五話:願いの前借り
季節は九月を迎えた。高校一年二学期の始業式から二週間が過ぎ、朝日は一学期と同じく退屈な授業の日々を迎える。退屈だというのは決して勉強がつまらないという意味ではなく、既に塾で習った所だからだ。朝日の家庭の経済事情は日本全国の家庭と比較しても上の中流くらいの階級の家庭だと思う。
だから通っている塾もそんじょそこらの一般の塾よりも高額で、かつ優秀な教師が揃っている。
とはいえ、入塾試験もそれなりに厳しい物だったので朝日自身でも勉強の素質はあったと思っている。加えて「医者を目指すのだから当然」くらいの考えではいる。
祈桜東高校への入学理由は「一番早く推薦をくれた学校だから」と、「月夜と別の学校だから」だ。
講師が黒板に文字を書き殴っている。朝日は一応黒板の内容は書き写して勉強しているふりだけは作っている。
だが適度なタイミングで外の景色をボーッと眺めている。
視界に校庭で行われているサッカーの授業が映る。それを眺める事には特に意味はないが考え事をする時はどうしても黒板より景色を見ていたいのだ。
考え事……いや、疑問は三つ。何故四月から七月にかけての記憶の一部が曖昧なのか? 何故あの夜、月夜はあんな無惨な姿になり、意識不明の重体で入院する事になったのか?
そして何故学校の廊下を歩く度に妙な男に声をかけられるようになったのか?
授業の終了のチャイムが鳴った。お昼御飯の時間だ。いつも通り学食にランチを取りに行こうと席を立つ。
教室の扉を抜けて廊下に出た瞬間――、
「よう、朝日!」
妙な男がまた声をかけてきた。名前は確か……シンヤ。
髪は黒のスポーツヘアで清潔感があり、かなり高身長。
この男は「月夜の事件」のあった次の日から学校でいきなり自分の名を名乗って友達になろうと言い出してきた。何の裏があるのか知らないが怪しい事この上ない。
学食でランチメニューを注文し、お盆を机に乗せ、座る。するとシンヤもお盆を机に乗せて座った。
「君、何なの?」
「何なのって何だよ! 飯一緒に食う相手くらい欲しいだろ?」
「違う。何で急に僕に絡み出したのかって話」
「え、いや、ホラ! お前の事前から気になっててさ!」
男女の告白みたいな台詞が出てきた。朝日はジト目を作って慌てふためいた様子の彼を見つめる。
そしてこの約二か月で彼が付きまとう事になった理由の心当たりを口にする事にした。
「月夜と関係あるのか?」
言うとシンヤの身体は寒い場所で鳥肌が立った時のように震え上がった。
「ソ、ソ、ソンナコトネェヨ」
これだけ分かりやすい嘘を付く奴だと悪い奴ではない気がしてきた。
「なあ、話してくれないか? 月夜に何があったのかを」
「う……悪いトイレ!」
急に深也が席を立ち、走り去った。トイレの方向とは真逆の方に。
☆
夕暮れ時。病室のベッドで眠る、包帯で巻かれた月夜の顔を、朝日は椅子に座りながらまじまじと見つめる。ここ、祈桜大病院は市内で最も大きな医療施設だ。その施設の医療を持ってしても月夜の意識を回復させる事は出来なかった。
頭にも裂傷があった為月夜は全身包帯巻きにされ、口には人工呼吸器を付けられている。
(何でこんな事に……)
項垂れて自分の足元を見る。ガラス窓から差し込む夕日が朝日の顔に当たる。だがどんなに夕日が暖かくても朝日の凍り付いた心の絶望までは取り除いてくれない。
すると病室の扉がガララと開かれる音が聞こえた。
扉の方に振り向くと制服姿のボブカットの少女が立っていた。制服は月夜と同じ祈桜西高校の物。手には花束を持っていて、肩に学生鞄を掛けている。
歩み寄り、項垂れたままの朝日の前まで来た。
「君は……月夜の友達?」
やつ枯れた声で問う。
「そうよ。夕美って言うの。初めまして」
表情に変化が無く、クールな印象を受けた。
彼女は学生鞄を床に置いてから、テキパキと、月夜のベッドの横にある机の上の花瓶に活けてある花を取り外し、持ってきた花に挿し変えた。取り外した花を自分の学生鞄にしまっていた。
「君は……月夜と仲良かったんだね」
「ええ、とても」
夕美は淡々と言って、もう荷物をまとめ始めた。
「二人きりの所お邪魔したみたいだから帰るわ」
朝日の脇を通り、扉の前に立ち、取っ手を握った。
扉を開いてから、朝日に背を向けたまま言葉を発した。
「朝日君、貴方は頑張ったわ。後はあたしに任せて」
意味深な言葉を残し、夕美は去って行った。
(何で僕の名前を……?)
