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34.マックス①

王都に向けて発つ日取りなどの打ち合わせが粗方済んだところで、突如アルジェンが肩を跳ねさせた。


「アルジェン? どうかした……」

「メ、メイスケさん。多分その、マックスたちが……組合(ギルド)に向かって来てる、みたいで、」


唇を震わせながら言うアルジェンの顔色は悪い。すぐに〈探知〉を発動すると、確かに偽勇者一行が北門から街に入り組合(ギルド)に向かって来ていた。移動スピードも速い。走っているようだ。

イベリスと目配せをして、立ち上がる。


「すぐに出よう。イベリス、アルジェンを頼む」


言うまでもなく、イベリスはアルジェンの背中に手を回して支える。


「悪いがフェザー、挨拶はなしだ」


くそ。ここ数日間マックスら偽勇者一行は街にいなかったから油断をしていた。〈探知〉を切っていて、アルジェンが反応するまで奴らの接近に気付くことが出来なかった。

イベリスを支えに、アルジェンが立ち上がる。手足は震え、強張っているが、なんとか歩けはするようだ。


「俺は構わないが、アルジェン君は大丈夫なのか? すぐに医者を手配しよう」

「いや。原因は分かってるんだ。……症状が治まったら、連れていく」


アルジェンは偽勇者に近付かなければ大丈夫だと言っていたし、俺もそれについて深くは考えていなかったが……。

実際にその状況を目の当たりにすると、アルジェンの言っていたことが信じられなくなる。これは本当に彼自身の弱さから来るものなのか? 俺にはこの症状が、彼が弱いことで感じた恐怖やストレスから来るものだとはとても思えない。アルジェンには気配を察知するスキルもないのに偽勇者一行の接近に気付けるのも妙だ。きちんと調べてみる必要があるが、とにかく今はここから離れなければ。


しかし、偽勇者一行は思った以上に組合(ギルド)に到着するのが早かった。今正面玄関から出るのは難しいな。鉢合わせてしまう。

階段の下から揉めているような声が聞こえてきた。年若い男の怒鳴り声と、困っている女性の声だ。男のほうはマックスだろう。聞き覚えがある。


「困ります、規則ですので、ご用のないかたは二階への立ち入りを禁じています」

「用? 用ならあんだよ、いるんだろここに! 雑魚のアルジェンとあのムカつく二人組がよ!」


マックスは俺たちに用があるみたいだった。初めて会ったあの時を最後に一回も顔を合わせてないから、あいつらに文句を言われるようなことは何もしてないんだけど……それに、そもそも何故あいつは俺たちがここにいると知っている?

とにかく、受付のお姉さん一人にあいつらの相手をさせるわけにもいかない。こちらから出向いてやろう。


「フェザー、裏口とかあるならそこからアルジェンたちを出してやれないか」

「ま、待ってください。マックスは僕たちを、探してるんですよね。だったら、行かないと」


ここで逃げることはできないと、アルジェンの目が語っている。吐き気や、眩暈だってするだろうに、話をするのだって楽ではないだろうに、それでも健康な状態でだって相手するのが疲れるようなやつと話をつけにいくと。


「……わかった。無理はするなよ」


アルジェンは頷く。

階段まで行くと、こちらの姿を認めたマックスとその一味が目をこれでもかというほどに吊り上げて睨んできた。聖女は一緒ではないようだった。


「テメエら、よくも……」


マックスは怒りに震えている。

一体俺たちが何をしたって言うんだ。


俺が先頭に立ち、階段を下りる。

距離が縮まったところで、マックスは二階に上がるのを必死に引き留めていた受付の女性を突き飛ばし、俺の胸倉を掴んできた。女性はよろけて、階段の手すりに身体をぶつけてしまう。

……こいつ。

胸倉を掴む腕を引きはがす。レベルが上がり、腕力も上がっているからか簡単に引きはがすことができた。マックスは驚いたような表情を浮かべ、一歩後ずさる。


「大丈夫ですか」


背中と脇腹を打ち付けた女性を支え、〈回復(ヒール)〉をかける。女性は痛みで瞳を潤ませていた。簡単なルールも守れないような男に大声で怒鳴られて、突き飛ばされて、そんなことが彼女の仕事じゃないだろうに。すみません、と口にすると、女性はふるふると頭を横に振った。突き飛ばしたのはマックスだが、その原因を作ったのは俺たちでもあるのに、優しい人だ。

