三話:スケボーと合コン
ゲーム参加より一か月。朝日は既に四回のゲームをこなした。王いわく「三回生き残れば中級者」らしい。
変身石によるゲーム開始は石が光を点滅し始めることが合図となる。
その合図は朝昼夜時間を問わず、風呂の中、トイレの中等場所も問わず、知らされる。
全四回中、二回目は授業中に、三回目は電車の中で、四回目は深夜寝ている最中に点滅し始めた。
幸い変身石も放たれる光も一般人には見えていなかったが、場所と時間をわきまえずゲーム開始を知らされるのは迷惑だ。
サバト中の一時間、つまり人間界での一分間、朝日の体は人間界から消失する訳ではなく、体が残ったまま意識だけ魔法界ソーサリーに飛ばされているようだ。
二回目が終わった後、先生に「何ボーっとしてるの!」と注意された所から、傍目には遠くを見つめて放心しているように見えるらしい。
毎回時計を見るとサバト前から時間が十分程過ぎていた。予測だが人間界と魔法界を繋いでいるであろう、あの意識が飛ぶ感覚の最中に時の流れがおかしな事になっているのだろう。なので実際は魔法界の一時間につき人間界での十分の時間が経つと考えて良い。
そして現在、朝日にとって五回目のサバトの最中。初回と左程変わらない夜の荒野のフィールド。岩石が大きくなった程度でそれを障害物にして逃げやすい。満月が地を照らしているため夜でも明るさは申し分ない。
そこまで朝日にとって悪い地形ではなかったが開始早々、五人の魔法少女達に囲い込まれてしまった。それぞれ赤、青、緑、黄色、黒の三角帽を被り、三角帽と同じ色の学生服を着ていて、チームのユニフォームのような統一感がある。
朝日の後ろは岩石が壁となり、逃げ場がない。
三人の少女が後方で杖先を朝日に向け、二人が前方で西洋風の銀の剣を構えている。連携が取れている所からチームを組んで大分長いのだろう。
「アンタかい? 千鳥姉をやったリフレクターってのは?」
後方の真ん中の、赤を基調とした学生服と赤の三角帽を被る短髪の赤髪少女が第一声をかけた。恐らくリーダーだろう。
「え、誰? リフレクター?」
「雷門千鳥姉、マギアエレクトだよ。でもってアンタの魔法は”謀反物”だろ?」
睨みつける少女の目を見て朝日は得心する。自分は予め狙われていたのだと。これは弔い合戦だ。
「君達はあの人の?」
「ああ、ダチだ。あれから千鳥姉はアタシらのこと忘れちまった。サバトで知り合った関係だったからいつかはこうなると思ったけど。アンタには同じ目にあってもらうよ」
☆
「いいか? 魔童子は皆杖で戦う訳だがそれにも二種類の戦い方が存在する」
それは第三回戦での出来事。知らない魔法少年に出くわし、夜の荒野のど真ん中でお互い石の上に座り、情報交換した。
その魔法少年は朝日が三人の魔法少女に囲まれていた所を救ってくれた。そればかりか情報まで与えてくれている。見た目は緑色の軍服と、ベレー帽を足したような三角帽子。武器まで杖をスナイパーライフルに変化させる所から軍人モチーフの魔法少年なのだろう。年齢は二十代後半くらいに見えるので少年というより青年だ。
落ちていた小枝で地面に絵や文字を書いて戦闘のレクチャーをしてくれている。
「一つは杖を別の武器に変えて戦う『武装型』。杖を槍に変化させて戦うお前や俺のようなタイプだ。もう一つは杖から魔法を打ち放って戦う『放出型』。杖から炎や電気を放って戦うタイプだ。
この二種類の大きな違いは、武装型の特徴である杖を変化させた武器は魔法で構成された物質では無い事。逆に放出型の杖から発射される光線、その他は全て魔法でできている事だ」
「それがどう関わって来るんですか?」
青年に尋ねる。彼の真剣な表情からベテランさが伝わる。
「この違いが大きく関わってくるのはお前の槍の能力だ。お前の槍はさっきの戦闘を見たところ『槍に触れた全ての魔法攻撃を同じ速度で好きな方向に跳ね返す』だろ? 魔法攻撃のみという事は放出型の攻撃は跳ね返すことができるが武装型の攻撃は跳ね返せない。さっき戦った魔法少女達の、杖から炎を出す攻撃は跳ね返せたのに杖を拳銃に変えた攻撃……いわゆる”杖解”した敵の攻撃を槍で跳ね返すことはできなかっただろ? あれが証拠だ。他にもフィールド上の石を投擲された時も跳ね返せてなかったな、物理攻撃だから。それがお前の弱点だから意識した方が良いぜ」
青年が朝日の持つ槍の尖端を軽く小突く。
「さて、俺はもう行くぜ。達者でな」
青年が立ち上がり、地面に寝かせていたスナイパーライフルを広い、朝日に背を向ける。
「何で僕にこんな親切に?」
青年の背中に尋ねる。
「そりゃ同じチームだからだよ。せいぜい強い魔法少女倒してチームに貢献してくれよ」
青年は手の甲を振りながら去っていく。
☆
ふと青年の説明を思い出す。今回の状況では杖を構える後方の三人の少女が放出型、剣を構える前方の二人が武装型なのは明らかだった。
放出型は何とかできるが武装型に対処できない。後方三人の魔法を跳ね返すための受け身を取っている間に前方二人に斬りかかられるだろう。しかも魔法の能力が敵にバレている。絶体絶命だ。
「おい!」
男の声が空からした。五人の少女が一斉に声の方向の空を見上げるのを見て朝日も見上げる。
声の主は空飛ぶスケボーに乗った、青いパーカーとジーンズを着た魔法少年だった。髪型は黒の短髪、スポーツヘアで清潔感がある。顔立ちから高校生くらいに見える。
パーカー少年が下降し、スケボーを地面スレスレで浮かせた状態で朝日の方に近づいてくる。
そして手を伸ばし「掴まれ!」と叫んだ。
朝日は刺し伸ばされた手を掴んだ。
パーカー少年は朝日の手を掴んだままスケボーを再び上昇させた。
五人の少女の姿がみるみる小さくなり、最後は点になった。
「お、おい! 恐いからちゃんと乗せてくれ!」
下を見て思わず叫ぶ。既に手を離されたら確実に死ぬ高さまで上昇していた。ルール上死なないのだろうが。
「あ、悪い悪い!」
パーカー少年に助けられ、ボードの上に乗る。二人乗りできる程度に大きいスケボーだ。魔力で身体能力が上がって、バランス感覚に優れているから落ちにくいというのもあるが、ボードに乗った瞬間見えない力に脚が固定されたのを感じた。
ボード上に並んだ事で、少年がかなり高身長だと分かった。
「俺の名前は青木深也! 魔法は見ての通り空飛ぶスケボーだ!」
「……紫水朝日。魔法は……」
「ああ知ってる。何でも跳ね返すリフレクターだろ!」
深也は大きく、抑揚のある声で元気が良い。テンションが高いというべきか。少なくとも朝日よりは。
「なんで僕の魔法知ってるの?」
「魔法少年の間で噂になってるぜ。ビギナーがランキング五位だった電磁魔砲を倒したって。後はプレアがお前の容姿や武器とか性別とか教えてくれた!」
