26.謎の少年
イベリスは剣を引き抜くと魔物の死体から下り、こちらに駆け寄ってくる。
「メイスケ! 魔物は倒した。怪我はないか?」
「たぶん。イベリスこそ」
ゴロゴロ回転したり魔物の咆哮と、あとは極度の緊張で頭がぐわんぐわんする気がするが怪我は多分ないはずだ。
俺のことよりイベリスだ。あの魔物が振り回した腕は、直撃を避けたとしてもイベリスに傷を作っていた。地面を抉り、跳ね飛んだ礫が肌を傷つけ、掠った爪や腕が血を流させ、痣を作った。少し前までは太陽の光を受けてきらきらと輝いていた金の髪も土埃に汚れてしまっている。神様の服に守られている俺よりずっとボロボロなのに、それでもイベリスは俺を心配している。そんな彼女に心配される自分が情けないような、そういうところがイベリスらしくて安心するような。
「すぐに回復す――あ、」
「無理するな。回復薬でこと足りる」
MPを使い切って〈回復〉が使えないことに気が付いた。
あの魔物を倒したことによりレベルアップはしただろうが、レベルアップでHPやMPは回復しないからなあ。
アイテムボックスから回復薬を取り出し、イベリスに渡す。パーティの荷物は俺とイベリスで分けて持っている。【アイテムボックス】が容量無制限なので俺が全て持ったとしても負担にはならないのだが、例えば俺が攻撃を受けて気を失ったら当然【アイテムボックス】は使えない。いざというときのためにアイテムはきっちり分けて持っておくのだ。緊急性のない荷物は俺が率先して持つけどね。得意は活かしていかないと。
俺も飲むように言われ、身体の痛みはないが一応飲んでおく。頭が少しスッキリした。MPも少しだが回復したので、俺とイベリスに〈清浄〉をかけた。
「……メイスケ。無理はしていないだろうな」
「大丈夫だよ。身体は元気だし、それにほら、俺もイベリスも血まみれ泥だらけだったらリジーさんが心配するだろうし……」
盗賊の一件で心配をかけてしまったことを思い出す。
イベリスは先程まで俺が回復魔法も使えないくらいにMPを失ったことを知っているから、ようやく回復したMPを身体を綺麗にすることに使ったことにあまり納得がいってないようだ。
MP切れで気絶したり死ぬ世界じゃなくてよかったよ本当に。俺がそんな無茶したらイベリスは心配どころじゃなく心を痛めるだろう。
「はあ。全く。君はもう少し自分を優先してもいいんだぞ」
イベリスには言われたくないが……。
とにかく、俺もイベリスもあの恐ろしい魔物相手に剣が折れたり攻撃が通らないハプニングがありつつも生き残れて本当によかった。
魔物をアイテムボックスに仕舞う。この巨体を組合に持ち込むのは気が引けるので解体も済ませておく。肉、食えるのかな……。
それにしても。始まりの森で出会ったロッキーベア。今遭遇したこの魔物。俺って運のパタメータは高かったはずだがこうも予想外に強い魔物と出会うとは運が悪すぎないか? イベリスと出会ったことで俺の運は全て使い切ってしまったのだろうか。
「メイスケ、君はあの魔物をどう思う?」
「え、つ、強い」
突然の質問に思ったことをそのまま返した。イベリスが聞きたいのは多分そういうことじゃないと思う。恥。
ええと、今戦った、あの魔物をどう思うか……。強くて、でっかい。あんなのが街道そばにいるんじゃ恐ろしくて歩けない。騎士団でも軍でも派遣して討伐してほしいところ、なのに……。
「……最近になって急に現れた……?」
あの巨体がいつまでも隠れているのは無理だろう。人に害をなす強大な魔物。見つかれば討伐隊が出されるなり、街道が封鎖されていてもおかしくない。それがされていないということは、今初めて、あいつは発見されたということになる。
「……実物を見るのは初めてだが、私はあの魔物についての記述がある書物を読んだことがある」
イベリスが真っ先に項を狙っていたのはその知識があったからなのか。
「あれは、雪山に生息する魔物だ」
「ゆ、雪山!?」
厚い毛皮は寒さを防ぐためのものだったんだな。寒さ以外にも色々防がれたが……。
しかし、こんな温暖な気候の場所になんだってそんな奴が。
雪山に生きる魔物がここ数日、急にこの場所に現れた。まさか、あの魔物の両親がここで子供を産んだわけでも、あいつがひっそりと誰にも見つからずここまで移動してきたわけでもあるまい。
「作為的なものを感じる」
「……」
誰かが、ここに魔物を連れて来た……?
