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七話:魔女狩りと規則改正

 車椅子に黒スーツ姿の女社長、王花ビュオレは社内ビル三十階の、自身の社長室にいる。時刻は十七時。窓ガラスに映る、外のビル群の中に沈んでいく夕日を眺めている。

 すると腰のポケットに入れたスマホが鳴った。予定通りの時刻だ。

 電話に出る。

「もしもし」

『もしもし、ビュオレか』

「ああ。安心しろ、他の誰かが魔法で私に成りすましてはいない」

『……お前の好きな食べ物は?』

「無花果のコンポートだ」

 以前から取り決めていた合言葉だ。『運営側の魔童子』は人間界での固有魔法の使用を運営により可能にして貰っている。男女二人ずついる運営側の魔童子に声帯を変える魔法を持つ魔童子がいない事は知っているが、魔法界の特殊なアイテムの中にそういった物が存在する可能性を否定できないーーと、この電話相手の男、岸南糸きしないとが以前主張したから茶番に付き合ってやっている。

 この岸南糸は魔法少年サイドの運営側の魔童子の一人だ。

『……本物だな』

「前から言っているが、ナイト君……あの方が魔法界のアイテムに私達の通話を邪魔できるような物は存在しないと仰っていただろう? あの方を信じられないのか?」

『そうじゃないが、あの方も知らない情報がある可能性もある。世の中は想定外の事が起こる物だ。念には念を、だ』

「それにさ、そんな事言い出したら私達の今までの通話も魔法界のアイテムで傍受されていた可能性もある。たらればを言い出したら可能性は無限にある」

『……』

「まあ、君のその慎重な性格はスパイに向いていると思うよ」

『スパイ……』

「とにかく本題に入ろう。魔法王に動きはあったか?」

『……ああ。魔法戦争ゲーム、サバトは後二回の試合で終了するらしい』

「……ふむ、あの方の読み通りだな」

『あの方の予定通り、俺達が動く時という訳だな』

「ああ。ここまで来たら運営側の魔童子を入れ替える事もしないだろう。君は最期までスパイを全うできる」

『お前が魔法女王に運営側の魔童子を辞めさせられたのは何でだったんだ?』

「さあ? 水絵、木絵の方が使えると女王に判断されてしまったのではないか? 特に理由は言われてないから分からないな」

『あの方に連絡用として渡された魔法界のアイテムはお前の手にあるよな?』

「ああ、マジカルフォンは今私が所有している。この事実を連絡しておく」

『それにしても、状況は俺達にとって良い方向に進んでいるな。リッパーの奴があの方の考えに賛同したとは思えない。だが紫水朝日なら……』

「そうだな。……悪いんだが今日は会社の仕事が立て込んでいるから、早いがミーティングはここで終えさせてくれ。続きは次のミーティングで話そう」

『ああ』

 ビュオレはスマホの通話終了ボタンを押し、スマホをポケットに入れた。

 そして再度沈みかけの夕日に視線をやる。

「さて、最終ステージだな」

 ビュオレの願い事は三年前のゲーム当初から変わっている。一年前に出会った、あの方の予想通りに事が運ぶなら、願い事は一つしかない。

 この狂ったゲームの被害者達を救う……ただそれだけが願いだ。『願いの前借り』を使った為に死んだ親友を思い出しては、その決意が強くなる。



 ☆

(あいつは人殺しだ。人殺しのあいつを殺した僕は悪くない!)

 心の闇の中、朝日が朝日に言う。

(人殺しだったら殺しても良かったのか?)

(あの方法以外月夜を救う方法がなかった。それにあいつは母さんを殺した奴だ!)

(結局殺したという証拠はなかった。プレアに騙されたんじゃないのか?)

 自問自答が溢れて止まらない。

「紫水さん、貴方に質問しているんですよ! 起きてますか?」

 誰かの声に引っ張られ、朝日は意識を取り戻した。先生の声だ。

 今は授業中。先生やクラスメイト達の視線が朝日に集中している。

「ご、ごめんなさい……」

「貴方、目を開きながら放心してたから、起きてるんだか寝てるんだか分からなかったわ。具合が悪いなら申告してね。……ではナオト君、この問題解ける?」

 そう言って先生は別の生徒の方に向いた。


 あれから一か月。何度同じ夢を見た事だろう? 自分自身に責められる夢を。



 放課後。朝日は教材をバッグに詰めて身支度を整える。

「紫水さん最近調子悪そうだよな。深也と何かあったのか?」

「いや、普通に一緒にいるから喧嘩した訳じゃなさそうだぜ。でも絶対何かあったよな……目に色が無えもん」

 クラスメイトの男子がこそこそと話をしているのが聞こえる。

 身支度が終わり、席を立ち、扉に向かう。

 廊下に出てすぐの所で、いつものように深也が待っていた。

「お疲れ、朝日!」

「……ああ、お疲れ」

 二人はいつものように祈桜西高近くのカフェに向かう。リッパーとの戦いが終わった後も四人はゲーム終了まで共同戦線を張る事にしたのだ。

 ……いいや、共同戦線なんて大それた物ではないかもしれない。ただ普通の高校生同士のお喋り会程度の意識だ。どんな会話であれ、誰かと話しているのは気が楽だ。

 一人でいる時程、自問自答が始まってしまうのだから。人殺しの自分は特に。

 廊下を歩き、下駄箱に向かう深也と朝日。

 階段を降りようとしたその時、突如ポケットが紫に光りだした。

 深也のポケットは青色に光っている。この光は変身石から発せられる光だ。

 二人はほぼ同時にポケットから変身石を取り出した。周囲に普通の生徒も歩いているが彼らには光も変身石も見えていないはず。

『魔童子の皆様、重要事項をお知らせします。繰り返します、重要事項をお知らせします』

 変身石から女性の抑揚の無い声が聞こえた。いつもサバト終了の時、告知する女性の声だ。

「何だこれ?」

 朝日は深也と顔を見合わせる。

『魔法戦争ゲーム、サバトは後二回のゲームを持って終了する事が決定致しました。繰り返します……魔法戦争ゲーム、サバトは……』

「何だって?!」

 深也が思わず声を上げる。歩く生徒達の何人かの視線が深也に向く。

『それに伴い、以下三点のルールが変更となります。

 一、今後のサバトでは残りの魔童子計二百五十二人が同時にゲームに招集される事となります。

 二、一試合のサバトの終了時間が一時間から無制限に変わります。

 三、魔童子の人数が既定の人数まで減った段階で試合終了となります。

 他、基本ルールは既存の物と変わりません。この連絡事項は変身石のルールブック一覧に加わりますので、後に確認可能です。

 加えて、次のサバトの予定時刻をお伝えします。本日より九日後の十一月二十六日二十三時五十九分を予定しております。次回のサバトの終了条件は「魔童子の合計人数が百人以下に達する事」です。サバトもいよいよ佳境です。是非皆様悔いの残らない戦いをしてください』