「プレアって、あの白黒猫?」
「ああ。あいつは魔童子達にとって情報屋みたいな奴だからな」
情報屋というよりはチクリ屋みたいな奴だな、と個人情報をばらまかれた朝日は思った。
「それよりランキングって?」
「え? 知らねえの? 本当にビギナーがあのオレンジ姉貴を倒したんだな! 変身石に触れたまま『ランキング表示』って言ってみな」
深也に言われるがまま首にかかる変身石に触れ、「ランキング表示」と言った。
すると変身石――ペンダントに埋め込まれた紫色の宝石から縦三十、横四十センチ程度の電子画面が飛び出してきた。表示された文字は人間界でルール確認した時と同じく、変な文字(魔法界の文字?)で書かれているが支障なく読めた。一ページ目では一位~三十二位まで確認でき、スクロールするとそれ以下の順位も確認できた。順位欄の右側には魔法名と思われる名前が並んでいた。謀反物という文字列が九位に存在した。
「ビギナーで九位なんてお前すげえな! あ、ちなみに俺は十七位な」
スクロールすると十七位の所には飛翔板という記載がある。
「皆このランキングを見て注目の味方や敵を探すんだ。で、本名分からないから大体魔法名で呼ばれたりする。俺は俺の本名知らない魔童子からスケーターって呼ばれてる。俺こう見えてバンド系なんだけどな」
苦笑する深也。
「……僕を助けてくれたのは僕が九位だから?」
朝日が不審げに聞く。
「それもあるけどそれだけじゃないぜ。俺、相棒探してるんだ。見ての通り、俺の魔法はスピードに自信あるけど攻撃ができないんだ。スケボーも初めから何故か二人乗り。明らかに誰かと組んで戦えって魔法なんだ」
自動でより高い空を目指して上昇を続けていたボードが雲を突き抜けた。綺麗な満月が見えた。
満月以外何もない夜空の中、ボードは上昇を辞め、静止した。
前方を向いていて背中しか見せなかった深也が正面を朝日側に向ける。深也と朝日がボード上で向き合う形となる。
「俺とタッグ組んでくれないか? お前の槍と俺のスケボー。お前が攻めて俺が守る。無敵のコンビになると思うぜ!」
深也が朝日に右手を差し伸べ、握手を求める。指し伸ばされた手のひらを目を大きくして凝視する。
十数秒して、小声で一言漏らす。
「……ごめん。僕誰かと一緒に行動するの苦手なんだ」
俯く朝日。
朝日は決してチームプレイが苦手な訳ではない。中学のバスケの授業中とかでも味方と喧嘩したことはない。ただ、「あの事件」以来、同級生と上手く喋れなくなったのだ。母を無くした事で世界の見え方の照明が同級生より圧倒的に暗くなってしまって、明るい場所にいる彼らと共にいる事に違和感を覚えるようになってしまった。
この青木深也という少年の魔法は確かに朝日の魔法と相性が良さそうだ。だが朝日は十五年間、同性の友達と上手く付き合えた経験がない。高校に入って三か月も経って友達ができないのも小中時代の流れだ。加えて、「あの事件」が自分の心に落とした影が深也のような「明るい場所」にいる人達の傍にいる事に抵抗感を与える。
それに、友達なんて月夜という友達が一人入れば良いと思ってい生きてきた。
……だけどーー。
「……まあいきなりって言うのも難しいよな。でもお前がピンチになったら今日みたいに駆けつけるぜ!」
右の親指を立てながら歯を見せて格好つける深也。
「何でそこまでしてくれるの? 僕と無関係なのに」
純粋な疑問をぶつけた。
「実はプレアに相棒探しの相談したらお前を推薦されて、聞いてる分に良い奴だなって思ったんだ。お前、願い事で母ちゃんを生き返らせて幼馴染の女の子の傷を治してやりたいんだろ?」
「……ちょっとあの白黒猫色々喋りすぎじゃないか?」
プレアの無神経さに少しイラっときた朝日。
(まさか他の魔童子にも言いふらして歩いてる訳じゃないよな?)
「まあまあ。ともかく、それを聞いてお前と組んでみたいって思ったんだよ」
深也が両手を前に出して、怒りをなだめさせる身振りを取る。
「それに、このゲームでソロは厳しいぜ。さっきみたいな状況に簡単になるからな」
深也の言うことも正しい。
今までの四回のゲームでも魔法少女達のチームプレイに晒された危機も多少あったし、隣の戦場でチームを組む魔法少年達の戦い方を見ていて、効率の良さや羨望を感じていたからだ。だが、自ら進んでチームを組むというのは、今までの生き方を変える程の難しさがある。
一分弱、朝日は無言で考え続けたがやはり二つ返事はできない。なので、深也がどれくらい信用できるか試すという意味も込めて、情報収集に切り替えた。
「あの白黒猫はこのゲームの審判なの?」
「プレアは審判というよりスカウトだな。人間界で魔力の素質のある奴を見つけて魔童子にする。勧誘どころか強制だけどな」
「魔法の国の住人って人間界にもいるの?」
「いや、ソーサリーの生き物も魔法使いもこっちにゃこれないらしい。なんでも人間界と魔法界を繋ぐ門が地球のどっかにあって、その門を通れるのはプレアくらいの小っちゃな生き物だけらしい。で、人語の喋れる小っちゃい生物があいつだけだったんだと」
こうやって情報を話してくれる所、深也に裏も特に感じない。
信用できるかもしれない。
「ところで、朝日って高校生だと思うけどどこ高よ?」
「……祈桜東高」
「え?! サクトウだったの?! 俺もサクトウの一年!」
「同じ高校の同じ学年だったの?」
朝日は高校の同級生にまるで興味がなかったため、同学年約三百人の九割の名前を覚えていなかった。同じクラスの同級生の名前ですらそうだ。
「……やっぱり祈桜市って特殊なんだな。俺の知り合いの魔童子も五割くらい祈桜市内の人間なんだよ。世界広しなのに」
「そうなの?」
「なんでも土地の位置的に世界中で一番魔力が集中しやすい磁場らしいぜ」
その時、突如女性のアナウンスが脳内に流れた。
『サバト第八十九試合が終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください』
話し込んでいたらもう一時間経っていたようだ。
「いけね! 俺は二回前に敵倒してるけど朝日は大丈夫か?」
「うん。前回倒している」
十試合連続で敵を一人も撃破していないと魔法少年の資格を剝奪される。忘れていましたでは済まされないルールだ。
先に深也の両足の指先から消え始め、数秒置いて朝日の両足の指先が消え始める。
「じゃ、また高校でな!」
「え?」
朝日が二の次を言う前に深也は消え、視界が自宅の自室のベッドの上に変わっていた。人間界へ帰還したようだ。
☆
「よう朝日!」
次の日の授業前、深也が朝日の教室まで乗り込んできた。サバトの時黒髪だったため、見た目は大差ない。
教室内で一人ぼっちを貫いてきた朝日に、クラスメイトの視線が集中する。