女性をフェザーに任せ、マックスと向き合う。


「用があるのは俺たちにだろ。関係ない女性に怪我させて、自分が最低な人間だって自覚はあるのか?」

「ハアァ!? 女が怪我したからなんだっていうんだよ! その女が弱いクセに俺の邪魔するのが悪いんだろ!」


女性に謝罪する気持ちは欠片もないようだ。そんな気はしていたが。ますます、この男が勇者としてもてはやされている現実に舌打ちをしたくなった。

ギロリとマックスが正面に立つ俺を睨む。以前は……日本にいたときの、ヤンキーに絡まれるような気持ちになって怯んでしまったが、ここで退くことはできない。真っ直ぐに視線を返すついで、マックスに〈鑑定〉を仕掛ける。


マックス・ボーデン 見習い剣士 男 16歳

LV 22


やはりマックスは勇者ではなかった。偽勇者と心の中では勝手に呼んでいたけど、勇者が複数いてマックスも正真正銘勇者の一人であるっていう万が一の可能性もあったからな。

これでマックスは勇者でもないのに勇者を騙っていることが分かった。この世界、この国の人には勇者の予言は耳馴染みのあるもので、実際、国が勇者を探し、勇者であるとされたマックスがありがたがられてお披露目パレードなんかもしちゃってるわけだから、結構な問題じゃないか? この国の法律がどんなもんかは詳しく知らないけど、その……死罪、とかも有り得るのか? それは流石にちょっと……どんなにムカつく奴でも、対面して言葉を交わしたことのある人間が罰せられた結果死ぬことになるのは気分的にあまりよろしくない……とは、思うんだけど……。


「雑魚が! 俺に口答えしやがって! 謝れよ、頭を下げろ! 生意気なクチ利いてすみませんって俺に詫びろ!」


これだもんな。コイツは自分が何をしているのか、わかってないのか? 本当に自分がこの世界を救う勇者だと思っているのか? その辺の魔物にも負けて殺されるかもしれないレベルで、魔王に立ち向かって勝てるとでも思っているのか。世界が危機に陥ってもまだ誤魔化せると?


ざわざわと騒がしくなってくる。周りには、俺たちの騒ぎを遠巻きに見つめる冒険者たち。野次馬だ。これ以上ここで話していると組合(ギルド)の迷惑になるかもしれない。大きく溜息を吐く。


「さっさと用件を言えよ。聞くぐらいならしてやる」

「テメェ、何様のつもりだ! 雑魚のクセに、この俺に向かってそんな口の利き方! ああそうだ、そうだ、雑魚のクセに!」


マックスは怒りから身体を震わせた。今にも血管が切れてしまうのではないかというほど顔を真っ赤にして、自分の頭をガリガリと掻いている。整えられていない――まるで伸びる先から噛みちぎっているかのような――ぎざぎざの爪に、血が付着している。ぎょろりと血走った目はこちらに向けられているはずなのに、どこか、視線が合わない。

その様子は、異常と言っていいほどだった。


「ああ、ああああ雑魚ッ、雑魚、雑魚!! 王都に行くのは俺だ! 俺は王都に帰るんだ……! お前ら雑魚じゃなくて、っ俺を王都に行かせろよ!!」

「は、はあ!?」


喚くマックスに思わず間抜けな声を上げてしまう。

コイツ、もしかして俺たちが王都に行くのが羨ましくて絡んできたってことか? どんだけ王都に執着してるんだよ……。何だよ、王都では勇者として崇められてチヤホヤされてたけど、ハーマーズじゃそれがないから不満だってか? それにしたってこの様子は尋常じゃない。


「……というかお前、俺らが王都に行くって、なんで知って……」

「うるせえ! どーでもいいだろそんなの! 俺だ、俺の場所だ、あそこなら俺はちゃんと出来、生きっ、息、息、息」


――様子がおかしい。

元々性格が悪いとか、気性が荒いとか、興奮してるだとか、そんなんじゃ片付けられない。

マックスのことをそんなに知っているわけではないけど、前に会った時はただ口と性格が悪いクソガキって感じで。前に感じた気持ちはヤンキーに絡まれたときのそれだったけど、今感じているこの気持ちはもっとおぞましい――同僚が仕事中に突然倒れてそのまま退社したときみたいな――優しかった事務の人が急に怒ったり泣き出したり――当たり前に思っていた日常が知らないものに置き換わっていくような恐怖と似ている。あの頃はそれすらも受け入れていたけど、健康的な生活を送っている今それがどれだけ異常なことかが分かる。

マックスも何か――追い詰められているのではないか?


