33.組合からの依頼
「俺たちが、王都に?」
いつものように依頼をこなし、受付に報告を済ませた後、俺たちは副組合長フェザーに捕まって二階の応接間に通された。
大事な話があるとは聞いたが……。フェザーはいつものように薄く微笑んだままソファにかけていて、内容が深刻なものかどうかは判断がつかない。
「そう。陽だまりの花には、王都に出張してほしい」
急な話だ。
出張……王都にも冒険者組合はあるんじゃないのだろうか。王都ってくらいだし人口も多そうなものだけど、ハーマーズから出張しなくてはならないくらい人手が足りないものなのか?
ちらりとイベリスのほうに視線を向けると、俺の考えを汲み取って王都の組合事情について教えてくれる。
「王都にも組合はあるが、貴族の多い王都では冒険者は野蛮な人間が就く職業と思われているから、冒険者の人数も少なくあまり活発とは言えないんだ」
「そう。それでも人口が多い分トラブルも多いし、魔物はどこにでも出現する。だからこうして時折ハーマーズから王都に冒険者を派遣しているわけだけど」
フェザーは優雅な仕草でリジーさんの淹れてくれた紅茶を啜る。倣って、俺も紅茶を一口。すっきりとした味わいのストレートティーだ。ほんのりと果物のような甘い香りがする。できれば組合で仕事の話をしながらではなく、晴れた日の綺麗な庭園でシンプルな焼き菓子と一緒に頂きたい味だった。
「というのは、まあ建前で」
「えっ」
フェザーがニッコリと微笑む。
「実を言うとね、君たちには調査をお願いしたいんだ」
「調査……ですか?」
「そう。君たちがよく知っているだろう、魔物の異常発生について」
異常発生。
森に出現した、本来岩山に住むはずのロッキーベア。
街道に出現した、絶滅した筈のモフモフ。それに関連した魔物の異常行動。
「君たちはどうにも“引き”がいいからね?」
フェザーのこの口ぶりからすると、俺たちの他に魔物の異常発生や異常行動を目撃した冒険者は組合に報告された中にはないようだ。
本気でお祓いに行くことを考えた方がいいレベルで俺は運が悪いのではなかろうか。運の数値高いはずなんだけどな……。数値が高い方が不運ってことある? 普通に考えたら数値が高ければ高いほど幸運だろうと思うんだけど。
好意的に考えればまあそういう異常な魔物と遭遇しても大きな怪我することもなく、なんとかなっているわけだから運がいい……のか? それに、戦えない人たちがたまたま遭遇してしまったり被害が出る前に倒せていると考えれば確かに幸運なのかもしれない。進んで出会いたいと思ったことはないけど。
「宿泊費はこちらが出すし、王都の組合で普段通りに依頼もこなしてくれていい。そのついでに王都周辺の調査を報告してもらえればいいんだ。魔物の異常発生についてはまだはっきりとした理由がわかっているわけでもないから、必ず成果を出せと言うつもりもない」
それは……こちらにとって悪い話ではないな。
自分から予想のつかない行動をする魔物に向かっていくと考えると危険が伴うが、それはハーマーズで今までと変わらず冒険者として活動していても同じことだし。
それに、俺には王都に行きたい理由もある。
「俺はいいけど、二人はどう?」
「私は構わない。困っている人の助けになれるなら何処にでも行こう。魔物の話は、私も気になるしな」
アルジェンはどうだろう。
王都には……あまりいい思い出がないんじゃなかろうか。
勇者として故郷を旅立ったアルジェンを待っていたのはマックスが勇者として崇め称えられている世界だった。王都にアルジェンの話を聞き入れる者はなく、勇者パーティの魔術師には攻撃までされる始末。行きたくないと思っていても仕方がないが……。
そんな心配をしながら向けた視線に、アルジェンは頷きを返した。
「僕も大丈夫です。マックスたちのことは……気になるけど。今の僕にできることは自分を鍛えることだと思うし、お二人について行きます!」
