14.南西の森②
「どうするよ」
「もうこのアジトも捨てるしかねえ」
話し声に、ゆっくり意識が浮上する。
手足は……縛られているようだ。自由に動かせない。頭がぼうっとする。殴られたのだ。
四人目が……いたのか。油断、した。小屋の中にしか〈探知〉をかけなかった、俺のミスだ。もっと広い範囲に〈探知〉をかけていたら、いや違う、もっと周りを警戒していたら、いや、いや、そもそも、一度退いて、人を呼んでいたら。
俺の隣では子供が小さく押し殺した泣き声を上げている。ああ、大丈夫だって、言ったくせに。余計に子供を怯えさせてしまった。
正義の、魔術師気取り。力もない――力を使いこなせない人間が、誤った判断をしたから、事態を悪化させてしまった。
「こうなりゃしょうがねえ。オイ手伝え。コイツ殺して、この小屋燃やして逃げるぞ」
「捜索隊が出されるんじゃなかったか?」
「コイツのナリ見ろよ。冒険者だ。依頼に出て死ぬことだってあるだろうさ」
俺が死んでも困る人はいない。探す人はいない。
「ガキはどうする」
「この際まとめて始末してもいいが面倒が増えるしな……。まあ、助けに来てくれた兄ちゃんが目の前で無惨に死ぬところ見たら、もう二度と助けなんて呼べないだろうよ。なあ?」
「お、おう。そうだな、わかった」
男の一人が近付く。
「坊主、お前のせいでこのお兄ちゃんは殺されるんだ。よぉく見とけよ。俺らのことを他所に漏らしたら次はお前の家族が酷い目に合うんだからなぁ」
「ううーっ」
子供が暴れる。そうだ。子供。子供だけでもどうにか逃がす、守る、守らなければ。
男は子供を無理に押さえようとしている。あれでは怪我をしてしまう。
うるせえ、と男の一人が子供を投げ飛ばした。背中を壁に打ち付けて、子供は痛みに顔を歪める。
逃がす、逃がす方法。
「り……〈解放〉」
ぼうっとする頭で呟けたのはその呪文だけだ。子供の手足の枷と猿轡がはらりと解ける。これで、逃げて、くれ。
しかし逃げ場は――この小屋唯一の出入り口は塞がれている。四人の大人の男相手に、こんな小さな子供が逃げられるはずもなかった。ああ。
「テメェ、無駄なことを」
「ぐっ……」
小さな声だったが、俺の呪文で子供の拘束が解けたことに男は気付いている。胸倉を掴まれ、顔を何度も殴られた。口の中に血の味がする。顔を、ぬるりと温かいものが流れる。
「オイ、この男は魔術師だろうが。猿轡しとけ」
「だ、だって気を失ってるから魔法は飛んでこないと思って」
「バカ野郎が。さっさとしろ」
猿轡を噛まされる。
目の前で殴られる俺を見て、すっかり怯えた子供はへたりと力なく床に座り込んだ。男が再び拘束しようと子供の腕を掴む。その瞬間、弾かれたように子供は叫んだ。
「……だっ……だれかたすけてーーっ!! しんじゃう、お兄ちゃんが死んじゃうよ!!」
「テメッ……黙りやがれ!」
助けを求めた子供が殴られる。駄目だ。逃げ――られないのか。俺たちはこのまま。俺はこのまま。
男が足を後ろに下げたのを見て、咄嗟に、縛られた身体を無理やり動かして、子供と男の間に入った。
「っぐ、」
子供の代わりに男の蹴りを受ける。だが、思ったほどの衝撃はなかった。神様から貰った服が、男の蹴りを防いでくれたのだ。
「ガキに手を出すなってか。へっ、涙が出るね」
何度も何度も踏みつけられる。子供が怯えている。
何か――ここから逃げる方法を考えなければいけないのに、このままでは殺されてしまうのに、だめだ、頭が回らない。何をするべきなのか、何が正しいのか、わからない。
「オイ、そいつら隠せ」
男の一人が言う。壁に空いた小さな隙間から外の様子を伺っているようだった。
「誰か近付いてくる。さっきのガキの声を聞いたかもしれねえ」
「冒険者か?」
「多分な。油断させてから、やるぞ」
俺と子供は部屋の隅に追いやられ転がされた。薄汚れた埃っぽい毛布が頭の上からかけられる。
「騒いだらガキも殺してやる」
低く暗い声だ。この男は、本気だ。喉元に刃を突き付けられているような感覚。きっと――この、四人のリーダー格のような男は、人を――した、こと、が――……。
子供は恐怖に固まっていた。大きな瞳から涙が静かに流れる。
扉が力強くノックされた。
せめて、一人じゃありませんように。もしくは強い人でありますように。全員一撃で倒してこの場を収めてくれるような強い人でなくてもいいからせめて、せめて子供だけでも逃がせるような隙を作って、子供だけでも助けてくれる人。頼む。頼む……。
男の一人が扉を開く。
「オウ兄ちゃんどうした、ここは俺らの秘密基地だ。これから身内で酒盛りするからよう、用がないならさっさと帰んな」
単独のようだ。
帰れと言いながら帰す気はないのだろう。隙を見せたが最後、全員で襲い掛かるつもりだ。
「隠しきれていないぞ」
「な――、ックソ!」
「そうか、隠したのはそこか」
冒険者の言葉に盗賊は俺たちのほうを咄嗟に振り返ってしまったらしい。カマをかけられたのだ。冒険者は男たちのその反応から何か――助けを求める子供を隠していることを察した。
「クソ、かかれ!」
リーダーの男の合図で男たちは一斉に冒険者に襲い掛かる。が、聞こえてくるのは殴打の音と、四人分の呻き声。助けに来てくれたらしい冒険者の声は決して揺らぐことはなかった。
足音が近づく。毛布が捲られる。