 そう言い終わると、変身石の発光はあっという間に収まった。

 朝日は確認の為、小声で「ルール表示」と変身石に向かって呟いた。

 紫の宝石から正方形の電子画面が飛び出る。

 周囲の生徒達には電子画面も見えていないだろうけど、朝日の行動が挙動不審に見えるだろうから、手短に電子画面をスクロールしていく。

 すると追加事項という項目があった。それをタッチすると、さっき女性が言っていた事と同じ内容の事が記載されていた。

「朝日……」

 深也が不安気にこちらを見る。

「……早くカフェに行こう」

 月夜達にも同じ通達が行っている筈だ。



 祈桜西カフェ店内。いつものように四人はクッション席を囲む。朝日の右に深也、向かい席に月夜、斜め右に夕美。

「何故このタイミングなのかしらね?」

 夕美が変身石の電子画面を開きながら呟く。

「前から思ってたけど、やっぱりこのゲームはただの夫婦喧嘩のゲームじゃない」

 朝日が口を開く。

「もし離婚調停としてのゲームだったら、期限を短縮する意味がない。このゲームには、もっと別の理由があるんだ」

「朝日がランキング一位になったのに関係あるのかな?」

 月夜が口を開く。

 そう、ジョンドゥ・ザ・リッパ―を倒してすぐに、ランキング一位から痛ミ在ル生命(ペイン・アンク)の名は消え、代わりに謀反物(リフレクター)の名が刻まれていた。

「分からない。でも、僕はずっと、誰かの手の平の上で踊らされているような感覚がしていたんだ。各プレイヤーのゲームスタート地点……参加プレイヤーの数……そのどちらも魔法王、女王、プレアの誰か……あるいは全員に決められている気がする」

「で、でもさ、ジョンドゥ・ザ・リッパ―の奴を倒したんだからさ、もうこのゲームで人が死ぬなんて事無いだろ?」

 深也は慌てた調子で朝日に言う。

「それ、僕に言う?」

「あ、悪い……」

 深也の事だから悪気があって言った訳じゃないのは分かっているから、朝日は怒っている訳じゃない。深刻な雰囲気を変える為に出た言葉だったのだと、ちゃんと分かっている。

 ただ、「人が死なない」は間違いだ。願いの前借りを使用した朝日は負ければ死ぬし、朝日が死ねば前借りの代償で月夜も死ぬだろう。

「後、動向が気になるのはリッパーの親衛隊を自称してた三人ね。リッパーが倒された事でどう動くか……」

 夕美は顎に触れながら、机に置かれた自身の珈琲カップの中を見つめている。



 ☆

 火折はホスト魔法少年、木取屋友好(きどりやゆうこう)と天使魔法少年、太土宅男たづちたくおと共に河川敷にいた。時刻は十六時。

「クッソ、あのアマ、ちょこまかと消えて俺の攻撃避けやがって……」

 王花ビュオレとの戦いを思い出し、岩壁を殴りつける。血が出て、痛みもあったが腹立たしさが上回って気にならなかった。

「カオル殿落ち着くでゴザルよ」

 ギロリと木取屋友好と太土宅男……フトタクを睨めつける。

 人間界でのフトタクは下はジーンズ、上はチェック柄のシャツで、元の太り気味な体型も合わさって、まさにアニメオタクを連想させる見た目だ。

 対して木取屋の方は黒いホストスーツに身を包んでいる。高身長と、男の火折視点でも美形な顔立ちから、本職もホストだと思わせる見た目(実際何の仕事をしているのかを聞いた事は無い)。

「俺の拳拳鍔鍔ナックル・ダストは近接攻撃しかできねぇからな。瞬間移動とかいう逃げ戦主体のあの女にはガン不利だったか……」

「だから一対一なんて止めときなっていったのに……」

「うるせぇ!」

 笑みを絶やさない木取屋に罵声を浴びせる。

 ジョンを越える魔法少年になるにはサシでランキング二位のあの女に勝てなくては意味がない……等という事をこの二人に理解して貰う気は無い。片やジョンの強さにあやかろうとした金魚の糞。もう片や火折に引っ付いているだけの金魚の糞だ。

「カオル殿、ジョン殿が亡くなって悲しくないでゴザルか?」

 額に汗を垂らしてフトタクが聞いてくる。

「悲しいっちゃ悲しいぜ。俺が最強と思ってた男があんなガキっぽいオトコオンナに倒されちまってさぁ。せっかくサバトの願い事でジョン先輩より強くなって、サシであの人倒す予定だったのにさぁ……」

 ジョンと火折の死生観に他人が死ぬ事による悲しみなんて無い。少なくとも火折の十四年間の人生の中で、人の死より悲しい事なんていくらでもあった。

「仕方無ぇからあのオトコオンナ倒す事でジョン先輩を超えた事にするしかねぇかな」

 河原の方を見つめる。オレンジ色の夕暮れが火折の視界を覆う。

「僕はジョンの下にいれば美味しい汁を味わえると思ってたから一緒にいたけど、火流間君が紫水君を倒してくれる気でいるなら、まだ一緒にいるのも悪くないかもね。お世辞にも僕じゃ彼……彼女は倒せないだろうし」

 木取屋は相変わらず笑うお面のような、胡散臭い笑顔を絶やさずにそう言った。

「拙者もカオル殿と木取屋殿に付いていくでゴザルよ。お二人は拙者の魔法少年友達……マホ友でゴザルからな!」

 フトタクが親指を立てて、白い歯を見せる。木取屋のような美形がすれば様になるがフトタクでは……。

「オタ友みたいに言わないでくれる?」

 木取屋がツッコミを入れる。

 腐っても現ランキング八位の“友愛フレンドリー・シップ”と現十位の“想造主イマジ・クリエイター”……現六位、“拳拳鍔鍔ナックル・ダスト”の火折の邪魔になる事は無いだろう。


 ☆

「三人共、ゴメン。色々考えたんだけど俺、この集会にはもう参加しない事にするわ」

 深也がいつになく重い表情をしながら立ち上がったので、朝日は驚いた。

「どうしたんだ急に?」

「良く考えてみろよ。もし魔法少年が勝ったら朝日と月夜ちゃんが死ななくちゃいけない。それは最悪、俺が朝日を殺さないといけないって事だ。記憶だけなら最悪、失ったらまた積み上げれば良いだけだったけど、命は取り返せない。だから、もう一緒に入られない」

 深也は強い眼差しで朝日を見る。その眼からは、今まで深也が見せた事の無い熱を感じた。

「深也……」

「だけど一つだけ約束する。もし魔法少年が勝っちまったら、その時は俺が朝日と月夜ちゃんを願い事で生き返らせてやる。そいつを目的に最期まで勝ち残る事を目指すよ。もし最期の魔法少年が俺で、魔法少女が朝日と月夜ちゃんなら、お前達に俺の変身石を割らせてやるから」

 朝日を見つめるその眼に嘘をついている感じは全くしない。深也は本気だ。

「ああ……ええと……」

 言葉に詰まる。お礼を言うのも変だし謝るのも変だ。どんな顔を作れば良いのかすら分からない。

「朝日大丈夫だぜ。これからどうなろうと、俺はお前の事友達と思っているから」

 深也が親指を立ててはにかんで見せた。

 何といえば言いか分からない朝日は援助を求めて月夜と夕美の方を見た。

 二人も眉を曇らせるだけで口を開かない。

「大丈夫! サバトが終わったら、またこうやって四人で会おうぜ! その時は会議じゃなくてお茶会だな!」

 そう言って深也は会計のお金だけ置いてカフェの扉から去っていった。



 帰り道。男女桜公園の中を並列して歩く月夜と朝日。

「もうすぐだね、私達のお願いが叶うの」

「……ああ」

「顔色悪いよ?」

 月夜が俯く朝日の顔を覗き込む。

「僕は……人殺しだ。そんな僕はどんな顔して母さんに会えば良いのだろう?」

「……朝日」

 月夜が朝日の右手を握り、両手で包んで持ち上げた。

「私言ったよね? 私達はこれから運命共同体だって。朝日がサバトで罪を犯したなら、それは私の罪。だから……一人じゃないよ?」

 月夜の瞳が朝日を捉える。やはり月夜の瞳には人を吸いつけるような魔力染みた物を感じる。

「……ああ、ありがとう」

 口調と表情だけは笑顔を取り繕った。何故なら無理だからだ、人殺しの自分が心から笑うのは。責めて、月夜を不安にさせない為にも笑顔を……。

 だが月夜は朝日の笑顔に笑顔で返してくれない。むしろ心配そうに眉をひそめている。朝日の心の内を見抜いているのだろう。

 今回ばかりは……月夜の言葉ですら、朝日の闇を打ち消す事はできない。人を殺した朝日はもう、闇から抜け出せない。自分が幸福を感じる時には常に、あの夜の雪の光景と、白衣の男の心臓を槍で貫いた生々しい肉感が脳裏について離れないだろうから。