☆
すっかり空は暗くなってしまった。朝日は病院の門を通り抜ける。
意味は無いけど、どうしても月夜の傍にいたくなってしまったから、長居しすぎた。
傍にいる間、必死で自分がどうすれば良いか考えた。
海外でもどこでも、有名な医師のいる病院に連れていけば?
あるいは自分で医学書を読み漁って方法を探すとか?
他には、他には……。
結局どれも現実的では無かった。医者に「月夜の傷口は薬を打ったりメスを体に入れてもどうしてか塞がらない」と言われていたからだ。現代医療で治すのは不可能だと。
あまりに自分の無力に腹が立ったので電柱を殴りつけた。手の皮が剥けたが心の痛みより全然ましだ。
「畜生……どうしたら……」
俯き、勝手に溢れ出る涙が電柱下のアスファルトを濡らした。
「紫水朝日、桃井月夜を救いたいですか?」
ふと暗闇の方から誰かの声が聞こえた。
振り向くと暗がりの中に二人の人物がいる。
両方とも黒スーツのOL姿で二十代前半くらいの女性。顔が同じ所から双子だろう。
その二人が突如朝日の方へ走り突っ込んできた。
通り魔かと思い逃げようとしたがその暇を与えられなかった。
片方は掌に何かペンダントのような物を持っていた。それを握ったまま朝日の腹部に掌底打ちをかましてきた。
ペンダントに腹部を刺激される朝日。その瞬間、視界が渦巻き、体が浮遊する感覚と速動する感覚の両方を覚えた。意識が遠のいていく。
☆
目を開くと朝日は銀箔で覆われた教会にいた。目の前に祭壇があり、その裏には聖母マリアが子供を抱いている絵画が存在した。
朝日は何故かこの教会に既視感を覚えた。これと似た場所に来た事がある気がしたのだ。
「この空間に見覚えがあるようですね」
背中側から声がしたので振り向くとそこにはゴシック様式のドレスローブと三角帽を身に纏った妙齢の女性がいた。
女性の両脇には先程見たOLの双子がいた。
「さて、水絵、木絵、始めましょう」
「ですが魔法女王、これはルール上問題ないのですか?」
「魔法王と取り決めたルールの中に『敵軍の魔童子を引き抜いてはいけない』等というルールがあった覚えはありませんから」
「……分かりました」
双子のOLは同時に首肯した。するとポケットからペンダントを取り出した。
片方は緑色の、もう片方は水色の宝石が埋め込まれている。
ペンダントが発光し始め、同時に二人の身体も片や緑、片や水色に発光し始めた。
朝日はその眩しさに思わず手で両目を覆う。
発光が収まり、そっと手を降ろすと二人の髪と服装は変化していた。
水絵と呼ばれた双子の方は、恐らく水色に染まった髪とOLスーツと三角帽子を被った方。木絵と呼ばれた方は恐らく緑色に染まっている方。
手に茶色くて小さな杖を握っている所から魔女か何かに見える。ただし服装だけはOLスーツのままなので、チグハグ感がある。
「まずは水絵」
淡々と魔法女王と呼ばれた妙齢の女性が命令する。
水色髪の方が首肯し、杖先を朝日の額に優しく、だがしっかり押し付けた。
「記憶操作」
彼女の言葉と同時に杖先から水色の光が発せられた。
朝日は何かに額を焼かれる感覚を覚えた。
そしてーー次々と頭の中に映像が浮かび上がってくる。色々な人の顔と言葉も。
(アタイの代わりに願い、絶対叶えな。大切な人、助けてやんな)
(俺とタッグ組んでくれないか? お前の槍と俺のスケボー。お前が攻めて俺が守る。無敵のコンビになると思うぜ!)
