1.はじまり
「これが……異世界転生……!」
俺は感動に打ち震えた。日本では見たことのないカラフルな植物。何とも言えない空気感。ああ、まさに異世界。俺は震えた。普通に震えた。
「ギャアアーーーーッ」
「ヒィッ!」
大きな鳥のようなものが奇声を上げながら頭上を飛び回る。ガサガサと茂みが揺れるたびに恐ろしくてたまらない。
見渡す限りの木、木、そして闇。神様、なんだって俺をこんな森の奥なんかに転生させたんですか。
俺――雨海茗助は少し前まで日本のとある企業で働くごく一般的な男だった。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に大学を出て就職。そこで自分の勤める会社がまさか所謂ブラック企業と呼ばれるものだったとは本格的に身体を壊すまで気付かず(だって会社勤めは初めてなんだもの、こんなものかと思いまして)最後の気力を振り絞ってなんとか退職。
貯金を崩しなんとか生活しながら転職先を探すなかで、娯楽として選んだものは気軽に読めるweb連載のファンタジー漫画だった。
小さい頃はゲームの世界に行って冒険してみたいとか思ってたな、とそんなことを考えながら読むうちにすっかりハマってしまい、異世界モノ、悪役令嬢モノ、フルダイブMMOモノ、モンスター転生、チート転生……色々なものを読み漁った。小説のコミカライズが多かったから、転職して、長い文章が読めるほどに気力が回復したら原作小説も読もうと思っていたのだが――……。
事故にあった。
痛みを感じるよりも先に意識が飛んだ。
そうして、目覚めたら雲の上のような、白く、明るく、あたたかい場所にいた。
俺はぼんやりとしたまま空中に漂う。手足の感覚がない。そもそも、手足がない。ついでに言えば頭も胴体もない、俺はただの意識――輪郭のない、魂だけの存在になっていた。
魂になった俺がそのまま漂っていると強い光が目の前に現れて、その強い光がだんだんと人のような形になるにつれ、俺の意識もハッキリしてきた。
光は、髪の長い美青年の姿になった。
「ははん、さては神様だな?」
「ああ」
びっくりした。俺は脳内で考えただけの――脳はないけれど、口も喉もないのだから声にならないはずの声がその美青年に届いて返事が来たので驚いて身体を跳ねさせた。身体もないけれど。気分だ。
「驚くなら、まず君のその状態に驚くところだと思う」
それもそうだ。男、神様の声に納得する。
「うん……うん、そうだ。君は……色々と話が早そうだ」
小さく頷きながら神様は俺の方を見る。長い髪がさらりと揺れる。金髪のようにも見えるし銀髪のようにも見える。瞳は青っぽく見えるが、よく見ると色んな色が混じり合っている。地球がそこにあるみたいだ。神様。うん、神様だな。
「君、異世界転生しない?」
「する!」
します。絶対します。俺の返事に神様はウンウン頷いた。作り物みたいな美形で表情も殆ど動かないから冷たく見えるけど思ったよりおっとりしてそうな神様だ。
異世界転生。異世界転生かあ。本当にあるんだなあ。死に際に見てる都合のいい夢かなあ。
夢じゃないよ、と神様は言う。
「茗助。私の世界に来てもらうけど、君には使命なんてものはない」
「あ、そのタイプ」
「どのタイプかわからないけど……とにかく、君はただ生きてくれたらいい。ああ、これが使命ってことになるのかな? 異世界から招かれた君の魂はそこにあるだけで世界のマナを循環させる」
マナ。なんか生命力とか……力の源的なイメージだけど……。マナが循環しないと悪いことあんの。
「うん……。マナが薄ければ生物は生きられないし、濃ければ暴走の危険性がある。だからこうして、時折異世界から魂を招き入れるんだ」
そんでたまたま死んだ俺がたまたま招かれたと。なるほどね。
で、その世界で生きることが俺の使命なら、当然、アレ、ありますよね? だって死んじゃったらダメだもんね?
「もちろん、なんだっけ、君たちの言うところのチート……を、授けようと思っている」
イヨッッッシャ!!! チート転生ばんざい!
正直マジで普通に生きてきてクソみたいな会社に扱き使われてめちゃくちゃしんどい思いをした上にまだギリギリ二十代だってのに事故死だなんて親はなんて思うだろうか泣くだろうなもうちょっと実家に帰っとくべきだったなとかめちゃくちゃ、めちゃくちゃしんどいことを考えてしまうけれど、眼球も涙腺もないなりに泣きそうではあるのだけれど、時間を巻き戻すことはできないし、日本で、あの世界で俺は死んで、葬式あげられて、それはもう、どうしようもないことなんだろうし。
俺が俺のまま、新しい人生を歩めるのはいいことだろうし。親父にも母ちゃんにも、俺は元気にやってるよって伝えられはしないけど。前向きに考えよう。
しんみりしちゃったな。
神様が少しだけ悲しげな表情で俺を見ている。
「よし神様。チートください」
「うん」
色々スキルやらなんやらを貰って、魂だけだった俺は人間の身体も貰って、俺は異世界に降り立ったのだった。