21.昔から
イベリスとパーティを組んで、二日目。今日は昨日とは反対にハンターの依頼を受けることにした。
イベリスの実力を見ること(十分に分かっているんだけど)と、俺が……実戦に慣れるためだ。
サポーターの依頼をメインでやるにしても、戦闘をイベリスに任せるにしても、いつ何が起こるかわからない。その時に少しでも動けるように、イベリスの足手まといにならないように、戦いの……命の奪い合いの空気に慣れておかなければならない。
命を奪うことに慣れたくはないが、空気に吞まれないようにする必要はある。この世界で、冒険者として生きることを決めながらそう言った俺を、イベリスは甘いと怒りはしなかった。
受けたのはグラスボア三体の討伐と納品だ。これは組合からの依頼で、食堂で出す肉の量が足りないらしい。今日中に納品しないと明日の職員の昼食がパンと野菜のスープだけになってしまう。肉、食べたいよな……。これは頑張ってクリアしなくてはならない依頼だ。
「あそこに一体いるな。まずは私が行こう」
草原に一体のグラスボアがいる。
イベリスは鞘から剣を抜き、足元にあった小石を拾うと、グラスボアの少し向こう側へとそれを投げた。トッ、と小石が地面に落ちる音がグラスボアの興味を引く。その瞬間、隙をついて飛び出した。
素早くグラスボアに駆け寄ったイベリスは剣をまっすぐに振り下ろし、グラスボアの首と胴体を絶つ。
……十秒も立ってないんじゃないの。これで〈身体強化〉スキルも使ってないんだよなあ。
イベリスが手招きするのに駆け寄って、グラスボアの死体を回収する。解体済みだと報酬にボーナスがつくので、【アイテムボックス】の解体をオンにしてある。便利なものだ。
「次はメイスケがやってみせてくれ。私もサポートする。デスボアを倒した君ならグラスボアは十分倒せる相手だ」
「分かった」
正直、ロッキーベアのせいで魔物との戦いがトラウマになっている節がある。盗賊との戦いもダメダメだったし、戦闘自体への忌避感もあるが……克服しなければならないと自分でも理解している。
もう一体、グラスボアを見つけた。角ウサギを追いかけまわしている。うう。デスボアに追いかけ回された記憶が……。ボアってみんなああなのか?
グラスボアを鑑定してみる。
グラスボア
LV 14
草原に住むイノシシ型の魔物。ボア種の中では比較的温厚だが、縄張り意識が強い。
肉は美味で庶民の間でもよく食べられている。
だいたい知ってる情報だ。
パーティを組んだからか、先ほどイベリスが倒したグラスボアの経験値が入って俺のレベルは24になった。あのグラスボアよりも10高い。だから、多分、問題なく、倒せるのだ。
深呼吸する。
今回は肉を納品しなくてはいけないので、ここは水魔法で急所を狙い一撃で決めたい。
そろり、そろりと魔法の射程範囲内まで近付く。
角ウサギが転倒し、グラスボアがその身体を踏みつけた。今、グラスボアはそっちに注意を向けている。今しかない!
「〈水の刃〉!」
放たれた水魔法がグラスボアの喉を切り裂いた。角ウサギが足を引き摺りながら逃げ出す。血が噴き出し、グラスボアは草の上に倒れ込んだ。しばらく暴れていたが、じきにその身体は動かなくなった。
そっと近付く。グラスボアが倒れた付近は、草花は潰れ、地面に穴が開いていた。グラスボアが暴れた――もがき苦しんだ跡だ。もっと俺が踏み込んでいたら、一撃で殺せていたら、苦しませずに済んだだろう。人間の勝手な感傷だとしても、生きるために殺すのだから、せめて……。
グラスボアの死体に手を合わせ、なかなか収納しない俺の背を、イベリスは優しく叩いた。
三匹目を探しながら歩く。
縄張り意識が高いから、グラスボア同士は近くにあまりいないのだろう。
時間にはまだ余裕があるので、〈探知〉は使わずに探す。グラスボアの縄張りの範囲。食事をした形跡。マーキングをした形跡。細かな情報から魔物の生態を知るのは〈探知〉に頼りきりでは不可能だ。魔物を探す時のコツなどをイベリスから聞きながら、新しいことを学ぶのは楽しいと思った。
「それにしても、メイスケの呪文詠唱は綺麗だな」
「え、そう?」
呪文の発音に綺麗とか綺麗じゃないとかあるのか。気にしたことがなかった。
「私は魔法が使えないから詳しくは分からないが……。魔力を込めて呪文を唱えれば魔法は発動するだろう? 君の場合、その呪文の意味までも正しく理解しているように聞こえる」
いやごめん、俺は魔法が使えるけどよくわからない。でも褒められるのは嬉しい。
呪文の意味、か。俺が創造した魔法はともかく、攻撃魔法は俺が作らずとも最初から存在していたんだよな。最初に攻撃魔法の呪文を考えた誰かが何故その呪文にしたのか、その意図を汲めている……ってことなのか?