 朝日の心の内の絶望等お構いなく、無数の薄紅色の桜の花びらがどこからか流れてきて、朝日の頬を撫でた。

 舞い散る桜達は、穢れた罪人である自分と対比するように、以前より一層美しい存在に見えた。


 ☆

 九日経った。朝日の日常は穏やかに、何事も無く過ぎ去っていった。学校に行き、放課後カフェでミーティングをし、家に帰るの繰り返し。まるで嵐の前の静けさのようだ。

 サバトの日時を知らされたのは初だったが、その為の準備が何かできるという訳ではない。

 強いて脳内でのイメージトレーニングと三人でのミーティングが関の山だ。人間界で魔法が使えないのだから魔法の練習ができる訳でも無し。


 だが九日目——サバト当日の放課後だけは、朝日はカフェでのミーティングを断った。

 ある人物に呼ばれたからだ。

 その人物の指定した、三十階以上あるであろう高層ビルを何本も臨む事ができるカフェのテラスに来ていた。辺り一帯ビルで囲まれている場所である事から、社会人が良く来るカフェなのだろう。値段も朝日達三人が集まるカフェより珈琲一杯の値段が全然高い。まぁ、その人物が払ってくれると言っていたから構わないのだが。

「やあ、紫水君、こんにちは」

 その人物が車椅子を引いてやってきた。黒スーツに身を包み、金髪パーマをなびかせている。西欧風の顔立ちは、やはりビスクドールを連想させる。王花ビュオレだ。

「ビュオレさん、お一人で大丈夫ですか?」

 車椅子を見ながら尋ねる。

「問題無いよ。私は乗り物を操作するのは得意なんだ。従業員をいちいち付き添わせるのは部下の仕事を増やす事になるし、かといってヘルパーを雇うのも会社の金の無駄遣いだからね」

 ビュオレが不敵に笑う。その笑みからは某大手企業の女社長らしい、大物の風格が滲み出ている。

「さてと……マスター、いつものを一杯」

「かしこまりました」

 老齢の男性がビュオレに一礼して、店の中に入っていく。従業員が一人しかいない所を見ると彼一人で切り盛りしているのだろうか?

「彼はワールド・バリスタ・チャンピオンシップで三位になった経歴を持つバリスタでね、故にこのカフェは値段は高いが味は超一流だ。上手かっただろう?」

 確かに、カップに一口付けただけで、素人の朝日でも味の違いが分かった。飲んだ瞬間、『キリマンジャロの頂上に立って、そこから美しい自然の風景を眺める』時のような感動が心を満たした。『美味しい』という言葉をもっと表わせる表現があったら知りたい……そう思う程の絶品だった。

「わざわざ私がこの寒い時期に、君にテラスで待つようにと言ったのは、この外の寒気すら珈琲の味を引き立てる役になると思ったからだ。雪積もる山頂で温かい珈琲を飲む……あるいは逆に、真夏にスポーツで汗を流した後にスポーツドリンクを飲む爽快感……分かるだろう?」

「は、はぁ……」

 反応に困ったのでとりあえず相槌を打った。

「ああ、済まない済まない。ここの珈琲の魅力を私に語らせたら君は終電に帰れなくなってしまう。本題に入ってしまおう」

 そう言うと、ビュオレの表情が引き締まった。

「結論から先に述べてしまうと、魔法戦争ゲーム、サバトは離婚調停を目的としたゲームではない。離婚調停の戦争なんて彼らが我々を騙す為に用意した設定……舞台装置だ。彼らの真の狙いは——」



 ——一時間が経過した。

「さて、何か質問は?」

「すみません、情報量が多くてちょっと……」

 朝日は右手の指でこめかみを揉む。

「遅かれ早かれ今日のサバトで明らかになる真実だ。ランキング一位の君には二位の私から伝えておこうと思ってね。私はこの魔法界のアイテム、『マジカルリング』でプレアの位置を探知できるから、奴に会話を盗み聞きされる事は無い」

 ビュオレは右小指にはめた紅の指輪を見せつけた。

「さて、私はそろそろ自社のビルに戻るよ。今日中に片付けたい書類の山があってね」

 ビュオレは二人分の珈琲の代金を机に置いた。そして、車椅子の向きを机と反対に向けた。

「後、これはサバトでのアドバイスだけど、今後の試合、周囲の気配や魔力探知は頻繁に行いなさい。ランキング一位になった君の首を残り百人近くの魔法少年達が躍起になって狙うだろう。魔童子全員が、君がリッパ―を倒したのはまぐれだと思っている。リッパ―の奴が一位でも狙われなかったのは、奴が『人間界でも治らない傷を与える魔法』を持っていたからだ。死の可能性が無くなった今、魔童子達はランキング一位を本気で狩りに出るだろう。他の魔法少女達のサポートも期待するな。彼女らもリッパー無き今、本気で一位を狙いに行くだろうから、君を魔法少年達に差し出し兼ねない」

 そう言い残し、ビュオレは車椅子をあやつり、消えていった。




 朝日の自室。時刻は二十三時五十五分を回った。ベッドに寝転がり、両手を首の後ろで組み、天井を見上げる。後四分。

 ビュオレの言っていた事を思い出す。

 サバトの真実。運営がこれからどうするつもりか。ビュオレの信頼する『あの方』について。ビュオレ自身は運営に対し、どう行動を起こすつもりか。

 それらの情報が与えられた今、朝日がどうするべきかが分からない。

 ——もしビュオレの……いや、『あの方』とやらの予測が正しいなら、もう朝日の願いは月夜と母さんの幸せを望むだけで留める事はできないのかもしれない——。


 時はやってきた。二十三時五十九分。

 変身石が紫の眩い光を放ち始める。朝日の意識が光に飲み込まれていく。

 戦いの舞台へ——。



 ☆

 そこは谷だった。二つの、緑葉の生い茂る山に挟まれ、河が流れている。朝日は片方の山の上から河を眺めている。空を見上げると、今までのサバトのフィールドもそうだったように、闇夜と満月が広がっている。

 最終戦が迫ろうがやる事は変わらない。朝日は目を瞑り、フィールド中の魔力の気配を探り始める。

 一つ、二つ、三つ……すぐに敵味方の存在を感知した。だが――、

 五十六……七十二……八十九を超えたあたりで探知を止めた。

(数が多すぎる)

 一つ小さく溜息をつく。

 だがすぐに不思議な事に気づいた。

「朝日!」

「紫水君!」

「朝日!」

 三人の声が四方から聞こえた。

 月夜、夕美、深也だ。

「三人共……」

 そう、今回は朝日の味方の三人がすぐ近くにいる状況から始まったのだ。

 ビュオレが言っていた通り、運営が魔童子のスタート地点を決めているのは間違いない。

「私達がいきなり会うなんて……紫水君が言っていた通り、やっぱり運営が私達の場所を決めているようね」

「でも何で俺もなんだ?」

 顎を撫でて考察する夕美に深也が問いかける。

 確かに、親しい仲とはいえ、魔法少年である深也まで何故朝日達と同じ場所からなのだろう? まさか、仲間同士で潰し合う姿を見たい等という運営の意図だろうか?

