22.問題児
街に戻ると、組合が何だかいつもより騒がしい。どうしたのだろう。
冒険者の波をかき分けて進むと、何か――受付の方で揉めているようだった。
「だからァ、買取額低すぎんじゃねえかって言ってんの! 俺がわざわざ狩ってきた魔物なのにさあ!」
赤毛の少年が何やら受付に詰め寄っている。魔物素材の買取額に不満があるようだ。少年はパーティを組んでいるようで、他にも三人が不機嫌に眉を寄せて受付を睨んでいた。
いや、違う。少し離れた場所にもう一人いる。少年は周りから避けられているようだから、少し離れているとはいえ近くにいるあの人も彼のパーティメンバーなのだろう。
フードを目深に被り、表情は見えない。……が、その服装と、手に持った杖には見覚えがあった。
聖女、サラ。
身体が弱いのに無理をしながら冒険者の仕事している彼女のパーティが、受付に文句つけてるアレ……?
「お前の仕事は頭下げて金出すことだろうが!」
赤毛は怒鳴る。
こういう行為はだいたい組合側のお偉いさんが出てきて組合追放処分……みたいな流れがありそうなものだけれど、その気配はない。
冒険者は我関せずと言ったように騒ぎを眺めていたり、マイペースに依頼を漁っている。組合側も、この場にいるのは受付の女性ばかりだから、止めに行って飛び火するのが怖いのだろう。
――もしかして、これが日常なのだろうか。俺が、たまたま今日まで出会っていなかっただけで。
それは嫌だな、と思った。
「あの、依頼完了の報告がしたいんで、どいてもらっていいですか!」
「ア゛ァ!?」
気付けば俺は受付と赤毛の少年に向かっていた。赤毛と、彼のパーティ三人に睨まれる。怖い。魔物との戦いとはまた別の怖さだ。コンビニ前にたむろしている関わり合いになりたくないのになぜかガンを飛ばしたことになり絡まれるアレ。今にも殴られそうだ。殴るなら顔以外にしてほしい。服が衝撃吸収するから。
間に入って気付いたのは絡まれていた受付がリジーさんだったことだ。無表情だが、俺を見てぱちぱちと驚いたように目を瞬かせている。
「買取終わってお金も受け取ったんですよね、もう用はないですよね、俺は受付に用があるので譲ってください」
早口になる。胸倉を掴まれた。少年は俺よりも背が低いから、無理矢理屈ませられて首が痛い。勘弁してくれ。これ以上の騒ぎは起こしたくないし、そもそも喧嘩なんかしたくないし(相手が子供なら尚更だ)、穏便に済ませたいんだ俺は。
「まだ話は終わってねえんだよ。テメエは他の受付行け」
「俺は! ここの受付さんがいいんです!」
初めて冒険者登録をしてから、ずっとリジーさんにお世話になっているのだ。ここがいいのは本音だ。だから早く怒りを収めてどっかに行ってほしい。正当な理由もなく文句を付けたら買取額が変わるなんてことはないんだから。
「うぜえんだよ……!」
少年が拳を振り上げる。咄嗟に目を瞑り、顔はやめて! と思ったが、いつまでも覚悟した痛みはやってこない。目を開けると、少年の手首を掴んで止めたイベリスがいた。
「冒険者同士で、または組合と揉めて、利があるとは思えないが?」
イベリスの声は冷静だ。少年も、頭一つ分ほど高いところから見下ろされて怯んだように見える。
それでもキッと眉を吊り上げて、憎しみの籠った目でイベリスを睨みつけた。
「離せよ!」
イベリスは簡単に少年を解放した。少年は俺たちから距離を取り、掴まれた手首をさすっている。どんな力で掴んでいたのだろう……。俺の目が確かならば、少年はイベリスを振り解こうと試みてはいたしイベリスが少年を掴む手はビクともしていなかった。イベリスに少年を傷つけるつもりは欠片もなかっただろうが、少年のほうが手首を捻ったり引っ張ったりして無理に解こうとしていたので痛めるのもやむなしだ。
「テメエらなんかに構ってられねえよ」
少年は買取金額を上げてもらうのを諦めたようで、こちらに背を向けて歩き出した。他のパーティメンバーも少年に続く。聖女サラが、深々と頭を下げる。フードから覗いた顔はひどくやつれて見えた。
「獣人なんか庇うような奴なんかに」
吐き捨てるような言葉。
――あれ?