強い意志の籠った目だ。フェザーもそれを見て満面の笑みを浮かべている。アルジェンの真っ直ぐな優しさを見抜いて、美しいと感じているのだろう。それを言葉にしないのは……この間俺が言った“迷惑をかけない”というのを守ろうとしてくれているのだろうか。そう思うと急になんだか好きなことを我慢させているみたいで悪いような……。うん。俺に対してのアレコレだったら静かに受け入れてやろう。なるべく。
しかしアルジェンの言う通り、あの偽勇者達の動向は確かに気になるな。
組合で見かけたあの態度。普段から素行はよろしくなさそうに思う。聖女サラのことも、リジーさん達獣人がまた心無い言葉をかけられてしまわないかも心配だ。
「マックスってあの赤毛の少年のこと? 知り合いなのかい?」
「え、あ、はい。同じ村の出身なんです」
アルジェンの言葉を確認し、フェザーは気だるげに足を組み替えた。
「じゃあ、彼が予言の勇者ってことも知っているね」
「……はい。そう、なってますね」
アルジェンは素直にマックスが予言の勇者であることを認めることが出来ず、曖昧な返事になってしまう。嘘が吐けない人間だ。
フェザーは一瞬だけ嬉しそうに目を細めたが、すぐに真面目な表情を浮かべる。
「あの勇者クンはまだ未熟だから、ある程度の力をつけるまで勇者の身分を隠してここハーマーズの組合で冒険者として活動してもらうようにと、国からの命令でね」
彼らが勇者一行であることを知っているのは組合長とフェザーだけらしい。
身分を隠して……ねえ……。確かに彼らが勇者一行であると知っている人はいなさそうだったから、我こそが勇者だと喧伝して回ったりはしていないようだったが……。あの態度の大きさは「自分は特別だから優遇されるべき」と調子に乗っているようにも思えたし、何かの拍子に名乗りそうだなアイツ。
「他の冒険者と同じように扱えという話だったから特に構ってもないけど、彼ら、美しさに欠けるというか……。紹介されたときは生意気で調子に乗った子供という印象しかなかったけど、最近は他の冒険者との間で揉め事も起こしているみたいだね」
冒険者同士の衝突にはあまり首を突っ込まないようにしているけれど、とフェザーは続ける。
冒険者には血の気が多い者も多いから、いちいち構っていられないのだろう。個人間のトラブルは個人間で解決してくれ、という線引きだ。流石に目の前で暴れられたら無視するわけにもいかないだろうが。
……ん? 今のフェザーの口ぶりだとコイツは……あの件を知らないのか?
「マックスが、受付の女性に高圧的な態度をとっていたことは聞いていますか」
「それは初耳だな。……もしかしてリジーかい?」
頷く。
フェザーはやれやれといったように額に手を当てた。
「あの子はまた……」
眉を顰め、困った表情を浮かべる。
それはリジーさんに向けられたものだったが、煩わしさから来たものではないと感じられた。
「通常の業務に関しては、君たちも知っての通り真面目な良い子なんだけどね。どうにも報告を怠る癖がある」
どこか茶化した言い方だが、その顔は真剣そのものだ。
リジーさんが報告を怠るとき。報告するほどのことではないと彼女が判断した事柄。対応に、慣れ切ってしまっていること。
……不当に扱われることが、彼女の普通だとでも言うのか。
考えると、自然と表情が険しくなってしまう。イベリスも神妙な顔で口を堅く結んでいた。
“当然”に慣れた彼女が悲しくて、頼ってもらえないことが、少し――悔しい。何度も顔を合わせて、言葉を交わして、彼女の些細な表情の変化も感じられるようになって……仲良くなれたと思っているのが自分だけなんじゃないかって思うと、寂しい気持ちになる。でもそれは彼女が悪いわけでは決してない。
獣人に対する偏見や差別が無くなったとして、罪もない獣人が酷い仕打ちを受けて来た事実が消えるわけでもない。心の傷は、簡単には治せないのだ。
「マックスのことは……」
「ああ。俺が組合にいるときは気を付けておこう。リジーにも報告を怠らないようしっかり言っておかないとね」
