17.陽だまりの花
翌朝、俺たちは二人揃って組合に来ていた。
用事はもちろん、俺とイベリスのパーティ登録だ。
ランク差があるとパーティが組めないんじゃないかという懸念もあったが、そういうのはないらしい。周りからどう思われるかは置いておくとして。
というかそもそも、俺とイベリスにはランク差があまりなかった。イベリスはレベルが高いがそれは以前別の街で用心棒の仕事をしていたからで、冒険者になってまだ日が浅いらしい。ハンターとサポーター、両方の依頼を受けていたから、どっちもほどほどに上がってまだC+だそうだ。
リジーさんのところに行く。
「パーティ登録をしたいのですが」
そう言うと、リジーさんは俺とイベリスを見比べて、はい、と小さく頷いた。
なんだろう。相変わらずの無表情だが、なんとなく……嬉しそうに見える。
ギルドカードの提示を求められ、俺とイベリスはカードをカウンターテーブルの上に置く。
「パーティ名はどうされますか」
パーティ名。パーティに名前をつけなくてはいけないのか。全く考えてなかった。
イベリスのほうを伺うと、イベリスもうっかりしていた、という表情を浮かべていた。イベリスもうっかりすることあるんだ。
「必須ですか?」
「規則ですので」
参ったな。
どうせなら格好いいのがいいけど、パッとは思いつかないよなあ。漫画でもパーティ名とか二つ名とか格好いいのが付いてると盛り上がるもんな。
イベリスに何か案があるか聞くと、首を横に振られる。
「すまない。名付けは苦手で……君が考えてくれると非常に助かる……」
苦手ならしかたない。イベリスに頼られるとなんだかとても嬉しい。いつもお世話になってるのだからイベリスが苦手なことは全部俺が補うのだ……という気持ちはあるが俺も名付けが得意なわけじゃないんだよな。魔法を〈創造〉するときは簡単な単語にしてるし……。
「なんかいい感じの、格好いい言葉……」
最強の……永遠の……深淵の……煉獄の……漆黒の……。
いや、駄目だ。なんか違う。
俺たちは人助けがしたいわけだから、やっぱり柔らかい印象を与えるものが良いよな。
魔物をバリバリ倒すなら力強い名前が良いだろうし、策や道具を駆使して戦うならクールな名前が良いだろうし。
俺たちは困っている人を助けるパーティだ。親しみやすくて、あったかくて、格好いいよりは可愛いくらいがいい。俺と――イベリスのパーティだ。
「陽だまりの花……とかは、どう?」
イベリスがぱちりと瞬きをする、それから大きく頷いた。
「良い名だ。それにしよう」
「では、そのように受理します」
さらさらと書類に何か書き込んだリジーさんは、俺たちのカードに判子をぽん、ぽんと押していく。特殊な魔法のインクなのだろう、判子を押されたカードは一瞬だけ淡く光り、カードには名前の横にパーティ結成済みを表す印が付いた。
「これで手続きは完了です」
「ありがとうございます」
カードをしまう。これで、晴れてパーティ結成だ。
いざパーティとして初任務だ、と椅子から立ち上がり掲示板に向かおうとしたとき、リジーさんが声をかけて来た。
「陽だまりの花のお二人の活躍、楽しみにしてます」
それは――それは本当に、本当に少しだったけど。
リジーさんが、ほんのりと口角を上げ、柔らかい視線で言葉をくれた。
「ありがとう」
「ありがとう、頑張ります!」
リジーさんの笑顔で更にやる気が増した。いざ、パーティを組んでの初仕事へ!
と、言っても今日やることはソロの時とそんなに変わらない。
俺とイベリスはお互いの実力のほどをあまり知らない。(俺はイベリスが強いということをよーく知っているが……)
なので、まずはお互いの実力を見るということで、今日はパーティで受けられるサポーター任務を受けることにした。
俺が冒険者として初めて受けた任務。荷物運びだ。場所は街の東。主に富裕層が住んでいる地区である。
これは偏見かもしれないが富裕層――要するに金持ちが組合を利用するなんて意外だな。お屋敷には使用人がいるだろうし。冒険者よりも安く雇えて信頼できる人間なんていっぱいいるんじゃないのか。
と思っているとある依頼が目に入った。探し物の依頼。依頼主は、荷物運びの依頼と同じだ。
「イベリス、依頼って複数同時に受けられる?」
「ああ。パーティだと個人よりも同時に受けられる数が多いな」
じゃあこれも。行く場所は同じだし。
二つの依頼を受け、組合を後にした。
依頼人との待ち合わせ場所、街の東にある……豪邸に到着した。
フィクションでしか見たことがないような豪邸だ。でっかい。頑丈な柵で敷地が囲われていて、門の前には綺麗な身なりをしているのにどこか厳つい男が兵士のように立っている。
ちょうどいい仕事だから受けたけど、緊張してしまう。
「どうした?」
「いや……なんかこんな豪邸見たことないから、緊張しちゃって……」
こんな煌びやかなところに住んでる金持ち……もしかしてお貴族様とかだろうか。失礼があったらどうしよう。物理的に首切られたりしない?
