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六話:リッパーとリフレクター

 ヘアサロン『ウロボロス』。祈桜市内でそれ程有名でもなく、かといって潰れそうな程無名でもない美容院。

 経営者の男はそこに通う客からジョンというニックネームで名が通っている。


「それでさジョン、聞いてよ。ウチの旦那ったらね、昨日もお風呂入らなかったみたいで臭いったらありゃしなくてね」

「上村サン、男は年取ったら皆加齢臭するものですヨ。それに旦那さんお仕事してる時間長いんでショ? 多めに見てあげなヨ~♪」

 ジョンは椅子に座る妙齢の女性の緑色に染めた髪を手際よくハサミで散髪していく。目を瞑っている女性の顔が鏡を通して見える。

「そういや娘サン、いついらっしゃるノ?」

「来週連れてくるわ。年頃だから可愛い髪型にしてやってね」

「もちろんですヨ♪」

 客には愛想良く。接客の基本だ。

 それに、かなり時間がかかったが、ようやく目当ての客がウロボロスにやってくる。

 街で彼女の『うなじ』を見た時から計画してきたのだ。彼女の両親を調べ、両親の通勤経路も把握し、彼女の母親にチラシを配り、結果、この店の常連にしたのだ。

 誰だってこんな年増のうなじより綺麗で若いうなじの方が見ていたい。切ってみたい。

 だが今妄想の世界に入る訳にはいかない。客の前では笑顔を絶やさず、だ。


「じゃ、また来るわね~ジョン!」

「お待ちしておりまス~!」

 ターゲットの母親が扉から出ていった。

 来週が楽しみだ。


 部屋に戻り、パソコンを開く。次の予約客が来るまで時間がまだある。それまでに『依頼主』達の方も確認しておきたい。

 メールボックスを開いて一つ一つ中身を確認していく。

「『会社の上司のタケダクニミツを殺してください』? ふむふむ。『夫を以下の方法で殺してください』? 殺し方はボクが決めるんだよナ~。『不景気なのは総理大臣のせいだから暗殺してください』? そのレベルの仕事ができればボクも一流だよな~♪」

 メールの中には冷やかしのような内容もあるが、この仕事を始めた頃と比べて依頼が増えているのだから上出来だ。

「フムフム。皆色々と悩んでるんだナー」

 一人一人の依頼主の現状をメール内容から思い浮かべる。

 ふと、一件のメールの件名に目が留まる。

「『中三です。クラスの奴らを殺して欲しいです』? 中三? このアドレス、ダークウェブの掲示板に乗せてるアドレスだヨ?」

 ダークウェブはありとあらゆる非合法な取引がなされているWebサイト。犯罪依頼、危険物売買、麻薬取引等。

 一般人がアクセスする事はほぼ無い。アクセスするのは異常な人間……心に何等かの闇を抱えている人間くらいだ。

 故に今までの依頼主の年齢層は圧倒的に高かった。

 十代、ましてや中学生で自分に依頼のメールを送ってくる者等……。

 興味が沸いた。送り主が本当に中学生ならばだが、その年でどれだけの闇を抱えた人間が自分にメールを送ってきたのか。



 ☆

 その日、火流間火折(かるまかおる)は同級生達に路地裏に呼び出されていた。理由は……何だったか、覚えておく価値もない下らない理由だ。

 火折が彼らに虐められるきっかけになったのは確か他の虐められているクラスメイトを助けたいと思った所からだった気がする。そんなに昔の事じゃないはずだがよく思い出せない。

まあ、虐めが常態化した現状からしたら、最早きっかけが何だったかなんて思い出す意味も感じないが。

 何であれ、売られた喧嘩は必ず買うように心掛けて生きている。


 小五の時に首を吊って死んだ元政治家の親父が口癖のようにこう言っていたのを良く覚えている。権力のある人間に屈するなと――。

 何故親父が政界を追放されたのか、ちゃんと理由を知っている訳じゃないが、あの頑固者の親父の事だから自分より立場が上の人間に喧嘩を売ったとかそんな所だろう。

 親父にそう教育されたのもあってか、上級生だろうがクラスのガキ大将だろうが教師だろうが、火折は自分が理不尽だと思う奴とは徹底的に戦う事を常に選んできた。例え味方が一人もいなくても、敵が徒党を組んできても、戦ってきた。

 その結果なのか分からないが、学校の下駄箱には画鋲を入れられ、教室の自分の机には『死ね』という言葉が何文字も書かれ、トイレの個室に入れば上からバケツの水をかけられ――等の目に遭っているのが現状だ。

 クラスメイト達の誰一人、自分の味方をしてくれない。

 

(痛ってえなクソが……)

 体中が痣だらけ。顔が腫れているのが分かる。切れた唇から血が止まらない。

 目の前には七人の同級生。全員がせせら笑っている。

 火折は身長百七十センチと平均的な身長だ。体格は多分細見な方。特別喧嘩が強い体をしている訳じゃない。

 実は今日、ポケットにサバイバルナイフを持ってきた。だがこれを使う気はない。裁判沙汰になった時、武器を使った方が罰せられる事くらい分かっているからだ。それでも心の支えとして持ってきた。

 このナイフを使う事は確実に無いはずだ。何故なら、もしダークウェブの掲示板に書かれていた事が本当なら、もうすぐ殺し屋がここにやってきてくれるはずだからだ。わざわざ本物の殺し屋を見つける為にダークウェブへの潜り方を調べたのだ。表のネット世界で殺人依頼等書き込めば簡単に削除されるか、最悪身バレする。

 殺して欲しい相手がいる場所の住所は紅葉町七の一、時刻は十六時である事も伝えてある。

 もしあの掲示板のアドレスの主が遊び半分で「殺し請負いマス」等と書き込んだのでなければ……。だが良く考えたらメールを送った相手から返信は無かった。

 腕時計を見る。後十秒で約束の日時。

 三……二……一……。

「こんにちワ♪」

 路地の入口から誰かの声がした。

 火折も七人の敵も一斉に声の主の方を見た。

 声の主は白いスーツを着ている、白髪で若い男。いや、皺が結構あるから若くないのかもしれない。右眼にウロボロスの入れ墨がある。

 掲示板に書いてあった人物と同じ特徴。つまり彼が請負人。掲示板に投稿されていた名で呼ぶなら――ジョン。

「なんだコイツ?」

 クラスメイトが声を上げる、と同時にジョンはゆっくりクラスメイト達に近づく。両手にハサミを持っている。



 事を終えるのに三分もかからなかった気がする。ジョンは華麗な動きでクラスメイト達の拳を躱し、綺麗な髪型に整えるように彼らの皮膚をハサミで切り刻んでいった。

 クラスメイト達の一人一人が血を流して倒れていった。

 常人ならば、こんな血濡れた、人が人を殺す光景に恐怖を覚える所だろう。

 だけど火折は憧れてしまった。彼の動作に。

 子供の頃から好きなバスケで、テレビの中のNBA選手が客を魅せるナイスプレイングを披露するのを見た時や、アイススケートの選手がトリプルアクセルを決めるのを見た時と同じ感動……いやそれ以上の感動を覚えてしまった。

 魅せる人の殺し方……とでも言うべきなのだろうか。

 彼のハサミに付着する血すら、恐怖ではなく美を連想させる。

「フウ、仕事終わリ♪」

 そう言って、腰が抜けて上手く起き上がれない火折の方にジョンは振り向いた。

「キミがカオルクンだよネ? アレは本名かナ?」

 問われた事に火折は黙って首を縦に振った。

「見た所本当に中学生なんだネ、キミ。色んな意味で度胸あるなア」

 ゆっくりジョンが火折に近づいてくる。火折は死を覚悟した。だが――、

(こんなスゲェ奴に殺されんなら良いか……)

 何故そんな感情が産まれたのか。おそらく十四年間生きてきた中で一番感動した瞬間がさっきジョンが魅せた動きだったからだろう。自分のクソッタレな人生を、この男になら奪われても良いと、本気で思えた。社会的権力のある奴らに魂を搾取されて、空っぽの命を持って生きるより、身体的、生物的――動物の原初的な力を持つこの男に魂のあるまま命を奪われる方がまだ幸福だ。