方法はわからないが、自然発生したと言われるよりも納得できる。
――邪神。人の心に巣食うもの。何故だかその言葉が頭に浮かんだ。
「ハーマーズに帰ろう。日が暮れる」
「……そうだな」
ここに立って考えていても何かが解決するわけじゃない。ハーマーズへ向けて歩き始めた俺たちに、人影が近付いてきた。
「あのっ……すみませんでした!!」
はて、初手謝罪から入る彼は誰だろう。見覚えがないし、謝罪されるのも身に覚えがない。
頭を深々と下げた彼にどうしたのかと声をかければ、彼は勢いよく顔を上げた。
わあ、イケメン。
歳は……十代半ばといったところだろうか。可愛さを売りにしたアイドル系イケメンというか、まだ幼さの残る顔立ちをした細身の好青年だ。明るい茶髪が頭の動きに合わせてさらさらと揺れ、紫色の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめる。
「僕、あなたたちの戦いを見ているしかできませんでした! 助けに入れずすみません!」
なるほど、謝罪はそういうわけか。
でもあのイベリスがてこずる相手だから、そんじょそこらの冒険者が加勢に入れなくても仕方がないと思う。俺も最初は動けなかったので彼に対して何も言えない。
「気にするな。わざわざそれを言いに?」
「あっ、う、ありがとうございます。実はそれとは別に、あなたたちにお願いがあるのです……」
見える。しょぼくれた犬耳が見える。彼は獣人ではないがイメージとして。
少年は緊張した様子で、それでも意を決して口を開いた。
「僕はアルジェン・ライヒトームといいます。あなたたちの強さを見込んでお願いがあります。僕を、鍛えてくれませんか……!」
少年――アルジェンのお願いとは自分を鍛えてほしいというものだった。
先程の魔物との戦いを見て、この人たちなら! と思ったらしい。
真剣な表情。彼が強くなりたいと思うのには、何か理由があるようだ。
「とりあえず、日も暮れるし、話は街に帰ってからでいいか」
「えっ、あ」
「それとも依頼の途中? 君も冒険者だよな」
「いやっ、僕は……」
しどろもどろになる。
やましいことでもあるのだろうか。
「……アルジェン。教会で私たちを見ていたのは君か?」
「う、はい……」
イベリスが感じた視線の正体。それはどうやらこのアルジェンのものだったらしい。確かにこうして向かい合っても敵意は感じられないが、一体どうして俺たちを見ていたのだろう。
「あの日、聖女さまをお見掛けして……聖女さまは体調が悪そうで、どうしようかと思ってたらあなたたちが来て、それを手助けしたあなたたちのことが気になって……」
それで見ていたと。
第一声からは考えられないが、少年は臆病なようだった。あの日、聖女サラは見るからに具合が悪そうだったが、少年は声すらかけられなかった。俺もイベリスがいなかったら大丈夫ですかと声をかけるのもギリギリだったと思う。
「今日も、依頼とかじゃなくて、その……あなたたちを追いかけて来たんです。僕は……強くならなければいけないから。それで、手助けしてくれる人を探してて……」
アルジェンの言葉には密かな決意のようなものが見えた。強くならなければいけない。そこにどんな想いが籠められているのだろう。
出会ったばかりだというのに、俺はこの少年を手助けしたいという気持ちが芽生え始めている。きっとイベリスも同じ気持ちだろう。
まだ子供と言える顔立ちで、人を手助けできなかったことを悔やむような優しい少年だ。それが眉根に皺を寄せ、思いつめたように強さを求めている。
その理由を知りたい、と思った。
「まだはっきりとした答えは出せないけど、困っているなら力になりたいと思う。どうしてそこまで強くなりたいのか、詳しく話を聞きたいんだけど……」
俺たちはこれから組合に行って依頼完了の報告と、例の魔物についての報告をしなくてはならない。どれだけかかるかもわからないし、その後で待ち合わせて話……となると夜遅くになるかもしれない。
詳しい話は明日することにした。
ハーマーズの街が近くなる。戦闘の後で、怪我は回復させたとはいえそこそこの距離を歩くのは疲れる。身体というよりは、心が。瞬間移動の魔法なんかあると便利だよな。今は無理だけど、今度考えてみようかな。
と、考えているとアルジェンが僕はここで、と立ち止まる。もう少し歩けば南門だというのに、どうしたのだろうか。
「街に入らないのか?」
「今日は依頼を受けてないので、入らなくていいんです」
入らなくていいって……入りたくないみたいだな。
人混みが嫌いなのだろうか?
「……アルジェンはどこで寝泊まりしてるんだ?」
「北西のほうでキャンプを。意外と魔物もあんまり近付かないし、あ、ちゃんと許可は取ってますよ!」
とにかく街には入りたくないらしい。変な子だ。
人と極力関わりたくない……というタイプには見えないんだけどな。
謎の少年アルジェンと別れ、俺たちは南門から組合へと向かう。