「ちょっ、ちょっと外で話そう」
その視線に耐え切れず深也を廊下まで引っ張り出す。
出会った次の日に接触してくるとは思わなかった。
「なんだよ。教室で話せば良いじゃん」
「僕、普段学校で人と話さないから、皆の視線が痛い……」
「……なんか悪いことしちゃったな」
謝られても尚のこと痛い、心が。
「で、何か用?」
「流石に魔法界関係の友達は学校で朝日しかいないからさ、放課後色々話したいからまたここで」
小声で耳打ちしてくる。
「悪い! それだけ伝えたかった! また後でな!」
言い終わり、深也が自分の教室に戻っていく。遠くに深也の連れと思われる二人が待っている。合流し、三人で教室に戻る姿がどんどん小さくなっていく。この学校は一学年三百人とまあまあな人数だけあって、教室数も多い。
放課後、深也は約束通り朝日の教室外の廊下で待ち構えていた。
「よう!」
「連れの二人は良いの?」
「良いんだよ。毎日顔合わせて見飽きてるくらいの連中だし」
はにかむ深也。顔も学校全体で見て良い方だし、これだけ表情豊かだと、さぞ友達も多いんだろうな、等と思ってしまう。
部活に行く生徒達と帰宅する生徒達でごった返しの放課後の廊下。
「あ、深也じゃん。ヤッホー!」
知らない女子三人のグループの、金髪縦ロールの女子が深也に声をかける。
「おお、ヤッホー!」
「これからうちらカラオケ行くけど男子集めてきなよ」
「わ、悪い。今日はこいつと大事な用事があって……」
右の朝日を指さす深也。金髪縦ロールが朝日を見て品定めする。
「へえ、可愛い子だね。小学生みたい」
(良く言われる)
心で返事する朝日。しかし高校生男子にとって女子に「可愛い」と言われるのは屈辱でしかない。
まあブサイクと思われるよりはいいか、等と自身に言い聞かせて金髪縦ロールに笑って返す朝日。多分苦笑いになっている。
「じゃあまた今度ねー」
三人グループは階段を下って消えた。
「根がああいう奴なんだ。気悪くしないでくれよ」
苦笑いの深也。「慣れてる」と諦め顔で返す朝日。
「じゃあ、俺達もカフェとかで話すか。オウニシの近くならオウトウの生徒もこないだろ」
祈桜市の高校は全部で四つある。東高、西高、南高、北高。月夜の進学先は祈桜西高校、オウニシである。
☆
カフェで二時間くらい話し込んだ。サバトのことは勿論、学校のこと等。深也が途切れなく会話のネタを提供してくれるため、朝日は聞き役に徹していた。
「で、雷門組の頭の雷門千鳥がお前に倒されたことで雷門組の女子が血眼でお前を狙っているって訳。副リーダーだった赤制服に赤髪の魔法少女、紅坂燃が新しいリーダー。昨日見ただろ?」
「僕、そんなやばい人倒してたんだ……」
雷門組。まるで極道みたいだ。
「ランキング十位圏内の奴の大体は自分のグループを持っている。その中でも雷門組は全魔童子のグループの中でも一番デカいグループだからな。リーダーだった雷門千鳥は最近、恋仲だった木取屋友好ってホスト風の魔法少年に浮気されたらしい。しかも浮気相手は自分のグループ内の魔法少女。気まずさもあって最近はグループから離れて単独戦闘を好んでたんだと。そこでお前にぶつかった訳だ」
ホスト風な魔法少年と聞いて誰のことか一発でわかった。
深也は「ホストのランキングは七位」と言い加える。気になったので、変身石でランキングを表示すると七位の右横に友愛という魔法名があった。
ついでのようにランキング一位を確認すると魔法名“痛ミ在ル生命”という記載が。これも気になったがこちらが質問する前に深也が続ける。
「てことで気を付けた方が良いぜ。雷門組にこの前みたいなシチュエーションに持ち込まれたら勝ち目ないからな。だからゲーム開始時はまず俺を探せ」
深也が親指を立てて自身の胸に当てて、はにかんで見せる。深也の百八十㎝弱の高身長と整った顔でそれをすると様になってしまう。
「さて、真面目な話はこれくらいにして……」
深也が両手のひらを叩き、頭を下げて合わせた両手を頭より高い位置に上げ、お願いのポーズを取る。
「朝日頼む。合コンに参加してくれ!」
「……は?」
突然の発言に疑問符だらけで硬直する。
「実は明日オウニシの女子と四対四で合コンでさ、人数一人足りてないんだよね。朝日参加してくれ!」
「……いやいや、僕合コンとかしたことないし、僕より適任な人、深也の友達ならいくらでもいるでしょ?!」
「皆予定合わなくてさ。それにこんなお願いできるの朝日くらいなんだって!!」
「僕、場を盛り上げるとか無理だから……」
「居てくれるだけで良い! 後ぶっちゃけ、朝日顔良い方だし、女子受け良いと思うんだよね、今日だって久美子に褒められたじゃん、ほらあの金髪ロールの」
金髪ロールから言われた「可愛い」発言を思い出す。
「……やっぱやめとく」
「俺を助けると思って頼む!!」
ノリを要求される場所に行きたくない朝日。懇願と泣き落としにかかる深也。
☆
次の日の放課後。
カラオケボックスで盛り上がる四人ずつの高校生男女。全員制服のままだ。
結局深也に一時間懇願されて折れた朝日は不本意ながら連れてこられてしまった。
初めは「可愛い」とチヤホヤしていた女子四人だったが不愛想な朝日に段々興味を失くし、深也とこの間見た連れの二人、この三人と話すか歌うかしていた。
七人は誰かが歌う度に盛り上がりを見せていた。朝日の知らない歌ばかり。恐らく最近流行りの歌だろう。朝日はアニメソングくらいしか知らないので会話のきっかけにもならない。
一人「取り残され感」が凄いが「取り残され感」には慣れている。
「あ、うち等ドリンクバー言ってくるから男子の取ってくるよ。何飲む?」
「俺コーラで!」
「俺はメロンソーダ頼ま~」
「俺は……ウーロン茶で」
深也が焦り顔で朝日に視線を向ける。
「……僕は……コーヒー」
全員分の注文を聞き終わり女子達が足早にボックスから出ていく。
「おい~朝日君~。もっと盛り上がろうぜ俺達みたいに~。女の子達が引いちゃうよ~」
深也の連れの一人が朝日の不愛想さに冷汗せを流す。
「……ごめん」
深夜との付き合いもあるから最後まで居ようとは思っていたがもう帰りたかった。こんなことしてるより次のサバトへの作戦でも立てていたいという内心だ。
それに深也の性格上、うっかり魔法界の事を他人に話してしまわないか心配だ。
朝日がこの間、変身石内蔵のルールブックを見ていた時、こんな項目の存在を確認していた。
・サバト基本原則その十一:魔法界に関する内容を魔童子では無い人間に話した場合、聞いた人間と共に魔法界に関する記憶を消去する。その後、変身石を没収し、魔童子の資格を剝奪する。
このルールがある限り朝日達魔童子は親にもクラスメイトにも全くの赤の他人にも魔法界の話をする事ができない。故に変身石をファッション感覚で首にぶら下げながら街を歩く事等絶対できない。
