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25.謎の魔物

村が小さくなってきたところで――ふいに、空気が変わった。

ギャアギャアと鳴きながら鳥が飛び立つ。ミシミシと、木の折れる音がする。


「……イベリス」

「ああ。注意しろ」


ズン、と大地が揺れる。地震か、いや違う。これは。

これは、巨大な魔物の、足音だ。


「――――」


声が出ない。

ロッキーベアと遭遇した時のような恐怖。

あれは強い。強い魔物だ。イベリスと一緒に魔物と戦ったおかげで俺のレベルは上がったが、それよりもずっと強い。

全身を白い毛に覆われた二足歩行の魔物。シルエットで見るならば小さな山のようだ。

それが今、俺たちの目の前にいる。俺たちに敵意を――殺意を向けている。


咆哮。空気が震える。思わず耳を塞いだ。

魔ジカが興奮していた理由は、この魔物……? これに縄張りを侵されて荒れていたのだろうか。と、考えている場合ではない。


「メイスケ、下がっていろ」


イベリスが剣を構える。イベリスから見ても、今の俺には手に負えない相手なのだろう。

魔物が吠え、腕を振りかぶってイベリスを鋭い爪で引き裂こうとする。イベリスはそれを剣で受け流し、横に飛び退いた。

魔物の腕は地面を抉る。その腕を踏み台に、イベリスは魔物の頭上へとジャンプした!


「はあっ!」


イベリスが魔物の項を目掛けて剣を振る――。

そして、ガキィンと、金属の折れる音がした。


「――――は?」


剣が、折れた?

一見柔らかそうに見えたその体毛は、剣を防ぐほどの硬さを持っていた。


「っ、」


イベリスは魔物の背を蹴って距離を取り、着地する。

魔物は、足が竦んで動けないままの俺には目もくれず、攻撃の意思を見せたイベリスだけを執拗に狙っている。

イベリスはスキルで素早さを強化し魔物の猛攻を躱し続けてはいるが、彼女の身体強化スキルには時間制限がある。武器もなく防戦一方で、このままではいずれ限界が来て俺たちは魔物に負けてしまう。

俺が、なんとかしなければ。


「メイスケ! 私のことはいい、逃げろ!」


イベリスが叫ぶ。

俺は逃げるべきだ。弱いのだから。あんなに強い魔物に敵うわけがないのだから。

逃げて、村人に避難指示を、組合(ギルド)に救助要請を、するべきだ。

だって、このままでは、魔物を引き付けてくれているイベリスは――のだから。


「そんなの駄目だ!」


立て! 走れ! 出来ることをしろ!

足の震えを誤魔化して立ち上がる。魔物が強いからってなんだ。

――イベリスはもっと強い!


「イベリス! 剣が届けば倒せるよな! 少しだけ、少しだけ耐えてくれ!」

「、わかった!」


俺の言葉にイベリスは頷く。その姿に、君を信じる、と言われた気がした。


「イベリス、柄を!」

「――ふっ!」


イベリスは魔物に向かって折れた剣の柄を投げつけた。生まれ持った〈投擲〉スキルにより、イベリスは狙った場所に物を投げられる。魔物の顔にぶつかった柄は、跳ね返り俺の足元に落ちた。

俺はそれを拾い上げ、魔物の背後へと走る。折れた剣先があるはずだ。

魔物はまだ、イベリスだけを狙っている。弱い俺は意識さえもされていないようだが、好都合だ。

柄と剣先を合わせ、イメージする。元の剣の形を。


「〈修復(リペア)〉」


魔力が剣を包み、元の形へと戻る。新品同様の剣だ。武器は手に入った。隙を見てこれをイベリスに渡したいが、魔物の猛攻を引きつけギリギリで避けている今の状態の彼女には難しい。イベリスの剣を一旦ベルトに差し、俺は魔物を観察した。

剣さえも弾く硬い毛皮。あれを攻略しなければ俺たちに勝ちはない。


「物理耐性の敵には魔法攻撃って相場が決まってんだよ……っ」


魔力を練る。

イベリスは初め、魔物の項を狙っていた。そこに攻撃が通れば倒せるはずだ。


「いけっ……〈火の玉(ファイアボール)〉!」


火球が魔物に向かって打ち出される。魔物は、避けることが出来ずにそれを喰らう。

――否、避けることもしなかったのだ。

火球がぶつかったはずの魔物の後頭部は、毛先が少し焦げた程度だった。


「マジかよ……!」


もしかして火耐性もあるのか。

魔法攻撃力にはそれなりに自信があったので、効いてないとなると厳しい。

大したダメージにはなっていないとはいえ、魔物は自分に向かって魔法を打ち込んだ俺を、有効な攻撃ができないイベリスよりも先に倒すべきものとして認識したようで、攻撃の矛先が俺に向けられる。

