30.アルジェンの戦い方
なんだ、これ。
〈不老長命〉――文字からその意味を察することはできるが、スキルをタップして、詳細を確認してみる。当然、オンオフを切り替えることはできない。
〈不老長命〉
このスキルを持つ者は老けず、長命種の寿命を得る。
長命種……思い浮かぶところではエルフとかだろうか。
もしそうなら何千年も生きられるということか? 〈健康〉スキルがあるから病気になることはない。命に関わるような大怪我をしない限り、俺は……。
「メイスケ? どうした」
「あ……いや、なんでも。ちょっと考え事……」
イベリスが神妙な顔で黙り込んだ俺を心配して声をかけてくれる。
魔王を倒して、この先十年二十年平穏な毎日を過ごして。
……百年、千年たって、それでも俺は生き続ける?
不老長寿、不老不死は人類の夢だろう。だけど俺は、遠い未来のことを考えるととてもそうは思えなかった。
「お待たせしました! ……どうしました?」
「いや、大丈夫だ。依頼の場所はもう少し南だな。あんまり遅いと昼過ぎちゃうし、早速行こう」
イベリスもアルジェンも、俺の様子がおかしいことには多分気が付いている。
でもこれは……彼女たちには解決できない問題だから、話しても仕方がないだろう。
頭を、切り替えよう。不死ではないんだから、強くならなければ魔王に挑む前に死ぬ。目の前のことに集中しよう。アルジェンと、俺自身を鍛えるんだ。
イベリスの話によると、フォレストウルフは単体を相手にするならグラスボアより少し強い程度だが、群れを形成し狩りを行うぶん厄介らしい。俺とイベリスはレベルで圧倒しているので問題はないが、アルジェンはそこまでフォレストウルフとレベル差があるわけでもないので慎重にいかなければならない。
こちらも三人いるので、うまく連携してアルジェンが立ち回りやすいようにサポートしつつ、一匹ずつ確実に数を減らしていきたいところだ。目的はアルジェンの実力を見ることと彼のレベル上げだしな。ただ、一緒に戦うのは初めてなのでその連携が上手くいくかの不安もある。それは慣れるしかないだろう。念のため、負傷したらすぐ回復ができるようにしておきたい。
「いたな。フォレストウルフだ」
イベリスが指す方向には一匹のフォレストウルフがいる。街道の方から走って来て、森の中に入っていく。斥候だろうか。奴らは群れで狩りをするから、つまりこの後馬車か何かがここを通る……被害が出るその前にフォレストウルフを退治したい。
「ちょっと待ってね。数は……五、六……七匹かな」
〈探知〉でフォレストウルフを探る。斥候が向かっていった先には六匹の群れがあった。斥候が合流し、全部で七匹になる。七匹はゆっくりと移動し、街道近くの岩陰に身を潜めた。
「アルジェン、私の合図で同時に飛び出すぞ。メイスケは離れた位置からサポートを頼む」
「はい」
「任せて」
じりじりと、木に隠れて群れに近付く。相手はまだこちらに気付いていない。これまでの経験から編み出した――〈消臭〉魔法のおかげだ。相手が鼻の利く魔物でも魔法の効果でこちらの匂いは嗅ぎ取れないはずだ。効果はそこまで長くは続かないが、魔物との距離を詰めるには十分だ。
イベリスが小石を群れの後方に投げる。物音に二匹のフォレストウルフが気を逸らし、群れから少し離れた。
「行くぞ!」
イベリスの合図でアルジェンは剣を抜き、フォレストウルフに立ち向かう。突如現れた二人の剣士に五匹が戦闘態勢を取り、二匹は反応が遅れる。
まず、一匹。イベリスに飛び掛かり喉笛を噛みちぎろうとしたウルフが逆にイベリスによって喉を切り裂かれ、地面に倒れた。それを見て、ウルフたちはイベリスを警戒する。遅れて戦闘に合流した二匹もイベリスとの距離を測っている。仲間を殺された怒りか、オオカミとしての誇りか、または人間を侮っているのか。群れに逃げる様子はない。
ウルフは、まず“弱そうなほう”を片付けることに決めたようだ。四匹がイベリスを警戒しながら、二匹がアルジェンに牙を剥く。
「ガアァッ!」
「、ッ……たあっ!」
一匹目の飛び掛かりを躱し、二匹目の攻撃に合わせて剣を振る。アルジェンの剣先はウルフの左前足に傷を付けたがまだ浅い。おまけにアルジェンは二匹目の攻撃を避けきれず、ウルフの鋭い爪に腕を引き裂かれてしまい、ぽた、と地面に血が落ちた。
「うっ……」
痛みにアルジェンが顔を顰める。その背中を先程飛び掛かりを避けられた一匹が狙っている。イベリスは残りの四匹の相手をしているから、
「〈岩槍よ〉!」
俺が土魔法で足を止める。下から飛び出した大地の槍に身体を貫かれ、ウルフは苦しそうな声をあげた。アルジェンを魔法に巻き込まないように意識しすぎたせいで威力が落ちたらしい。レベル差があるのだから、一撃で仕留めたかったが……。
