23.依頼の村へ
今日も魔物討伐依頼を受けた。
ハーマーズの南に位置する小さな村で、魔ジカという魔物が大量に発生して田畑を荒らすので困っているらしい。その村には馬車で移動することになった。
乗合馬車は南の大きな街に行く予定で、俺たちのほかに数人が乗っていたが、村で降りる予定なのは俺とイベリス、それからその村の出身らしいもう一人だけだ。
「依頼を受けてくれて助かるよ。何にもない村だけど、ウチで採れる野菜は自信を持っておすすめできるね」
乗り合わせた村人はそう言う。笑ってはいたが、元気はないように見えた。
野菜が自慢なら、なおさら魔ジカの被害に心を痛めていることだろう。村の主な収入源でもあるだろうし、早く解決してやりたい。
ガタガタと揺れる馬車は……まあ、乗り心地のよい物ではない。馬車に乗っている何人かは具合が悪そうにしている。〈健康〉スキルがなければ俺も酔って吐いていたかもしれない。
こういうとき前世の専門的な知識がある系チート主人公はサスペンション付きの揺れない快適な馬車を作るんだろうが俺にそういう知識はないからなあ。俺が読んでいた異世界漫画にも詳しく構造を解説しながら揺れない馬車を作るシーンがあったと思うけど、どうにも脳が拒否してしまって覚えられなかった。元になる物があればそれを〈鑑定〉とか〈構造理解〉とかのスキルを使って同じ物を作ることは可能……かも?
そろそろ村に着くころだろうか? そう思った時、ちょうど村人がもうすぐ村だと教えてくれた。どんなところだろう。依頼が早めに済んだら少し見て回りたいな。
とその時、馬車に衝撃が走り、停止する。御者が声を上げた。
「魔ジカだ!」
魔ジカは草食で自分から人間を襲うことはまずない……らしいが事故というにはどうにも様子がおかしい。俺とイベリスは外に飛び出した。
大きな角と、額に魔力を持った石を持つ鹿――魔ジカが、何頭もこちらに向かって走ってきていた。馬車にぶつかったと思われる一体も、よろよろとふらつきながらも体勢を立て直し、大きく鳴き声を上げる。
「キュエエエエエエエエッ」
「――ッ」
魔ジカの鳴き声は魔力を纏っていて、聞いた者の戦意を喪失させる効果がある。これは、出発前にイベリスから聞いた情報だ。
俺の〈健康〉スキルは〈状態異常無効〉を含んだスキルなので、魔力の効果で戦意を失うことはないが耳をつんざくその声を相手にするのは普通にやりにくい。
「興奮しているようだ。草食だろうが、あの角で突進されてはたまらない。気を付けろ。私は左側を叩く」
「わかった!」
イベリスは魔ジカが固まっている左側へと駆け出して行った。俺は右側の二頭を倒すことに専念する。普通、魔法使いの俺が広範囲を叩くべきだが悲しい力量の差というやつだ。
「〈岩槍よ〉!」
一度に相手するのは今の俺には難しいため、一頭を土魔法で足止めする。地面から飛び出した土の槍に行き先を阻まれ、怯んだ様子だ。
今のうちにもう一頭を。魔ジカは興奮し、風の音がしそうなほどに頭を大きく振っている。確実に、魔法を当てる。
「〈闇に還れ〉」
胸から喉を失った魔ジカが地面に倒れる。もう一頭。倒れた仲間を見て逃げ出すかと思ったが、その様子はない。集中しろ。鳴き声に惑わされるな。真っ直ぐ俺に向かって突進してくる魔ジカ。それを避けたり、正面から喰らってしまえば背後にある馬車が危ない。あの巨大な、尖った角で……蹂躙される。戦えない人たちだ。子供だって乗っているんだぞ。
怖くても逃げるな。なんとかなる。
――魔法はイメージ、なのだから。
「〈水の刃〉」
俺の目の前。縦向きに、水の刃が発射される。
魔ジカは突進を止められず魔法に自ら向かっていき、まるで達人が日本刀で切り裂いたかのようにすっぱりと縦に真っ二つになった。ドシャ、と二つの体が地面に赤い染みを作る。
