27.副組合長フェザー
「あ」
リジーさんのところに人が並んでいる。
赤毛の少年の件があったので一瞬警戒してしまったが、リジーさんの受付に並んだ冒険者はいたって普通に――依頼完了のサインを見せ、報酬を受け取っていた。
皆が皆、あの赤毛の少年のような考えをしているわけではない。当たり前のことかもしれないが、胸が温かくなる。
「リジーさん、お疲れ様です。依頼完了の報告を」
「はい。お疲れ様です」
交わす言葉はいつも通り。それが嬉しい。
魔ジカ討伐の報告をし、報酬を受け取る。村への移動、複数討伐ってことでちょっとお高めだ。村が魔物に荒らされて大変な中で組合への依頼料を支払うのは大変だったろう。俺たち冒険者への報酬は勿論、組合への仲介料もあるわけだから。魔ジカの石で取り返せたとはいえ、荒らされた畑や作物は返って来ないからな。頑張ってほしい。
さて、次は買取――の前にもう一つ、報告すべきことがある。
「リジー、部屋は空いているか」
「ご案内します」
リジーさんは立ち上がり、二階に俺たちを案内する。
組合の二階には複数の部屋があって、その中の一室に通される。内密な話や、長くなる話はここで聞くことになっているらしい。
イベリスがリジーさんに何か耳打ちをして、少々お待ちください、とリジーさんが部屋を出て行く。
俺たちはソファに腰掛けて待つことにした。俺はなんとなく落ち着かなさを感じているが、イベリスは紅茶を優雅に飲んでいる。絵になるなあ。
しばらくすると、カツカツカツと靴音が近付いてきた。靴音は、俺たちのいる部屋の前で止まる。ガチャリ、扉を開いたのはリジーさんではなく、知らない男だった。
「やあイベリス君。相変わらず美しいね」
は? 何だコイツ。いきなり出てきて何言ってるんだ。
男の後ろにはリジーさんが控えている。どっかの冒険者が勝手に入ってきたわけではなさそうだ。コイツも組合の関係者なのか。
もしかしたら組合のお偉いさんかもしれないのに、あまりに軟派な一言だったので思わず不躾な視線を投げてしまう。
そんな俺にも男は声をかけた。
「君も……なかなか美しいね。原石と言ったところかな……」
何だコイツ。
多分俺の顔は引き攣っていた。それを見て、男はフフ……と意味ありげに笑ってみせる。
初対面だが既に好感度がマイナスだ。
「こちらは副組合長のフェザーさんです」
「よろしくね」
リジーさんに紹介され、副組合長フェザーはにこやかに挨拶する。
緑がかった青の長髪。切れ長の黒い目は長い前髪によって左目だけ隠れている。うさんくささはあるが普通にしていればモテそうな……まあ、良く言えばミステリアスなイケメンではある。顔立ちは知的そうで研究者と言われても納得するが、服装は暗殺者とか情報屋とか裏家業を挙げられた方がしっくりくる白黒だ。細身に見えるが、身長は俺よりも高い。
「さて、何か重要な報告があるのだろう? 早速だけど聞こうか」
フェザーがソファに腰掛ける。長い脚が嫌味ったらしい。
しかし、これでもこの組合の、多分二番目に偉い人だ。リジーさんに耳打ちしたとき、イベリスがトップに直接報告しなければならないほどの事態だと伝えたのだろう。
「――なるほどね」
イベリスと俺は魔ジカの件から帰りに遭遇した魔物のことを報告した。
魔物の特徴――通常ならば雪山に生息する魔物だという話にフェザーは少し厳しい顔になった。
「リジー、過去の調査資料の写し……俺の部屋の右端の棚の上から二段目、黒い表紙の冊子を持ってきてくれるかい」
「はい」
リジーさんが部屋を出る。
フェザーは俺とイベリスを交互に見た。
「それにしても……君は弱そうに見えて無茶をするね。イベリスの強さは俺も知っている。彼女に敵わないなら君みたいに弱い人間は生存に賭けて逃げ出すべきだったろうに」
「フェザー」
イベリスが咎めるように副組合長の名前を呼ぶ。何か……何だろう。その気安さに少し胸がチクチクと痛んだ。
「俺が弱くて……逃げるべきだったなんて、あなたに言われなくてもそんなのわかってますよ。ただ俺はあの時、イベリスに道を作るのが全てにおいて最善だと思ったんです」
イベリスに道を作る。魔物を倒す手助けをする。魔物を倒してしまえば、俺が逃げる必要も、村の人を避難させる必要も、そして何よりイベリスを失うことも、ない。
ただそれだけだ。逃げ出すことも賭けだったというのなら、俺はより多くを得られるほうに、一番失いたくないものを得られるほうに賭けただけ。
苛立ちから口調が刺々しくなる俺を見てフェザーはニンマリと微笑んだ。え、なにこわい。
