20.神様って
教会を出る前に、お祈りをしていくことにした。
せっかくの機会だし、と申し出るとシスターは快く受け入れてくれた。
気になることもあるしな。
礼拝堂へと向かう。食事をいただいた部屋には裏口から案内されたので、庭を通って正面側の入り口に回る。子供たちが元気にかけっこをしているのが見えた。
「イベリス、聞きたいんだけど」
念のため、声をひそめてイベリスに問う。
「この世界の……なんて言うんだろう、神様……宗教って、どうなってるの?」
俺が知っている神様といえば俺をこの世界に連れて来たあの神様なんだけど。他にも信仰されている神はいるのだろうか。この世界にも宗教が色々あって、ここで崇めている神様が俺の知っているあの神様じゃなかったらちょっと、困るかもしれない。
「基本的に“神”と一言で表すのはこの世界の創造主だ。他にも神から生まれた知識の神や勇気の神などがいて、それらを特別に崇める人や場所もあるが、この教会は創造主たる神に祈りを捧げるための場所だな」
ふむふむ。今のところ問題はなさそうかな。
礼拝堂に入る。派手さはないが、隅々まで掃除が行き届いていて綺麗だ。落ち着いた雰囲気は、空気まで清らかに感じさせられる。木造の椅子が並べられているが、数は多くない。
「ここは冒険者の街だからな。日々の暮らし、自分のことだけで手一杯で、神に祈りを捧げる人間はそう多くはない」
ハーマーズは結構大きい街だけど、教会があまり大きくないのはそういう理由があるのか。
椅子の間の通路を歩く。見上げると、青いステンドグラスからきらきらと光が差し込んでくるのが見えて、眩しさに少し目を細めた。ステンドグラスの前には、白い布の敷かれた台座がある。
「信仰の対象は創造主……この世界の全てだから彫像の類は礼拝堂には置かれていないんだ」
イベリスはその何も置かれていない――否、全てが乗っている台座に向かい、先ほど食前にしたように胸の前で手を組んだ。俺も、同じように手を組む。
祈る。
日本で死んだ俺を、この世界に呼んでくれた神様に。この世界で生きられることの感謝を伝える。大変なこともあるけど、楽しくやっています、と報告する。
それから。
(なんであんな森の中に落としてくれたんですか神様……!)
クレームもつけておいた。
だって、下手したら死ぬところだった。デスボアは……まあ、いいとして、ロッキーベアなんてイベリスがいなかったら恐怖で竦んだまま食われていただろう。生きるだけでいいと言いながらあんな危険な森の中に落とすなんてどう考えてもおかしい。
そう念を送っていると、声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。思った通り、祈りを捧げれば神様と会話ができるようだ。そういうシーンを異世界転生系の漫画で見たから、もしかしてと思ったんだ。予想が当たって良かった。
まぶたの裏の世界に、ぼんやりと神様の姿が見える。ああ、確か、美しい髪の、星のような瞳の美青年だった。神様の姿を思い返すと、だんだんとその輪郭がはっきりとしていき、あのとき出会った神様の姿そのものになった。
(ええと、ごめんね、茗助)
(ごめんで済むと思ってるのか神様)
思わず神様に向かって喧嘩腰になってしまった。いかんいかん。俺は喧嘩がしたいわけじゃなくてどうしてあんな森に落としたのかその理由が聞きたいのだ。
神様は表情こそ動かさないが、申し訳なさそうに首をこてんと傾けてみせた。
(本当はパルマルーナに下ろそうと思ってたんだけど、邪魔が入ったんだ。こちらからはあまり君に干渉できないから手助けもできなかったけど……生きていてくれて良かった)
(……邪魔?)
ええっと、世界のマナの安定のために異世界の魂である俺が必要で、それを邪魔されたって……つまり、世界を乱そうって奴が存在しているってことなのか……?
(一言で言えば、邪神だ)
邪神。
(人の悪心から生まれたモノ。君の魂に触れようとしたから消し飛ばしたけど、その際に君が下りる場所がずれてしまった)
(消し飛ばしたってことは、もういない?)
(人がある限りあれが完全に消滅することはない)
人がある限り。人が、悪い心を持つ限り、か。そりゃ消えないよな。善悪の判定は難しいけど、例えば何かの分野で一番になりたい、という高い志も言い換えれば他者を下にして自分が上に立ちたいという欲望なのだから。
とにかく、あそこに飛ばされた理由はわかった。そういう理由だったなら俺も受け入れよう。結局、俺は五体満足でここにいるし、イベリスにも出会えたわけだし。
(また何かあったら応えてもらえる?)
(勿論。いつでも)
神様の声が遠ざかる。意識が浮上する。薄く青い光が視界に入る。
「メイスケ。随分長い時間祈っていたな」
イベリスの声で俺の意識は完全に現実に戻ってきた。数分間ずっと祈り……神様とおしゃべりしていたようだ。
「ごめん、お待たせ」
「構わない。が、そろそろ組合に戻ろう」
そうだ。予定外のことがあったけど、まだ組合に依頼完了のサインを提出していない。日暮れまで余裕はあるけれど、早く終わらせなければ。
シスターに挨拶をしてから教会を出る。少し歩いて、イベリスがふいに辺りを見回した。
「どうかした?」
「いや……視線を感じた」
なんだろう。ロンが言っていた“悪いヤツ”なのか?
〈探知〉で他者への害意を持った人物を検索してみるが、反応はなし。
「悪いヤツではなさそう、だけど。多分」
反応はないが、何らかの手段で〈探知〉をすり抜けたり、「今は」害意がない可能性もある。
「ふむ。まあ、用があれば話しかけてくるだろう。気にしていても仕方がないな」
聖女の使命、邪神、謎の視線……気になることはあるが、俺たちは俺たちにできることをやっていこう。まずは、依頼完了の手続きとかね。
あ、そうだ。
「イベリス、パルマルーナって知ってる?」
神様が言ってた、本来俺が落とされる予定だった場所がどんなところなのか気になって質問する。
「パルマルーナは優しさを司る神だな。神が泉に浮かぶ月を掬い上げて生まれたと言われている」
「その泉って実在するの?」
「ああ。だが人にはなかなか足を踏み入れられない領域にあるな。泉の聖なる力で、魔物は寄り付かないらしいが」
ほほーう?
つまり、そこに落とされたら魔物の脅威はないものの人もいないので俺は孤独にサバイバルすることになっていたと……?
神様、人間のことは好きなんだろうけどなんというかいまいち人の心が……。まあ、神様だもんね……。