このルール違反の心配の他にも、彼女ら四人が月夜と同じ祈桜西高校であるため、あらぬ噂でも校内で流されて月夜に誤解を与えたくないという心配もあった。こんな大切な時期に女と遊び惚けているなんて知られたくない。
「幸一、言い忘れてたんだけど朝日、彼女持ちなんだわ。俺が無理言って来てくれって言ったのが悪いんだ。彼女さん西高だから尚更さ……」
深也が謝る朝日のフォローに入る。
「えー! 彼女持ちかよ! リア充連れてくんなよ深也ぁ~!」
連れの幸一はハイテンションで深也にツッコミを入れる。
ノれないことへの大義名分を立ててくれた深也の対応が素直に嬉しかった。決して「彼女」ではないが。
「お待たー!」
女子四人が扉を開けて入ってくる。一人二つのガラスジョッキを手に持っている。
注文したドリンクが男子四人の元に並べられていく。
朝日以外の三人は三時間近くぶっ続けで歌っていたので運ばれてすぐにジョッキに口をつけた。ゴクゴク、と喉を潤す音が聞こえる程の勢い。
「ほら、朝日君も飲みなよ」
女の子の一人が促す。見た目は朝日視点では良い方だ。その笑顔に思わずジョッキに口をつけてしまった。
コーヒーを飲みほした瞬間、急激な眠気が襲ってきた。
目をウトウトさせながら左隣に並ぶ三人の男子に目をやると三人とも眠っていた。
朦朧とする意識の中、四人の女子がニヤリと意味深な笑い方をしているのに気づいたが睡魔に勝てず、眠りに落ちた。
☆
「作戦成功~」
横長のクッション椅子で並んで眠る四人の男子を見て、女子の一人が勝利宣言する。
「でもちょろかったよねー。これが雷門姉をやった男だなんて信じらんない」
「まあ、これで燃姉の命令は実行できるから何でも良いんじゃね?」
四人のうち二人の女子が眠る朝日と深也の服周りを物色し始める。
そして深也は首に、朝日は左ポケットに持っていた各人青と紫の宝石の入ったペンダント、変身石を見つけ出した。
「あった。ペンチ持ってきたよね?」
物色していた女子が立ち見している女子に聞く。
立ち見する女子が鞄から工具のペンチを取り出し、渡す。
そして朝日の変身石の宝石部にペンチを挟み、握り手に力を込める。
「硬った!!」
顔を真っ赤にしてぎゅっと力を込めるが宝石にはヒビ一つ入らない。
さらにもう一本取り出したペンチを深也の変身石に挟み込もうとした瞬間、バンっとカラオケボックスの扉が強い音を立てて押された。そこには眼帯をした少女が立ち、ギロリと作業中の四人の少女を睨んだ。
「桃井月夜! なんでここに?!」
「貴方達四人の会話、学校の屋上で聞いちゃったの。まさか人間界で魔法少年を狙おうだなんて……。卑怯だと思わないの?」
「邪魔すんなよ。形はどうあれ、ウチらとアンタは同じチームなんだよ? 魔法少女同士の戦いはご法度だってわかってんだろ?」
「あれはフィールド上での話。人間界では適応されない」
睨み合う四人と一人。
そこに月夜の足元を潜り抜けて右半分が白で左半分が黒の猫がボックスの中にマイペースな足取りで入ってきた。
「どうでも良いけど、そんな道具じゃ変身石は破壊できないよ? 変身石は人間界で言うダイヤモンドくらいの硬さだと思ってくれて良い」
猫は無感情な声色で作業中の少女に語る。
「プレア、あの子達止めて! 人間界であんな事して良いの?」
「人間界での敵の変身石の破壊は基本許されていないのだけど、明確な罰則も規定されていないんだ。王と女王の考えでは『人間界で身分を特定されたり、自分の変身石を守れないようでは魔童子としてふさわしくない』とか考えているんじゃないかな?」
「そんな……」
無表情な猫の返答にうな垂れる月夜。
「うっうーん……月夜?」
朝日が徐々に目を覚まし始めて、目を半開きにして五人と一匹を見る。
「おい! 速くやっちまえ!」
気づき、見物している女子が実行犯の女子に促す。
「でも、その作業を済ませる前に時間だね」
プレアが言うと七人分の変身石が点滅し始める。それぞれ青、紫、薄紅、赤、黄、緑、白とカラフルな光で室内を照らす。
「嘘だろ! このタイミングでサバト?!」
「急げ。始まる前に破壊しろ!」
「させない!」
月夜がペンチを握る女子に体当たりする。ペンチから外れた変身石が吹っ飛び、扉の外の廊下に飛び出る。
「てめぇ!」
体当たりされた女子が月夜の髪を引っ張る。
見物していた女子の一人が廊下に出た変身石を取りに走るも、手が石に届ききる前に七人分の意識が飛んだ。
☆
気づくと朝日は岩石地帯にいた。ゴツゴツとした岩が大小構わず散らばっている。緩やかな斜面もあって足場が安定しない。空は相も変わらず満月の夜。
朝日は先程までのカラオケボックスでの会話を半覚醒状態で耳に入れていたため、置かれた現状を大体把握していた。
とりあえず朝日がするべきことは。
「……杖解――”謀反物”」
右腕を真っ直ぐ伸ばしきり、杖を水平に構え、呪文を口にする。
朝日の言霊に応じ、三十センチ程度の杖がダイヤ型の巨刃を持つ一メートル半の長槍に変化する。ダイヤ型の刃の周囲にはルーン文字の浮かぶ蒼い光の輪がかかっている。同時に、黒髪が紫に染まり変わる。
まずはゲーム開始時は杖解。これを徹底していた。
杖と黒髪状態の朝日はほぼ魔力を持たず、故に身体能力も魔力察知能力も低い。だが槍と紫髪状態の朝日になれば魔力を劇的に向上させることができた。杖解状態の朝日なら魔力察知能力を使い、半径十キロくらいならどの魔童子がいるか把握できるのだ。
故に、次は目をつむり、可能な限りのフィールド範囲の魔童子の位置を探った。
魔童子それぞれの持つ魔力の個性で、一度出会った魔童子ならそれが誰の魔力なのか把握できる。例えば月夜なら優しく包むような弾力のある風船のような魔力。深也なら丸みと尖りを合わせ持つトゲつきボールのような魔力。この間出会った紅坂燃とかいう人なら名前通り、熱い炎のような魔力。それぞれ他人に説明しづらいが、朝日独特の感性を持って識別できる魔力だ。
現在、深也の魔力は右九キロ当たりの所に感じる。
杖解して、魔力探知も終えた次にやるべきことはカフェで言われた通り、深也の居る場所に向かうことだ。
朝日は右九キロの方向に向かって駆け出した。
今回のフィールドは前回までと違い斜面と障害物が多いため、九キロと言ってもフィールドがほぼ更地だった今までのゲームより時間がかかりそうだ。
加えて、先程の魔力探知で他の魔童子が深也と朝日の距離の間にいることも分かっていた。魔力の感じによってはそれが魔法少年の魔力か魔法少女の魔力か判断できないこともあるが今回は魔法少女の魔力だと分かっていた。
(二人近くにいる)
斜面を降り、岩石のない平野に脚をつける。
着地と同時に緑の光線が後ろ斜め右から飛んできた。