……な、なんとかなった。
魔ジカの死体は……かなりショッキングな映像になってしまったので、馬車に乗った人たちが目にする前に収納しておく。イベリスの方は……。
「メイスケ。こっちも収納頼む」
うん。勿論問題なし。イベリスが全て綺麗に一刀で首を落とした魔ジカを収納する。俺が倒したのと合わせて全部で七頭だ。依頼内容は村の付近の魔ジカ五頭の討伐だったから、まだ村に着く前ではあるけど依頼達成となる。
魔ジカの突進を受けた馬車に破損はなく、馬車を引いていた馬も落ち着きを取り戻している。良かった。
再び馬車に乗り込み、出発する。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。何か、お礼を……」
馬車に乗っていた子連れの女性が俺たちに向かって礼を言った。
子供を連れた道行きで魔物に襲われるなんてたまったもんじゃないよな。無事で良かった。
「気にするな。冒険者として当然のことをしたまでだ」
「俺たちもこの辺りの魔ジカ討伐が目的だったので」
だから礼はいらないと言っておく。
“ありがとう”の言葉は嬉しいので素直に受け取っておくけれど。
それでも何も返せないことが申し訳ないのか、女性は困ったような顔をしている。彼女の娘が、肩からかけたポシェットをごそごそとまさぐって、何かを握った小さな手をこちらにずずいと差し出した。
「あげるー。おれーい」
手のひらの上に乗っていたのは青色のガラス玉だ。
「ん! あげるの!」
早く受け取れ、と女の子は強く言う。思わず手を差し出すと、ころんと小さな球は俺の掌の上に転がった。女の子がずっと握っていたせいか、ほんのり温い。
「もらっちゃっていいの? 大事な物なんじゃない?」
「いいの! おれいするの!」
俺たちと母親のやりとりを見て、何が起こったのか完璧に理解はしていなくても母親の代わりにお礼をしなければと思ったのだろうか。
母親の礼を断ってその娘から頂戴するわけにも、かといってこんな小さな女の子の厚意を無碍にしてこのガラス玉を突っ返すわけにもいかないよなあ。
と、そうだ。
俺は鞄の中を探るふりをしながら、【ショッピング】で買い物をする。
「いいものをもらったから、お返しにあげるね」
飴玉の入った平べったい缶をお返しにと渡した。リボンと花をあしらったデザインは可愛らしいし、中の飴玉を食べ切ったら小物入れにもなるだろう。俺にはきょうだいはいないし友達付き合いも……だったから、小さい子供に何か贈る機会はなかったんだけれど、これならきっと気に入ってくれる……と、いいな。
缶を受け取った女の子は目をぱちくりとさせた。
「きれーい」
「中に飴が入ってるからね。お母さんに食べていいか聞いて食べてね」
おかあさん、あけてー。と女の子が母親に缶を渡す。
「こ……こんな良い物をいただいていいのですか」
値段で言うならそりゃあガラス玉よりは高いと思うけど。
「価値のあるものをいただいたので」
キラキラのガラス玉だ。深い青色。イベリスの目の色のようだ。
ポシェットに入れて持ち歩くくらい、気に入っていたのだろう。手放したくないとぎゅうっと握りこんで、それでもお礼にと渡してくれた。
「……本当に、ありがとうございます」
「おかーさーん。あけてよー」
「はいはい。まあ、綺麗ね。馬車が止まったら食べましょうね」
申し訳なさそうにしていた彼女は、改めて礼を言うと母親の顔になった。
娘の笑顔で緊張や遠慮も解れたのだろう。俺とイベリス、母娘、この先の村の住民の男も交えながら談笑し、少しすると村に到着した。
ここまで乗ってきた馬車は、馬や車体の様子を見てから、しばらく後に南の街に向けて出発するらしい。彼らとはここでお別れだ。大きく手を振って別れ、俺たちは依頼主である村長の家へ向かう。