どく、と心臓が跳ねる。
少年のパーティは組合を出て行った。いつも通りの、組合に戻る。
だけど、俺の心はざわついたままだ。
「メイスケ?」
「え――あ、うん。大丈夫。ありがとう、イベリス。助けてくれて」
「仲間が殴られそうになっているのを黙って見てはいられないさ。それに、リジーは私にとっても大切な友人だから、私が動くよりも先に君が飛び出したことが……嬉しかった。ありがとう、メイスケ」
なんというか身体が勝手に動いた……と言ったら聞こえはいいが、要するに何も考えていない行動だったので、イベリスが間に入ってくれなかったらまた余計な揉め事を増やしていた可能性がある。
「私からも……。お二人とも、ありがとうございます。余計な手間をとらせてしまい申し訳ありません。この件でお二方に処罰が行くことはありませんのでご安心ください」
リジーさんが丁寧に言葉を述べる。事務的で……それが今は胸に深く突き刺さる。
まるで――慣れて、いるようで。
「怪我が……ないなら、何よりです」
「はい」
「ああ、そうだ、依頼の手続きを。頼まれた肉を取ってきたので」
「はい。別室に案内します」
グラスボア三匹分の肉は大荷物だから、別室で受け渡しをする。毛皮は依頼の内容には入っていないが、持っていても使い道はないのでまとめて買い取ってもらう。
俺とイベリスは壁際で、査定結果を待つ。
「……先程の少年の言葉が気になるか?」
「……うん」
イベリスの声は、いつもより少し暗い。
「君も……薄々と気付いているかもしれないが。この世界で、獣人は凶暴だと恐れられ、避けられている」
リジーさんの受付に人が来ない理由。
獣人のおばあさんが、依頼を受けてもらったことに驚いていた理由。
それは――獣人が嫌われているからだ。
「でも……でも、リジーさんは、俺が出会った獣人は」
「ああ。分かっている。だが……」
ずっと昔に、獣人による大量殺戮事件があったらしい。
満月の晩、小さな村で起こった事件。村人のほとんどが一人の獣人によって殺された。ある者は鋭い爪で逃げる背中を引き裂かれ、ある者はその喉を食い千切られ。村は酷い有様だったという。
その獣人が何故そんな凶行に及んだかは定かではないが、この事件をきっかけに獣人は人のふりをして人間に近付く理性のない凶暴な獣だと忌み嫌われるようになったという。
そしてこの事件――獣人の恐ろしさは当時を知る人から次の世代へと語り継がれ、今に至る。
このような凄惨な事件がいつまた起こっても不思議ではないと人々は獣人を恐れ、避けているのだ。
魔物と命のやり取りをするような冒険者は度胸があるので、獣人を必要以上に避けることはないと思われるが、過去の事件を知る両親や祖父母に幼い頃より獣人には関わるなときつく言い含められているため、積極的に関わろうともしない。
結果……“獣人にはつらく当たっても良い”とでも言うような空気を生み出してしまっている。実際に直接的な危害を加えようとする人間は少数にしても、例えばさっきみたいに……獣人であるリジーさんが絡まれていても助けない人間がほとんどであることは事実だ。
俺の知っている獣人は、勿論そんな扱いを受けていい人ではない。人を引き裂くような爪も持っていない。リジーさんはいつだって、駆け出しの俺にも丁寧な対応をしてくれた。依頼人のおばあさんは、俺が怪我をしたかもしれないと知ったときとても心配してくれた、優しい人だ。
謂れのない罪で避けられ、嫌われるなんて。そんなのってない。
「獣人を忌避する人々の心にあるのは恐怖だ。例え誤解だとしても、恐怖から逃げようとする人にそれと向き合えと無関係の人間が強要することはできない」
「それは……確かに、そうだけど……」
人が嫌がることを強要は出来ない。直接的に危害を加えているのならまだしも、獣人を避ける人は自分の心に従い、関わらないで済むものに関わっていないだけなのだから。
それでも寂しいし、悲しいし、何の罪もない彼女たち獣人がつらい想いをするのは嫌だって思う。個人として向き合って、人となりを知ってほしい。
「昔の話になるが、一度……獣人を避ける者に、獣人は恐ろしい存在ではない、不必要に避けることはない、と説いてみたことがある」
「……それで、どうなったの」
「“お前にはわからないだろう”と言われたよ」
イベリスは遠くを見つめるように目を細めた。
“お前にはわからない”――か。
獣人を避けるのは、彼らに殺されたくないから。一晩のうちに村を壊滅させる力を恐れるから。襲われたら抵抗も空しく殺されるしかないから。
おそらくイベリスは、獣人と触れ合い、個人として付き合い、その人達が誰かを襲うような凶暴性など持ち合わせていないことを知ったうえでその言葉を口にしたのだろう。
しかし、それを知らない、知ろうともしない人間からしてみれば、イベリスの言葉は無責任に聞こえたのかもしれない。
凶暴な獣人をも圧倒できるような強い人間は、獣人に殺される心配などしなくていいのだから、恐れる必要もないだろう、と。
……悔しいな。
獣人のことも……イベリスのことも。
獣人だからって全員が凶暴で心無い存在じゃないってこと。イベリスが、そんな無責任に言葉を発したんじゃないってこと。叫んで回りたいような気分だ。でもきっと、言葉だけでは――伝わらない。
「だが、悲しいばかりではない」
「え?」
イベリスが俺を見る。
「リジーの受付は、前より並ぶ人が増えているぞ。ちょうど、君が冒険者登録をしてから」
俺が組合に用事があるときは、毎回リジーさんのところに行ってるから。俺みたいな強くもなさそうな凡人が平気な顔でへらへら笑って、挨拶を交わしているから。リジーさんも雰囲気が少し柔らかくなったと評判で、並ぶ人が少しずつ増えているらしい。
リジーさんはクールだけど真面目で、仕事もしっかりやってくれるから、一度接してみれば獣人だなんだのって誤解は関係なくなる。
俺の何気ない行動がいい結果を生むなら、それはとても嬉しいことだと思った。
「誤解はいつか解けるものだ。それまで、私たちが出来るのは」
「……何も変わらない。いつも通りに、だね」
これから先、リジーさんたち獣人が少しでも生きやすい世界になればいい、と思った。