「キミ、目が死んだまま笑っているネ」

 ジョンは火折と唇が振れそうな程の至近距離で火折の瞳の中を覗き込んだ。

「誰だって死ぬのは怖イ。キミは死ぬのを怖がりつつもボクに憧れていル……」

 まるで自分に言い聞かせているようにブツブツと何か言っている。

「それにキミ、思ったよリ……」

 ジョンの口角が口が裂けんばかりに上がった。

「さて、まずは事後処理ダ」

 火折から目をそらし、再度倒れている七人の方に向いた。

 そして両手をポケットに突っ込み、何かを取り出した。右手に銀色の袋が七枚。左手に小さなスプレー缶。

「プレアから貰った魔法界の秘密道具! 透明袋、アンド消滅スプレー!」

 そう叫ぶと死んだ同級生の一人に近づき、彼の遺体を袋に詰め始めた。詰め終わるとその遺体は消えて無くなった。

 更にもう一人の同級生の遺体にも同じ事をする。更にもう一人――。

 七人全員の遺体を詰め込んだ時には路地裏に人間の遺体は存在しなくなっていた。血痕だけがアスファルトにくっきり残っている。

 次にジョンはスプレー缶を血痕に吹きかけ始めた。するとアスファルトに沁み込んでいた血痕はすぐに消失した。赤色は微塵も残っていなかった。

「よし、証拠隠滅♪」

 額を拭うジョン。言葉通り、路地裏は火折がやって来た時と同じ状態になっていた。

「さてと、カオルクン、依頼主のキミに頼むも悪いんだけどそこにある死体をボクの車に詰めてくれるかナ? 流石に一人で七人はだるいヤ」

 ジョンはどこかを指さすがそこには何も存在しない。

 だがジョンは何も無いはずの空間で何かを掴み、何かを火折の方に投げ込んだ。

 見えない何かが火折の体にぶつかった。その何かが地面に落ちると血の無い右手が出現した。

「ウワァ!!」

 思わず後退する。

 良く見ると先程の銀色の袋が目の前に存在した。袋の隙間から遺体の右腕だけが抜け出たようだ。

「ところで早速で悪いんだけどメールで提示してくれた百万円はいつ貰えるかナ?」

 ジョンは不気味な笑顔を火折に向けた。まるでそんな額のお金、初めから火折が持っていない事等、お見通しだと言わんばかりに。

「ご、ごめんなさい。今は持っていないです……」

 震え声で返答する。

「知ってタ♪ とりあえずボクに着いてきて貰おうカ」

 言うとジョンは見えない袋を両脇で抱えて、出口に向かっていった。

 火折はその後についていく事にした。殺されるかもしれないという恐怖心もあったが、それ以上にこの男に関心を持ってしまった。

 この男なら、俺の世界をぶち壊してくれるかもしれない、くだらない世界を変えてくれるかもしれない――と。




 ジョンに言われるがまま、彼の家……美容院まで着いてきてしまった。

 しかも何故か火折の髪を切って貰う事になっている。

「キミ髪長いねー、伸ばしてるノ?」

 火折は目を瞑っている。頭の後ろでチャキチャキと散髪する音が聞こえる。

「いや……金あんまり使いたくないんだ。家の連中に五月蠅く言われたくねえから」

「お父サンとお母サン?」

「両方死んだよ」

 何故この男に自分のプライベートな事を易々と話してしまっているのだろう? いや、見ず知らずの男だからか。家の連中に自分の心の内等明かせない。

「ホラ、完成♪」

 声と共に目を開き、鏡を見ると、火折の髪は雑誌のモデルのように整えられていた。

(スゲェ)

 鏡の中の火折は前髪が長すぎて目元が隠れていた時とまるで印象が変わっていた。

 何というか、強そうだ。

「キミさ、何かどうしても叶えたい願い事とかあル?」

 鏡の中の自分の後ろに立つジョンの顔を見る。相変わらず不気味な笑顔を維持している。

「何だよその質問」

「何でも良いんダ。両親を生き返らせたいとかでモ」

 人を生き返らす? 随分ぶっ飛んだ願い事だ。

 だが、火折にそんな願望は無かった。

「無えよ、何も」

 母親は火折が産まれると同時に死んだ。だから生き返らせても、良く知らない人止まりだ。

 親父は首吊り。生き返らせてもどうせまた政界に戻る為、仕事ばかりするだろう。

 だから本当に、何も無い。今すぐ思い浮かばない。

「本当に無いんダ……。キミ人生詰まんなそうだネ」

 鏡越しのジョンは哀れんだ表情をしている。

 だがすぐ何かを思いついたように提案する。

「そうダ。じゃあ百万円ってのはどウ? ボクに払う為ノ。これがキミの願い事ダ!」

「さっきから願い事って何の話だよ?」

 椅子から立ち上がり、ジョンの方に振り向く。

 するとある生き物の存在に気づいた。ジョンの左後ろ、部屋の隅っこに体半分が白、もう半分が黒の猫がいる。首には紅の宝石の入ったペンダントを掛けている。

「キミ、プレアが視えてるネ?」

 ジョンが白黒猫の方に向いて言う。

「プレア、これで彼の潜在魔力は証明されたネ。そうでなければキミを視る事ができるはずが無イ」

「君が彼に目を付けたのは、初めから彼に魔童子の素質があるのを見抜いていたからかい?」

 猫が喋った。

「まさカ。そこまでじゃないヨ。純粋にダークウェブにアクセスする中学生に興味があっただケ。たまたま彼が素質のある人間だったんだヨ。ボクさ、やっぱ運持ってるよネ~」

「僕も君は運に愛されていると思うよ。だけど、前から忠告してるけど我儘は程々にしてよ。ランキング一位だから特別に魔法界のアイテムを貸してるけど……。ちなみに君が刑務所に入ってもサバトへの招集は問題なくかけられるよ」

「刑務所に入れられたら、ボク、やる気失くしてサバトで手抜いちゃうかモ。キミの目的は魔童子達のレベルアップじゃなかったっケ?」

「……そうだね。だから君の犯罪の証拠隠滅にある程度は手を貸すけど……。いちいち僕ら運営が目撃者の記憶を消さなくちゃいけない苦労も察して欲しいな」

 無表情の白黒猫に対してジョンは一挙一動楽しそうだ。

「まあ、でも君の直観は凄いと素直に思うよ。この少年の潜在魔力ならランキング一桁台に入るのもあっという間だろうね」

 白黒猫の顔つきは変化がないが声は賛美している。

 そして二本足で立ち上がり、ペンダントを首から前脚……というより両手? で外し、ボールを投げる前の野球選手のスローイングのようなポーズを取った。

「では決まり文句を。おめでとう、火流間火折君。君は見事魔法少年に選ばれました!」

 祝福の言葉と共に白黒猫はペンダントを勢い良く火折に向かって投げつけてきた。

 ペンダントは火折と接触。その瞬間、視覚がグルグルと目が回ったような感覚を覚えた。体は浮遊感と移動感を覚えた。

「魔法戦争ゲーム、サバト新人研修(チュートリアル)、いってらっしゃ~イ♪」

 視界と体が妙な感覚を覚える中、ジョンの声だけが最後に聞こえた。


 これが火流間火折が魔法少年になった、中三になる春休みの話。紫水朝日が魔法少年になる一カ月前の話――。



 ☆

 十月になり、新学期が始まってから一か月が過ぎた。

 朝日は学校の下駄箱から教室に向かう途中。

「紫水さん、小っちゃくて可愛いな~」

「でもあの人、新学期からずっと一人で居ねえ? ぼっちなんじゃ」

「そこがまた良いんだろ? クール系ロリ少女ってさ~」

 廊下で、すれ違う同級生達のこそこそ話の内容が聞こえる。

 女子になってすぐ気づいたが、何故かクラスの男子にそれなりに人気のある女子という設定になっていた。

 複雑な心境だった。朝日が男子だった時も確かに知らない女子達に可愛いと言われた事は多々あった。女子になったら今度は見知らぬ男子達から言われるのか。

(……まあ、男子だった頃に言われた時よりはマシだけどさ)

 教室の机の上、顎を右の手の平に乗せ、窓から校庭を覗き込んで物思いに耽る。まだ一限が始まるには時間があるから校庭では数人の生徒がキャッチボールをしている。

(風呂に入って、自分の体の目のやり場に困る人間なんて僕くらいだろうな)