死角からだが朝日の魔力探知能力なら視えない所からの攻撃でもある程度対応できる。
右脚を軸に後ろにターンし、緑色の光線を槍先の刃で受け止め、何もない空に向かって反射した。
攻撃の方向に視線を向けると五十メートル弱の距離にある岩石の天辺に二人の魔法少女の存在が確認できた。
一人は白と赤の混じった髪色と三角帽の、ピエロ姿の魔法少女。もう一人は緑の髪色と三角帽の、カエルの着ぐるみを被った魔法少女。髪色が違うが顔の造形で合コンに来た四人の女子のうちの二人だと分かった。
闇討ちが失敗したと分かり、ピエロが岩石から降り、こちらに接近してくる。
接近してくるということは大抵は武装型だ。杖を銃にでも杖解させてこない限り近距離戦闘主軸だろう。そしてカラオケボックスの会話を思い出す限りあの四人も雷門組。だとすると朝日の能力は割れている。
案の定、緑の光線を打ち込んできたと思われるカエル少女は二撃目を撃ってこない。攻撃を逆利用されることを恐れて撃ってこないのだろう。もし撃ってきたらまず武装型と思われるピエロ少女へ反射する予定だ。まず苦手な敵から潰す。
ピエロ少女は既に十メートルの所まで迫っていた。サーカス用のナイフを四本ずつ、両手の指の間に挟みこんでいる。
五メートルの所で右手に持つ四本を投げ飛ばしてきた。
飛んでくる四本を槍で撃ち落としたが、その間に後ろに回り込まれ、握ったままの左四本のナイフで近接攻撃を仕掛けてきた。だが魔力探知が得意な朝日は後ろの敵の動作を感じとる事ができる。
再度ターンし、地を後ろに蹴り上げることでバックステップし、爪のような四本のナイフ攻撃を回避。
しかし岩石の天辺にいるカエル少女に背を向ける形となる。このチャンスを見逃さなかったカエル少女が杖先から緑の光線を朝日に向けて発射する。
だがそれは朝日がワザと作った隙だった。光線を撃たせるために作った隙。朝日からカエル少女までは今だ五十メートルの距離。十メートル内の近距離や速度が速い魔法光線ならまだしも、その距離から先程程度のトロい速度の光線を打ち込まれようが、避けることも、加えて反射することも容易。
背中に感じる光線の魔力の方向に再度ターンし、光線と向き合う。槍先のダイヤ型の巨刃を光線に向け、受け止める。
受け止めた光線はあえてカエル少女ではなく、背後三メートルもない距離にいるサーカス少女に向かって反射。
右脚を軸に、再度背後にターンしながら、光線と衝突してバチバチと火花を散らす槍を右横に振り斬ることで、光線はサーカス少女へ方向を変えた。
緑の光線がサーカス少女を貫いた。するとサーカス少女の体はみるみる形を変えていき、体のサイズが縮んでいき、最後は手の平サイズのアマガエルへと姿を変えた。
「敵をカエルにする魔法?!」
冷や汗をかく朝日。使い方次第では一撃必殺の最強の魔法にもなる。
岩上のカエル少女の方に視線を向けるとゼエゼエと肩で息をしているのが見える。たった二発で相当な魔力を消費したのがわかる。強力な魔法であればあるほど一発あたりの魔力消費が激しいのかもしれない。
(これで戦闘不能だな)
そう判断し、朝日はカエル少女とカエルになったサーカス少女を無視して深也のいる方向に脚を走らせた。例え変身石破壊のチャンスだったとしても、二人を倒している間に他の雷門組に集合されて、前回と同じ状況にされる方が厄介だ。
カエル少女とカエルになった少女から一キロ離れたところで再度、周辺の魔力察知を試み、目を瞑りながら岩石のない平野を走った。
右九キロの所にいる深也もやっとこちらに向かってきている。朝日の脚より深也のスケボーの方が速いだろう。
しかし向かってくる深也より先に五人の集団が先にこちらに向かってきていることを察知。百メートル、九十、八十……もう目と鼻の先まできている。
朝日の目が七十メートル先の五人の集団を捉えた。赤、青、緑、黄色、黒の三角帽を被り、三角帽と同じ色の学生服を着て、各人利き手側に茶色の杖を握る集団。後ろに三人、前に二人というフォーメーションを維持しながら大地を駆ける。間違いなく、前回朝日を襲った雷門組の五人だ。
お互い敵から二十メートルの距離で急停止した。
「見つけたぞ、リフレクター」
後方真ん中の赤の少女、現雷門組リーダーの紅坂燃がにまりと笑い、第一声をかける。
「人間界で闇討ちをかけてくるとは思わなかったよ。どうやって僕と深也を特定したんだ?」
長槍を敵に構え、問う。
「さあね。今から記憶消える奴に話しても意味ないな」
前衛の二人が同時に「杖解!」と叫ぶ。言霊に反応し、杖が西洋風の銀の剣に姿を変える。
前回と違い、壁で逃げ場がないという状況ではないのが幸いだが当たり前な話、五対一という時点で不利だ。
魔力探知の優れた朝日は全五回のサバト経験でそれなりの人数の魔童子達の魔力を感じとってきた事で、何故初回で出会った雷門千鳥とあのホスト、木取屋友好がランキング五位と七位になり得たのかが理解できた。ホストの魔法が何だったのかはわからないが、雷門は電磁砲を放つ魔法を持つとかいう理由以前に、肉体を覆う基礎的な魔力がずば抜けていたのだ。基礎魔力が高ければ高い程、魔童子の身体能力は向上する。魔力探知に優れた朝日だからこそわかることなのかもしれないが、雷門千鳥も木取屋友好も一人で目の前の五人全員の基礎魔力を足し合わせた量と同等の基礎魔力量を持っていた。
もし初回で朝日の授かった魔法が敵の攻撃を跳ね返すという、相手の魔力が強ければ強い程逆利用できる魔法でなかったら、雷門に肉弾戦で制圧されて負けていただろう。
あのランキングがどういった基準で格付けされているかわからないが、基礎魔力の量でいったら現九位の朝日の基礎魔力と彼女ら五人の一人あたりの基礎魔力はさほど変わらない。それが意味するのは、朝日は魔法に恵まれただけで魔力量には恵まれていないという事だ。
この五対一の状況を打破するにはやはり跳ね返しの魔法を活用する他ない。打破とはいかなくても深也が来るまでの時間稼ぎをしなくては。深也のスケボーの速度なら二分も稼げばつけるだろう。
敵に向きあったまま後ろにゆっくり後退する朝日。しかし敵は待ってくれなかった。
前衛の緑の少女と黒の少女が銀の剣を振るう。
二本の剣を槍の柄で受け止める。接触したついでに、試しに反射魔法を使ってみたがやはり機能しない。魔法でできた剣ではないためだ。
槍と二本の剣で押し合い、ギチギチと音を立てる。
押し合いの末、緑の少女が右、黒の少女が左方向へそれぞれ跳ぶ。
押し負けないよう前方に力を込めていた朝日が前方によろめく。
そのよろめいた隙をつくように、後衛にいた紅坂の左側にいる黄色の魔法少女と右側にいる青の魔法少女が杖からそれぞれ電撃と水線を発射。
