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19.聖女

まだ昼前だが、今日は依頼完了の手続きをしたら解散することにした。初日から飛ばし過ぎてもよくないからな。稼ぎ的にはおそらく十分だと思うし。お嬢様から貰った二枚のサインを見つめる。パーティ向けの依頼だったから、ソロ向けの依頼よりも依頼料が多いのだ。ソロは気楽だけど、パーティの方が恩恵が大きいよなあ。加えて俺のパートナーはイベリスなので色んな意味で頼もしい。初日だけど、パーティを組んでよかったとしみじみ思う。

と、組合(ギルド)に向かう途中で人とぶつかった。サイン紙がひらりと手から滑り落ちる。


「っと、すみません」


向こうのほうがふらふらとこちらに寄ってきたのでぶつかってしまったのだが、一応謝っておく。ほとんど反射のようなものだ。


挿絵(By みてみん)


「いえ……すみません。ぶつかってしまって……すみません」


ぶつかった女性は俺の代わりにサイン紙を拾い、手渡してくれる。俯いた表情はよく見えないが、暗く、あまり元気そうには見えなかった。体調が悪いのかな。それならぶつかってもしかたない。


女性は会釈をして俺たちに背を向けた。先端に拳ほどの大きさの水晶が付いた魔法杖を支えにしながら歩いていく。魔法使いかな。白を基調としたローブは治癒術師のものかもしれない。もしくは聖女とかだったりして。女性が向かった方角も教会がある南の方だったし。今俺たちがいるのが北の大通りだからそりゃだいたいは南に向かうだろうっていう、こじつけだけど。


「聖女どの……調子が悪そうだな」

「え、マジで聖女」


イベリスの言葉に驚く。なわけないか、と思ってたのに。聖女、こんな道端でエンカウントする存在なのか。


「有名なの?」

「いや、この街ではそうでもない。王都では有名だが」


聖女って言うくらいだからどこでも崇め奉られてるのかと思ったが、そうでもないようだ。まあどこに行っても人気だったら騒がしくて疲れそうだしね。

調子が悪そうなのはとても気になる。


「イベリス」

「ああ」


それだけで伝わったようだ。やっぱり、放っておけないよな。

聖女を追いかけて、声をかける。


「聖女どの。帰られるのなら家まで送りましょう」

「え……?」


聖女が戸惑った声をあげる。


「えっと、怪しい者じゃないです。俺は冒険者のメイスケ、彼女はイベリス。体調が優れない様子だったので、心配で」


ギルドカードを見せておく。怪しい者じゃないですよー。

女性ひとりの街歩きだ。ナンパの類だと警戒してもおかしくない。イベリスは初対面の人間には男性に間違われがちのようだからさりげなく女性だとアピールしておく。女性がいるほうが聖女も安心するだろうし。


「……あの、どうして私が聖女だと?」

「王都に知り合いがいるもので」


聖女がジッと俺たちを見る。観察されているようだ。やましいことは何もないので、彼女の気が済むまで大人しく観察されておく。


「わかりました。ご厚意に甘えます。すみませんが私が身を寄せている教会まで……お願いします」

「はい。聖女さま」

「私の名前はサラです。確かに王都では聖女と呼ばれていますが、ここではサラ、と」


騒ぎになるとよくないもんな。


「サラさん。よろしければ、治癒術をかけましょうか」


聖女といえばヒーラーのイメージだし、自分でも回復できるかもしれないが、もしかしたらMP切れなのかもしれない。

俺の申し出にサラさんは驚いた表情になった。


「治癒術が使えるのですか?」

「ええ、まあ」


もしかして回復系の魔法ってレアなのかな。イベリスを見ると静かに頷いていた。レアなんだろう。


「簡単なものしか使えませんが、気休めにはなるかと」

「……では、お願いしても?」


許可を得て、サラさんに〈回復(ヒール)〉をかける。

あまり大きな怪我などに使ったことがないから、どのくらい効果があるかはわからない。そもそも体調不良には効くのだろうか。小さな怪我やちょっとした疲労には確実に効くんだけど。


「ああ……かなり、楽になりました。ありがとう」

「そうですか、よかった」


顔色は相変わらず悪いままだが、多少は効いたようだ。サラさんの表情が少しだけ和らいでいる。

怪我を治すのがメインの回復魔法だけど、それ以外にも効果があるのはありがたい。


「……その、お礼は……あまり出せないんですけど……」


えっ。


「いやいや! 気にしないでください、俺が勝手に……そう、サラさんの顔色が悪いのを見ていられなかっただけなんで、そんなに効果も大きいわけではないですし、疲れたときは家でゆっくり休むのが一番だと思いますし」