「お前達……俺と戦うか?」

「「まさか」」

 引きつった顔の深也に対し、朝日と月夜の声が重なる。

 深也と戦う時がやってくるとしても、今じゃない……。



 四人が少し山を下ると、森林地帯に出た。空の満月の光が強い為か、夜にも関わらず視界がきちんと確保できる。

「待って!」

 朝日が右手を横に伸ばし、三人に歩みを止めるよう合図する。

「前方で誰かが戦ってる」

 小声で三人に言う。

 闇夜で視界が見えなくても朝日の魔力探知なら関係無く、魔童子達の存在を感じ取れる。

 三人は忍び脚で前方に進む。ゆっくり、ゆっくりと。

 近づくと段々音が聞こえてきた。

 刀と刀が衝突するような音、爆裂音、誰かの「クソッタレ!」という叫び声。

「朝日、何人くらいで戦ってた?」

 月夜が小声で問う。

「分からない。分からないくらい、多い」

 森の木々をかき分けて進む。

 すると四人は立ち止まった。何故ならその先に道が無かったからだ。

 崖に突き当たったのだ。すぐ下は岩石が広がっている。

 そこで無数の魔法少年と魔法少女が混戦している。数はざっと四十人近く。

 魔法少年達の服装は警官服、消防服、武士の鎧、その他……。魔法少女達の方はバニーガール、西洋ガンマン、シスターの修道服、その他……と、両陣営、相変わらず服装から個性が出ているコスチューム。

 そして、共通点はやはり三角帽子を被っている事だ。

 少女の一人の杖から光線が発射され、狙われた少年の一人が避ける。

 するとまた別の少年が、仲間を狙って光線を放った少女に剣……恐らく杖解して剣と化した杖を振るう。

 するとまた別の少女が仲間を狙った少年に……。それを繰り返している。

 戦場……この光景に名付けるに相応しい言葉だ。

「流石にこんだけ数がいると本物の戦争に見えてくるな……」

 一緒に下を眺める深也が呟いた。

「私達の存在に気づかれると面倒だわ。別の道を行きましょう」

 夕美が崖に背を向け、来た道に引き返す。

 朝日、月夜、深也も崖下に広がる戦場を傍観するのを止め、夕美の後を追う。



 ☆

「このまま行くと、紫水君達は予定通り彼らに出くわすね」

 魔法王の王室。プレアが水晶の中を覗き込んでいる。水晶には森を駆ける朝日達四人の姿が映し出されている。

「予定通り……か。願い石の考えている事は我々には分からんな。何故今回、紫水達を同じスタート地点にしたのだ?」

 魔法王は玉座に座り、水晶を覗き込むプレアの姿を見ながら訊ねる。

「ラスト二回となった今、彼女が動き出すと見込んでいるからだよ。彼女の目的はランキング一位の紫水君とその仲間達に僕らの目的を暴露し、彼女の仲間に引き込む事だ。まあ、別に暴露する現場を抑えたい訳じゃなくて、僕らの口から話す手間が省けるから泳がせたいだけなんだけどね」

「奴からしたら紫水がリッパーを倒したのは好都合だったろうな。紫水ならば奴が差し伸ばす手を喜んで握る事だろう」

「計画に支障は無いよ。この魔法界において僕らは神様なのだから」



 ☆

 草の根を分けて山を下る朝日と三人。すると何かが接近する気配がした。

「みんな来るぞ!」

 朝日が三人に向かって叫ぶと同時に、誰かの拳が朝日の槍の柄の中心に衝突した。

 その右拳は爪が長く、獣のようで、指関節に棘のついたメリケンサックを付けている。朝日の槍に接触したのは棘の部位だ。

 朝日は右手で柄を握り、刃先を左手で添えて敵の攻撃の受け身を取っていた。

 すると、接触部にヒビが入り、槍が柄の中心部から真っ二つに割れた。

 槍の刃先が吹っ飛び、宙を舞う。

 朝日の右手には槍の柄部分だけが握られており、刃先は十メートル近く先の地面に落下した。

 朝日は後ろに飛んで、敵と間合いを取った。

「ヤリィ~!」

 敵の狼少年が歓喜する。リッパ―の親衛隊を名乗ってた一人だ。確かカオルと呼ばれていた……。

「不意討ちで悪いねぇ。だけどジョン先輩を倒せた程レベルの高え奴があんな攻撃避けらんねぇなんて、そっちの方が悪い事だよなぁ」

 悪戯をする子供のようにケラケラと笑う狼少年。

(槍を破壊された?! しかも砕かれたというより、消滅させられたみたいに……)

 まるで公園の砂場で遊ぶ子供が砂の城を一瞬で崩すような、その壊され方に意識が向いた。何故なら、槍の柄の破損部から砂粒が漏れ出ているからだ。

(普通の拳打じゃこんな壊れ方はしない。コイツのメリケンサックの魔法だ。杖解した武器か?)

 槍を失ったが、次のサバトになれば何事も無かったかのように武器は元に戻るはずなので、先の未来の戦いへの不安は無い。「杖を壊されても次のゲームでは復元される」という裏のルールも、何回もこなした試合の中で確認済みだ。

 ただし、このサバトで、もう朝日は槍……杖解した杖で戦えない。そこが問題だ。

「じゃ、ランキング一位頂きま~す」

 狼少年が前に踏み込み、朝日との間合いを詰め、メリケンのはめ込まれた左手を振るう。

 拳が朝日に触れようとした瞬間、狼少年は拳をピタッと寸止めした。

 深也が二人の間に割って入ったからだ。

「お前、同性同士の戦いは禁止だぜ?」

 鋭い目つきで、狼少年が深也を睨めつける。少年の左拳は深也の右頬に触れるスレスレの所にある。

「知らないのか? 異性を守っちゃいけないってルールも無いんだぜ」

 深也は、引きつった顔で口元だけはにかんで見せる。額からは汗が流れ出ている。

「チッ……テメェが盾になってれば、俺はそのオトコオンナを殴れねぇってか?」

 舌打ちをする狼少年。朝日は左右にいる月夜と夕美が気になり、顔は正面を見据えたまま、目だけで二人の姿を追う。

 左の月夜は銀色のホストスーツの男……木取屋友好と交戦している。右の夕美はギリシャ神話の天使のような格好の、太って眼鏡をかけた男と交戦している。

「杖解——”雨ノ弓(レイン・ボウ)”」

 夕美の杖が弓と矢筒やづつに変わる。矢筒の中には七本の矢がある。それぞれ一本ずつ赤、青、黄、緑と基調の色を持ち、七本合わせて見ると虹を連想させる。

「そうそう、前回オヌシのその七色の矢には手こずらされたのを覚えてるでゴザル」

 神妙な面持ちの太っちょ眼鏡の男。そして——、

「拙者……オヌシ推しになったでゴザルよ~! 夕美タン萌え~」

 豹変したように興奮しだした。

「き、気持ち悪いわ……。ていうか、アタシの名前どこで知ったの?」

 夕美が引いた顔をする。

「推しの事くらい調べるでゴザルよ~」

「ストーカー……気持ち悪い」

 軽蔑したような眼差しを眼鏡の天使男に向けている。

 そして矢筒から一本矢を取り出し、弓の弦に掛け、天使男に照準を合わせる。

 矢を撃ち放った。

 すると矢が天使男に命中する前に、突如何も無い空間から銅製の円盾が現れ、矢から男を守った。

 矢の突き刺さった円盾は消えるように消滅。矢だけが地面に落ちた。

「拙者の想造主イマジ・クリエイターは想像した物を創造する能力。妄想力猛々しい拙者に相応しい能力でゴザル」

「やっぱりそういう魔法だったのね。前回の貴方との戦いで何となくそんな気がしてたわ。それにしてもその能力、使い方次第で最強になるわね」

 横目に二人の戦闘を見聞きする朝日も夕美の考えに同調していた。想像した物が何でも実体化するとなれば、核爆弾でも想像すれば、それが実体化するという事だろうか?