 一か月経ってもまだ女子としての生活に慣れていなかった。父親まで朝日を十五年間女子として育ててきたと認識していた。

 一回だけ知らない男子から屋上に呼び出されて、告白された事もあった。その時は恥ずかしくて無言で逃げた。

 慣れた事なんて目隠しで風呂に入って自分の体を洗えるようになった事くらいだ。



 放課後のチャイムが鳴る。朝日はゆっくりと席を立ち、教室から廊下に出た。

「よう、朝日」

 深也が外で待機していた。何故か、いつも深也のクラスの方が早く終わる。

「おい深也、また彼女と帰りか?」

「お熱いねー」

「バッカ! 彼女じゃねえよ!」

 廊下ですれ違う友人達の冷やかしに深也は恥ずかしそうに返す。

 男同士だった頃は周囲に何も思われなかった事が女子になってからは深也と付き合っていると勘違いされるようになったのだ。

 友人達を後にし、深也と朝日は下駄箱に向かう。

「で、今日も祈桜西の喫茶店か?」

 深也が尋ねてきた。

「ああ、月夜がそこで待ち合わせだってさ」

 朝日達四人はあのリッパー事件……月夜の重体事件が解決してから週に二回ペースで集まっていた。ルール上、魔法少年である深也と三人は敵だが、リッパーを倒すまでは共同戦線を張る事にしていたのだ。

 月夜と深也は四人のグループに『魔法少女魔法少年同盟』と名付けた。

 楽しそうに盛り上がる二人だったが、朝日も四人での集会は嫌いじゃなかった。



 喫茶店内。四人はクッション席で固まって話している。

「でな、朝日の奴学校でメッチャ男子にモテてんだよ」

「朝日女の子になって可愛くなったもんね!」

 このグループでは大抵一番会話が盛り上がっているのが月夜と深也だ。

「可愛いってさ……女の子には誉め言葉だけど男には侮辱だよな……」

 元男としてとても複雑な心境だ。

 それに、朝日が女の子になってから月夜の朝日に対する姉っぽい態度にも拍車がかかった気がする。

「ゴホン……そろそろ今日の議題に移っていい?」

 咳払いする夕美。この集会で真剣な議題を切り出すのはいつも夕美だ。多分この四人の中で一番人間として真面目な性格なのが彼女だ。

「今までの七回の会議と同じく、議題は『リッパー対策』よ。アイツの弱点をおさらいするわよ。月夜!」

「は、はい! リッパーの弱点は『常に単独でいて仲間を持たない事』と『遠距離魔法を持たない事』、だよね?」

「ええそうよ。まあ、それが弱点に入らない程魔力で肉体が強化されているから今まで一位をキープしてこれたんだけどね」

 その通りだ。朝日は一度リッパーをゲーム中に見ているから良く理解している。

 あれだけの魔力を肉体に纏わせていたら回避にも防御にも困らないだろう。

「でも、もしかしたら朝日君の魔法ならば奴に効くかもしれない。朝日君の魔法が敵の攻撃を反射する魔法である以上、敵が強ければ強い程発揮できる筈だからね。二位の王花ビュオレさんの言葉の受け売りだけど」

「で、でも僕の魔法には弱点がある!」

 夕美の過大評価を慌てて訂正する。

「前に話してくれたわね、『武装型魔法は跳ね返せない』って」

「そうだよ。奴と戦った時に僕は奴が『杖解』したのを見た。奴の魔法は武装型だ」

「じゃ、じゃあさ、紅坂燃と戦った時みたいな敵の魔法を使った合体技はどうだ?」

 深也が焦り顔で提案する。

 それを聞いた夕美が残念そうに首を横に振る。

「恐らくアイツに力技で挑もうという時点で無理だと思うわ。朝日君の他人の杖と自分の槍の合体技は、杖の反射を利用して他人の魔法を高威力で放つって魔法なんでしょ?」

「ああ、うん」

 朝日もそれは無理だと感じている。アイツの皮膚に纏わりつく魔力のオーラを貫通できる攻撃力を持つ魔法は、少なくとも知り合いの魔童子の魔法には存在しない。多分だが、元五位の雷門千鳥の杖がまだ現存していたとして、紅坂戦の合体技を放つ事ができたとしても、リッパーにダメージを与えるのは難しいだろう。

「じゃあ人海戦術しかなくね? 魔法少女の仲間もっと集めてさ」

「それも難しいわね。ルールブックには『サバトで招集される魔童子は変身石のシステムによって選ばれる』って書いてあったから、仲の良い魔法少女と同じゲームフィールドに立てるとは限らない。それに……」

 夕美は続ける。

「知らない人とチーム組むのは難しいわ。朝日君や深也君はこうやって私達に自分の魔法の強みと弱みを教えてくれるけど、そこまでの仲に他の魔法少女となれるかどうか……」

「僕もそう思う」

 朝日が夕美に同意する。

「このゲームの『貢献度に応じた願いを叶える』というルールは同性同士でも仲間を作りにくくさせていると思う。深也みたいな凄い叶えたい願い事がある訳じゃない魔童子なら良いけど、願い事への執着の強い魔童子程仲間選びに慎重になると思うよ」

 自分で言ってて、完全に自分の事だと思った。

「だったらどうすんだよ……」

 四人が俯いて黙り込む。

 朝日はこの光景を、今回の集会を入れて八回見てきた。いつも結論は出なく、こうやって皆無言で考え込む空気になるのだ。

 結局、リッパーを倒す具体的な方法なんか無いのかもしれない。



 ☆

 二十一時。四人はカフェから出て、終電に間に合うよう、それぞれ帰り道を行く。

 月夜と朝日だけはご近所なので同じ帰り道を行く。

 朝日は左隣を歩く月夜を見る。

 少し顔が綻んでいる気がする。朝日達の状況は深刻なはずなのに。

「月夜、どうして笑ってるの?」

「それはね……こうして皆と一緒にいられる時間が嬉しいんだ」

 月夜が立ち止まる。それに合わせて朝日も立ち止まった。

「朝日、本当にありがとう、私を救ってくれて」

「それは何度も聞いたよ。うん、どういたしまして」

 もうこの一か月で何度月夜に感謝の言葉を口にされた事だろう。毎回、照れ臭くなる。

「あれから左目は大丈夫か?」

「うん、ちゃんと見えるよ」

 月夜が右手で眼帯を取る。左目がぱっちりと開かれている。

 四年ぶりに見る両目の開かれた月夜は、眉目秀麗という言葉が相応しい容姿だ。

 欠けていた美の彫刻の一部が完璧に修繕されたような。あるいは元の状態に回帰したような。

「まだお父さんとかに事情説明できないから眼帯は付けて見えてるの隠してるけどね」

 月夜は照れ臭そうな顔をする。そして――、

「これで……私達二人のお願い事は一緒になったね。私のお願い事で絶対に朝日のお母さんを生き返らせるから」

 月夜の顔が赤らむ。

「ああ、うん……」

 そう、月夜は病院を退院してすぐに朝日に自分の願いで朝日の母を生き返らせる事を宣言したのだ。

 初めは月夜がそう約束してくれた事を純粋に喜べた。

 だが、後々になって事態の深刻さを再認識した朝日は喜ぶ事ができなくなった。何故なら――、

「……僕らはもう絶対に負けられなくなった」

「『願いの前借り』の話だよね?」

「そうだ。僕がゲームに負ければ月夜の傷口が開いて死んでしまう。敗北の代償は記憶だけじゃなくなったんだ」

「それは朝日も同じでしょ? ゲームに負けたら朝日は死んじゃう」

 月夜は一瞬深刻な表情を見せた。だがすぐに元の赤らんだ微笑を見せた。

「……これで私達、運命共同体だね! 朝日の事、絶対に誰にも傷つけさせないから」

「運命共同体?」

「うん! 運命共同体!」

 朝日は運命共同体という言葉に、月夜が朝日を信頼してくれている事が十二分に伝わった。

 月夜にはいつも戦う勇気を貰いっぱなしだ。そして今、リッパーという絶望への不安を、月夜という希望が和らげてくれた。

 少しだけ、心が楽になった。根拠の無い自信が産まれた。その自信を、月夜への誓いの言葉を口にする勇気に変える。

「僕も、絶対に誰にも月夜を傷つけさせない、今度こそ」


 二人は街路を再び歩み始める。

 朝日は心の中で夕美の口にしたルールブックの内容を思い出した。

(『サバトで招集される魔童子は変身石のシステムによって選ばれる』、か)

 変身石のシステム……この文言は何か真実を運営に隠されている気がする。

 今まで深也と朝日が何度も同じ回のサバトに参加できたのは変身石のシステムだというのか?

 朝日はサバトに選ばれる魔童子は意図的、作為的なのではと疑っていた。

(魔法王……女王……あるいはプレアが選んでいる?)

 朝日は誰かの手の平の上で踊らせている事を危惧していた。このサバトというゲームは、ちゃんとした形で終われるのだろうか?