「でも」


治癒術の押し売りみたいになってたのか……申し訳ない。体調の悪さにつけこむ悪い奴みたいだ。断りにくかっただろうなあ、本当に申し訳ない。

サラさんとしばらく、いや、でも、の応酬をしているとイベリスが間に入ってくれた。


「メイスケは修行中の身なんだ。サラも魔法を使うのならわかるだろう? 魔法は使えば使うほど練度が上がる。治癒術を使う機会なんてそうあるものでもないから、お互いに利がある行為だったとして収めてくれ」


その言葉にサラさんは一応納得してくれたようだ。

イベリスの言葉、声とか話し方とかかな、やたらと説得力があるんだよな。俺が同じことを言ってもいやでもやっぱりってなった気がする。


「サラねーちゃん!!」


教会にたどり着くと、ロンが駆け寄ってきた。教会と孤児院は隣接しているから、教会に身を寄せているサラさんも孤児院の子供と面識があるのだろう。慕われているようだ。


「昨日の兄ちゃんたちも! どうしたの?」

「さっきサラさんと会って、体調が悪そうだったから送ってきたんだよ。シスター・ムエットはいる?」

「呼んでくる!」


ロンが駆け出して行った数十秒後、シスターがやってきた。


「サラさん、おかえりなさい。さあ、今日はもう休んで。後で食事を持っていきますからね」

「ねーちゃんはオレがちゃんと部屋まで……えす、えすこーと? するからな」


ロンがサラさんの側にくっついて、教会の建物に向かって歩き出す。出会った時よりもしっかりとした足取りではあったから、部屋には無事に辿り着けるだろう。頼りになる騎士様(ロン)もいるしね。俺の回復魔法が多少なりとも効いて、しっかり休めたら良いが。


「ロンだけではなく、サラさんのことも……本当にありがとうございます」

「いえ、人として当然のことをしたまでですので」


あんなに体調悪そうにふらふらされたらそりゃあ放っておけない。無事に送り届けられてほっと一安心だ。


シスターがお茶でも、と言うのを遠慮していたら言いくるめられ最終的には食事までいただくことになっていた。……何故……? シスター・ムエット、強すぎる……。


昼食はクリームシチューだ。日本のシチューは海外のものとは違っている、と聞いたことがあったから、ヨーロッパ風のこの世界ではあの味にはなかなか出会えないのではないかと思ったが、見た目も匂いも日本で食べたあのシチューだ。過去にこの世界に来た日本人が広めてくれたのかなあ、なんて思う。


長机に孤児院の子供たちと並んで座る。子供たちは、全部で十一人いた。シスターが一人でこの人数の面倒を見ているのだろうか。先ほどまで元気よく外で遊んでいた子供たちも、今は大人しく席についている。


「神よ、あなたの恵みに感謝をいたします」


シスターが胸の前で指を交差させるように手を組み、子供たちもそれに倣う。俺とイベリスも、同じように祈りを捧げた。

そうか。教会、ってことは宗教があって、神様を信仰しているのか。神様って、あの神様かな? 俺の祈りは神様に届くのだろうか。


「さあ、冷めないうちにいただきましょう」


シスターが言うと、静かに食前の祈りを捧げていた子供たちも元気になってスプーンを手に取る。美味しそうにシチューを食べる姿が微笑ましい。

俺も冷めないうちにいただこう。スプーンを口に運ぶ。まろやかな甘みのあるクリームが絡んだホクホクの根菜が美味だ。あたたかくて……懐かしい味がする。


片付け終わると、子供たちはあっという間に外に遊びにいってしまった。元気が有り余っているようだ。

俺とイベリスは、シスターが少し話がしたいというので、座ったままシスターが淹れてくれた紅茶を啜っている。


「改めて、ロンのこと、それからサラさんのこと、感謝いたします。ありがとうございました」

「力になれたならなによりです」


イベリスの言葉に俺も頷く。


「サラさんは……あまり、人に頼ろうとしないかたで。いつも顔色を悪くしながら冒険者の仕事をして……。あの仕事は体の弱い彼女には向いてないのではないかと思うのですが……自分の使命だから、と頑なで……」


使命。聖女だから……ってことか? 身体が弱いのに、冒険者の仕事をするのが?


「だから、貴方がたがサラさんを送り届けてくれたのが本当に嬉しかったんです。サラさんにも、頼れる人がいると分かって……。どうか、もし、良ければ。あの子をこれからも気にかけてあげてください」


サラさんが俺たちを頼ってくれたのは、イベリスの存在と、俺の服の効果あってのものだろう。俺が特別何かしたわけじゃない。けれど、あんな若い女の子が、聖女だ使命だなんだのって無理をしているのは見過ごせない。聖女が……国に定められたもので、サラさん自身もそうあろうとしているならただの低ランク冒険者ができることはそうない。ないけれど、せめて、彼女がつらいときは助けになってやりたい、と思った。


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