 だがもしそれが可能な魔法なら、初めからもっと上手い使い方をしているはず。それをしないのには何等かのリスクがあるか、少なくとも何か理由があるはずだ。

 今までの朝日の経験上では、強力な魔法には何かしら弱点が存在しただからだ。例えば、「性別を変える魔法」と「記憶を操作する」魔法を持つOLの双子は、放出型の杖にも関わらず接近戦でしか魔法を発揮出来ていなかった。

「貴方、例えばもし『アタシを殺す』想像をすればアタシを殺せるの?」

 夕美が天使男に問いかける。

「そんな残酷な事、考えもしないでゴザルよ! それに拙者の魔法、使うのに滅茶苦茶疲れるし、拙者が普段から見慣れていない物は上手く形を想像できないから、そういった物は創造できないんでゴザルよ~!」

「バッカ、テメェフトタク! べらべら自分の弱点他人に晒してんじゃねぇよ!!」

 横で聞いていた狼少年が天使男に向かって叫んだ。

「そう。じゃあ、アタシをその創造魔法で無条件に倒したりは出来ないのね。安心したわ。貴方、リッパ―の手下を自称する割にはとても優しい人なのね」

 再度夕美は矢筒に右手を突っ込み、矢を取り出す。

「ゆ、夕美タンが優しい人って言ってくれた!!」

 天使男、フトタクが満面の笑みで悶えた。

 一旦、朝日は二人のやり取りから目を逸らし、左にいる月夜と木取屋の方に向く。

 月夜と木取屋は黙々と戦っている。月夜が杖を指揮棒のように上下左右に細かく振り、桜吹雪を操って、木取屋に攻撃している。それを木取屋は回避している。だが反撃しない。

「何で避けてばかりなの?」

「さあ、何でだろうね」

 木取屋は人を試すような笑みを崩さない。

 朝日は彼の意図を推測した。

(ホストの魔法は深也から聞いている。確か魔法を受けた相手と友達になる魔法……一種の洗脳魔法だ。そんな強力な魔法なら、接近しなくちゃかけられないタイプの放出型魔法なんじゃないか? あのOL姉妹みたいに)

 朝日は月夜に向かって「近接戦をするな」と叫ぶ為に息を大きく吸い込んだ。

 だが、息を吐き出す前に、頭上から何かが落ちてくるのを感じ取り、空を見上げた。

 一つの影が見える。それがこちらに落下してきている。

(何だ?)

 段々近づいてくる。もう何が落ちてきているか分かった。

 人だ。

 その誰かは地面に着地した。両脚を曲げ、右手を地面につけ、着地の衝撃を吸収できる姿勢で。

 同時にその人物の足元の地面が割れる。

 その地鳴りのような衝撃音が周囲に響き渡った事で、その場の七人の視線が一斉にその人物……この戦場の乱入者に向いた。

「……誰だ?」

 狼少年がいち早く声を上げた。

 その乱入者は漆黒のプレートアーマーに身を包み、兜を被っているのでどんな顔の人か分からない。兜の上から三角帽子を被っている。

 右手に握る杖を頭上にかざし、一言ボソリと呟く。

「杖解——”堅剣結界ソード・サンガ”」

 言霊と共に杖が黒い光に包まれ、形を変えていく。

 黒い剣の姿になった。

「俺から半径五十メートルの空間を世界から断絶しろ」

 男は剣に話しかけているようだ。

 すると再び地震が起きた。

 朝日はその地震源を探す為、周囲を見回した。

 そして視た。突如、少し遠くの地面から黒い壁板が生えてくるのを。

 その壁板は、朝日の直観で横百メートルはある程巨大。そんな巨大な物が右左、前後ろから同時に生えてきている。

 ここにいる八人を囲むように。

 壁板はみるみる高くなる。

 そして、直観縦五十メートルくらいの所で生えるのを止めた。

 朝日達を囲む壁板は明らかに朝日達を狭い空間に閉じ込めている。

 暫く事態を飲み込めなかったが、再度上空から別の誰かが落下しているのを感じ取り、首を上に振った。

 そこでようやく得心した。この展開は彼女の狙いだったのだと。

 車椅子が落下してきている。それに乗っている人物は白のゴシックドレスに身を包んだ金髪パーマの女性……王花ビュオレだ。

「”瞬間ヲ刻ミ込メ(メメント・モメント)”!!」

 空中のビュオレは杖を朝日達に向け、力強く咆哮した。

 彼女の言霊に呼応するように、純白の光弾が彼女の杖から放たれた。その弾は丁度壁板が邪魔をして逃げられない程に巨大。

 壁板で朝日達の身動きを封じ、そこにビュオレが魔法を撃ち込む算段だったのだろう。

 ビュオレはカフェで言っていた。「私と私の相棒が君を『あの方』に会わす」と。

 それを事前に聞いていた朝日だけが、この唐突な事態を理解している事だろう。


 巨大な光弾に、朝日達八人は押し潰された。

 瞬間、朝日の視界は真っ白になり、体は浮遊感を覚えた。どこかに高速で移動しているような。

 丁度、プレアやOL姉妹に変身石を投げつけられ、王、女王の宮殿に飛ばされた時と同じ感覚。


 ☆

 そこは氷穴のような場所だった。いや、氷穴と呼ぶにはきめ細かく空間が整えられているので、神殿なのかもしれない。

 三角帽子にローブ姿の人物——魔法使いを象った氷の像が向かい合っている。顔つきから片方は魔女、もう片方は魔法使い。

 朝日達を囲む氷壁には艶と輝きがあるので、それらがただの氷では無く、ダイヤモンドのような水晶である事が分かる。氷壁の光沢の美しさがこの空間に神秘性をもたらしているのも、ここを氷穴では無く神殿と思わせる理由だ。地面にも氷が張っていて、スケートリンクのよう。だが何故か滑らず、こちらも氷壁と同じように神秘的な輝きを内包している。