あ、あ、やばい。

魔物が吠え、大きく腕を振りかぶる。地面を抉るほどの攻撃だ。まともに喰らったら、それは。


「メイスケッ!!」


イベリスの声で恐怖から引き戻される。


「――〈身体強化(ブースト)〉ッ!」


魔法で肉体を強化し、寸でのところで攻撃を躱す。

しかし、それで魔物が攻撃の手を休めてくれるわけではない。一撃、喰らってしまえばそれで終わりだ。魔物もそれを理解している。

なおも俺に標的を定めた魔物は俺との距離を詰めようとする。が、一瞬動きを止めた。


「おおおおおおっ!」


イベリスが魔物の足に組み付き、俺の方に行かせまいとしてくれている。身体強化スキルも時間制限が来て切れてしまっているというのに、イベリスは自らの肉体をもって、俺に道を作ろうとしている。

このチャンスを逃すことは出来ない。

浮遊(フロート)〉で浮かび上がり、魔物の項をよく狙う。

燃やせないのなら――削って、消滅させる!


「イベリス下がって! ――〈闇に還れ(ダークネス)〉!!」


魔力球が魔物の身体に当たる。頼む、効いてくれ……!


「グガ、ガアアアアアアアアアア!!」


魔物が叫ぶ。闇魔法は魔物の硬い毛皮を削り、露わになった項に傷を付けた!

しかし、気を抜くことはできなかった。自分に血を流させた相手を、魔物が許すはずがないのだから。

魔物はハエを叩き落そうと腕を振る。神の加護を受けた服に守られた胴体を狙ってくれたらまだ生き残る道はあるが、魔物の大きな手は俺の頭を的確に叩き潰すだろう。

浮遊(フロート)〉は浮き上がる魔法であり、鳥のように自由に空を駆けることはできない。速度がなければ、あの攻撃は避けられない。

イベリスが俺の名を呼ぶ。俺が魔法に巻き込まないよう下がらせたせいで再び組み付くには距離があり、石を投げて標的を自分に向けようとするが、頭に血が上った魔物は意に介さない。

スローモーションに見える。

死ぬときってこんな感じだったかな。

俺が死んでも、イベリスなら剣を拾って、魔物にとどめを刺してくれるだろう。イベリスがもう負けることはないし、近隣の村が脅かされることもない。

だから、俺はもう、この恐怖から、逃げても。


挿絵(By みてみん)


「メイスケ……ッ!!」


目を閉じてしまいそうな俺を現実に繋ぎとめたのはやはり彼女の姿だった。

直撃は避けているとはいえ、魔物の攻撃をずっと一人で受けてくれていた。俺を助けるために、強化の切れた身体で魔物を引き留めてくれた。あんなにボロボロになりながら俺をサポートしてくれた彼女へ返すものが、俺という仲間の死でいいと思うのか?

諦めるな。

目を瞑るな、見極めろ!


「だあああああああっ!!」


呪文、は思いつかない! 〈魔法創造〉する暇はない!

だから、両手をかざしありったけの魔力を向けた。


「こけろ!!!!」


前に踏み出した魔物の右足が落とし穴に落ちる。左足が、突如隆起した大地に跳ね上げられる。

俺の全力の土魔法により、魔物はバランスを崩し、その巨体を前のめりに倒れさせた。ズゥン、と地震が起こる。

攻撃は受けずに済んだものの、風圧にやられ俺も地面へと転がる。視界がぐるぐると回る。回転は木にぶつかって止まった。服の効果がなければこれだけで気を失っていただろう。顔を上げて、状況を見極める。魔物はもがき、起き上がろうとしていた。

今がチャンスだ。完全に起き上がる前に、とどめを!


「イベリス!」

「メイスケ! 無事か!」


土煙でイベリスの姿は見えない。

剣を、渡さなければならないというのに。

思った人の元へ物を届けられるような魔法を、と思っても今の俺にはMPがない。

思った、場所へ?

そうだ。今まで俺はそれを無意識にやってのけていたではないか。

イベリスの剣を【アイテムボックス】に収納する。

手の中に出したければ手の中に。テーブルの上に出したければテーブルの上に。自分にそれができると確信しながら、いつだってやっていた。

だから――可能なはずだ。


「【アイテムボックス】から、イベリスの元へ……! 剣を、取り出す!!」


俺の企みが上手くいったかどうかは――土煙の中から飛び出した彼女の姿を見れば分かる。

高く空へ飛び上がったイベリスは、落下の勢いを利用して魔物の無防備な項へと剣を深々と突き立てた。

首から血を噴出させた魔物は地に伏せたまま両手足を暴れさせるが、やがてぴたりと咆哮と動きを止める。絶命したのだ。


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