 そして何より、朝日の参加しないゲームで月夜とリッパーがぶつかる事。これだけは避けたい。



 自宅の自室。ベッドの上に寝転がる朝日。天井を見上げながら、魔法少女になってから参加した二回のサバトの事を思い出していた。

 朝日の反射魔法と紫ローブの服装は魔法少年の時と変わらなかった。服装がスカートになったので女子用にはなったが。

 つまり、今までの戦い方から大きく変わる事はない。

 ただし、いつか深也と戦う事になってしまったが――。


「こんばんは」


 突如ベッドの下あたりから声がした。驚きで心臓が高鳴った朝日はベッドから飛び上がった。そしてベッドの下の隙間を見る。

 白黒猫がそこにいた。その登場の仕方を数か月前に見た記憶がある。

「プレア……お前……今の僕一応女子だぞ?」

「へ? 僕は魔法少年にも少女にも大体こうだよ?」

 相変わらず表情が無いので、呆けた声色だけが朝日の耳に響く。

「何しに来たんだ?」

「ちょっと心配でね。君の二つの願いの片方である『桃井月夜の傷を治す』はもう叶ってしまった。その事で君の緊迫感が少しでも削がれてしまったんじゃないかと。だから、君に緊迫感を与えに来たんだ」

「何言ってるのか分からない」

「つまりね……」

 プレアは基本口が開かない。どこから声を発しているのか分からない。

 朝日はプレアの『続きの言葉』の一言一言をその動かない口を凝視しながら聞いた。

『続きの言葉』は朝日の心を凍り付かせた。それを聞いた時、眼球を大きく開かざるを得なかった。手も足も、全身が勝手に震えていた。脳に『続きの言葉』が何度も木霊した。

「……それは……本当……か?」

 心臓の強い鼓動のせいで言葉を紡ぎだすのも絶え絶えだ。

「本当だよ」

 朝日の動揺とは反対に、プレアの口調は淡々としている。


 その時、変身石が紫色の光を放ち始めた。ゲームの合図だ。

「時間だね」

「プレア、お前このタイミングが分かってて……」

 プレアを問い詰める間もなく、朝日の意識は光に飲み込まれるように消えた。


 再び、サバトへーー。



 ☆

 朝日の視界には夜の雪原が広がっていた。だがリッパーと初めて対峙した時のフィールドとは違い、雪が降っていない。満月が適度に夜を照らしてくれているので、暗闇の中でも視界がある程度確保できている。

 静かな氷原。

 だが、今回のゲームにリッパーが参加している事は瞬時に分かった。アイツの強大な魔力は包み隠しようがない。

 だが正確な位置まではまだ掴めない。まずは魔力探知から始めよう。

杖解(じょうかい)――”謀反物リフレクター”」

 呪文と共に杖がルーン文字の光の輪の付いた槍に姿を変えた。

 槍を地面に刺し、強く握り、目を瞑る。

 魔力を帯びた物体の位置を二個、三個と捕捉していく。

 二十個近くを越えたあたりで、奴を捕捉した。

 二度目だからか、前回のようにリッパーの魔力に押されて過呼吸になるとまではいかなかった。だが相変わらず体を刺すような圧迫感を感じさせる。

 フィールド全体から見て、奴は朝日とは反対の位置にいる。

 しかも、いきなり事態が最悪な状況から始まっている事にも気づいた。

 リッパ―のすぐ近くに月夜がいる。

「ふっざけんなよ! ゲームスタート地点から何で月夜とリッパーが……」

 思わず拳を雪原に叩きこんでしまう。

(やっぱり……スタート地点すら運営にコントロールされている?)

 疑惑が次々浮かび上がる。だがこうなってしまっては考え込んでいる暇もない。

 朝日は全速力で脚を動かし始めた、月夜の元へと。

 もう二度と、傷つけさせないと誓ったんだ。



 十分程経過した。

 雪原を駆け続ける朝日。前回のリッパー戦と同じく、敵と遭遇しない最善のルートを索敵しながら。

 だが前方一キロ以内に三人分の魔力を感じる。彼らは、まるでリッパーに向かうルートに立ち塞がるように移動してきた。意図は分からないが、敵だ。しかもリッパーに味方をしている敵。

 更に左方向に迫る魔力を一つ感じていた。これは魔法少女の魔力。

 駆ける朝日は一度立ち止まり、自分に迫る少女を待った。

 左を向くと弓道着姿にオレンジの髪色の少女が走ってきていた。

 上は白筒袖に黒い胸当て、下は紺色の袴。顔立ちは良く知っている人物に似ている。いや、本人だろう。

「橙方さん!」

「夕美で良いっていつも言ってるでしょ朝日君」

 夕美は急停止して言った。息は乱れていない。

「それより状況は分かってるわね?」

「うん。月夜が危ない!」

 顔を見合わせる二人。だがすぐに三つの魔力が急接近している事に気づき、前方に向き直った。

「誰か来ているわ」

「うん。魔法少年が三人……それも動き方が妙だった。リッパーと関係ある敵だ」

 三人の敵は既に二百メートルに迫っていた。既に視界に捉える事ができた。


 だが目に映ったのは三つの浮遊する岩だった。それらがこちらに迫ってきている。

 およそ横百メートルを切った所で五十メートル弱の高さの空中に浮かぶ岩は落下してきた。

 朝日達から少し手前の雪原で、岩がドシンという衝突音を立てた。

 雪煙が朝日と夕美の視界を覆う。

 煙が晴れると敵の姿をはっきり捉える事ができた。三人、横並びしている。

 右の男は両腕部と両脚部が毛皮で覆われた、半獣人のよう。下半身は急所を中心に短パンのようなプレートアーマーを着込み、上半身は細くて筋肉質な裸の上から棘のついたショルダーアーマーのみを着込んでいる。赤い三角帽子からは獣の耳が突き抜けている。

 一言で言い表すと狼少年といった印象。顔は中学生くらいの印象で、比較的美形。髪は燃えているように赤い。

 真ん中の男は古代ギリシャ人のような、白いウールの一枚布を纏っている。背中から天使の羽が生えているので服装だけ見ると天使のようだが、太っているせいで服からデベソがはみ出ている。顔はニキビで覆われていて、ふくよかな肉付きで、眼鏡をかけている。髪は黒で、整えられていない天然パーマ。全体の印象で見ると三十代にも見える。

 被る白い三角帽子の鍔先に天使の輪っかのような物が浮いているので、やはり天使をモチーフにした魔法少年なのだろう。

 左の男は……朝日の知っている男だった。銀色のホストスーツに身を包んだ銀髪、銀色帽子の男。名前は確か深也から聞いた話だと……木取屋友好きどりやゆうこう

「おお、少年、本当に君だったのか。随分初めの頃と比べて名前が売れたみたいだね。いや、今は少女か」

 ホスト風の男、木取屋が余裕のある声色で一声をかけた。

「オオ……どっちも可愛いでゴザル……嫁にしたい」

 真ん中の男が興奮気味に言った。口調がオタクっぽい。

「おい太宅フトタク、テメェ敵に欲情してんじゃねぇよ」

 右の狼少年が真ん中の太っちょ天使の男に睨みを聞かせる。

「カオル殿ゴメエン。でも拙者、大学では写真部で、こういう撮り映えのする子達見るとどうしても熱が疼いて……」

「そういうのは人間界で趣味でやってろ!」

 狼少年が天使男に蹴りを入れる。

「お前達は一体……?」

「僕らはね、紫水君。ジョンドゥ・ザ・リッパ―親衛隊とでも思っといてくれて良いよ」

 木取屋が爽やかな笑みを浮かべる。初戦で出会った時のように、常にどこか余裕を感じる男だ。

「アイツに味方がいたとはな」

 朝日が呟く。リッパーは単独行動しか取らないと思っていたし、そこが弱点だとも思っていた。彼らの存在はリッパーの弱点が一つ失くなった事を意味する。

 ここで、一つの疑問が浮かんだ。

 元ランキング五位の朝日が魔法少女になった情報は表立って公開されていない情報だった。故に魔法少女になってから二回経験したサバトでも敵に朝日が元五位の魔法少年『リフレクター』である事は気づかれなかった。

 この三人に……いや、リッパ―にどうやって朝日が魔法少女になった事を知られたのだろう?