 朝日以外の六人も何が起こったか分からないと言いた気な表情で周囲を見回している。あの西洋騎士のような魔法少年の姿は見えない。

「きれい……」

 隣の月夜が高い天井から伸びる純銀の氷柱を見ながら呟いた。

「てか、何が起こったんだよ?」

 狼少年、カオルはイラついた口調で皆と同じように周囲を見回している。

「ここは祈石きせきの間。魔法界の生命線と呼べる場所です」

 誰か知らない人の声。同時に、つかつかと、ゆったりとした脚音も響き渡る。

 その場の七人の視線が一斉に脚音の方に向いた。

 若い女性が七人に向かってゆっくりと歩み寄ってきている。純白のプリンセスラインドレスを纏い、ティアラの付いた三角帽子を被っている。

 長い白銀の髪はこの神殿の氷壁に負けないくらい煌めいている。

 そして、何故か両手が手枷で繋がれている。

 不思議な事に、見ただけで畏敬の念を抱かせるような雰囲気を持った女性だった。顔つきから二十代前後半くらいに見える。

 誰も口を開かない。あのカオルですら睨めつけるだけで何も言わずに女性が近づくのを待っている。

 充分近づいた所で女性は立ち止まった。

「初めまして。私はジャンヌと申します。以後、お見知りおきを」

 軽く頭を下げ、腰を落とし、挨拶して見せるジャンヌという女性。手枷さえ無ければ、きっとスカートの両裾を摘まんでいただろう。

 突如、朝日は背中から向かい風を感じた。誰かが朝日の傍を横切ったのだ。そして、鋭い爪がジャンヌに襲いかかった。カオルだ。

 だがカオルの右腕の爪が彼女に接触する前に、唐突に何も無い空間から二人の人物が現れた。ビュオレと騎士の魔法少年だ。

 カオルの右腕の肘から先を騎士の魔法少年が掴んだ。

 そして身動きのできないカオルの額にビュオレが杖先を強く押し付けた。ビュオレの表情は憤怒で満ちている。朝日は初めて彼女がこんなに怒っているのを見た。

「火流間君、やんちゃが取り柄の君でもやって良い事と悪い事がある。一言で言って……『頭が高い』ぞ」

 杖先が純白に光った。魔法が放たれたのだ。

 額を貫かれたカオルの姿は一瞬で消えた。

 朝日が後ろを振り向くと、遥か後方の壁際まで瞬間移動させられていた。

「初めに言っておく。ジャンヌ様に手出しをする奴はこの岸南糸と王花ビュオレが全力で排除する」

 騎士の魔法少年が喋った。兜のせいで表情は分からないが、彼の語気から強い威圧感が伝わる。

「さて、ジャンヌ様の話を君達は黙って聴いていたまえ。ただ『聞く』のでは無く、身を入れて『聴く』んだ。これは彼女が身分高い人だから言っているんじゃない。彼女のこれから話す事は君達の運命を大きく変えるからだ」

 ビュオレはいつものような余裕のある笑みでは無く、厳粛な表情をして言う。

「ビュオレ、南糸……彼らを緊張させないで下さい。私は彼らに命令できる立場では無く、彼らにお願いする立場なのです」

「差し出がましい事を申し訳ありません」

 岸南糸が跪いて頭を下げる。

「ナイト君、前から思ってたんだが、君、ジャンヌ様の事好きなのかい?」

 そのかしこまる姿を見て、ビュオレの顔つきが厳粛な表情から呆れたような表情に変わった。

「ビュオレ、お前の方がおかしいんだ。誰だってジャンヌ様と共に時を長く過ごせばこの方の偉大さを徐々に理解し、敬愛の感情を抱くようになる。お前の感情は友愛だ。故に、ジャンヌ様に対して馴れ馴れしい」

「まあ、騎士モチーフの魔法少年らしいよ、君は本当。ジャンヌ様、続けてくれ」

 ビュオレの表情が再度厳粛な物に変わる。

 ジャンヌが南糸とビュオレに向けてた視線を再度朝日達に移した。

 口をゆっくり開く——。

「私は魔法王と魔法女王の娘です」

 その一言で朝日以外の六人が同時に動揺を見せた。

 朝日は既にビュオレから聞かされていた。

「事の流れを皆様に理解して貰う為、とある昔話をさせて下さい」



 ☆

「時は十六世紀の中世ヨーロッパ。魔女、魔法使いの存在が世に明るみになり、魔女狩りと呼ばれる行為が日常的に行われた時代の話です。

 ある村に二人の少年と少女がいました。

 名をヘンゼルとグレーテル。

 二人の村では村人皆、黒の三角帽とローブを纏い、杖一本で暮らしを営んでいました。杖の持つ不思議な力で皿を洗い、杖の力で畑を育て、杖の力で火を起こし、杖の力で動物を狩り……。

 その不思議な力を村の外の国々では「魔法」と呼んでいたらしいですが幼い二人にとってそれは当たり前な行為だったのでつけるべき名等ありませんでした。

 時を経て、十歳になった二人は父と母に連れられて隣の村や街にいくことになり、そこで初めて自分の村が特別だということを知りました。

 村の子供は皆、『村での生活は村の外では絶対に話してはいけない。外では外の人間と同じように暮らしてるように振舞うんだよ』と大人達から言いつけられていました。

 ですがある日、ヘンゼルとグレーテルは別の村の子供と友達になり、うっかりその子に自分達の村の生活を話してしまいました。

 その夜、ヘンゼル達の村に侵入者が入りました。

 後になって分かりましたが侵入者はその友達の父親でした。

 その別の村は例年雨が降らず、作物が実りませんでした。

 魔法使いや魔女の仕業なのではないかという噂すらありました。

 息子から隣村の生活の話を聞いた父親は事実を確かめるため村に侵入したようです。

 そこで杖一本で生活する村人の姿を確認し、魔法使いの村だと確信しました。

 そして父親は時の国の王にすぐに報告しました。王はその村に大量の兵を送り、村人達を惨殺しました。

 ヘンゼルとグレーテルの父と母も殺され、二人は命からがら村から森の中へ逃亡しました。

 二人は既に杖の不思議な力を操る事ができたので森の中で暮らすことも普通の人間と比べれば容易でした。

 しかし二人だけではやはり寂しい。森を出て、仲間を求めて国中を彷徨いました。

 二人の魔力の高さもあってか、国中の魔法使い達は二人を簡単に見つけ、仲間として魔法使いの村に引き入れてくれました。

 ですが国中の魔女狩りの風潮が強まっていき、二人を受け入れてくれた村は行く先々、国の軍隊に存在を暴かれ、燃やされ、殺されていきました。

 七つ目の村が燃やされた十四歳の時、二人は誓いました。『魔法使いと魔女が幸せに暮らせる国を創ろう、人間に決して見つからない国を創ろう』——と。

 それから二人は人間達に存在を暴かれぬよう、隠れながら魔法の研究に没頭し、六年を経て、『異次元に行く魔法』と『異次元の中に土地を創る魔法』を産み出しました。

 何も存在しない異次元の中に空と海と大地、太陽と月、植物と森、川を作りました。

 そして人間界に魔法以外で絶対に壊されない門を作り、その扉と異次元を繋ぎました。

 結果としてその異次元の中の国は五百年近くもの間、人間達に気づかれずに存在し続けました」

「その国が……この魔法世界?」

 月夜が口を開く。

「その通りです。ヘンゼルとグレーテル……私の父と母は人間界単位で五百年前、この国……いや、この世界を魔女狩りから逃れるために作り、少数の仲間と暮らし、生活してきました。

 ですが、今この世界に寿命が来ています」

 突如、ダイヤモンドのように美しい氷壁に映像が映し出された。まるでスクリーン画面のよう。

 映像は海岸のような場所。ようなというのは砂浜の先に海がなく底なしの暗闇になっている。そして砂浜の端が溶けるように消滅し、暗闇となっていく。

「土地が消滅し始めています。『土地を創造する魔法』の効果の期限なのでしょう。このままではこの世界は全て消滅し、元の完全なる無の世界となります」

「だったらもう一度創れば良いんじゃないかな? 魔法王と女王が魔法界を創ったんでしょ?」

 木取屋が口を開く。いつもように仮面のような笑みを浮かべている。

「ええ。正確には父が全てを創造したそうです。ですがその父は五百年前に土地創造魔法を使用した時、魔法の代償として寿命を犠牲にしたそうです。父の残りの寿命は人間界単位で後一か月無いでしょう」

 ジャンヌの表情は淡々としていて変化しない。そこはあの魔法王と魔法女王そっくりだ。

「加えて、この創造の魔法は誰に教えても使えるものは現れなかった。父の代で終わってしまう魔法です。つまり父が死ねば土地を再生する術は失われ、世界の消滅は免れられない。そこでソーサリーと人間界を繋ぐ門の鍵を破壊し、再び人間界に行き、人間達の土地を奪う事を考えました。門は人間界とソーサリーに一つずつあり、互いを繋いでいます。ソーサリーの門はこちら側にあるので簡単に鍵を破壊できますが、人間界側に存在する門の鍵をこちらから破壊する手立てはありません。そこで人間界の人々に救いを求める事を考えました」

 氷壁の映像が扉に変わる。映像は七分割され、それぞれ砂漠、氷原、森等が映し出されている。それぞれの場所に壁に埋まった門が一つずつある。人間界の国々だろうか?

