16.二人で
「メイスケ、入っても平気か?」
「うん、大丈夫」
ノックの後、イベリスの声がする。返事をすると、イベリスが入ってきた。
キッチリと編まれていた髪はゆるく結ばれ、革の胸当ては外されている。そうしていると、男性に間違えられることもなさそうだ……と思う。胸当てに隠されていた身体のラインは女性のそれだ。冒険者、戦士イベリスの、プライベートな顔を見てしまったような気がして思わず目を逸らす。
俺はベッドに腰掛け、イベリスに椅子をすすめる。
「まずは本題から」
「うん」
本題。盗賊の話かな。俺が、子供を危険な目に合わせたことか。
そう身構えていると、イベリスは予想外な言葉を放った。
「メイスケ、私とパーティを組まないか?」
「へ……ええっ!?」
パーティ? パーティってあの? 宴……じゃなくてチームで行動するアレ?
「パーティでしか組めない依頼もあるし、パーティを組んでいても個人依頼はそのまま受けられる。組んでいて損はない」
「それは……ありがたい話だけど」
俺に得があってもイベリスにはないだろう。
イベリスの強さや徳の高さならもっといい条件の人とパーティを組んでいてもおかしくない。
「何で俺なんかを誘ってくれるんだ……?」
イベリスは困ったような表情になった。
「そう自分を卑下するものじゃない。私は、君が仲間になってくれたらいいと思ったんだ」
「でも俺は……未熟だし。今日だって出しゃばって……ロンを危険な目に遭わせて……」
「メイスケ」
膝の上で固く握った拳にイベリスの大きな手が重ねられる。あたたかい。
「確かに、結果として君は盗賊からロンを助け出すことが出来ず、君自身も怪我を負った。記憶もなく、対人戦闘経験のない駆け出しの冒険者である君は戦おうとせず人を呼ぶべきだったのかもしれない」
「……」
「だが、子供を助けたいと思った気持ちは決して間違いではないよ」
イベリスの言葉に目頭が熱くなる。
でも――でも、助けたい気持ちがあったって、それで結果があれじゃあ。
「もしかしたら、安全に助け出す方法はあったのかもしれない。けれど、君が飛び込まなければ、ロンは孤独と恐怖で心に傷を負っていたかもしれない」
「そう……かな」
「何が最善だったかなんて、本当のところは誰にもわからないんだ」
過去を悔いても仕方がない。前を向け。
そう、イベリスに言われているようだった。
「私は、記憶もなく不安定なままで、それでも人を助けようとする優しさを持った君とパーティを組みたい」
「イベリス……」
「君となら、同じ想いで冒険者をやっていけそうだと思う」
イベリスは――優しすぎるから。
報酬が低くても、困っている人がいるなら依頼を受ける。そういう人だから、パーティを組むとなると、その点ですれ違いが起きてしまうのだろう。
人を助けたいという想いが、イベリスと同じ大きさになければ。
元より、こちらに断るに足る理由はない。
そこに、イベリスの力になれるという理由が加わるのならば。
「わかった。パーティを組もう」
意を決して顔を上げ、イベリスを見つめる。大事な話は目を見てするものだ。
薄暗い部屋なのに、イベリスの青い瞳が爛々と輝いて見える。
「ああ……ありがとう、メイスケ。これからよろしく頼む」
そう微笑んだイベリスは、年下の――女の子だった。
花が綻ぶように、という例えがぴったりだと思った。そんな顔もするんだ。普段のそれとは違う笑顔に失礼かもしれないが俺はびっくりして、なんだか顔が熱くなってしまう。
びっくりして、それで、この表情を引き出したのは俺だという事実に嬉しくなる。
日本では俺の周りには嫌な顔ばかりがあった。機嫌の悪い顔。怒っている顔。同情する顔。嫌味ったらしい顔。そうさせているのは自分だと思い込まされていた。自分は、他人に迷惑をかけて生きているどうしようもない人間だと言われ、それを信じ切ってしまっていた。
……違う。俺は、人を笑わせることができる。
親方も、花屋のおばさんも、小さな兄妹も、獣人のおばあさんも、みんな俺が依頼を達成すると喜んで笑ってくれた。
ロンも、へまをした俺に来てくれて嬉しかったと言ってくれた。
イベリスも子供を助けたいと思った俺の心を認め、俺なんか――俺を、パーティに誘ってくれた。妥協ではなく、他の誰でもない俺がいいと。
そして俺が話を受けると、誰かの幸せのためではなく、ただ自分の喜びを表現するように柔らかい笑顔を見せてくれたんだ。
俺にはたくさんのスキルがある。