(アイツのペイン・アンクは『敵につけた傷を治させない』魔法を持っている。ゲーム内でアイツにつけられた傷は治癒魔法なんかでも絶対に治らない)
(残念だナァ。お別れダ)
(紫水朝日。貴様から魔法少年の資格を剥奪する)
(もし朝日が本気でそう思っているなら、私はそれだけで何も要らないんだよ? 一つだけ欲しいのは、きっと朝日と同じ)
眩い光の針が次々と朝日の脳を突き抜けているようーー。
「……どうです? ご気分は?」
魔法女王が地に膝をついたまま俯く朝日に向かって問いかける。
「……思い出したよ」
朝日は小声で一言漏らす。隙間だらけだったパズルのピースが全て揃ったような感覚。
だが記憶が戻った所で、現状の打開策が思い浮かばない。
「畜生、畜生……月夜……」
さっき人間界の路上でしたのと同じく、拳で地面を殴打した。涙もまた勝手に零れ始めた。身体の痛みで心の痛みを紛らわせたかったのだ。
「悔しいですか? 自分の無力さが」
耳の上から女王の淡々とした声が聞こえる。魔法王にも言えた事だが彼らの声色からは感情が読み取れない。
そんな女王だが、次の彼女の言葉が朝日の運命の転機となる。
「私なら貴方にもう一度守るべき者を守るチャンスを与えられます」
その言葉に体が反応し、鼓動がドクッと高鳴り、そっと静かに顔を上げる。
「どういう意味ですか?」
「貴方をサバトに復帰させる事ができるという意味です」
女王の顔は至って真面目だ。
「だって……僕はもう脱落したんじゃ……?」
「『魔法少年として』はそうですね。ですので、貴方には新たに『魔法少女として』私の軍に入って貰う事になります」
「へ?」
『魔法少女として』という言葉が強く朝日の耳に響く。
女王は彼女の左側で待機している、木絵と呼ばれた、緑髪でOL姿の魔法少女を指さした。
「彼女、木絵は『対象の性別を変える』魔法を持っています。彼女の力で貴方を女子に変え、その上で新たに魔法少女に任命します」
朝日は、夕美が「魔法少女会議でナンバー二の王花ビュオレから性別を変える魔童子がいると聞いた」と言っていたのを思い出した。
それから二分程無言で考え込んだ。
そして、口を開いた。
「僕が魔法少女になる事に……抵抗はありますが……問題はありません。ですがそれでも……」
「何ですか?」
「サバトが終わるまでに月夜が生きている保証がありません。医者の宣告では月夜の余命は間もないと言っていました」
「サバトの願い事で生き返らせては如何ですか?」
女王の口調は淡々としている。
「だったら! サバトを早く終わらせて下さい! 貴方の権限で期間を縮めて下さい! 月夜が死ぬ前に! 僕は今苦しんでいる月夜を今すぐ助けたい!」
朝日は声を荒げた。
今この瞬間も、月夜は苦しみと痛みの中にいる。『生き返らせる』なんて選択は苦しみと痛みの後にやってくる死が前提だ。あるべき選択は、手にしたい選択は、『傷を治す』だ。
だけどそれを叶えるには時間が許してくれない。
「桃井月夜の傷を今すぐ治す方法がたった一つだけあります」
その女王の言葉は、朝日にとっては一縷の希望を掴んだような言葉だった。
「どうやって……もしかして回復魔法で……?」
「違います。まず、人間界に魔法を持ち込めるのはここにいる水絵、木絵のような我々ゲームマスターに認められた魔童子のみ。加えて、ジョンドゥ・ザ・リッパ―の魔法は『治らない傷を与える魔法』。そもそも治癒魔法で治す事すらできません」
「じゃあ、どうやって?」
「『願いの前借り』」
女王は強い語気でその聞き馴れない名称を口にした。
「願いの……前借り?」
「このサバトの報酬である『願い事を叶えて貰う』能力は元々は変身石の持つ能力なのです。変身石にその報酬を先に叶えて貰う事……それが願いの前借りです」
女王が、いつの間にか朝日の首に掛けられていたペンダントを指さす。