「門の扉には小動物一匹だけなら通す事のできる穴があります。願い石……いわゆる変身石をプレアに持たせ、その穴から人間界に送り込みました。

 願い石は強い魔力の素質を持つ人間にしか見えません。ですが願い石を見る事ができる程度の魔力では門の鍵を破壊することはできない。父は良く、『最低でも自分と互角の魔法使いでなければ』と言っていました。つまり鍵を破壊するには、『人間界の住人で、なおかつ魔法王並みの魔力を持つ事ができる素質のある人間』でなければならないのです。貴方達をただこの魔法世界に呼ぶのではなく、ゲームという形式を取ったのは、そんな強い魔力を持つ、たった一人の魔法使いを育成する為です」

「そりゃ『お前達の世界侵略したいから手を貸せ』とは言えないよね」

 鼻で笑う木取屋。

「何故一人なんですか? このゲームに参加した千人の魔童子全員に壁を破壊させれば良かったのではないですか?」

 夕美がジャンヌに無表情に問う。

「魔法王一人の魔力量と魔童子千人の魔力量を天秤にかけても、魔法王たった一人の力に及ばない為です。故に、人材を育成する必要があったのです」

 ジャンヌも夕美に負けないくらいの無表情で問いに答える。

「男女別チームの戦争なんて回りくどいゲームにしたのは何でだい? 普通にバトルロイヤルで良かったんじゃない?」

 今度は木取屋が問う。

「それは、ただ強いだけでは無く、この魔法界に住む一万人の魔法使い、魔女を牽引する存在も必要としたからです。『チーム戦という形を取る事で後継者のリーダーシップを測る事ができる』、と」

 笑みを絶やさない木取屋とは反対に、ジャンヌは依然とした無表情で答える。

「それで、アンタは俺らに何させたくて呼んだんだ?」

 いつの間にかカオルが朝日達の所まで戻ってきていた。イラついた顔をしている。

「これまでサバトにより数十名の死傷が出ました。ジョンドゥ・ザ・リッパー、そして願いの前借りの代償の為に。ですがこのままでは、死傷者は魔童子以外の人間界、魔法界の一般市民にまで及ぶでしょう。人間と魔法使いの間で戦争が起こります」

 戦争というワードで、全員の顔が一段落険しくなった。

「これを見てください」

 ジャンヌの声に反応するように氷壁に映る映像がまた変わった。

 映像には先程まで朝日達七人が戦っていた山草が映されていた。しかもそこで七人の人物が戦っている。朝日達だ。

 録画かと思ったがそれぞれの動作が先程と違う。これは一体……?

「これは録画では無く、今進行中のサバトの映像です。今、貴方方と同じ姿をした人物達が戦いを演じています」

「この魔法界のアイテム、マジカルドールを擬人化させたんだ」

 ビュオレがポケットから西洋人形を取り出した。

「これはゲームフィールドを監視している父、母、プレアの目を誤魔化す為の処置です。貴方方に具体的にどうして欲しいという指示を私は出す事ができません。私も、どうすれば彼らを止める事ができるか分かりませんから」

 ジャンヌが一瞬俯く。

「ですが……」

 そして再度朝日達に向き直る。

「魔童子全員には無理でも、責めて複数人になら真実を伝える事を出来るだろうと、今回貴方方をここにお呼びしたのです」

「君達をジャンヌ様の元に瞬間移動させるのは今回がベストだったんだ」

 ビュオレがジャンヌの前に出る。

「ゲームルールの改変で一度のサバトの参加人数が二百を超える程の多人数となった。これは運営三人の目を誤魔化すのには絶好のチャンスだったんだ。更に時間制限も無くなったから、会話をする時間もたっぷりある。そして何より、ランキング一位がまともな人格の人物に変わった」

「一つだけ解せねえな。何で俺ら三人まで呼んだんだ?」

 カオルがビュオレに噛みつくように言う。

「今回重要だったのは紫水君をジャンヌ様に会わせる事だったんだ。紫水君と親しい三人は、言うと申し訳ないがついでだ。君達三人は……曲がりなりにもランキング上位だし、逆にジャンヌ様に最も共鳴しなさそうな魔童子だったから、改心させるのを目的で呼んだのもある」

 ビュオレは煽るような笑みをカオルに見せた。

 それを見たカオルは更にイラつきの増した表情になった。

「すみません。ちょっと良いですか?」

 朝日は初めてジャンヌに口を開いた。

「どうぞ」

「貴方は初め、この神殿を魔法界の生命線と言いました。あれはどういう意味ですか?」

 朝日達を三百六十度囲む神秘的な氷壁を見て言う。この氷壁の美しさに朝日は見覚えがあった。

「ここは願い石の源が在る場所です。この視界に映る氷壁を砕き、加工した物が貴方方が首に掛けている願い石なのです」

 ジャンヌは朝日の首に掛かっている紫色の変身石を指さした。

「じゃあ、この氷壁全部が変身石?」

 そう、この氷壁達の輝きは変身石の輝きと同じだと思ったのだ。

「変身石って、一体何なんですか? どこで産まれた物なんですか?」

「願い石は父と母の一族の秘宝です。五百年前の魔法使い達が自分達の魔力を結集して、一つの小石を生成したのです。その小石の生成術を父と母が後に研究し、量産した物がこの氷壁達……そして現在、魔童子達が所有する全ての願い石です。この場所をこの世界の生命線と表現したのは、この神殿の岩々がこの国の魔法使い、魔女……そして今サバトを繰り広げている魔童子達に魔法と魔力を与えているからです」

「へぇ、てことはこの神殿を破壊したら何か面白い事が起こりそうだな」

 カオルが横やりを入れる。何か悪巧みをしているように笑う。

「火流間君、もし君がそのメリケンサックでこの神殿の氷壁に触れようものなら、君の拳が触れる前に、私は今度は君を上空一万キロメートルの位置へ瞬間移動させるよ」

 ビュオレがカオルを一睨する。


 暫くの沈黙がその場にやってきた。

 そしてジャンヌが目を細めながら、物憂げな表情で沈黙を破った。

「土地を手に入れるだけなら人間界に移住するだけでこの国の魔法使い達は暮らせるはずです。ですがそうではなく侵略という考えに結びついたのは……これは私の憶測ですが……父は人間達に復讐したいのではないかと思います。