 朝日の中の結論はすぐに出た。

「プレアの奴……」

 リークできるとしたらアイツしかいない。

「その親衛隊が僕らに何の用だ?」

「ジョン先輩からさ、お前だけを通せって言われてんだよ。隣の弓道着女はここに残れって事」

 狼少年が前に出て夕美を指さす。人差し指の爪は長く、狼のよう。

 朝日は右隣りの夕美を見る。

「君だけであの三人と戦わせる訳にはいかない」

「大丈夫よ、朝日君。私、こういう事もあろうかと、あらかじめ『ある人』に連絡とっておいたから」

 夕美が誇るように微笑した。

 次の瞬間、朝日はある気配に感づき、眼前の敵に素早く向き直った。

 正確には敵の三十メートル頭上に注目した。

 突如、何も無い空間から一メートル程の針が何十本と出現した。

 針は三人の敵に向かって落下した。

 三人もそれに素早く勘付いたようで、視線を自分達の真上に向ける。

 落下する針は彼らの五メートル手前で何かに遮られた。

 今度は何も無い空間からスライム状の粘液が出現した。真ん中の天使風の男が右手に握る杖の先を落下する針の方に向けている。彼の魔法の能力だろう。

 粘液がクッションとなり、落下する針の勢いを押し返した。

 何十本の針が四方に散らばる。そして周囲の雪原に刺さる。

 役目を終えた粘液はフッと突如消えた。

「ホウ、アレを防ぐか。もう少し彼らの頭に近い所で落とすべきだったか? いや、それだと落下の勢いが弱まって破壊力が出なかっただろう。まあ、挨拶程度としては正解だったか?」

 朝日の後方で誰かの声が聞こえた。声の主の方に振り向く。

 雪原の中を堂々と一人の女性が近づいてくる。銀の縁取られた豪奢な車椅子に乗って。

 白いゴシックドレスを纏う、金髪ロングパーマ。白い三角帽子の上に白薔薇があしらわれていて、ビスクドールのような出で立ちの女性。

 車椅子は彼女が手で動かしている訳ではなく、勝手に動いている。

「初めまして、紫水朝日君。……いや、『さん』か。私は王花ビュオレという者だ」

 女性は朝日達に近づくと帽子を脱いでお辞儀した。その動作には気品という言葉が集約されていた。

「私、前々からビュオレさんと連絡を取り合っていたの。こんな時の為に」

 彼女の登場は夕美の計画だったようだ。

「おいおい……王花ビュオレさんの登場は聞いてないよ」

 敵に向き直ると、木取屋が仮面のような笑みをキープしたまま動揺した様子を見せた。

「そんなにスゲェのか、あの女?」

「ゴザルか?」

「君達二人は魔法少年になって歴が浅いから知らないだろうけど、彼女もゲーム初期からの魔童子だ。開始当初から既にランキング十位以内をキープしていたベテランさ。僕が口説けなかった、数少ない魔法少女の一人でもある」

「最後の情報はいらねぇよ。あの女の魔法を教えろよ」

 木取屋の動揺を見る限り、この王花ビュオレという女性は、ランキング二位相応の実力者なようだ。

「紫水さん、私はまあまあ強い方な魔法少女な自信があるのだけど、私を信用してジョンドゥ・ザ・リッパ―の方に向かってはくれないか?」

 ビュオレは不敵な笑みを浮かべている。表情から自信が満ちている。

「でもビュオレさん、僕は魔法少年の時でもランキング五位です。二位の貴方がリッパーと戦った方が勝率があるんじゃないですか?」

 朝日はリッパ―が怖い訳ではない。素直に、数字上はそのはずだと思ったのだ。

「オヤ? 君は自分の大切な人を他人に任せるような男……いや、女なのかい?」

 ビュオレは笑みを崩さない。

「だ、だけど……」

「自信がないか? 言っておくが、あのランキング等という制度は運営に有益な魔童子かどうかを判断する指標でしかない。単純な戦闘力の多寡を測る指標では無いぞ? リッパーは例外だがね」

 リッパーは例外。その一言のせいで朝日の不安は拭えない。

 逡巡する朝日を見たビュオレは笑みを崩さず続ける。

「ふむ。不安ならば、君に良い情報を与えよう」

 車椅子が勝手に動き、朝日とビュオレの体の距離を縮める。そして、ビュオレが朝日に小声で耳打ちする。

「君は前回の試合でリッパーに傷を負わせたと思うのだけど、その傷は奴の頬に今だ残っている。この意味が分かるかい?」

(傷が……残っている?)

 彼女の言葉の意味を深く考える朝日。思考の中、一つの解答に辿り着く。

(リッパ―の魔法は……武装型ではなく放出型?)

 あの時跳ね返したのはリッパーの体を覆う魔力のみで、魔法ぺイン・アンクを跳ね返した訳ではないと思っていた。奴の基礎魔力が高かったから反射魔法が発動したのだと思っていた。杖解とリッパーが宣言していた以上、杖がハサミに変わっていた以上、奴は武装型なのだと思っていた。思い込んでいた。だがもしかしたら――?

 ビュオレは朝日から離れ、適度な距離に戻る。

「この三年におけるサバトで君だけだよ、リッパーの奴に傷を負わせる事ができた魔童子は。どうだい、自信になったかい?」

 ビュオレの励ましによって、朝日の中に小さな勝算と希望が産まれた。

「ビュオレさん、ありがとうございます。橙方さん……じゃなくて夕美さんをお願いします」

 ビュオレにお辞儀し、脚を再度目的地に走らせた。

 途中、三人の敵の隣を通ったが、敵は朝日を素通りさせた。


 雪原を再度駆ける中、朝日の心に一抹の不安が湧き出た。

 何故、ランキング二位のビュオレがこの絶好のタイミングで登場したのか?

 何故、ランキング二位ともあろう、顔の売れた魔法少女が一人も仲間を連れていないのか?

 何故、この三人の敵の魔法少年がこのタイミングで立ちはだかったのか?

 朝日は『ゲームに参加する魔童子と各魔童子のスタート地点は両方とも誰かに決められている』という仮説に、段々確信を持ててきた。

 ここまでの展開全て、誰かの筋書き通りなのではないか? 敵と味方の登場まで含め、全てが。




「で、あの女の魔法は何だ?」

 火折が敵二人を睨めつけながら木取屋に聞いた。

「彼女の『瞬間ヲ刻ミ込メ(メメント・モメント)』は端的に言って瞬間移動魔法だ。自分の体を移動させたり、触れた物体を移動させたりできる。さっきの針なら、触れて僕らの頭上に移動させたのだろう。ジョンに傷をつけられて車椅子生活になったにも関わらず、ランキングが下がっていないのはひとえにあの魔法のお陰だ。脚なんて瞬間移動の使い手の彼女には飾りだったという訳だ」

「へえ。俺の『拳拳鍔鍔ナックル・ダスト』とどっちが強いかな?」

 火折はペロリと舌で唇を舐める。

 火折にとって、ランキング二位の魔法少女等という大物は、ジョンに近い男になるという目的に到達する為の、丁度良い糧になる。



 ☆

 いきなりリッパーと同じ所から始まるなんて、月夜は想像もしなかった。

「感じるかイ? キミの彼、こっちに向かっているヨ」

 リッパーは両手の親指と人差し指で輪を作り、それを両目に当てて望遠鏡のように見立て、遠くを見つめている。

 月夜は杖を両手で握り、いつでも戦闘に入れるよう、リッパーに対して身構えている。

 だがリッパーに戦闘をする様子はない。きっと彼の中で月夜との格付けは前回の戦闘で済んでしまっているのだろう。眼中にないのだ。

「見てヨ、この傷」

 リッパーは左頬を向けてきた。一筋の切り傷ができている。

「キミの彼に付けられた傷……あれから治っていないんダ。もしかしてだけど、彼がボクの斬撃を跳ね返したから、ボク自身の『治らない』魔法のせいで治っていないんじゃないかナ?」

 リッパーは自分の左頬を撫でている。その表情に怒りは無い。むしろ――、

「サイッコウだヨ、彼!」

 今まで以上にリッパーの口角は上がった。

「この三年間でボクを傷つける事ができる奴なんていなかっタ。彼こそ、ボクのライバルに相応しイ!」

 リッパーは両掌で自身の両頬を抑え、体をくねらせ、全身で喜びを示す。

「貴方は……どうしてそうなの?」

「へ?」

 その異常性に、思わず口からこぼれてしまったのがその言葉だった。

「人を殺して何とも思わないの?」

 彼に問う事自体怖かった。でも、彼の心理を少しでも掴めれば、突破口になるかもしれない。

「……ボクさ、『痛み』って何か知らないんダ」

 リッパ―の表情は笑みから寂し気な物に変わった。この男でもそんな表情ができるのか、と月夜は内心驚いた。

「無痛症って言ってね、名前の通り痛みを感じない病気なんだ、生まれつキ。ボクは痛みを知りたイ。痛みは、きっと生きているって感じさせてくれるかラ。ボクはずっと、死んだまま生きていル。ボクは生きて死にたいんダ。殺し合いに身を投じていれば、生死の迫る緊張感がボクに生を微かに実感させてくれル」