「そんな事ができるんですか?」
「ただし」
また女王が強い語気を用いた。
「その方法は貴方の変身石を『口に入れ、飲み込む事』。そうすると変身石は体内で貴方の心臓に絡みつき、同化します。……それが何を意味するか分かりますか?」
女王は人差し指を突き出して朝日の心臓当たりを指さす。
「心臓との……同化?」
朝日は自分の左胸をさする。
女王が続ける。
「このゲームの脱落条件は変身石の破壊。つまり、敵が貴方を倒すとしたら心臓と同化した変身石を狙う事となります」
「……ゲームに負けたら死ぬって事?」
朝日が尋ねると女王はゆっくり一回だけ、首を縦に振った。
「それが願いの前借りの代償の一つ目。願いと引き換えに前借りの使用者は命懸けでサバトに挑まなければならなくなります」
朝日は女王の一つ目という言葉が強く耳に入った。
「そして二つ目の代償は……前借りの使用者がサバトに敗北すると同時に、使用者が願った事と逆の現象が起きるという事です」
「逆の現象?」
「例えば『誰かに自分を好きになって貰いたい』と願えば、願った者が死んだ時点で対象の相手は願った者を憎悪する事になります。『誰かに幸せになって貰いたい』と願えば、相手は生涯不幸な人生を送る事になります。あるいは……『誰かを生き返らせたい』と願えば、生き返らせた者が死亡します」
「じゃあ……僕が『月夜の傷を治したい』と願えば……?」
この時点で朝日は女王の回答に気づいていた。
「貴方がサバトに敗北した時点で桃井月夜の傷口は一気に開くでしょう」
予想通りの回答だった。
「ただし一つだけ言える事はこの願いの前借りというシステムの効力は絶対的です。ジョンドゥ・ザ・リッパ―の魔法を無効化して桃井月夜の傷を治す事ができる事は保証できます」
女王の口調はここまで来ても説明調だ。魔法王より感情の起伏が無い。
「どうされますか? その石を飲み込んだ時点で、体内の石が発光を始めます。その時願い事を口にすれば願いは一瞬で叶います。代償に、貴方は記憶ではなく命を懸けて、改めてサバトに挑む事になります。我々魔法少女軍が勝利する以外に、貴方の心臓と変身石の同化を解除する術はありません。貴方にそれだけのリスクを背負う覚悟はありますか?」
女王は手の平を上に向け、こちらに差し出して問う。
朝日の答えは既に決まっていた。
朝日は首に掛かる変身石のチェーンを外した。
そしてチェーンを摘まんだまま変身石をゆっくり飲み込み始めた。
驚く事に喉に引っかかる感じが一切しなかった。まるで予め人間に飲み込まれるのを想定して作られていたようなサイズ感だった。
チェーンも含め全て飲み切った。
すると間を置かず左胸のあたりが紫色に点滅し始めた。
「まさか……即断するとは思いませんでした」
女王はここで初めて表情を変化させた。驚きを含んだ表情だ。
「これで……願えば良いんですね?」
「ええ。自分の体内に聞こえるように願いを口にしなさい」
朝日は大声を出せるように大きく息を吸い込んだ。そしてーー、
「変身石! 月夜の傷を全て治してくれ!!」
自分自身に……自分の体内に声が良く響くように叫んだ。
その宣言と共に体内の光の点滅がどんどん早くなっていく。
心臓の鼓動の速度より速くなり、点滅する光が胸から朝日の身体をつけ抜け、分離した。
シャボン玉のような光の玉は数メートル宙に浮かんでから、一瞬大きく膨張して、消えた。
「貴方の願いは叶いました」
女王の宣告と同時に、朝日は再度左胸をさすった。触れただけでは確認できないが、感覚的に変身石と心臓が同化したのを感じ取れた。
☆
深夜の病室。音一つしない。
月夜は全身包帯で巻かれ、人工呼吸器をつけている。
だが突如、紫の光の球体が出現した。
その光は眠る月夜を飲み込んだ。
光の球体は数秒月夜の体に留まった。その後ゆっくり消えていった。