「お、おい、大丈夫か」


思わず声をかける。

曲の再生を終えた音楽プレーヤーのようにぷっつりと黙り込んだマックスはゆっくりと顔を上げ、ぼんやりとした目にこちらを映した。


「……」

「……おい?」


マックスの仲間のほうを見る。一人は目深に被ったフードで表情が読み取れないが、他の二人はマックスと同じようにぼんやりとこちらを見ていた。

背筋がぞくりとする。

確かに以前は受付に文句をつけるマックスに乗っかるように不機嫌な顔をしていたが、今、この瞬間にも同調してそんな表情をするのか……?


「……俺は選ばれた人間なんだ。一番すごくて、一番偉いんだ。邪魔することは許さねえ。俺より上に行くのも許さねえ!」


まるで、何事もなかったかのようにマックスは声を荒げる。その瞳は俺をしっかりと睨みつけていた。今のは何だったんだ……?


「マ、マックス」


よろよろとアルジェンが一歩前に出る。普段は血色の良い肌が今は青白く、唇からも色が失われている。イベリスの腕を支えにしてやっと立てているような状況で、あまりにも頼りなく見えた。それでもマックスと話がしたいのだろう、アルジェンはまっすぐに乱暴な幼馴染を見つめていた。


「――は。何だよ。弱虫雑魚のアルジェン。お前なんかが俺に用かよ」

「もう、危ないことはやめてほしい。このまま……君が、そう……していると、怪我じゃすまないかもしれない」


周りの野次馬に配慮して、混乱させないようアルジェンは言葉を選ぶ。ただの村人であるマックスが勇者を騙ること。マックスは周りの後押しで、いずれ魔王と戦うことになる。だが予言の勇者はアルジェンなのだから、マックスでは魔王を倒すことはできないだろう。〈勇者の光〉というスキルが魔王を倒す鍵であり、単純な力では魔王を倒すことができないのだとしたら、なおさら。

マックスはこのままでは犬死だ。今の彼のレベルを見るに、魔王まで辿り着けずに命を落とす可能性だって高い。アルジェンは自分の名誉なんかよりもそれが気掛かりなようだ。説得する言葉にもそれが滲んでいた。


「うるせえな……! お前ごときが俺の心配か? 俺が、この俺が怪我なんかするかよ、死ぬわけねえだろ!! 俺の未来は約束されてるんだっ!!」

「なんで……どうしちゃったんだよ、マックス。僕たち……仲が良かったわけじゃないし、マックスは小さい時から乱暴なとこもあったけど。でも、マックスが女の人とか、力の弱い人に手をあげるとこなんて見たことなかった。絡まれてるとこを助けてもらったって、慕ってる子だっていたのに!」


挿絵(By みてみん)


全身を蝕む不快感からか、小さい時から知っている相手の変貌にか。アルジェンは瞳を潤ませながら訴えかける。しかしアルジェンの言葉は、想いはマックスには届かなかった。


「ハ、誰かに守られて、支えられてねえと説教もできねえのかよ、弱虫アルジェン」

「それはっ、」


アルジェンは俺の後ろにいて、イベリスに支えられているのは事実だが、だからアルジェンは声を上げたわけじゃない。そんなの、アルジェンを昔から知っている人間だったら分かるだろうに。出会ってまだ長くない俺たちにだって分かるのだから。


「いい加減にしろよ、お前」

「今度はお前が説教の番か? お前もさっきからうぜえんだよ……! 前はビビってた癖に今更調子に乗りやがって」


マックスは鼻で笑う。

こいつには何を言っても無駄なのだろうか。何の言葉も響かないのだろうか。引き返さなければ待っているのは破滅への道だというのに。

アルジェンの言う通り、昔はこうでなかったというのならばまだ望みがあると、アルジェンが悲しまずにすむ道があると信じたいけれど。


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