 するとリッパーは左袖をめくり素肌を晒し、自分の右手の爪で引っ掻いた。

 皮がめくれ、血が溢れ出た。

 その仕草に月夜は引いて、数歩後退する。

「分からないよネ、キミ達には」

 丁度満月の位置がリッパーの背後に重なったせいで、ーの顔は影となり、月夜には彼が今どんな表情をしているのか分からなかった。

「オヤ、彼の姿が見えてきたね。アレ見なヨ」

 リッパーがどこかを指さした。

 その指の先に月夜は視線を向ける。

 二百~五百メートルくらい先から、こちらに向かって走ってきている朝日の姿があった。


 ☆

 朝日は脚を止めた。

 リッパーの少し隣で月夜が杖を敵に構えている。

 二人の視線はこちらに向いている。

「いらっしゃイ♪」

「朝日!」

 ゆったりとして薄気味悪い笑みのリッパー、敵への警戒を露わにしている月夜。

 リッパ―を再度目の当たりにして、朝日はプレアの言葉を思い出し、拳を強く握る。

「ジョンドゥ・ザ・リッパー…お前は……」

 今、奴に真っ先に問い質すべき事は。

「四年前……紫水朝顔しみずあさがおという女性を殺したか?」

 プレアの言葉が脳内に木霊する。

(君の母親を殺したのはジョンドゥ・ザ・リッパーだ)

 槍先を敵に向け、解答を待つ。

 リッパーは特に表情を変えず、いつもの軽い調子で口を開いた。

「誰、ソレ? 知らなイ」

 首を傾げている。

 嘘をついているのか、記憶に無いのか……それとも本当に殺していないのか。

「朝日! それは違うよ!」

 月夜が必死に訂正する。

「私は四年前、犯人の顔を見ているよ。リッパーの顔じゃなかった!」

「知らなイけど……」

 素早くリッパーが会話の間に入る。

「ボク、定期的に整形してるから、四年前と顔違うんだよネ。それにあんまり印象に残ってない人だと殺した事覚えてないのもしょっちゅウ♪」

 煽るように笑みを浮かべる。

 そのリッパーの笑みは朝日の心に憎悪の感情を産んだ。

「リッパぁーー!!」

 朝日が雄叫びをあげ、リッパーに猪突猛進する。

 だが、敵に直線的に向かう中でも、朝日は作戦を立てるくらいの心の余裕を残していた。

 本来、カウンターが基本戦術の朝日が直線的に攻撃を仕掛けるのは悪手な事くらい、自分が良く分かっているからだ。

 リッパーの攻撃速度も考慮し、攻撃を食らうのを前提の突進。故に自分の魔力を最大限、体に纏わせた。

 槍に敵の攻撃を触れさせる事ができれば勝ちだ。

 だが……リッパーが突如目の前から消えた。

(消えた!)

 そう思考してすぐにリッパーが自分の真後ろに移動した事に気づく。

 後ろを振り向くと背中姿のリッパーが。手には杖を握っている。

「まずは……小手調ベ♪」

 突如、朝日の左脚部が裂けた。鎌鼬に合った後のように傷口から血が噴き出す。

「グァッ!」

 思わず左脚を抑える。

(全然見えなかった……)

 まるで瞬間移動でもしているような移動速度。これがランキング一位と、思い知らされた。


 傷を受けた事で朝日はもう、この戦いに負ける事ができなくなった。

 何故ならもしこの戦いでリッパーとの決着がつかなかった場合、今後のサバトを朝日は常に左脚に痛みを抱えたまま挑まなければならないからだ。

 だがこの戦いでリッパーを倒してゲームを終える事ができれば、人間界に戻ったらダメージは消えているはずだ。魔法女王がそう言っていたから間違いないはず。

 逆に今回のサバトを逃したらもう、左脚は治らない。


「責めて杖解は使わせてよネ♪」

 リッパーは朝日の血を浴びた杖を、どこからか取り出したハンカチを使ってふき取っている。

「杖解……お前に本当に必要なのか?」

 朝日は痛みをこらえ、わざと煽るように笑って見せた。

「どういう意味?」

 朝日の笑みに怒りでも覚えたのか、リッパーは初めて笑みを消して真顔で質問してきた。

「お前……放出型だろ? 何の意味があってやっているのか分からないが、お前のハサミは杖が変化した武装型の武器じゃない。自分の魔力のオーラを変化させて象った武器だ。でなければ、お前の魔法を僕が反射できるはずがない。前回つけた頬の傷が残っているはずがない」

 リッパーの右頬の傷を指さして言う。

 少しはリッパーを動揺させてやりたかった。だが、リッパーはあっけらかんとした顔つきで口を開く。

「そうだヨ。ボクが今まで奪った魔童子の杖のうちの一本にね、『武器を作る魔法』を持つ杖があるんダ」

 言うと自分の白衣の内側を開いた。

 内側には何本もの杖がずらりと並べられていた。

「ボクの戦利品コレクション♪ ボクにとって武器が杖だろうがハサミだろうが変わらないんだけど、ハサミの方が人間界で使い慣れているからサ」

 リッパーの右手に握る杖が唐突にハサミに変わった。「杖解」と口にしていないのに。

 恐らく、普段リッパーが手にしている杖は自身の杖では無いのだ。『武器を作る魔法を持つ杖』とやらで、杖を作ったのだ。だから、普段手に握っている茶色い杖は本物の木製の杖ではなく、魔力で生成された偽物。

 だがその情報は朝日に勝算を産んだ。リッパーは武装型ではない可能性があるのだから。

「でさ、それが分かった所で、キミにボクを捉える事ができるのかナ?」

 リッパーの余裕は崩れていない。そうだ、どんな攻撃も当たらなければ意味がない。

 槍を奴の体に触れさせる事が出来なければ意味がない。

「じゃあ、行くヨ!」

 リッパーが再度攻撃を仕掛けてきたその時――、

「……重力倍化グラビティ・ダブル

 朝日のローブを突き破って、光弾が放たれた。紅坂戦と同じ奇襲戦法。服の中で他人の杖を左手で握り、ローブで隠したまま魔法を放つ攻撃法。

 光弾は見事リッパーに命中。リッパーの腹部に命中すると溶けるように消えた。

 その後すぐにリッパーは鉛を体に付けられたようにその場に膝をついた。

「え? 今の魔法さ、喰らった事あるんだけど、何で君ガ?」

 目を丸くするリッパー。

「……魔法女王がお前を対策するのに杖を何本か渡してくれたんだ」



 ☆

「これを受け取りなさい」

 魔法女王の城の教会。月夜の傷が治り、朝日が魔法少女になった、すぐ後の話。

 女王は豪奢な机の前に七本程の杖を並べた。

「この杖は?」

「今まで脱落した魔法少女達の杖の何本かを選出しました。ジョンドゥ・ザ・リッパーを攻略するのに役に立つかもしれません」

 訝し気に杖を見る朝日に、女王はいつもの説明調で言った。

「何故ここまでしてくれるんですか? それにルール違反じゃないんですか?」

 朝日にサバト復帰のチャンスを与え、月夜の傷を治すチャンスを与え、更にここまでしてくれる親切さを、疑わざるを得なかった。

「『ルール違反か?』という問いに対しては、魔法王との間で『一人の魔童子に他人の魔童子の杖を渡してはいけない』という取り決めが無いと答えましょう。そもそも、大半の魔童子は他人の杖を使用できませんから。そして――」

 一呼吸置いて女王は続ける。

「『貴方にここまでする』理由は、サバトが魔法少女の勝利で終わった暁にお教えしましょう」


 ☆

 魔法女王に渡された七本の杖の能力は、既に前二回のサバトで確認済みだ。

 重力倍化グラビティ・ダブルは文字通り、魔法を喰らった敵の重力を二倍にする魔法。

 だから――、

重力倍化グラビティ・ダブル! 重力倍化グラビティ・ダブル! 重力倍化グラビティ・ダブル!」

 朝日は右手に槍を握ったまま、左手に握る杖を敵に構え、重力倍化魔法を連射した。その全てがリッパ―に命中。初撃を加え、合計四発喰らわせた。つまり二×二×二×二……今、リッパ―の重力は十六倍になっている。

