10.掃除代行
今日の朝食はパンに薄いベーコンと葉野菜が浮かんだスープ、マッシュポテトだ。美味しくいただいてから仕事に向かう。
選んだのは掃除代行の依頼だ。足が悪くなった依頼人の手の届かないところを掃除してほしいらしい。一般的な掃除レベルでいいから気が楽だ。清掃のプロのレベルを要求されたらさすがに厳しい。〈清浄〉ならいけるか? そもそもそういう依頼は俺が受けられるランクにはなさそうだけど。
仕事場所は街の北西。この辺りは店舗兼住宅が多く、依頼人も花屋を営んでいるようだ。素朴で可愛らしい花々が並ぶ店舗入口から声をかけると元気のいい返事が返ってきた。
「依頼を受けて来ました。冒険者のメイスケです。今日はよろしくお願いします」
「あら、あら! こんな若い男の子が来てくれるなんてねえ! さあ入って入って。お茶を出そうかねえ」
「いえ、お気遣いなく」
元気な人だ。ただ、確かに足を庇うようにゆっくり歩いている。手の届く範囲は本人がしっかり掃除しているようで、店内の見える場所は綺麗に保たれているし、カウンターテーブルはピカピカに磨かれていた。
案内されて、花屋の奥の扉から住居に入る。掃除するのは簡素なキッチンのあるダイニング、寝室、あとはトイレだ。
この世界に来て驚いたことのひとつにトイレが水洗だったことがある。他は中世風ファンタジーという感じなのに。まあありがたいけれど。
地球から人間を招くのは俺が初めてというわけでもないから、この世界に転生した別の誰かが前世の記憶チート無双的なやつで水洗トイレを広めてくれたのだろうか。もしそうなら感謝だ。俺は水洗トイレの使い方は知ってても作り方は知らないからな。構造とか、下水工事とか思いつかないけど色々やってくれたんだろう。ありがたい。
窓を開ける。街の中を流れる川が見えた。朝日を反射して水面がきらきら光る。子供たちがかくれんぼをする声が聞こえる。爽やかな朝だ。
さて、始めるか。
埃っぽくなるので、と言ったが依頼人は大丈夫よおとダイニングの椅子に座った。まあ俺が変なことしないかとか、触っちゃいけないものに触らないかとか、監視していてもらえるのは気が楽ではある。〈清浄〉は封じられたが、今日は最初から使うつもりはなかったので問題はない。全て終えるまでに日が暮れそうなほどの大豪邸だったら使っていたかもしれないが、トイレ含めて三部屋なので大丈夫だろう。魔法やスキルに頼り切りなのは堕落一直線って感じになりそうなので自分の力でやれるところは自分でやるのだ。
ハタキやモップなどの掃除用具は依頼人が用意してくれていた。
掃除の基本、まずは上から。俺はこっそり【ショッピング】で買った無地のバンダナをポーチから出し、マスクのように顔に巻く。ハタキを手に取り、脚立に上って食器棚の上の埃を落としていった。あらかた埃が取れたら雑巾で拭き取る。それだけで随分綺麗になった。
側面も拭いて、これでこの食器棚は完了だ。
「まあ。丁寧にやってくれるのねえ」
依頼人が声をかけてくる。そんなに丁寧にやったつもりはないので、褒められるとくすぐったい。
「前にお願いした子はね、床を拭いて終わりだったわ。私もそれくらいを想定してたからあなたが丁寧にやってくれてびっくりよ。ありがとうね」
「いえ……」
余計なことをしているのだろうか? 一瞬、そんな考えが頭をよぎったが依頼人は優しげに微笑んでいる。感謝の気持ちは素直に受け取っておくことにした。
次はキッチン周りだ。
シンクがある。水道だ。蛇口を捻れば水が出る。トイレもだけど、大きな街だから水道が発達しているのかな。それともこれは水を引いているのではなく魔力を込めれば水が出るとかそういう魔道具を使っているのだろうか……。
かまどは使い込まれている。
「かまどね。いいでしょう。ちょっと前までは薪のかまどだったんだけど、思い切って魔道具式に変えたのよ。おかげで火を使う料理が捗って捗って。あなた料理はする? 楽しいわよ~」
「まあ、たまには」
依頼人はおしゃべりが好きなようだ。
そしてやっぱりキッチン周りは魔道具――魔法の力で動く道具を使っているらしい。便利だよなあ。この辺は現代日本よりも便利だと思う。水源なく水を出せたり火種なく火を出せたり。夢に描いたような世界だ。
かまどとシンクは綺麗に保たれているので、台所は戸棚と床をメインに掃除した。
「そうそう、お掃除を依頼した前の、更にその前の子ね。その子もあなたみたいに丁寧にお掃除してくれたわね。背の高い女の子。体格がいいし、剣も持っていたから、普段はハンターのお仕事をしてるじゃないかって思うんだけど」
ダイニングの床にモップをかけていると依頼人はそんなことを言った。
背の高い、ハンターの仕事をしてそうな女の子?