「大丈夫か?」
顔を上げた先にいたのは、聞き覚えのある声の主――イベリスだった。
その後ろには男が四人、白目を剥き鼻血を出して倒れている。
「いぇ、う」
「ひどい怪我だ。回復薬は飲めるか?」
猿轡と手足の拘束を外してもらう。手にそっと回復薬の小瓶を握らされた。
イベリスだ。間違いなく、イベリスだ。
恐らく依頼で近くにいたイベリスが子供の助けを求める声を聞いたのだ。そして、あっという間に盗賊たちを倒してしまった。
声を出そうとして、喉が嗄れていることに気付く。イベリスからもらった回復薬を呷ると、身体の痛みが薄れた。
「イベリス」
「ん……? 君は……メイスケか?」
「うん……」
顔を腕で拭うとべったりと血が付いた。顔を殴られたときの血だ。こんなにボコボコの血まみれじゃ流石に誰かわからないか。
「助けてくれて、ありがとう」
「いや、当然のことをしたまでだ。無事……とは言い難いが、助けられてよかった」
申し訳なさそうな顔をしながらイベリスが言う。俺の傷はイベリスのせいではなく、盗賊と俺自身の未熟さのせいなのだからイベリスが気に病む必要はこれっぽっちもないというのに。
「君も、守れなくて……ごめん。怖い思いをさせた」
俺と一緒に捕らわれていた子供――栗毛の少年に言う。少年もまだ平常心ではない。状況が飲み込み切れていない様子で、固まっている。
少年も殴られていた。俺は少年の腫れた頬に手をかざし〈回復〉をかけた。腫れが引いていく。痛みがなくなった頬をぺたぺたと触って、少年ははっとした。
「あ……ありがとう、お兄ちゃんたち」
礼を言われると、胸が痛む。イベリスが助けに来てくれなかったら、俺たちは今頃――一発二発殴られる程度では済まなかったのだから。
「お礼ならこっちのお姉ちゃんにだけでいいよ。俺は……君を助けられなかったんだから」
「え? ……ううん。オレ、お兄ちゃんが来てくれたときうれしかったよ。あのまま、ひとりぼっちで、死んじゃうんだって思ってたから」
面倒を避けた盗賊たちには少年を殺すつもりはなかったのだが、少年にとってはそれだけ恐ろしい時間だったのだろう。しっかりと受け答えはできているが、まだ小さな手が震えている。
「メイスケ、少年。街へ帰ろう。天気も崩れそうだ」
「……ああ」
少年の手前、鞄から出すふりをしながら【ショッピング】で買った縄をイベリスにも手渡す。盗賊四人をしっかり縛り上げて、床に転がしておく。この人数を街まで運ぶのは難しいから、あとで人を呼ぼう。
「立てるか? よく頑張ったな」
「……うん」
イベリスが優しく子供の手を引き、背に乗せた。ぎゅう、とイベリスにしがみつく子供の姿に自分の情けなさを実感する。
もらった回復薬である程楽にはなったが、念のため自分にも〈回復〉をかけておき、小屋を出る前に――あった、依頼品のネックレスを回収しておく。せめてこれだけは、しっかり依頼人に届けよう。
他にも盗品と思しきものが色々あるが、それは盗賊を回収しにきた組合の人なり街の警備兵なりがなんとか持ち主に返してくれるだろう。
小屋の外で俺を待ってくれている二人に駆け寄る。
「そういえば、イベリスはどうしてここに?」
「盗賊団の一味を街の外で見かけたという話があってな。拠点が街の外にあるかもしれないと、依頼で近隣の山や森を探し回っていたんだ」
ここのところイベリスの姿が見えなかったのはずっと盗賊のアジトを探し回っていたからなのか。宿でゆっくり休むこともせず、魔物が蔓延る山や森を歩き回って、野宿して、また探し回って。
イベリスが助けに来てくれたのは必然といえば必然だったのかもしれない。
……ますます、俺の余計な行動が危機を招いたのだと暗い気持ちになる。俺が何もしなくても、じきにこの子は助かっていた。
「……そっか」
「……メイスケ、話がある。後で時間をくれないか」
イベリスが真剣な声で言う。俺の――短絡的な行動を責められるのだろうか。責められて当然だ。組合から罰則もあるかもしれない。甘んじて受けよう。
「わかった」
「先にこの子を家まで送り届けて、盗賊の件を組合に報告しよう」
頷く。
少年の名前はロンといい、教会の孤児院に住んでいるらしい。
教会、孤児院……確か、街の南西の方にあったかな。
「ロンはどうしてここにいたか、言えるか?」
「……ん。悪いヤツ、追ってきたんだ。でもうねうねした道を歩くから、見失っちゃって……帰り道もわからなくなって、歩いてたら小屋を見つけたんだけど、それがあの小屋で、捕まっちゃって」
悪いヤツ――盗賊団のことだろうか。
「悪いヤツに、何か大事なものをとられたから、追いかけたのか?」
「うん。あくじのしょうこを見つけて、しっぽをつかむんだ」
できなかったけど、とロンはしゅんとした表情になった。
手を伸ばして、その栗毛をくしゃくしゃと撫でてやる。
「ロンは勇気があるんだな。でも、危ないことはしちゃだめだ。俺が言えたことじゃないけどさ……。孤児院の人とか、お友達とか、きっと心配してるよ」
「…………うん。たぶん、シスターにすっごい怒られる」
「すっごい、心配かけたんだよ。そのぶん、ちゃんと叱られような」
「……うん。シスター、すっごい怖いけど」
教会のシスターが孤児院の子供たちの面倒を見ているのだろう。なんとなく、頭に肝っ玉母ちゃんという言葉がよぎった。




