れが可能なことを確認してから残りの銅貨と金貨を【ウォレット】に入れる。やっぱり金貨は結構な金額だ。
そして――。
そして俺は、恐る恐る【ショッピング】をタップした。
通販サイトのような画面が開かれる。右上に、俺が【ウォレット】に入れたのと同じ額が日本円で表示されていた。日本にいたときの俺の一か月分の給料くらいある。戦うのはごめんだが、確かに一日でこれだけ稼げるのは心惹かれるものがあるな。
さて、何を買おう。スキルを確かめるために何か買っておかなければ。スキルを確かめるために。別に物欲に負けて贅沢しようとしているわけではなく。決して。
ぐぅ、と腹が鳴った。森を歩いている最中に何度かイベリスから食料を分けてもらったが、そういえば夕飯はまだ食べていない。何か食料を買うことにしよう。
食べ物カテゴリを選ぶ。検索機能もあるが、今は真っ先に目についたそれを買うことにした。
選んで、支払い確認をする。右上の表示から代金が引かれた。
ぽん、と何もない空間から現れたそれを手にする。
綺麗な三角形が二つ。見慣れたパッケージ。
ツナマヨのおにぎりと、昆布のおにぎりだ。
ぺりぺりと包装を剥がして口にする。まずはツナマヨだ。
「うん……めぇ~~~……」
沁みる。これだよこれ。この味だよ。イベリスに干し肉を貰った時も思ったけど、やっぱ人間の身体は塩分を欲しているんだよ。美味い。パリパリの海苔。ほんのり塩味の効いたつやつやでしっかりとしたお米。絶妙なバランスのツナマヨ。美味すぎる。ありがとう。日本にいたときは何の感動もなくただ食べるだけだったコンビニのおにぎりが今はこんなにも美味しい。こんなに美味しいものを低価格で何種類も販売してくれる日本の企業の皆さんに感謝して回りたい。無理だけど。ありがとう、美味しいおにぎりをありがとう。
追加で買ったペットボトルのお茶もまた美味い。茶葉にこだわりましたと言われても違いはよくわからなかったし今もそれについてはよくわからないが、とにかく美味しいことだけはわかる。
昆布のおにぎりも数口で食べ切って、お茶も飲み干した俺はゴミをアイテムボックスに入れ、マナに変換させるとベッドに寝転がった。
食べてすぐ横になると牛になるって、母ちゃんがよく言ってたっけ……。
じわりと視界が歪む。
仕事が忙しくてしばらく実家に帰っていなかったけど……そのまま二度と会えなくなるなんて思ってなかったな。とんだ……親不孝者だ。
絶対、悲しませたな。怒ってるかな。この世界から俺は何もしてやれないけど……。せめて、せめてこの世界で頑張って生きていくから。身体を大事にして、二人にしてやれなかった分、誰かを助けて生きていくから。それで……許してほしい。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。