しかし二人からの距離と飛んでくる魔法の速度は朝日に受け身を取らせる隙を与えない程ではない。むしろ朝日にとって、その攻撃は水を得た魚だった。放出型の魔法なら跳ね返せる。
狙い通りの展開に小さく口元を綻ばせながら、槍で電撃と水線を受け止めた。
そして電撃を右に跳んだ緑の少女へ、水線を左に跳んだ黒の少女ヘ向かって反射する。それは敵放出型の攻撃を敵武装型ヘ跳ね返すという、朝日にとっての基本戦術。
狙い通り、反射した二つの攻撃はそれぞれ敵前衛の二人に命中し、前衛二人がそれぞれ右、左ヘ吹っ飛ぶ。
「あのタイミングでも反応できるのか。前衛二人でアンタの視界を奪った上で攻撃したはずだけど。アンタ、視えない所からの攻撃の魔力を察知したね。魔童子の中でもかなりの魔力感度を持ってるわね」
腕組みしながら自身の考察を語る紅坂。
「なら、十メートルの距離で今の攻撃を放てばどうかしら?」
後衛三人が距離をつめてくる。そして左右に吹っ飛んだ前衛二人もゆっくり起き上がる。
起き上がった二人が地を蹴り上げ、朝日の左右から挟み撃ちの形で接近。左右からでは槍で受け止めることはできない。
朝日が避ける体勢に入ったその時。
天から桜が降り注ぎ、朝日の体周りを輪を形作って囲んだ。回転する桜吹雪はまるで小型の竜巻のよう。
桜吹雪に阻まれて緑と黒の魔法少女の剣は朝日に届いていない。二人が後方によろめく。
朝日、紅坂は魔力探知で桜吹雪を起こした主の居場所を探り、主のいる方向に同時に首を向ける。
朝日から見て左三十メートルの岩石の天辺に薄紅色の髪と三角帽子の魔法少女の存在を確認する。
「桃井月夜ぉ!」
紅坂が咆哮する。
「何のマネだ? 魔法少女同士の戦いはルール違反だぞ?」
「ごめんなさい、そこの彼を倒そうと思ったら貴方達の攻撃を邪魔しちゃった。でもルール上同性同士の戦いは罰則だけど異性を守ることは特に規定ないらしいよ、プレアに確認済み」
鬼の形相の紅坂に無表情にかつ、冷静に返答する月夜。
朝日の体を囲む桜吹雪の竜巻が引き、主の杖の元へ帰っていく。
「チッ……まあ良いわ。次アンタがさっきと同じことしたらアタシらの誰かが竜巻に当たりに行けば良い。そしたらアンタは仲間の魔法少女を傷つけたとみなされ、資格を剥奪される」
気を取り直し、ニマリと不敵な笑みを月夜に見せつける紅坂。
「そうだね。でも」
紅坂に聞こえない声量で呟く。
「時間稼ぎとしては充分」
突如空の空気の流れが代わり、何かが六人の上空に飛んできた。
戦場から五十メートル真上で何かは静止。その後、真下に向かって落下。
朝日は感じた魔力から落下物に視線を向ける。
「朝日〜!!」
スケボーに乗った青の三角帽の魔法少年が右手を差し出しながら高速でこちらに向かってくる。安全な着陸をする気等微塵も感じられない速度。
「深也!」
真上に向かって左腕を差し出す。
「またスケーターかよ。撃ち落とせ!」
「あの速度じゃ当たりませんよ姉さん!」
リーダーの無茶な命令に困惑する黄色の三角帽少女の声が聞こえる。
朝日にぶつかる直前でスケボーが急停止し、その反動で突風が巻き起こる。
朝日が吹き飛ぶ前に深也が朝日の左手を掴む。
掴んだまま再度スケボーを上昇。
そして敵の五十メートル真上まできて一旦静止。深也が朝日の腕を引っ張り、スケボー上に乗せる。
「わりい、合コンにいた女子二人に足止め喰らっちゃって簡単にお前のとこに行けなかった」
深也が前方で叫ぶ。
「朝日、お前が前に来てくれ。攻撃面でも反射するにしてもお前が前方にいた方が良い」
「わかった」
後ろにいた朝日が前にいた深也と席を交代する。
「ぶっつけ本番で悪いな」
「問題ないよ」
体勢を整え、再度急降下する。
「できれば武装型の緑と黒の子の二人を倒したい」
「オーケー!」
深也がスケボーを緑の三角帽と制服姿の少女の方へ向かわせる。
こちらの突撃に狼狽える緑少女。剣を構えているがこちらの速度に圧倒されて体が動いていない。
そしてスケボーの先端と守りの構えをとった緑少女の剣の柄に衝突。
緑少女が吹っ飛び、反動で武器を手放す。
持ち主に手放された剣の柄が空中で真っ二つになり、落下。
杖解が解け、銀の剣が元の茶色の杖に姿を変える。
尻もちをつく緑少女の首に下げる緑の宝石をスケボー後方の朝日が容赦なく貫く。宝石は粉々になる。
そして緑少女の体が溶けるようにゆっくり消えていく。
しかし消えゆく姿を眺めている間もなく、二十メートル先の紅坂が彼女から前方十メートルの二人に攻撃指示をする姿が目に入る。
指示を受けた二人が杖をこちらに向け、電撃と水線を発射する。
この距離感では跳ね返すための受け身をとれないという朝日の思いを察してか、朝日が支持する前に深也がスケボーに回避行動をとらせたようだ。
二つの閃光を難なく回避。そのまま前衛の、銀剣を構える黒の三角帽と制服姿の少女に向かって突撃。
迫る敵に剣を構える少女。作戦がある訳ではないが考える暇をこちらが与えない。
「受けるな! 避けろ黒枝!」
紅坂が叫ぶが黒枝と呼ばれた少女の耳に届くよりスケボー上の朝日の槍が敵の変身石を貫ける距離まで接近する方が速かった。
横切りされた槍が黒枝の腹部に命中。剣撃で吹っ飛ばされた黒枝。地を数メートル程転がり続ける。
やっと回転が止まり、ヨロヨロな動作で弱々しく立ち上がる。
痛みで顔を歪ませながらもゆっくり立ち上がる。しかし、あることにすぐ気づく。先の横切りで自分の黒の宝石が粉々にされたことに。
足元からゆっくり体が透明になり消えていく。
「いや、いやよ。いやぁー!!」
叫び虚しく、透明は全身に回る。叫ぶ声量まで消失と共に小さくなっていき、最後は完全に聞こえなくなった。
「深也、さっきの回避ありがとう」
こちらが頼む前にして欲しい動きをしてくれたことが嬉しかった。
「お……おう。役に立つだろ俺!」
初めての朝日からのお礼に戸惑いつつもいつものオチャラけを取り戻したように見える深也。
これで朝日の狙い通り、敵の武装型を先に倒した。次の問題は、どうやってあの三人に攻撃をしかけるかだ。いくら槍で跳ね返せると言っても、槍で受けられなければダメージを負わされるし、後方の深也を先に潰されるかもしれない。
飛び道具を持つ敵に接近戦を挑めば敵の命中率が上がるのは当然。
そしてもう一つ気になるのは今だ紅坂が自身の魔法を見せていないことだ。飛び道具だとしても発射速度がわからない以上、迂闊に仕掛けたくない。
思考しつつ、三人の魔法少女を観察している上で、ある変化に気づいた。
紅坂が杖を握っていない。代わりに別の何かを握っている。遠目からは視えにくい。
紅坂がその何かを握って何かした。その動作は剣士が突きをするよう。
瞬間、朝日は視えない何かがこちらに接近しているのを察知した。
視えない、透明な攻撃?