「ありがとうございます!」
アルジェンはしっかりと剣を握り直す。腕の怪我はそこまでひどくはないようだ。回復は後でいい。俺の魔法を受けたウルフは、千切れかけた足でよろよろと立ち上がった。一歩でも動けばそのまま地面に倒れ伏し、絶命するだろう。アルジェンを襲うだけの力は残されていない。放置してもいい。けれどもアルジェンは、前足を傷つけられ激昂しているウルフの飛び掛かりを前転で辛うじて回避しながら瀕死のウルフに近付き、浅い呼吸を繰り返すそれの首に剣を振り下ろした。ウルフは地面に崩れ落ち、血だまりを作る。
「う、わぁっ」
「アルジェン!」
もう一匹の飛び掛かりを今度は躱しきれず、アルジェンは地面に転がる。爪は剣で防いでいるようだ。しかし、自分の身長の三分の二を超える大きさの魔物にのしかかられ、アルジェンの力ではそれを跳ねのけることは出来ない。
「ぅう、ぐ……」
腕の力でウルフを押し返そうとするが、簡単にはいかない。ウルフはアルジェンが少しでも力を緩めればすぐにその喉を食い千切ろうとするだろう。
助けなければ、そう思うと同時に、イベリスが声を上げた。
「アルジェン! 足は自由だろう!」
その言葉にアルジェンははっとして、自分に覆いかぶさったウルフの横っ腹に蹴りを喰らわせる。蹴飛ばす……までは行かなかったが、上半身に意識を集中させていたウルフはバランスを崩し、その隙をついてアルジェンはウルフの下から抜け出した。ウルフが体勢を立て直す前に、喉を剣で貫く。
「ぷはっ、はあ、はあ……」
襲ってきた二匹のウルフが動かなくなったのを確認して、アルジェンは大きく息を吐く。イベリスはとっくに残りを片付けていて(レベル差を考えれば当然だ)、アルジェンが倒したそれが群れの最後の一匹だった。
「敵を倒したからといって簡単に気を抜くな。まだ潜んでいるかもしれないぞ」
「あ……はい。そうですよね。気を付けます」
「常に気を張っていろという意味ではない。実際、今は近くに魔物の気配はないからな。戦闘が終わっていない可能性を考えろということだ」
気を抜くな、と言われキリッと眉を吊り上げて剣を構えるアルジェンにイベリスが苦笑する。こうして並んでいるのを見ると姉弟のようにも見えるな。アルジェンは弟力が高そうだ。聞く限りでは一人っ子っぽいけど。
「アルジェン、怪我治すよ」
「あ、ありがとうございます」
特に大きいのは最初に受けた腕の傷だが、他にも小さな傷がある。転がって転げたせいで土に汚れぼろぼろだ。後ろからちょっかいを出しただけの俺と、圧倒的に強いイベリスは当然無傷で汚れてもないので、三人で並ぶとちょっと悪い気がする。〈回復〉をかけるついでに〈清浄〉、破れた服には〈修復〉をかけてやった。よし。元通りの美少年だ。
「……すみません」
「ん? 何が」
「僕、弱いから鍛えてもらってるのに、お礼に渡せるものがなくて、なのにこんなに良くしてくれて……」
うう、とアルジェンは迷子の子供のように今にも泣きだしそうな表情を浮かべる。
お礼が欲しいとは思わないのだが、アルジェンはそれが申し訳ないのだろう。俺だって、アルジェンと同じ立場だったら同じ気持ちになっていたと思う。それでも、やはりこちらからは気にするなとしか言えない。
「同じパーティの仲間なんだしさ。すみませんって言われるよりありがとうって言われる方が嬉しいよ」
「あ……僕、ちゃんとお礼言えてない……。すみません、ありがとうございます!」
あわあわとしながらアルジェンは頭を下げた。いや別に強要したわけじゃないんだけど。うーん、言いたいことを上手く伝えるのって難しいな。
「それに、俺だってアルジェンに助けてもらったよ」
「?」
アルジェンに思い当たる節はないようで、首を傾げている。
「俺が仕留めそこなった魔物にとどめ刺してくれただろ」
あれは、アルジェンの判断ミスなどではない。つい数日前まで平和な日本で生きていた、戦いの素人である俺にもあの魔物が直に絶命することがわかった。生まれてからずっと魔物が蔓延るこの世界で生きる彼にわからなかったはずがない。
魔物を、必要以上に苦しませてはいけないと。戦略的には放置で問題なかったのに、その想いでアルジェンは剣を振るった。その結果として別のウルフに飛び掛かられてしまった以上、賢い行いではなかったかもしれないが、アルジェンのその優しさは俺の胸に強く響いた。
「ありがとな。お前みたいなやつが勇者で、その手助けができることが嬉しいよ」
「メ、メイスケさん……」
アルジェンの瞳が一気に潤む。イベリスがその背中をぽんと優しく叩いた。