「おっもいナ……」

 リッパ―が初めて焦りを見せた。

 更に重力倍化を使おうとした所で、リッパーに向けた杖が粉々に砕けた。使用限度回数に達したのだ。

 だが、リッパーから速さを奪うには充分だ。

 今度こそ、リッパーに突進する。

 そして、動きの鈍ったリッパーの胸元に槍先を思い切り叩き込んだ。

 魔力で強化されたリッパーの肉体が鉄のように固いせいか、刺す事はできない。それでも衝撃でリッパーを後方に吹き飛ばす事に成功した。雪に覆われた地面をリッパーの体が転がる。

 朝日の反射魔法は、敵の体に纏う魔力のオーラにも反応する。必然的に、強力なオーラを普段から纏っている魔童子に対して程、槍での近接攻撃は破壊力を増す。

 このゲームで朝日の槍の攻撃力を最大限受ける事になるのは、他ならぬ最強の魔童子であるジョンドゥ・ザ・リッパーだ。弱い魔童子なら、逆にこの近接攻撃という戦法は効かなかった。

 倒れ込んだリッパーはゆっくり起き上がった。

「よっこいショ」

 傷一つない。

 やはり、自分から積極的に仕掛ける攻撃じゃ奴に傷を負わせる威力は出ないのだ。奴自身の攻撃を跳ね返すのでなければ。

「仕方なイ。無理矢理動かすカ」

 リッパーが一つ溜息をつくと、奴の体に纏う魔力が急激に膨れ上がった。

 先程までの二倍、三倍と徐々に。

 四倍近くまで達した所で膨張が収まった。

「これがボクの全力♪」

 つまり、次の奴の作戦は「重くなった体を力づくで動かす事」という訳だ。

 力技での解決……リッパーだからこそできる戦法。

 再度、リッパ―はこちらに向かって脚を走らせた。

 だがその速度は初めのように動きを捉えられない程ではない。

 リッパーのハサミの突きをギリギリで躱す。更に横切りを仕掛けてくるが後方にステップする事でそれも回避。

(理不尽な速度じゃない)

 そう確信した。これならまともに戦える。

 問題は、「リッパーと朝日、どちらが先に魔力が枯渇するか」だ。

 今、リッパーも朝日も最大燃料の魔力を放出している。最も燃費の悪い代わりに、身体能力を最大限まで強化している形だ。

 正直、朝日の方が先に枯渇すると、予感していた。

 朝日の魔力の全燃料を十とするとリッパーは千。感覚的数値だが、百倍くらいの差を感じている。

 かといって、朝日の魔力放出を抑えれば身体能力が低下するので、リッパーの猛攻を回避する事ができない。

 長期戦は不利。持ち込むなら、短期決戦だ。

 再度リッパ―がハサミを振るう。

 朝日はそれを回避……だが、その瞬間。

 体重の移動の仕方を間違えたのか、転倒してしまう。

 倒れ込んだ朝日を見たリッパーが、ニヤリと笑う。ハサミが振り下ろされる――。

 死を覚悟した朝日。だがハサミは朝日の体に接触する前に、何かに遮られた。

 桜吹雪だ。

 雪崩れのように舞う桜が朝日とリッパーの間に割って入り、ハサミを抑えていた。

 ハサミと桜のギチギチという接触音が響く。

 月夜の方に見やると、杖をリッパーと朝日の方に向けている。

 月夜の桜の花びら一枚一枚の硬さを、朝日は魔法少年になった初日に思い知らされている。

 とはいえ、基礎魔力では月夜とリッパーの差は歴然。万を超える桜の花びらを一箇所に集中させて防御力を高める事で、リッパーのハサミを受け止める事を可能にしているのだ。

 押し合いを諦め、リッパーが一度後退する。

 朝日はゆっくり起き上がる。

「朝日は私が傷つけさせない。約束したんだから」

 月夜がそう言うのを聞くと、桜吹雪が朝日のコスチューム全身に纏わりついた。

 槍にまで纏わりつき、桜は朝日の鎧のようになった。

「オオ、面白イ」

 自身の不利な状況にも関わらず、リッパ―は再度余裕を見せつけてくる。

 そして、またしても、ただ闇雲に朝日に突進してくる。

(リッパー……お前の強みは「負けた事が無い」という自信かもしれないけど、弱点もそうだ)

 何故そう思ったのか。この状況なら、月夜を先に狙うべきなはずだからだ。

 今、月夜は朝日に自分の桜魔法を全て使用しているから無防備だ。月夜から殺してしまえば朝日の桜の鎧は消えて無くなる。

 何故、リッパ―がそうしないのか? それはリッパ―の目的が戦いを楽しむ事にあるからだ。

 今までリッパーはその圧倒的強さ故、一度もピンチに追い込まれた事すら無いのだろう。

 リッパーはピンチに……負けるか勝てるか分からない戦いに飢えているのだ。

 いや、全て朝日の憶測かもしれない。猟奇殺人鬼の心理なんか朝日が分かる訳が無い。

 だが、ここまで武器を交えて、この男の事を少しは理解したつもりだ。この男の頭の中ではそんな事を考えているに違いない。

 その、奴の「勝敗の見えない戦いに飢えた心」を突く事に、朝日達の勝利の道があるはずだ。

 迫るリッパー。だが突如脚を止めた。

(何だ?!)

 その緩急のあるフェイントに朝日は思わず数歩後退した。

 リッパーはハサミをゴミのようにポイ捨てした。

 そして両手を白衣の中に突っ込み、八本のある物を取り出した。

 杖だ。指と指の間に一本ずつ挟んでいる。

 その八本の杖が赤、青、黄色等、一本一本特色のある光を発し始める。

 朝日はそれらが炎、水、雷等の魔法の光である事を理解した。何せ自分が散々他人の杖で使ってきた戦法なのだから。

(リッパーも他人の魔法が使えるのか!)

 朝日が思うと同時に、八つの光球が発射された。それぞれ朝日の肩、腹部、つま先と狙っている部位がばらばら。まとめて槍で跳ね返す事はできない。

 腹部だけは守ろうと判断し、槍先の(しのぎ)を腹に添える。

 七つの光球が朝日の体の各部位に直撃。

 腹部を狙った黄色の光球だけは槍先で跳ね返す事に成功したが敵では無く明後日の方向に飛んでいく。

 光球に吹き飛ばされる朝日。雪原を転がる。

(くっそ……)

 素早く起き上がる。肩は赤の光球を喰らい火傷。膝は緑の光球を喰らい切り傷ができている。風の攻撃だったのだろう。

 月夜の纏わせてくれた桜の鎧の隙間から進入してきたのだ。

「まだまだあるヨ♪」

 リッパーは指にはめた八本の杖を易々と、飽きた玩具を投げる子供のように放り捨てた。それらは雪原に落ちると共に粉々になった。使用限度に達したのだ。

 だが、すぐさま再度両手を白衣内に突っ込み、八本の杖を取り出した。

 それらは再度光の弾を先端に帯び始める。追撃が来る!

 ここで、朝日は一つの仮説を立てた。

(あの八本は他の魔法少女から奪った杖……だが、使用者はリッパー。つまり……)

 槍先をしっかり敵に構えなおす。

 八発全て跳ね返す必要はない。一発だ。一発だけ跳ね返して奴に命中させれば……。

「おかわりダ!」

 リッパーの八本の杖先が朝日に向く。そこから基軸の色を持つ八つの弾が発射された。

 弾の迫る方向からして、また拡散して放たれている。

 視界が弾から発する光で遮られているせいで、リッパ―の位置を掴みにくい。だが奴の強大で醜悪なオーラの気配が奴の大体の位置を示してくれるので、目に頼らなくても問題ない。

 朝日の顔面に向かってくる、赤い光球に狙いを定めた。他七つは無視だ。肉を切らせて骨を断てれば良い……。

 赤の光球だけを槍先で貫く……と同時に、七つの光球が肩、膝、腹部と、朝日の様々な体の部位に命中。

 朝日は再度後ろに吹き飛ぶ。

 だが、赤の光球が敵に向かって戻って行くのを視認した。

 それがリッパーの腹部に命中するのも。それにより奴も後ろに吹き飛ぶ所まで。

 地面に倒れ込む朝日。痛みで体が安定しないが、ゆっくり起き上がる。

 前方を見やる。リッパーが雪原の上、仰向けに倒れているのが見える。胸部が焦げ、光球で肉を抉られた痕がくっきりついているのが分かる。

(やったか?)