 五百年前、自分の父と母、村の仲間や同じ魔法使い、魔女を大勢殺した人間達に。土地問題等、実は表向きの口実なのではないかと」

「それは違うよ。国の土地は王様として重要な問題だ。もう少し自分の父親を信頼してあげても良いと思うな」

 プレアの声が神殿中に木霊した。

 一斉に、その場の十人全てが周囲を見回し始めた。

 いない。どこにも……。

「ビュオレ! 指輪に反応は?!」

 ジャンヌが叫ぶ。

「無い! どこにもいない!」

 ビュオレが小指に嵌めた紅の指輪を確認する。

「ジャンヌ、その慌てようだと、君は父親から僕が何なのかを聞かされていなかったようだね」

 氷壁の中からプレアが現れた。まるで湖面から浮かび上がるように、ぬるりと。

 それも何百、何千匹と。

 千匹近くの白黒猫が朝日達を円形に囲んでいる。

「これは……一体……?」

 ジャンヌも状況を理解していない様子だ。

「その白黒猫の正式名称は人造祈願獣プレア。願い石を生物化した存在だ」

 今度は魔法王の声だ。

 プレアと同じく、氷壁の中から浮き出るように出現した。隣に魔法女王もいる。

 朝日はその光景に不気味さを覚えた。

 王と女王の出現にではない。夥しい数の、赤く光る眼をした白黒猫達の存在感にだ。

「何故私達の居場所が分かったんだ?!」

 ビュオレがかつて無い程の狼狽を見せる。

「それは簡単な理由だよ」

 白黒猫の一匹が口を開く。

「僕らは変身石その物なんだ」

 別の白黒猫が口を開く。

「君達の日常の会話は常に変身石を通して僕……僕らに聞こえていたんだ」

 更に別の白黒猫が。

 声は同じ、顔も同じ。だが別の個体が交互に口を開いている。

 全ての白黒猫プレアの脳が繋がっているのか……?

「変身石っていうのは、いわばこういうアイテムなんだ」

 また別のプレアが口を開く。

 そして千匹近い個体全てが一斉に、同じ仕草で自分の右耳を右手で引きちぎった。

「ひっ……」

 月夜が小さく悲鳴を上げる。

 千切れた白黒の肉の塊が形を変えていく。

 塊は宝石になった。

 一匹一匹、違う色の宝石を手に掲げている。赤、黄、緑、青……宝石は美しいがそれを持つ生き物達の得体の知れない不気味さの方が勝っていた。

「あむ……」

 今度は白黒猫達が一斉に右手を口に突っ込み、宝石を飲み込んだ。やはり挙動が全員同じタイミング。

 すると白黒猫達の抜けた右耳から肉が生えていき、元の右耳を象った。

「この情報を手に入れる事が出来なかった時点で、お前の謀反は初めから意味を無さない物だったのだ、ジャンヌよ」

 魔法王の声が神殿に響き渡る。

 青ざめたジャンヌはその場で両膝を地に付けた。

「ふー、もういいや」

 誰かが声を上げた。木取屋だ。

「何だか話がややこしくなってきたね。戦争だとか。僕は女の子と友達になれるからこのゲームに参加してたけど、そろそろ疲れてきた」

 ポケットから杖を取り出し、杖先を自身の銀色の変身石に当てがった。

「代償が魔法に関する記憶を失う程度ならどうって事無い。後は君達で好きにやってくれ。バイバイ」

 杖先が光り、変身石を粉々に打ち砕いた。

 木取屋の体が消失する——と思った。

「グハッ!」

 だが石が砕けると同時に、木取屋は口から夥しい量の血を噴き出した。

「え……な……に……?」

 木取屋は自分の口から溢れ出る血飛沫で濡れた右手を見る。そして白目を剥き、その場にうつ伏せに倒れた。

「え……何……?」

 夕美が倒れた男の体を見て青ざめる。

 次に、八人の魔童子の変身石が一斉に光りを放ち始めた。

『サバト第百十五試合が終了しました』

 いつもの女性の声のアナウンス。いつも通りの終わり方かと思いきや、次の彼女の言葉がその場の全員を戦慄させる。

『次回、最終試合を迎えるにあたり、先程変身石のルールブックに変更事項、及び追加事項が加わりました。変更事項、追加事項はこれから申し上げる四点です。


 一.ゲーム脱落時について:従来の魔法戦争ゲームはゲーム脱落時、「魔法に関するあらゆる記憶が消失する」というルールでしたが、「心臓が破壊され、絶命する」というルールに変更されました。


 二.ノルマとペナルティについて:従来は十試合に一人の変身石を破壊するというノルマを達成できなければ試合続行の意思無しと判断し、「魔童子の資格を剝奪し、変身石を没収する」というペナルティを与えていましたが、次回から一試合中二十分に一回、一人の変身石を破壊するというノルマを達成できなければ試合続行の意思無しと判断し、「自動で変身石が破壊され、ゲーム脱落となる」というペナルティに変更されました。


 三.自動離脱機能について:従来は魔童子が死の危険に追い込まれると、変身石が命の危険を察知し、所有者が絶命する前に自動で人間界に転送、その後ゲーム脱落扱いとする「自動離脱機能」を変身石に常備させていましたが、この機能を廃止しました。


 四.勝利条件について:従来の勝利条件は「異性の魔童子チームの変身石を全て破壊する」でしたが次回からの勝利条件は「自分以外の全ての魔童子の変身石を破壊する」に変更されました。


 他、ルール変更はありません』

「は?!」

 深也が頓狂な声を上げた。

『今回の変更事項に関しては後にルールブックにて確認可能です。三年に渡るサバトも次回で終了です。是非皆様、最期まで悔いの残らない戦いをしてください』

 変身石の輝きが収まった。

「何よソレ……! ゲームに脱落したら死ぬですって?! そんなの、ただの殺し合いじゃない!!」 

 夕美が王に向かって震えた声で叫んだ。

「こっこれじゃ、今まで脱落していった人達の方がマシだったでゴザル……」

 フトタクも青ざめている。

 朝日だけは、この展開の予測をビュオレに聞かされていた。正確には、ジャンヌがビュオレ達に示したサバトの最終的な展開予想の一つだ。

 暫くして、絶命した木取屋も含め九人の魔童子の脚元が消失を始めた。人間界への帰還が始まる。

 皆が青ざめる中、魔法王がいつもの淡々した口調で言う。

「ワシの寿命が残り少ない以上、既にチーム戦においてのリーダーシップの測定をしている余裕等無くなった。最優先事項である『たった一人の強い魔童子の育成』を達成する事に目的を絞る事にしたのだ。それに、たった一人生き残れるという命がけの状況でこそ、魔力はより高まるものだ。周りの仲間が火炙りにされていく生殺与奪の時代の中で、この世界を創ったワシのようにな」

 誰も言い返さない。皆、現実を受け入れらないと言った表情で立ち竦んでいる。

 血の染みた氷の地面で横たわる木取屋の死体が、ルール変更された現実を物語っていた。


 もしこの展開が初めから分かっていたとして、朝日に変えられただろうか? いや、魔童子になった瞬間から、朝日にサバトを抜けるという選択肢は無かった。もし月夜と母さんを救いたい等と願わなければ、この運命を避けられたかもしれない。でも、願わずにはいられなかった。

 仮にサバト初めにジャンヌに出逢い、真実を聞かされていたとしても、朝日の願いは「自分の命を犠牲にしてでも叶えたい願い」だったのだから、この運命を辿る事になっていたと思う。

 理不尽だ、こんな展開は。

 だって、朝日にとって、もう月夜と母さんだけでなく、深也も夕美も同じくらい大切な存在なのだ。もし二人と出逢わなければ、月夜と母さんの為に、二人とも殺し合う事になったこの展開に、こんなにも胸が苦しくなる事は無かったかもしれない。当初の朝日の計画外だった事は、親友がもう二人も出来てしまった事だ。

 絆の数が増えれば増える程、叶えたい願いの数も増えるらしい。


 どうすれば良いのだろう?


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