表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

3.出会い

チチチ、と小鳥のような鳴き声がする。眩しい。朝か?

――首が、痛い。なんだか、硬い丸太を枕に寝ているかのような。


「気が付いたか?」


その声にゆっくり目を開けた俺の視界に入ったのは――あれほど夢見たふわふわの美少女ではなく――獣耳美少女でも縦ロールお嬢様でもなく――なめし皮の簡素な鎧に身を包んだ筋骨隆々の戦士であった。


挿絵(By みてみん)


夢?

身体を起こすと痛みがあった。夢じゃない。


「大丈夫か? まだ身体が痛むだろう。回復薬(ポーション)を飲むといい」

「あ……ありがとうございます……」


戦士が手のひらほどの大きさの瓶に入った薬を手渡してくる。受け取り、中身を一気に呷った。ミントのような爽やかさが喉を通り抜けていく。


「依頼でこの辺りを探索していたら君がそこのデスボアと一緒に落ちてきたんだ」


戦士さんが指さす方向には俺を執拗に追いかけまわしたあのデスボアが倒れていた。動く様子はない。俺の闇魔法と、落下のダメージですでに絶命している。


「それは……ご迷惑をおかけしました……」

「構わない。無事でよかった」


良い人だ。猫耳の美少女ではなかったが初めて会う人が良い人でよかった。誠実そうな顔をしているし。この人に俺を騙すつもりは欠片もないと俺の第六感が告げている。


「君はどうしてこの森に?」

「あー……いや、えーと……」


何も考えてなかった。悪い人ではなくても俺のことを信用してくれるかはまた別だよな。神様にこの森に落とされましたと正直に……うん、怪しい。この世界で神様がどう信仰されてるのかもわからないし、下手に神様を出すのはマズい気がする。不敬だーとか異端者だーとかで牢屋暮らし、最悪の場合処刑とか……いや怖い異世界怖い。全部想像だけど。有り得なくはないよな。

俺が考え込んでいると、戦士さんは少し困ったように眉根を寄せた。


「すまない。詮索するつもりはなかった」

「あ、いや、謝るようなことじゃ……ええと、俺も気付いたらこの森にいて、それ以前のことは覚えて……いなくて……だから上手く説明できないんです。すみません」

「覚えていない……記憶が、ないのか?」


頷く。なんとか誤魔化せた……だろうか。どっちみち怪しいことには変わりないが……。

戦士さんは何やら思いつめた表情で、腰に付けたポーチを漁るとガラス玉のようなものを取り出した。


「これに触れてみてくれるか」

「あ、はい」


触れる。ガラス玉はぼんやりと白く光った。


「これは犯罪歴があるものが触れると赤く光る魔道具だ。君は罪を犯してこの森に追放されたわけでもないようだし、記憶がないというのなら君の身柄は私が預かろう」

「え、ええと」

「この森に住みたいというわけでもないのだろう? 近くにハーマーズという町があるからそこまで案内する。身を落ち着けてからこれからどうするか考えるといい。新たな人生を歩むか、記憶を取り戻すか……」

「案内していただけるなら助かります」


戦士さんは俺を信用してくれたみたいだ。立ち上がった戦士さんは、俺が立ち上がるときに手を貸してくれる。ぐっと俺を支える手は力強く、安定感があった。


「私の名はイベリスだ。ハーマーズを拠点にハンターとして活動……ああ、要するに魔物を狩ったり人助けをして生計を立てている」

「あ、俺は茗助と言います。メイスケ」

「メイスケ。良い名だ」


戦士――イベリスがフッと微笑む。ヤダかっこいい。魔物を狩る仕事をしているせいか、顔や髪は汚れているが顔立ちはハッキリとしていて整っているし、髪もしっかり手入れをしたら輝きそうな金髪をしている。隣に並ぶと日本人の平均より大きかった俺よりも更に背が高く、端正な筋肉のついた身体は頼もしさを感じる。落ち着いた雰囲気に、俺みたいな素性の知れない男を拾い上げる優しさ。うん、モテるだろうな。