「うーん、流石俺。目に狂いがない。美しいね、君も。もっと強ければ、ああ、言うことなしなんだけど」
本当に何なんだコイツは。
「副組合長の言うことは気にしなくていいです」
リジーさんが帰ってきた。腕には冊子を抱えている。フェザーが言っていた調査資料だろう。
「この方の言う美しいものとは、ひとの善性ですので」
つまり人柄を褒められた……ということでいいのだろうか。どちらにせよ変な人ということには変わりはなさそうだが。
リジーさんが資料をテーブルに置く。フェザーは緩んだ顔を引き締めて、資料を開いた。
「君たちが遭遇したのはこの魔物で間違いないかな?」
フェザーが開いたページには、確かに俺たちが戦ったあの魔物と同じ姿が描かれていた。
頷くとフェザーはページを捲り、今度は絵ではなく文字を指差す。
「魔物の名はモフモフ」
「モフモフ……」
随分と可愛らしい名前だ。実際のところあの魔物の毛皮はモフモフなんていいものではなくゴワゴワのカッチカチって感じだったけど。
「最後に姿が確認されたのは二十年前だ。唯一発見報告のあったエルシィーチ雪山が彼らの生息区域だとされているが、今はもう彼らが生きている痕跡も見つからない。絶滅したと考えられている」
「絶滅?」
ってことは、あれは一体……?
俺たちは誰かが魔法でモフモフをあの場所に運んだり呼び出したりしたのだと思っていた。それだけでもどうやって、と思うが、絶滅しているとなると……その方法はより難しくなるのではないだろうか。最後の一体を捕獲して、今まで隠していたというのも……あの凶暴な巨体を二十年隠し続けるのは難しいし、何故解放したのが今だったのかという疑問もある。それとも、絶滅した魔物を呼び出す召喚術でもあるのか?
謎は深まるばかりだ。今、俺たちにできることがなさそうってのも心苦しい。
「とにかく、組合はこれを人為的なものとして調査を進めよう。君たちに協力をお願いすることもあるかもしれない。その時はよろしくね」
フェザーが立ち上がる。話は終わりのようだ。
「あ、そうそう」
思い出したかのようにフェザーは懐からペンを紙に滑らせる。はい、と軽く差し出されたそれにはこう書かれていた。
陽だまりの花のパーティランクBへの昇格
冒険者イベリス、メイスケ・アマガイ両名のハンターランクBへの昇格
副組合長フェザーの名のもとにこれを承認する
「えっ」
つい最近お嬢様の依頼でパーティとサポーターのランクがC-からCに上がったところなんですけど。
C+、B-飛ばしてBって。こ、こんな簡単に昇級しちゃっていいの?
「君たちは駆け出しといえばそうだけど、真面目に依頼もこなしてるし、モフモフを倒す実力もある。それなりの対応をしないとね?」
「いや、でも」
「自分“たち”には不釣り合いだと思うかい?」
そう言われると考え込んでしまう。
確かに、俺自身の戦闘力で考えるならばBランクに達する実力とは言い切れないだろう。だがパーティのランクが上がることに対して文句はない。それだけの仕事ができると、俺は隣にいる頼もしい相棒を見て思う。
彼女の隣にいる俺もふさわしい強さをもっていなければいけない。直接戦闘はともかく、戦闘のサポートならば、俺も多少なりとも活躍することができる……と思う。
Bランクが自分に不釣り合いだと思うのなら、もっと頑張らなくては。受けられる依頼もこれで増えるわけだし。ランクが上がることは悪いことではないのだから。
「……いえ。ありがとうございます」
「ふふ。強くなってくれよ、陽だまりの花。俺は君たちに期待しているからね」
その後、一階の査定場で魔ジカとモフモフの素材を買取してもらった。モフモフはせっかくなので記念に少しだけ手元に残しておく。
初めて来たときに絡んできた職人……ミネレさんは、モフモフの素材にひどく興奮した様子だった。まあ絶滅したとされる魔物の素材だからな。よく持ち込まれるだろう角ウサギやデスボアの素材に対しても楽しそうにしていたので彼のテンションの上がりようはとても納得がいく。
ちなみに、ミネレさんは宿屋のおかみさんの旦那さん……つまりアウリちゃんのお父さんらしい。好きなことに一直線なのは遺伝なのかもしれないな。
……なんとなく予想は出来ていたが、モフモフの素材はすごい金額になった。いつものように三等分、俺とイベリスと、パーティの活動資金に分けてもしばらく働かなくて済むほどの金額だ。とんでもないぞこれは。
組合を出る。
明日はアルジェンと合流して話を聞こう。聞いてどうするかは明日の俺たちに任せる。