咄嗟に朝日は自分と深也の変身石の宝石部を槍で覆い隠した。
視えない何かが朝日の槍に命中。もし覆っていなかったらドンピシャで腹部にかけている変身石の宝石部に衝突していた位置だ。
視えない何かの衝突で朝日がボード上から吹っ飛ばされる。
地面に激突。だが二、三回転し、すぐに起き上がる。
敵を見据えると黃色と青の三角帽少女を置き去りにし、紅坂が徒歩でゆっくり間合いを詰めてきている。
紅坂の握る物が何かやっと視認できた。それは刀身のない日本刀の柄だった。
先程槍に衝突した物は恐らく……。
「視えない刀?!」
動揺の表情で朝日が問う。
「ご明察。魔法名"景色刀"。見ての通り、刀身が無色透明な刀だ」
「それだけじゃないな?」
透明なだけの刀ならあの遠距離で攻撃を仕掛けられる訳がない。例えば、刀身が伸びたりしない限りは。
「後は自分で考えな。考える暇も与えないけどな」
紅坂が再び刀身のない刀の鍔の穴をこちらに向ける。間違いなく、あの刀身は伸縮自在なのだろう。
「朝日!」
スケボー上の深也が吹っ飛ばされた朝日に近づく。
「来るな!」
視線は正面の敵を見据えたまま、左側の深也に左手のひらだけ向けて静止の指示をする。既に視えない敵の攻撃が迫ってきているのが刀が風を切る音でわかっていたからだ。
視えないだけならまだしも、あの刀は武装型。さっき衝突した時反射できなかったのが証拠だ。信じられないがあの透明刀は魔法で構成された物質ではないようだ。
魔法でできていないため、魔力探知で攻撃がどこから迫っているか把握することもできない。
であれば、宝石を砕かれないよう、槍で覆うくらいのことしかできない。他の体の部位への攻撃を諦めてでも、変身石だけは守らなくては。
次の瞬間、朝日が想像もしなかった部位を視えない刀身が貫いた。
グチャッと生々しい音を耳にすると同時、左の視界が失くなった。続いて、想像を絶する痛みが。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ー!!」
絶叫し、地面に倒れ込む。
しかしすぐに槍を支えにし、立ち上がろうと試みる。
一瞬何をされたかわからなかったが右目で左側から滴る血が地面を赤く濡らすのを見て理解した。視えない刀身が朝日の左目を貫いたのだと。
「「朝日!!」」
深夜とほぼ同時に月夜が叫んだ。
月夜が岩石から飛び降り、向かってくるのが見える。
「桃井ぃ!」
紅坂の罵声に一瞬、反射的に体がすくみ、立ち止まる月夜。
「アンタ、こうなることも覚悟しないでこの戦場に来たのか? 大事な男がどうなろうと、このゲームでは手出しできないなんてこと、わかって参加してたんじゃねーのか?」
紅色の柄の透明な刀身を右肩にかけながら、睨みつけて詰問する。透明刀の切っ先が赤く染まっている。
「やだ……やだよ朝日……」
月夜が狼狽しながら、紅坂から朝日の方に向き直り、血を流す朝日に涙目で訴える。
「死にゃしないよ。死ぬ前にゲームから強制離脱させられる。人間界に戻ったら傷も治ってるから何不自由なく暮らせるよ。記憶は失くなってるがな」
紅坂がゆっくりとした余裕のある足取りで朝日に近づく。
右膝を地につけたまま痛みで立ち上がれない朝日は左目から溢れ出る血が赤く濡らした地面を見ながら月夜を想う。
(左目を潰される痛みって……こんなだったんだな……こんな痛みに月夜は……)
「トドメだ」
十メートルもない距離まで紅坂が接近した。
切っ先が血濡れた透明刀を天にかざしている。
しかし振り下ろしきる前に小声で呟く。
「……"電磁魔砲"……」
☆
紅坂は朝日の紫のローブの右腹部辺りを突破って黄色い光線が飛び出すのを見た。
咄嗟の不意打ちに反応できず、光線が紅坂の腹部に命中する。紅坂の赤い変身石にもう一歩で当たる位置だ。
光線を受け、数メートル後ろへ吹っ飛ぶ。
紅坂は尻餅をつくが、素早く起き上がる。自身の腹部を見ると焦げ跡が残っている。
次に朝日に視線を移す。右膝を地につけたまま、右手の槍を体の支えにし、左手に握る茶色の杖先をこちらに向けているのが見えた。
「はあ?! 杖は一人一本のはずだろ?!」
(いや、それより……今のは間違いなく電磁魔砲。千鳥姉との特訓で何度も喰らってきたから間違いない……)
「何でてめえが千鳥姉の杖を?!」
怒りと動揺が止まらない。姉貴の杖を奪われた怒り……一番弟子の自分ですら使えこなせなかった姉貴の杖の魔法を、敵がいとも容易く使用した事実への動揺。
「初回で雷門さんを倒した時、杖だけその場に残っていたんだ。役に立つかもしれないと思ってポケットにしまっていたら、その後の試合もずっとポケットに残ったままだった」
紅坂には朝日の行動に狼狽を御しきれない理由がまだあった。
(倒した敵の杖をパクるなんて、まるで……)
脳裏に雷門組の仲間達がある一人の死神のために血を流し、倒されていった過去の光景がよぎる。
次に、朝日の真っ直ぐな瞳と死神の残忍な瞳が重ね合わさって見えた。
「て、て……てめーは倒した敵へのリスペクトってもんはねえのか!!」
過去の恐怖を怒りに変え、咆哮することで払拭した。
「僕も彼女の杖を手にする時、思った。でもごめん……僕には倒した敵への敬意や礼儀より優先したい願いがあるんだ」
一瞬、朝日が開く右目で月夜の方に一瞥するのを見た。
現状、飛び道具を得た事でカウンター主軸の敵に死角はなくなったように感じた。
だが紅坂は一度電撃を喰らって一つの確信があった。
(あいつの電撃……千鳥姉程じゃない。自分の杖じゃないんだから当たり前だ。つまりマギア・エレクトの方は付け焼き刃だ。数発喰らっても変身石さえ割らせなければ我慢して接近可能だ。そこに斬撃をぶち込んでやる)
刀身のない刀の柄を強く握り直す。
☆
朝日も自分のマギア・エレクトが付け焼き刃である事を充分理解していた。
ほくそ笑む敵の思惑を察して、敵の余裕を奪う事を試みる。
「既にフィールドで一人だった時に電磁魔砲が使えるかは検証済み。最大威力でも雷門さんの二分の一の威力も発揮できないことも。でも検証時にある一つの可能性も見いだした」
「一つの可能性だ?」
紅坂の疑問に朝日が答えるように、可能性を披露する。
左手に持つ茶色い杖の先を右手に持つ槍先端の、ルーン文字が刻まれた光の輪がかかる巨大刃に向けて構え、電磁砲を発射する。
電撃を受けた槍の刃は砕けることなく、雷を帯びた状態を維持する。電撃が柄部分まで周り、槍全体が電撃を纏う形となる。
「"謀反物"+(プラス)"電磁魔砲"。反射を使って槍に電撃を纏わせた」
稲妻の線が時計回りに槍の周囲を旋回し続けている。反射方向を回転するよう調整したのだ。
「だ、だからなんだよ! アンタが私の景色刀を反射できないことに代わりはねーだろ!」
怯む紅坂が恐怖を払拭する為かのように再度、鍔の穴を朝日に向けて透明な刀身を伸ばし飛ばしてきた。
だが紅坂はここで致命的なミスを犯した。刃先の血糊を拭き取らずに攻撃をしかけたのだ。
接近する血染めの物体を朝日は右目で正確に捉え、槍の刃で受けた。
刃と刃が接触する。
物体として目で捉えることができたため、受け身をとるには充分だった。押し負けしないよう腰を落とす準備までできた。
ギチギチと刃と刃がぶつかる音。しかし飛び道具のような使い方ができる透明刀の方が守りに入った電撃を纏う槍よりパワーがある。
朝日が押し負け、徐々に後ろに後退させられる。
その姿に勝機を見て、ニヤリと笑む紅坂。
だが朝日からすれば刃と刃が接触した瞬間から勝敗は決していた。
朝日の反射は物質を同じ速度で任意の方向に跳ね返す。だが反射能力に回転指示を出した場合、ゆっくりだが一回転毎に反射させた物質の速度が上がっていることを既に発見していた。
槍周囲に纏わせるような反射をすれば、時間をかければかける程速度を上げることができる。既に雷撃はここにいる誰も回避不能な速度まで回転していた。
朝日は脳内で、「回転」の指示を出していた反射に「前方への反射」の指示変更を加えた。
電撃は槍とぶつかる透明刀を蔦って刃先から徐々に、しかし人間の目で追うことは不可能な速度で柄の方に周った。
高速電流が柄を握る紅坂の体まで周る。
電流が紅坂の体を焼いた。
暫く紅坂の体は発光を続ける。光を失うと紅坂の全身に焦げ跡がつき、煙が至るところから上がる。
白眼を向いている。意識は勿論ない。赤い宝石も砕け散り、膝を先について前のめりに倒れる。
数秒してうつ伏せの体が徐々に透明となり、最後は全身に周り、その場に杖だけ残して何もなくなった。
杖まで焼け付き、けし炭になっている。最早個体とは呼べない物質となっている。使用は不可能な形だ。
ゼエゼエと痛みを堪えていた朝日がふっ、と槍を手放し、その場に両膝をつける。
「「朝日!!」」
深也と月夜の声が重なり、朝日に駆け寄る。
朦朧とする意識の中、雷門の杖を見るといつの間にか粉々になっている。明らかに再利用は不可能な状態。なぜだ?