紹介されたと言っていたからマックスのほうもフェザーが組合の偉い奴ってことは知ってるだろう。流石に組合の偉い奴がいるときはリジーさんや他の人に妙な因縁をつけたりはしない……筈だ。他の冒険者と同じように扱うように言われていても国から任された勇者である以上、マックスが揉め事を起こしたとしても処罰を受けさせることは難しいのかもしれないが、フェザーが見ていてくれるだけで抑止力にはなるはずだ。
「ありがとな」
一般的に部下を守るのも上司の役目なのだろうから、他人の俺がお礼を言うのもおかしいかもしれないが、思わずその言葉を口にした。
リジーさんを気にかけるのはともかく、マックス達を注意して見ておくのは俺たちが心置きなく王都に行けるようにする配慮も含まれているだろうし。まあ、礼は言っておくに越したことはない。
俺の言葉に、フェザーは驚いたような表情を浮かべる。そうしていると、普段よりも些か幼く見えた。
「おや……ついに俺は……ふふ、メイスケ君の心の氷を融かすことができたのかな?」
……余計な一言だったかもしれない。
フェザーの相手が面倒という意味で。
「ごめんごめん。そんな顔しないでくれ。君の言葉から敬語が外れたのが嬉しくて、つい茶化してしまったよ」
茶化してたのか。普段からああいう気障な態度だから、素かと思ったぞ。
というか、ああ、今俺、言葉崩れてたのか。一応フェザーは組合の偉い人なわけだし、どれだけ気に入らなくてもその辺はちゃんとしておこうと思ってたんだが……。まあ、本人も喜んでいるようだし、いいのか。
「あんまり茶化されると敬語に戻るかもしれん」
「ああ、気を付けるよ」
フェザーは嬉しそうに目を細めて笑っている。敬語が外れたとか距離が縮まったとか、そういうのをわざわざ指摘されるのが気恥ずかしくて、俺はフェザーから顔を背けた。自分でもガキっぽいと思うが、そこは身体が若返った影響……ということにしておく。
顔を背けた先では、そんな俺達のやりとりをイベリスとアルジェンが微笑ましそうに見ていた。
……恥ずかしい……。
「あ、そ、そうだ、盗賊団のことはどうなってるんだ?」
空気を変えるために俺はその話題を口にした。
俺が盗賊団の元一味と遭遇し、イベリスがそいつらを倒してからそこそこの日数がたっているが、その後どうなったのだろう。ハーマーズの警戒が厳しくなり盗賊団も自由に活動できていないのか、あれから盗賊団が出たという噂は聞かないが……。
「君たちが捕まえてくれた盗賊は引き続き取り調べ中さ。ただ、俺の見立てだと何も情報は出て来ないだろうねえ。取り調べの様子を見た感じ、連中、自分たちがボスと仰いでる相手の顔も知らなさそうだ」
「まあ、切り捨てられるような下っ端だしな……」
素性がバレるとまずいタイプの組織のボスがそう簡単に自分の情報を持った人間を切り捨てる筈がない。恨みを買って情報を流される可能性があるからな。
自分の部下を切り捨てられるのは、その部下が下っ端で大した情報も持っていないからだ。実際、盗品を売り捌くルートも教えられていなかったみたいだし。
捕まえられたのは盗賊の一部、それも何の情報も持っていない下っ端だから、今も取り調べが続いているようだが盗賊団そのものを追い詰めるには至らないだろう。
残念だが、俺たちが盗賊団に対して今出来ることはない。気にはなるが、そもそも盗賊団の件、人間同士のトラブルはこの街の領主や騎士が担当することであって、一介の冒険者がどうこうする問題ではない。イベリスは調査に出ていたが、あくまで自由に動ける人手が足りないときの“協力”依頼だ。
困っている人を一人でも多く助けるのが目的の俺たち陽だまりの花だが、そこはしっかりと役割分担、街の偉い人たちに任せよう。俺たちは俺たちにできることを、任された任務をしっかりやるんだ。勿論、目の前に盗賊や盗賊に困っている人がいたらその限りじゃないけどね。




