35.マックス②
「結局お前ら二人とも、そっちの金髪アテにして偉ぶってる臆病者なんだろ? パーティだなんて、食わせてもらってるの間違いだろ。ハッ、だせえな。自分だけじゃ何もできない卑怯者。何の取柄もない雑魚虫クソ虫。生きてて恥ずかしくねえ、の……」
そこで言葉が止まる。空気が変わったことに、マックスも気付いたようだった。口元は引き攣り、嘲笑を浮かべていた顔が歪んでいる。
俺も、恐る恐る後ろを振り返った。姿かたちは何も変わらない。表情だっていつもの、真面目な話をしているときの……イベリスだ。だけど明らかに空気が違う。
「メイスケ」
「は、はい?」
「アルジェンを頼む」
「は、はい」
アルジェンの身体を支える役目を変わる。
イベリスは前に出て、マックスに真正面から向き合った。マックスはアルジェンよりは背が高いが俺よりは小さい。その俺より更に体格の良いイベリスに見下ろされて、その威圧感からマックスは思わず後退った。
「現実が見えていないようだな」
「っは、はあ……? な、何が……」
ああ。分かる。俺よりも前に出たイベリスの表情は見えないが……怒っているのだと、分かる。
先程までの威勢はどこへやら。前回、腕を掴まれたときのことを思い出しているのだろうか、マックスはイベリスを警戒しながら無意識に手首をさすっている。
「私たちは仲間だ。頼りもするし、頼られもする。だが、それは他人の力で威張るためでは決してない。お前の言う臆病者だとか卑怯者だとかは全くの見当違いだ。彼らはそんな人間ではない」
イベリスの言葉はおそらくマックスには響かないのだろう。それでも、イベリスは言葉を紡ぐ。
「メイスケもアルジェンも、己の弱さを深く受け止める強さを持ち、当たり前に人に優しく出来る人間だ。だからこそ私も彼らを愛し、彼らの力になりたいと思う」
「う……うるせえ……うるせえ!! アルジェンがっ……なんだってんだよおぉ!!」
マックスは冷静さを失っている。絶対に敵わないであろう相手に掴みかかろうとするくらいには。
マックスが胸倉を掴もうとした手をイベリスは片手で容易く捌き、後ろ手に捻り上げた。マックスは痛みに唸り声を上げ、野次馬がオオッと歓声を上げる。
「吐いた言葉は戻せないぞ。口にする前に少しは考えるんだな」
「な……ッ……」
マックスはイベリスから逃げようとするが、冷静ではなくても身体はあの時の痛みを覚えているらしい。暴れればそれだけ痛みが強くなることを理解し、悔しそうに唇を噛む。
「はい、そこまで。冒険者が血気盛んなのはいいけど、ここで暴れられたら俺の仕事が増えるだろう」
さてこの場をどう収めるか、そう考えているとわざと明るい口調でフェザーが割って入ってきた。副組合長が口を出してきたことで、乱闘を期待していたのであろう多くの野次馬冒険者がぞろぞろと本来の仕事に戻っていく。
「組合職員に対する暴力は処罰対象だからね。追って通達するから、君達はもう下がりなさい」
イベリスがマックスを解放すると、マックスは恨みがましい目でこちらを睨みつけながら捨て台詞もなく去っていった。
「ありがとな」
「いいや。本当はもう少し早く止めるべきなんだろうけどね。君達の……勇敢で……気高く……美しい姿につい見惚れてしまってね……」
ふふふふふ、と楽しそうに笑い声を漏らすフェザーだが、これは半分本心、というところだろう。
最初から副組合長に介入してもらって、騒ぎを収める力が無いと判断されるのは冒険者にとって致命的だ。ハンターの仕事もサポーターの仕事にも影響が出る。フェザーの気遣いに感謝だ。駆け出しの冒険者なら組合に頼るのも悪くはないと思うが、俺たちはBランクパーティだからな。
先程の騒ぎで、俺たちが騒ぎを収める能力があると言える動きをしたかどうかは……わからないけど。まあ、明らかにマックスの様子がおかしかったのもあるし、お互いに怪我無く終わっただけで良しとしよう。
「すみません。メイスケさん、イベリスさん……。ご迷惑をおかけして……」
「いや。迷惑なんてかけられてないよ。もういいのか?」
アルジェンは頷き、俺の手から離れる。
マックス達が立ち去ったことでアルジェンの体調も回復したようだ。とはいえ、きちんと医者に診てもらう必要があるだろう。偽勇者一行というトラブルの元の接近が分かるのは考えようによっては便利かもしれないが、大事な仲間に苦しい思いをさせてまで必要なことではない。治せるものなら治してやりたい。
顔色はマシになったが、その表情は暗い。俺たちに迷惑をかけたと思っているのもあるだろうが、やはりマックスのことが大きいか。説得に失敗したこと……いや、それよりはあいつの変貌にショックを受けているように思える。アルジェンの話を聞く限りでは、多少乱暴なところもあるが悪い奴ではなかったようなので、幼い頃から知っているアルジェンには信じられない、信じたくない気持ちでいっぱいなのだろう。
……勇者という称号にそんなにも魅せられてしまったのだろうか。例え周りを騙せても、実際にその力を行使しなければならない状況になれば嘘はすぐにバレる。そのことにも気付けない馬鹿なのか?
さて、もう一人暗い表情を浮かべている仲間がいる。
「イベリス」
声をかけると、イベリスは深く溜息を吐いて、困ったような表情を俺に向けた。
「あんな子供に対して私は……なんて大人げない……」
どうやら先程の行動を悔いているようだった。
イベリスは確か二十六歳だったから、マックスとは十歳差か。確かに大人と子供だ。力だってイベリスのほうが圧倒的に強い。
それでもイベリスは向こうが掴みかかるまで手は出さなかったし、マックス自身を貶めるようなことも言わなかった。
というか、そもそも。
「俺たちのために怒ってくれたんだろ」
俺とアルジェンが侮辱されたと思ったから、イベリスは怒ったのだ。
だからイベリスを責める気なんてない。有り得ない。そもそも俺も普通にマックスに対してムカついてるし。イベリスより更に年上の俺のほうがマックスへの態度は悪く、大人げないと思う。だからそう気にすることでもないと思うのだが、真面目なイベリスは感情のまま行動したことを恥じているらしい。
「イベリスの気持ちが嬉しかったよ」
「僕も……大事な仲間なんだって、そう言われてるような気がして、すごく嬉しかったです」
アルジェンも同意する。
イベリスとアルジェンのことは大事な仲間だと思っているし、二人もきっと同じように思ってくれていると信じているが、普段あまり怒ったりしないイベリスが怒るのが俺たちのことだって事実が、ただただ嬉しい。
「二人とも……」
「イベリスは気にしちゃうんだろうけど、それでも俺たちは嬉しかったってことは覚えておいて」
俺がそう言うと、イベリスはやっぱり眉を垂れさせたまま微笑んだ。
うん。これはアレだな。
イベリスもアルジェンも気持ちが落ち込んでしまっているし、ここはみんなで楽しくショッピングでもして気晴らしするしかないな!