そして、月夜の目は開かれた。
「……あれ? ここ……どこ……?」
月夜は上半身を起こした。
包帯だらけの自分の体の隅々を触る。
まず顔に巻き付く包帯を丁寧に解いた。
すぐにある異変に気付き、自身の左眼に触れた。
見えるのだ。
隅にある姿見鏡の前に移動する。
左眼を見ると、四年間刻まれていた残痕が消えていた。
☆
「これをご覧なさい」
女王はどこからか水晶を出現させ、手の平に乗せた。
水晶の中には月夜の病室が映し出されている。ベッドの上の月夜は意識を取り戻し、訳も分からないといったように病室内を見回している。
「良かった……本当に治ったんだ……」
朝日の目からは無意識に小粒の涙がこぼれていた。
「では、次は貴方を少女へと産まれ変われさせます。木絵」
女王の合図と共に緑髪のOL、木絵が前に出た。
杖を取り出し、朝日の額に杖を突きつける。
(記憶を操作するとか性別を変えるとかなんて複雑な魔法、放出系魔法でかつ、杖を相手の皮膚に触れさせる事でしか発動できない近接攻撃の魔法なんだろうな……)
額に杖を当てられながら朝日は双子の魔法を考察した。
それ以上の思考をする前に、朝日の額を再度何かが貫いた。
木絵の杖先は緑色に光っている。
朝日の体は緑色の光に包まれた。体がどんどん形を変えられている感触がした。
男にあるべき物が無くなり、無いべき物が作られているのを感じ取れた。
更に服装も制服から紫のローブに変わっていく。見慣れた魔法少年の時の服装に。
そして三分が過ぎーー、
「終わりました。鏡で自身の姿でも確認してみますか?」
女王はそう言うと指をパチンと鳴らした。音と共に何もない空間から姿見鏡が出現した。
朝日はその鏡の前まで歩いていく。
鏡の中には紫のローブと三角帽子、杖を被った『少女』がいた。
身長は百五十センチあるか無いか。脚もウエストも細く、全体的に華奢で、小学生のような容姿の少女。
恐らく……朝日だ。
「……僕、女の子になっちゃった……」
現実に女子になった自分を目の当たりにするとどう反応するべきか分からない。
「僕、学校でどうなるんですか?」
焦りながら女王に問いかける。
「問題ありません。水絵が記憶操作魔法で貴方の周囲にいる人間全ての記憶を書き換えてくれます。貴方は初めから女子だったという事になるでしょう。貴方のご友人の魔童子の記憶はそのままに」
自分の女子になってしまった姿に困惑したがすぐに落ち着きを取り戻した。女王に一つだけ腑に落ちていない事を聞きたかったからだ。
「何故僕を選んだんですか? 脱落した魔法少年なんて僕以外に沢山いるのに……」
「それを知る必要はありますか? 貴方がサバトに復帰できたという結果だけあれば充分ではないですか?」
女王は抑揚の無い声で質問を返してきた。
「……このゲームで魔法少女軍が勝利した暁にはお教えしましょう」
抑揚の無い声で続けた。
朝日の中にはまだ腑に落ちない、もやもやした疑問が残ったままだ。
だが――、
『月夜の傷が治った』。この事実だけでも朝日にとっては世界を救うのと同等の躍進だった。
しかも水晶の中の月夜を見るに、月夜の左眼まで治っていた。これはつまり朝日の願い事の片方も同時に叶った事を意味する。
母さんを生き返らせる方法は分からない。だけど、きっと月夜を見捨てて母さんを生き返らせていたら、母さんに泣かれてしまっていただろう。だから母さんより月夜を優先したのは正解だったはずだ。
月夜との約束は破ってしまったけれど――。
そして、正式にジョンドゥ・ザ・リッパーと戦う権利を手に入れた。
勝てる自信がある訳じゃない。だけど、これで月夜を守る為に奴と戦ってもルール違反じゃなくなった。
更には、これからは月夜と戦うのではなく、月夜と共に戦える。
事態は確実に朝日達にとって良い方向に向かっている。希望は、見えてきた。