そうしているうちにグラスボアを見つけた。最後の一匹だ。呑気に草を食んでいる。
「イベリス、もう一回俺が行ってもいい?」
「ああ」
先程の失敗は繰り返さないぞ。物陰に隠れながらグラスボアに近付く。もう少し。二匹目の時よりも距離が近い。
ふん、とグラスボアが鼻を鳴らした、ので、俺はあの森での出来事を思い出した。
ボアってたぶん、それなりに、鼻が利くのでは?
「ブギュアアアアアア」
グラスボアは大きく鳴き、身体ごとこちらに向いた。やばい、近付きすぎた!
落ち着け、落ち着いて、魔法をぶつけるんだ。この位置では喉は狙えない。身体、ああでも、肉は納品しなくちゃいけないから、綺麗なかたちで、一撃で決めて……。
焦りながら打った水魔法は身体を左右にぶらしながら走るグラスボアには当たらなかった。突進が来る、避けなければ。そう思うのに、グラスボアから隠れてるためしゃがみ込んでいた俺は次の行動に移るのが遅れてしまう。防御しなければ、魔法を使え、防御魔法ってなんだ、ええと何か、何かしなければ。
「メイスケ、動くな!」
イベリスの声に動きを止める。
一閃。それなりのスピードで走っていたはずのグラスボアを、イベリスは横からの一刀で瞬時に絶命させた。
「ご、ごめん。ありがとう」
「仲間だろう。サポートするよ」
イベリスの手を借りて立ち上がる。結局、自分の力ではグラスボアを狩ることができなかった。スキル、レベル、パラメータ……能力的には問題なく倒せたはずなのに、こうなってしまうのはやはり俺自身の問題だろう。判断力とか、度胸とか、色々なものが足りていない。
「いきなり何でも出来る人間はいないさ。少しずつ頑張ろう」
グラスボアを収納する。
地道に。そう、焦らず地道に、少しずつだよな。
異世界に来てまだ一週間ほどだし。生まれてからずっと戦いのない平和な世界で生きてきて、一週間でバリバリに戦えるなんてのは生まれついての武人か順応力とスペックが高い人間かだろう。俺は武人ではないし順応力が上がるスキルも……多分、ないからこれが普通の人間の成長度だ。まだまだ伸びしろがあるのだと思う、きっと。
そういえば、イベリスとも出会ってからまだ数日なんだよな。もうずっと前から知っているような気がするくらい、俺は彼女を信頼している。俺の服と同じようにイベリスには人から信頼されやすいスキルかなにかあるんじゃないかと思うほどだ。実際には彼女の装備品は何の効果もないものだし、単純に彼女の内から滲み出る優しさや誠実さ、雰囲気がそうさせているだけなのだろうけど。
イベリスのことを考えれば考えるほど、不思議な人だなと思う。
他にあまり見ないほど、強くて優しい。異世界転生したのは俺だけど、“主人公”らしくて“特別”なのはイベリスだ。
「イベリスは……昔からそんなに強かったの?」
「ん……? そうだな、強さというのが力のことならば、私は昔から強かったと言えるだろう」
イベリスは少し考え込むような仕草をした。
「元々体格に恵まれた家系ではあったが、私はその中でも一際大きく、力も強かった。だが幼い頃は力の加減も上手く出来なくてな。カップを割りドレスを破り……手のかかる娘だったと思うよ」
そうか。“強い”って、いいことばかりじゃないんだな。
幼い少女が力を扱いきれずに、色んなものを壊してしまう。それは……。
「……イベリス自身は……つらくはなかった?」
イベリスは一瞬だけ目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。大丈夫だ。確かにあの頃は周りの期待に応えられず心苦しい思いもあったが、父はそんな私に好きに生きていいと言ってくれたんだ」
「好きに……」
「私は、その持って生まれた力を、人を助けることに使いたいと思った。生まれ育った家を出て、遠く離れた親戚の家に世話になりながら身体を鍛えていると、不思議と力を制御できるようにもなった。思えば私は実家での暮らしに重圧を感じていたのだろう」
幸せを願って、幼い娘を手放す。
それは簡単な決断ではなかっただろう。心配に決まっている。寂しさだってある。出来ることなら子の成長を傍で見守りたいと、俺が父親だったならばそう思う。未婚で子供もいないけど、想像だけは出来た。
「イベリスのお父さんは、立派な人なんだね」
「ああ。私の尊敬する人だ」
きっと、イベリスとよく似たお父さんなんだろうな。
今のイベリスを形作る、大事な記憶。それを俺に明かしてくれたことが嬉しい。イベリスなら聞かれたら誰にでも話しそうな気はするけど。それでも、イベリスとの距離が縮まった気がした。
「話してくれてありがとう」
「構わない。私も、君の気持ちが嬉しかった」
イベリスが何に対して嬉しいと思ってくれたのか俺にはよくわからないけれど、彼女が晴れやかな顔で笑っているのが印象に残った。