「あんまり背が高いもんだから、そう、あなたより大きかったわね、だから最初男の子だと思っちゃって。でもその子は怒らなかったのよ。優しくて、仕事も丁寧で、いい子だったわ」
あなたの仕事ぶりで思い出した、と言われて嬉しくなる。
依頼人の言う女の子が、俺の思い浮かべている人物と同じであるかはわからないが――俺よりも背が高くて、男に間違えられるほどで、優しくて、見るからに戦闘向きの女性はそういないんじゃないか、と思う。
イベリス。
少し彼女に近付けた気がした。
ダイニングの掃除を終えて、次は寝室だ。窓を開ける。部屋にはクロゼットが一つと、一人で寝るには大きいベッドが置いてある。
あまり物が置かれていないその部屋が何故だか寂しく見えた。物がないのはダイニングも同じなんだが……。
クロゼットを拭き始めると、依頼人はあとよろしくねとだけ言ってどこかへ行ってしまった。掃除を続ける。埃をはたいて、床を拭く。飛んだ埃が気になったのでベッドにだけは〈清浄〉をかけた。人の家の布団を勝手に干すわけにもいかないしな。頼まれたのは掃除だし。
トイレもブラシで擦って綺麗にして、掃除代行任務完了だ。報告に依頼人の姿を探す。依頼人は、キッチンに立っていた。
「あら、終わった? ありがとうねえ、助かったわ。もうお昼だからご飯食べて行きなさいな」
「え、でも」
「遠慮しないで、ほらほら」
テーブルに二人分の料理が置かれる。いいのだろうか……。
「旦那が死んでから人と食事することも減ってねえ……」
大きなベッドに寂しさを感じたのは、そういうことだったのだろう。
俺は――大事な人を喪った経験がない。父方の祖父母とは疎遠だったし、母方の祖父母は俺が生まれてすぐに亡くなっている。両親も、数少ない友人も、みな健在……だった。
だから想像でしかないが、夜、一人きりで広いベッドに横になるのは――それまで確かにあった温もりが失われたことを実感するのは、寂しい……と思う。
「ありがたく、いただきます」
「おかわりもあるからいっぱい食べて」
依頼人は微笑む。
俺はテーブルにつくと手を合わせ、まずは人参のサラダを口に運んだ。細切りにした人参に酸味のあるドレッシングがかかっている。
「酸っぱいのは大丈夫? 旦那がね、サラダにはモンカの汁をかけるのが好きだったからウチではそうしているんだけど。苦手なら食べなくてもいいのよ。ほら、こっちは甘く煮たやつだからね」
「大丈夫です、ありがとうございます」
モンカ、はなんだろう。レモンみたいな酸味のあるフルーツとかかな? 後で調べよう。
すすめられるまま煮物を食べる。甘辛く煮られたじゃがいもと牛肉(多分)はかなり俺好みだ。異世界風肉じゃがという感じか。米が欲しくなるが一緒に出されたのはパンである。
パンを齧り、卵の落とされたスープをすする。豪華な昼食だ。煮物をおかわりして、食べ切る頃にはすっかり満腹になった。
「ごちそうさま、美味しかったです」
「いいのよう。いっぱい食べてくれて嬉しかったわ。あの女の子はもっといっぱい食べてくれたけど」
「精進します」
「うふふ」
そんな冗談を交わしながら片付けを手伝い、それから依頼人のサインを貰う。
「またいらっしゃいね」
「はい」
依頼人に見送られて、花屋を後にした。