 息絶え絶えの自分の呼吸を整え、倒れるリッパーに歩み寄る。

「ハ~ァ~♪」

 歓喜の混じった吐息を聞いて、朝日は後ずさった。

 リッパ―がゆっくり立ち上がった。

 口から血を流している。朝日の反射は間違いなくリッパーにダメージを与えた……はずだ。

「タ~ノシ~!」

 致命傷を負った様子に反して、リッパーの笑みはいつもの不気味さを保ったままだ。

「お前……不死身か?」

「違うヨ。ボクさ、無痛症なんダ。キミの熱意の籠った一発は、ちゃんとボクの体に響いてるヨ」

 無痛症……ちゃんと響いている……それらの言葉を聞いても、リッパ―の笑みが朝日に安堵する事を許さない。

 だが、決着はリッパーや朝日の意志と関係なく、やってきた。

「オヤ、体が動かなイ」

 リッパーがそう言うと、再度雪原の上に大の字で崩れ落ちた。

 同時に、リッパーの白衣の内側に揃えられていた、杖のコレクションが四散する。

 雪原が何本もの茶色い杖で埋め尽くされた。リッパーの顔を見ると、口から流れる血が留まる事なく溢れ出ている。

「こういう場合、どっち何だろウ? キミの反射魔法が強かった、キミ自身の実力による勝利というべきカ? 反射されたボク自身の魔力が強かったから、たまたま、まぐれでキミはボクに勝利できたというべきカ? ……まあ、素直にキミを讃えるべきだネ」

 無痛症とやらの為か、リッパーの口調に痛みを感じているように聞こえない。

 だがリッパーの口から溢れ出る血を見て、朝日は勝利を確信した。月夜もそう判断したようで、桜の鎧が体から霧散した。

 まず、リッパーの変身石を破壊する前に確認しなくてはいけない事がある。

 戦闘不能のリッパーに歩み寄る。

「もう一度初めに聞いた事を言うぞ。お前は四年前、紫水朝顔という女性を殺したか?」

 自分の足元で横たわるリッパーを問い詰める。

「知らなイ」

 いつもの余裕の口調。朝日は槍をリッパーの右掌に突き刺す。

「朝日!」

 その朝日の行動に月夜が叫び声を上げる。

「ボクに拷問なんて意味ないヨ。だって、痛みなんてかんじないんだかラ」

 煽るリッパー。それを聞いて、再度朝日は奴の右掌を思い切り槍で抉る。

 杖先から人間の肉の感触がした。だがこんな奴に躊躇う事等無い。

「朝日止めて!」

 少し離れた所で月夜が叫ぶ。

「お前だけは絶対に許せない。吐け!!」

 もしコイツが自分と月夜を絶望に陥れた張本人だとしたら……そんな奴に情け等かけられる訳がない。

 槍をリッパーの右手の甲から抜く。そして、持ち上げた槍で、今度は左掌に狙いをーー、

「朝日もう止めて!」

 誰かが朝日を後ろから抱きしめる感触がした。

 振り向くと、朝日の目と鼻の先に、目に涙を蓄えた月夜の顔があった。

「大丈夫……もう大丈夫だから……」

 月夜が朝日を抱きしめる。

 呆気にとられた朝日の右手から槍が落ちた。

「つ……く……よ……コイツは……母さんを……」

 月夜の体温を感じる中で、憎悪とぬくもりが朝日の心の中で衝突した。

「大丈夫だよ……朝日のお母さんは私が生き返らせるから……」

 月夜が耳元で囁く。

 ぬくもりが憎悪を飲み込んでくれた。

 ゆっくり、月夜の両肩を手で掴み、月夜を自分から引き離した。

「ありがとう……もう大丈夫……ありがとう」

 少し月夜の顔を見てから、腰を落として槍を拾い直し、大の字のリッパ―の方に視線を戻した。

「ジョンドゥ・ザ・リッパー。お前は最低なクズだ。お前の罪は許されない。だけど……僕はお前をいたぶってお前と同じになる気は無い。変身石を出せ。楽にリタイアさせてやる」

 睨めつけて言う。

 朝日の言葉が聞こえただろう、瀕死の様子のリッーは僅かに笑った。

 傷だらけのリッパーを観察していると、朝日はある事に気づいた。

 魔童子にあるべき物が無い。

「リッパー……お前、変身石はどうした?」

 変身石が首に掛けられていないのだ。運営が魔童子に変身石を隠させないようにしているのか、変身石のペンダントは首から外せないようになっている。外そうとすると静電気のような感覚が指先に走り、妨害するのだ。

 だから誰もサバト中は変身石を外せないはずだ。

 てっきり、リッパーの白衣の内側に隠れているのかと思った。だが白衣の内側が開かれた奴の体に、変身石が確認できない。

「……食べちゃっタ」

 ボソリと呟いた。

 その言葉が何を意味しているか朝日は瞬時に理解した。

「お前……『願いの前借り』を……」

 今思えば、コイツが願いの前借りをしない理由なんて無かった。

 前借りをするリスクが死だとしたら、それは戦いのスリルを求めるこの男にとって、メリットにしかなり得ない。自分の願い事が一つ叶って、生死をかけた戦いに挑める……一石二鳥だ。

「さて、それが分かって、キミはどうするノ?」

 悪魔のように問いかけてくる。

「もしボクをここで倒さなかったら、キミの傷は治らない。次のゲームでボクは確実にキミを殺すヨ。いや、キミを殺せなくても、キミの大切なその子ヲ、あるいは別の誰かヲ」

 更に問いかける。

「ボクを殺すノ? 殺さないノ? でもね、一つだけ言える事は、ボクを生かせばキミは大切な人を失ウ、ボクを殺せばキミは倫理を失ウ。どちらを選択しても……」

「ハァ……ハァ……」

 悪魔の囁きで、朝日の呼吸が乱れる。

「どちらを選択しても……キミの真っ直ぐだった今までの人生は、ここから折れて曲がル。さぁ……エラベ……エラベ……エラベ! エラベ!! エラベェ!!!」

「朝日だめぇーー!!」


 月夜が叫ぶより先に終わっていた。

 二択の天秤を前に、悪魔が背中を押した事で、気づいた時には朝日の右手は振り下ろされていた。朝日の槍がリッパーの左胸を貫いていた。

 ブジュリという生々しい音と共に、朝日の左頬に返り血が飛びついた。

「死ぬのは怖くないヨ……ボクにとって怖いのは……死んだまま生きる事ダケ……。キミに生きたまま死なされて……ボクは……」

 幸せだ。

 その遺言を口にして、リッパーは安らかに目を瞑った。最後まで、笑みは崩れなかった。

 静かな雪原。

 そこにいつもの知らせが脳に響く。

「サバト第百九試合が終了しました! 速やかに戦闘を終えーー」

 朝日は手を槍から離す。槍はリッパーの左胸に刺さったまま、塔のようにそびえ立っている。

 右手で左頬に触れてみる。生暖かい血が手についた。それを見つめる。

 次に月夜の顔を見てみる。怯えて、目に涙を蓄えていた。

 朝日は……どんな顔をしているのか分からない。


 きっと、人殺しの顔をしているんだ。


 足元が光となって消えていくのだけが見える。



 ☆

「想定外の結末だったね、魔法王」

 魔法王の城内の王室。プレアは水晶の中を覗き込む。ボールの玩具にじゃれる普通の猫のように、水晶にしがみつく。水晶の中には鮮血の雪原の上に眠るリッパーと朝日、月夜の三人が映っている。

「僕にとって、紫水朝日は彼を強くする当て馬のつもりだったのだけど」

「儂とてお前と同じ気持ちだ。だが、戦いとはこうではなくてはつまらない」

 プレアの後ろにいる魔法王が水晶を覗きながら、ほくそ笑む。

「儂が一つ疑問なのは……ジョンドゥ・ザ・リッパーは紫水朝日の母を殺したのか?」

「知らない」

 魔法王の質問にプレアはつまらなそうに返答する。

「フン、お前という奴は相変わらずだな」

「全ては変身石……いや、願い石の意志に従っただけだよ。紫水君を強くする最適解があの言葉だと、願い石が判断したんだ」

「まあ、システムに人情等通用せぬ物だな」

「ともあれ、ジョンドゥ・ザ・リッパーが脱落した事であらゆる状況が変わったね。まぁ、どちらが勝利にするにせよ、今回のサバト終了を期に最終段階に移行する手筈だっただろう?」

「そうだな」



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