「さて、デスボアをどうするかだが」

「あ、それなら」


と言いかけて、この世界の【アイテムボックス】の扱いについて考える。

俺が読んでいた漫画ではだいたいの場合レアなスキルで軽々しく使った主人公は周りの人間に驚かれ、軽々しく人前で使うものではないと注意されていたが。

まあ、イベリスなら大丈夫だろう。

出会ったばかりの人間に謎の信頼感を覚えながら、俺は収納スキルを所持していることをイベリスに話した。


「そうか、それは便利だな。ではデスボアを収納したら発つとしよう」


イベリスの反応はそのようなものだった。騒がれずにほっとする。しかし、人の多いところでは使わぬようにと釘を刺されたので、やはりこの世界でもアイテムボックス・収納スキルはなかなかに珍しいものなのだろう。そんな珍しいものを見て便利だなで済ませたイベリスの肝の据わり方というか落ち着きというか、すごいな。イベリスは何歳なのだろう。年上だろうと思っているが。


デスボアをアイテムボックスに収納し、大量の肉と毛皮、それから牙という素材に変換されるのを確認してからイベリスの隣に立つ。


「よし、では行こう」


ぐぅぅ。

イベリスの言葉の直後、俺の腹が鳴った。どんな状況でも腹は減るものである。


「何か食料は持っているか?」

「えーと、生肉」

「そうか。ではこれを」


イベリスがポーチから布にくるまれたパンと干し肉を取り出す。二つ合わせるとポーチよりも少し大きい。イベリスのポーチは見た目よりも多くのものを収納できる魔法のポーチなのだろう。こういうのって多分高価だよな。イベリス、稼いでんだろうな。


生肉を焼くのにも時間がかかるので、ありがたく頂戴する。

イベリスも隣でパンを齧る。キャンプでもピクニックでもないのに森の中で朝ご飯。不思議な感じだ。

パンは案の定硬かったが、干し肉は塩気と硬さが絶妙で、美味しかった。

イベリスが水の入った袋を差し出してくれたので、それもいただいて、食事を終えた。


あれだけ恐ろしかったこの森も、人といるだけで恐ろしさがかなり薄れている。隣を歩くのがイベリスだからだろうか。逞しく、剣を差した姿が頼もしい。イベリスの強さもわからないのにそう感じた。〈鑑定〉でレベルとか見れたりしないだろうか……。

俺は好奇心で、イベリスに向かいスキルを使用した。


イベリス・ディアントゥス 戦士 女 26歳

LV 77


レベルたっけ。

俺が――デスボアを倒した経験値でレベルアップして、今はレベル20だからそれの三倍以上の強さだ。俺はチートスキルがあるからレベルが上がりやすいけど、イベリスは多分そうじゃないからここまでレベルを上げるのに幾度の戦いを繰り返してきた戦士……なのだろう。俺が怯えまくっていたこの森に腰に差した剣ひとつで立ち入り、堂々としている程度には魔物との戦闘に慣れている。頼もしい限りだ。


というか、あれ? イベリスって……。

イベリスの顔を見る。そう言われると、そうとしか見えなくなる。

綺麗な顔だとは思ったけど。顎の細さとか、つるりとした喉とか。確かに女性のものだ。声も、男にしては高めで聞き取りやすいと思ったが、そうか、女性だったのか。

……隠していたらどうしよう。第一印象で男性と思ったわけだが、そう思わせようとしていたら? いや、隠そうとしていなくて、ありのままの自分で、それで男性だと思われることに不快感を覚える可能性も? ど、どうしよう。秘密を覗き見てしまった。人に向かって鑑定スキルを使うべきではない。学びを得た。


俺に合わせてゆっくりと歩くイベリスにいたたまれない気持ちになる。

だめだ。うん、だめだ。正直に謝ろう。


「あの、イベリス、ごめん。俺、〈鑑定〉スキルでイベリスのこと見ちゃった。レベルとか、年齢とか、せ、性別とか……」

「む……メイスケは鑑定スキルまで持っているのか。組合(ギルド)に行けば引く手数多だろうな。お前を利用しようとする者も多くいるだろうから、気を付けるんだぞ」


個人情報を覗き見た俺にこの気遣いである。聖人なの?


「私の性別についてはよく間違われるが……隠しているわけでもないし、特に男に思われたからといって何もない。気にしなくていい」

「あ、ありがとう。ごめん」

「いい」


その微笑みは本当に気にしていない者のそれだった。

すごいな。健全な精神は健全な肉体に宿るというから、屈強なイベリスは精神まで屈強なのだろうか……。元居た世界、日本では出会わなかったタイプの人間だ。かっこいいな。


歩きはじめて数十分、稼働させていた〈探知〉に反応があった。近くに魔物がいる。イベリスに伝えると、イベリスは驚きもせず、ただ頷いた。


「メイスケはここにいろ」

「いや、でも」


俺も戦える、と言おうとした言葉の続きを、イベリスの言葉によって遮られる。


「心配するな。君は私が守る」


きゅん。心のどこかからそんな音がした。

有無を言わさず、という感じだ。あんなことを言われたら、大人しく従ってしまう。

女性一人に戦わせるのは気が引けたが、ぶっちゃけイベリスのほうが俺よりもレベルが高いし、武器もあるし筋肉もあるし……。逆に俺が足手まといになる可能性が大きいので、木陰に隠れてイベリスの戦いを見守ることにする。