「大丈夫だ。仕事に集中しよう」
イベリスに緊張した様子はなく、すたすたと歩いて門番のところへ行く。俺も急いで後に続いた。
ギルドカードを見せると門番はすんなりと通してくれた。ほっと一安心。イベリスはお貴族様……とは限らないけど、こういうお金持ち相手の仕事も慣れてるのかな。それともただ肝が据わってるだけだろうか。後者のような気がしないでもない。
広い庭を歩いて屋敷の玄関まで辿り着くと、内側から玄関の扉が開いた。執事らしき老齢の男性が出迎えてくれる。
「私は執事のセバスチャンと申します。依頼主であるお嬢様は只今お茶の時間を過ごしておられますので、お二人はさっそく仕事場の方へ案内させていただきますが、よろしいですか」
「あ、はい」
いつもは依頼人から話を聞くところだけど。大きいおうちだとこんなこともあるか。執事ってなんか色々と主から任されてるイメージだし。
でも貴族(たぶん)のお嬢様が住むお屋敷を冒険者が挨拶もなく勝手に……ではないけどウロウロしてていいのかな。身元もわからない人間だし。人を信じやすいお嬢様なのか?
そう思っていると、こちらの考えを読んだかのように前を歩くセバスチャンさんが振り返り言った。
「このセバス、人生経験は豊富ですから。貴方がたが悪人でないことくらい、目を見れば分かりますよ」
「は、はい。ありがとうございます。すみません」
「はは。とはいえこの老いぼれ、目が曇っていないとも限らず。その場合の不始末は自らで片を付けますとも」
なんだろう。ぞくっとした。
「セバスチャン殿は武術を極めていらっしゃるようだ。頼りにもされましょう」
「極みになど、とても。私が重宝されるのはお嬢様が生まれる前からの縁、ただそれ一つにございます」
ふふふ。ははは。イベリスとセバスチャンさんは和やかに言葉を交わしている。
でも何故だろう。背中がゾクゾク肌がチリチリするのは。まるで武人同士がお互いの力量を探っているかのような――いや多分それまんまだわ。
お嬢様とやらは人を信じているのではなく単純に執事がハイパー執事だから信頼して任せきっているんだな。めっちゃ強いイベリスが認めるほどの強さの執事って……。
それにしても、他者を傷つけることを良しとしない、必要以上の暴力を避けるイベリスも“強い人間”が気になったりするのか。戦いに身を置く人間ってみんなそうなのだろうか……。強敵と戦ってお互いを高め合いたいみたいな欲があるんだろうか……。謎だ。
案内されたのは屋敷の隅にある倉庫……物置部屋だ。ここにある白い箱を全て屋敷の外に停めてある荷馬車に積み込めばいいらしい。
〈身体強化〉をかけずに持ち上げてみようとすると、結構な重さがある。一応、持てないこともないけど外まで運ぶとなると早々にダウンしてしまいそうだ。
「これらは全てお嬢様のドレスです。サイズが合わなくなったもの。シーズンが終わったもの。それらを仕立て直して平民の古着にしたり、ダンスの練習着として使うのです」
へー。お貴族様ってとにかく消費、消費、消費ってイメージだったけどそういうこともするんだな。ここのお嬢様だけかな。冒険者を雇うようなお嬢様だし。
というか、ドレスって重いんだな……これ着て踊ったりするの? 全身筋肉痛になりそう……。
〈身体強化〉して箱を二つほど重ねて持ち上げる。もう一つくらいは持てるが、これ以上高さを重ねると視界が塞がれて危ない。そこそこの数があるから何往復かしなきゃいけないな。
イベリスのほうは〈身体強化〉は使っていないようだった。涼しい顔で三箱を重ねて持ち上げる。イベリスは……俺より……手足が長いから……! 別に! 悔しくはないけど!
ドレスを運び終わり、セバスチャンさんの指示で荷馬車が出発するのを見送ってからもう一つの依頼に取り掛かる……前に、お茶の時間が終わったとのことでお嬢様に挨拶することになった。
「お嬢様。冒険者の方をお連れしました」
セバスチャンさんが声をかけ、主の了承を得て部屋のドアを開く。
書斎机に肘をついてこちらを興味深く見つめるのは、真紅の髪をした美少女だった。
「貴方たちが私の依頼を受けてくれた冒険者ね? まずはドレス運びをありがとう。予定より早く終わって良かったわ」
凛とした声。歳の頃は十代半ばだろうか。若さから来るものだけではない自信に満ち溢れている。
ブルーグレーの瞳に真っ直ぐ見つめられて、思わず息を呑んでしまう。
これが、上流階級の――生まれつき人の上に立つことが決まっている者が持つオーラというものなのだろうか。そう思わずにはいられないほど、俺は少女の雰囲気に圧倒されていた。
「陽だまりの花のイベリスです」
「っと、あ、同じく、俺はメイスケです」
普段と変わらず落ち着いた様子のイベリスに続き、自己紹介する。本当にイベリスがいてくれてよかった。これはパーティ限定の依頼だけど、もしソロで同じことが起きたり、イベリス以外とパーティを組んでたら俺はこのお嬢様相手に緊張で色々やらかしてたかもしれない。
「私はジュリア・カルクール。貴方たちの依頼主ということになるわね。お嬢様でもジュリア様でも好きに呼んで構わなくてよ」
本当はお茶でも飲んで話したいところだけれど、とジュリアお嬢様は前置きをして本題に入った。失せ物の話だ。
「婚約者に貰った大切なイヤリングを失くしてしまったの。屋敷のどこかにあるはずよ。金色の台座に黒い石が嵌っているわ」
「屋敷内にあるのは間違いないのですね」
「ええ。私の使用人が私の持ち物を勝手に外に持ち出すなんて――そんなミスをするはずがありませんもの」
ふふ、とお嬢様は可憐に微笑む。
お嬢様からは自分の人を見る目への絶対の自信と自分が認めた者への絶対の信頼が感じられた。