しかし使い手は俺でしかないから、頭の回転、運動神経、色々なものが足りなくて使いこなせていない部分が多くあるだろう。宝の持ち腐れ、と言われても仕方がない。
それでも、俺は冒険者を続けたいと思う。
一歩ずつ。少しずつでも前に進んで、強くなりたい。
イベリスのパーティ。彼女の相棒として、恥ずかしくないように。
俺の部屋で、話しながら昼食を取ることにした。
昼食のメニューは、俺の【料理】スキルでMPから作ったボアサンドだ。変なものは使ってないんだけど俺のMPで作られたものだしそれってなんだか気持ち悪いと思われてもしかかたがないっていうかアレなら食べなくてもいいんで、と長めに前置きをしたがイベリスは特に気にした様子はなく君はなんでもできるなあとパンを受け取ってくれた。
パーティを組む以上、お互いの能力について知っておいたほうがいいので、スキルについて話すことにした。
俺がイベリスに明かしているのは、収納、鑑定、それと今使った料理スキルだ。それだけでもかなり便利というか、引く手あまたの人材となってしまうわけだが、俺にはまだ自分でも把握しきれていない量のスキルがあるんだよな。その中には収納や鑑定のようにレアっぽいものもあるだろうから、どこまで話すか悩む。イベリスが他に漏らすなんて心配はこれっぽっちもないが、あまり彼女に秘密を抱えさせたくはない。負担になりたくない。
とりあえず、今後も依頼で使うだろう〈探知〉と、色々な便利魔法が使えること、レベルアップに必要な経験値が人より少ないことあたりを話した。うん。これだけでも結構な秘密のような……。
イベリスのスキルは単純明快。〈剣術〉〈大剣術〉〈斧術〉、それから〈投擲〉と〈身体強化〉というバトル全振りの構成だ。〈剣術〉のようなスキルはその武器の扱いが一定以上の練度に達すると取れるスキルで、その武器を使った攻撃力が上がるらしい。つまりイベリスの努力の結晶というやつだ。
〈投擲〉〈身体強化〉はイベリスが生まれつき持っていたスキルで、やはりというかこの世界の住人の基本的なスキルの数はそのくらいのようだ。俺のスキルはレア度以前に数がおかしかった。いや自分でも多いとは思っていたけれどこれはますます口を堅くしておかなければ。
〈身体強化〉は俺も使えるが、俺のは魔法なのでイベリスのスキル〈身体強化〉とは違いそうだ。俺のはMPを消費する代わりに他人にも使えてMPが続く限り時間制限はなし、イベリスのはMPを消費しない代わりに自分にしか使えず時間制限がある。そんなところだろうか。実際に使ったわけじゃないからわからないけど、イベリスの話を聞く限り間違ってはなさそうだ。
パンを半分ほど食べ進めたところで、喉が渇いたなと気付く。
部屋に備え付けのグラスは一つしかないから、アイテムボックスから出した風ショッピング購入でグラスをもう一つ用意して水を注いだ。しょっぱいものは喉が渇くよな。気が利かなくて申し訳ない。
イベリスに水の入ったグラスを渡すと彼女は礼を言い、それからしげしげとグラスを眺めた。
「可愛いな」
「え?」
あ。
イベリスに渡したグラスは花柄がプリントされたものだった。部屋に備え付けのものはシンプルなもの。差が歴然だ。うっかりしていた。色のついたガラス製品はこの世界でも見たことがあるが、絵がプリントされたものは……見たことないな。出所を聞かれると困ります。
「気に入ったならあげるよ。色んなお礼と、今日の記念に」
「え……いや、だが……いいのか?」
「うん。ぜひ受け取って」
本当はこのグラス一つじゃ到底返しきれないほどの恩があるが、そう言わないと遠慮して受け取ってもらえなさそうだったのでそう言う。イベリスはこのグラスが余程気に入ったようで、戸惑いつつも喜んでくれているようだった。
「ありがとう、大事にする」
イベリスの趣味に合う贈り物――は一応成功したが、予定とは違うのでやっぱりそのうちちゃんと贈り物がしたい。色んなお礼と言ってしまったからしばらくはその理由が使えなさそうだが。イベリスの性格的に相当の理由がないと贈り物は受け取ってもらえないだろうからなあ。
まあ、これから一緒に過ごす時間も増えるだろうし、イベリスのことをもっとよく知って、また彼女が喜んでくれるような贈り物ができるといいな。
食事を終えると、武器防具の手入れがあるからとイベリスは部屋に帰った。大事そうにグラスを持つ姿が嬉しかった。
夕飯を下の食堂で一緒に食べる約束をしたから、それまでゆっくりしていよう。