〈探知〉に引っかかった魔物が姿を見せる。熊だ。熊型の魔物。デスボアほどの大きさはないが、デスボアと対峙したときと同じくらい、否、それよりも恐ろしさを感じた。肌が――ぞわぞわとする。肌で感じる、というやつだろうか。あの魔物は強い。


自分が魔法で戦う想像をしてみた。ああ、負ける。敵わない。魔法は当たらない。俺の身体は、あの鋭く固い爪で簡単に引き裂かれてしまうだろう。大熊が咆哮する。恐怖、で身体が固まる。息が止まる。


視界の端で、金髪が揺れた。


俺に背を向け、大熊に対峙するイベリスが腰から剣を引き抜く動作が、スローモーションに見える。

息ができる。

イベリスが剣を構えた。大熊が、イベリスに向かって襲い掛かる!

大熊の振り下ろし攻撃をイベリスは軽くいなし、その喉元に剣を突き立てた。ゴアアア、と大熊が地を響かせるほどの断末魔を上げる。ズシン。巨体が、倒れる。

イベリスは、あの恐るべき魔物を、たった一撃で仕留めてしまった。


「メイスケ、もう出てきていいぞ。……メイスケ?」


大熊の血を拭って剣を鞘に戻したイベリスが声をかけてくる。咄嗟に反応できず、心配したイベリスが駆け寄ってきた。


「メイスケ、大丈夫か」

「ぁ……う、うん。大丈夫。ちょっと……その、びっくり、して……」

「そうか。ああ、大丈夫だ。魔物は倒した」


イベリスの手が肩に置かれる。それだけで、すごく安心できた。

イベリスによると、あの魔物は普通この辺りには生息していないようだ。イベリスが依頼でこの森を探索していたのも、魔物の目撃情報があったかららしい。イベリスは大熊の耳をナイフで切り取ると腰に付けたポーチの中に仕舞った。


「私の目的も達成できた。これで、魔物に怯える人も減るだろう」


動悸が治まってきたので立ち上がる。戦闘中は出来なかったので、死体になった大熊を鑑定した。


ロッキ-ベア

岩山に住む凶暴なクマ型の魔物。分厚く固い毛皮が物理攻撃を防ぐ。

肉は食用。内臓は薬に、毛皮は防具に。


死体だからかレベルは表示されない。確実に俺が戦ったデスボアよりは強いだろう。そう考えるとレベルを知りたいような知りたくないような……。

イベリスの言う通り、こんな森にはいない魔物みたいだ。迷い込んできたのだろうか。

説明を見るとかなり有用な魔物らしい。


「これ、置いて行くのか?」

「この大きさを引き摺って街に入るわけにはいかないからな。騒ぎになる。討伐証明は取ったし、組合(ギルド)にこの場所を知らせてから改めて回収に行く」

「手間じゃないか? 他の奴に盗られるかもしれないし」

「それはそうだが、君、まさか自分が運ぶつもりじゃないだろうな」


そうだけど。駄目なのだろうか。


「君の申し出はありがたい。だが、それでは君を利用することになる。これは私の仕事だから、君が何かする必要はないんだ」


真面目な人だ。だからこそ、俺はイベリスのために力を使ってもいいと思える。


「利用じゃないよ。お礼。俺はイベリスに道案内をしてもらっているし、この魔物も……イベリスがいなかったら俺はコイツに殺されていた。俺がスキルを使うことでイベリスに迷惑がかかるというなら、しないけど」

「……わかった。そうまで言われては断るのは野暮だな。メイスケ、頼む」


頷きを返し、ロッキーベアをアイテムボックスに収納する。アイテムボックスに〈解体〉のオンオフがあることに気付いたから、今はオフにしてある。これはイベリスのものだから、俺が勝手に解体して素材にするわけにもいかない。


組合(ギルド)で買い取ってもらうから、そこまで頼めるか」

「お安い御用だよ。じゃあ、目的地、ハーマーズのギルドまで。よろしく、イベリス」

「ああ。任せてくれ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