『サバト第九十試合が終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください』
唐突に女性のアナウンスが残された五人の脳内に流れる。
「良かった……良かったよぉ朝日……」
月夜が目に涙を浮かべながら朝日の体を抱きしめる。三人共、既につま先から透明になってきている。
「朝日、俺達、良いコンビだったよな?」
もらい泣きしている深也が鼻水を啜りながら聞く。
「ああ……良いコンビだったよ……」
返答するために口を開くのも躊躇う程の痛みだったが、本当の気持ちだったので素直に伝えた。
朝日の体も既に下半分が消えているのが見える。早く左目まで透明が周って欲しい。
☆
朝日は今日一日の出来事を自室の天井を見上げながら整理する。
合コン、闇討ち、敵討ち、返り討ち……まとめるとそんな流れだろう。
カラオケボックスに意識が戻った時、数秒前まで体中を迸っていた激痛は全く無くなっていた。左目も不自由なく開いた。
四人の女子高生はそそくさと逃げるようにカラオケボックスを飛び出していった。
戻った後も深也の連れ二人は熟睡していた。
深也は自分が招いた事態に謝罪を繰り返したが合コンの主催は熟睡する二人だったようだ。
今だ気になるのはどこで特定されたかだ。場合によってはこれからも闇討ちを狙われる可能性がある。
(いつもより疲れたのはサバトで受けた体の傷は治して貰えても心の傷――精神的ストレスまでは治して貰えないからだろうか?)
寝転がりながら天井を見上げてそんな事を思う。
今回の闇討ちで深也と朝日の情報を魔法少女達に流した犯人に一人だけ心当りがあった。朝日は僅かな可能性にかけ、ベッドから起き上がり、自室の真ん中で棒立ちし、真っ暗な窓際に向かってその名を呼んでみた。
「プレア、出てこい。いるんだろ?」
二十秒程の沈黙。
その後、朝日の背後にあるベッドの下からヌボッと体半分が白、もう半分が黒の猫が姿を現した。気配を感じ、振り返る。
「驚いた……まさか本当にいるなんて」
ベッドの下に潜む等泥棒かストーカーの行いだ。その登場の仕方に身の毛がよだつ朝日。
「やあ。こうやってちゃんと顔を合わせるのは公園以来だね」
無表情な白黒猫は可愛げのある声色で言う。
「お前、僕のストーカーなのか?」
「勘違いしないでよ。僕は魔童子全員のスカウトマンと相談役を兼ねているんだ。だから情報収集のために魔童子全員の私生活に常に密着しているんだ」
表情を覗いた全てに抑揚を感じる。
「今日は君を労いに来たんだ。今日のサバト、本当に素晴らしかったよ」
「労う……?」
「雷門千鳥の杖と自身の魔法を融合させた戦術が本当に素晴らしかった。倒した相手の杖は所持しておくことができるのを知る魔童子は本当に少ないんだ。知っている者の中で手に入れた杖を使用できる魔童子はさらに少ない。君達に与えられるたった一本の杖は基本、杖の適性者のみが扱える物だからね。でも稀に君のように他の杖への適性を持つ者も存在する。しまいには君は自分の杖と他人の杖の魔法を合体させる戦術を産み出した。こんなことは今までの魔童子の誰一人として成し遂げられなかったことだ。素晴らしいよ!」
褒めちぎった後、プレアが四足歩行から二足歩行に切り替え、拍手してみせる。パンパンパンと渇いた音が部屋に響く。それだけの賛辞を贈りながら、尚も無表情。
「僕が疑っているのは……お前が雷門組に僕と深也の情報を売ったんじゃないかってことだ」
瞬き一つせず、真顔でプレアの深紅で不気味な瞳を見つめながら問い詰める。
「売った訳じゃないよ。何も貰ってないからね」
拍手を止め、あっさりと認めた。
「じゃあ、本当にお前が……」
朝日が牙を向けるように怒りを露わにした。
プレアは弁明を始める。
「君は僕の目的に対して誤解している。僕は君をサバトに敗北させたくて彼女らに情報を与えた訳じゃない。僕の目的は魔法少女と魔法少年どちらかの勝利ではなく、魔法界全体の戦力の底上げだ。逆に言えば、それが為されないならどちらが勝っても意味がないと考えている。つまり王と女王とはこのサバトへの目的意識が根本的に違うんだ」
声色が抑揚を失い、平坦だ。真剣な話をする時の口調への切り替え方は分かっているようだ。表情は変わらず、無い。
「紫水朝日、君に僕は強い期待を抱いているんだ。君なら、最強の存在の魔法王すら打ち負かすことができる程の魔法使いにいずれ成長するのではないかとね。そんな君にだからこそ、あの試練を設けたんだ」
「……僕は最強なんて望んでいない。僕は……」
「母を生き返らせ、桃井月夜の左目を治したいのだよね? それなら、僕の与えた試練は確実に君を目的へと導いているはずだよ? 最強の魔法少年になれば、サバトに勝利した時、君の願いがどんなに途方も無い願いだったとしても、叶えることができるはずだから」
朝日の足元までトコトコ近寄り、上を見上げながら子供を諭す親のように優しく語りかけるプレア。足元を見下ろす朝日。
「現に君は彼女らを撃破した。僕の設けたハードルの高さは君にとって丁度良い高さだったんじゃないかな?」
自分の行いは正しかったと言いたいようだ。
プレアが続ける。
「勿論、これからも適度なハードルを用意するよ。でも、大丈夫。目をえぐり取られようが、四肢をもがれようが、変身石さえ無事なら傷一つなく次のサバトを迎えられる。もしまた痛みを伴うことになっても、叶えたい願い事のある君なら、今回のように痛みごと乗り越えられるだろう?」
プレアは言いたいことを言い尽し、こちらが反論を言う前に窓際に飛び移った。両腕で窓の扉を開け、外に飛び出し、暗闇の中に消えていった。
一人きりの部屋。朝日は左手のひらで左眼に触れながら、視線を暗闇に向けてボソリと呟く。
「ふざけんな……めっちゃ痛いんだぞ……」
勝手に開けられた窓の外の暗闇に向かって訴えた。