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一話:魔法戦争ゲーム(サバト)

 深夜0時、埼玉県男女町(だんじょちょう)の夜は満月に照らされている。

 十五年間この町に住む、入学してニか月の男子高校生、紫水朝日(しみずあさひ)は現在バイト終わりから高校の制服姿で帰宅途中。幼い頃から通い慣れている大公園の路上を気分上々で歩み通る。

 大公園の立て看板を一瞥すると、そこには体育館、プール、スポーツグラウンドの園内位置が記されている。路上の左右には木々が生い茂り、ここから少し道を進めば川を繋ぐ橋も存在する。自然を満喫するには最適な公園である事を朝日は良く知っている。

 美しい夜の満月を誰もいない木々豊かな路上から見上げてみると、まるで満月を独り占めしているような気分になれた。

 とはいえ、浮かれていないで早く帰宅しなければならない。朝日は『ある目的』のため、医者にならなければならないのだから。大学の医学部を目指す以上、勉強時間の確保は必須だ。

 視線を前に戻し、夜の路上を再び歩み始める。

 が、三歩進むより先にポケットのスマホから通話の着信音がした。

(バイト先からだと面倒だな。あの店長うるさいから)

 今日のバイトのことをふと思い出す。知らないおばさんに「君、小学生?」等と聞かれてしまった。中学生と間違えられるのは頻繁だが小学生に間違えられるのは二ヶ月ぶりだ。

 そう、悲しいことに二ヶ月ぶり。

 身長百五十七センチ、染めていない真っ黒髪、肌白童顔の朝日にとって、高校生になってから中学時代以上に自分の幼く見える見た目がコンプレックスになってきている。

 恐る恐るポケットからスマホを取り出して、登録名を見て安堵した。幼馴染の桃井月夜(ももいつくよ)からの電話だ。

「月夜! 久しぶり!」

 晴れ晴れとした顔と口調で電話に出る。

 月夜とは中学卒業からこの二ヶ月弱、全く会わなかった。小学校から毎日学校で顔を合わせていただけあって、数年くらい会っていないような感覚がした。

 いや、よく考えたら小学校どころではない。死んだ朝日と月夜の母も小学校からの幼馴染だったので、親ぐるみの仲から、赤ん坊の時から朝日と月夜は当たり前のように一緒にいたのだ。そんな赤ん坊の頃から常に隣にいた存在だからこそ、このニか月弱は数年という表現をしてもおかしくないくらいには長く感じられた。

『うん、久しぶり!』

 スマホから月夜の声が聞こえる。

 月夜の返答は人を元気づけるような明るい声色だ。中学の頃と変わらない声色から察するに、高校入学後も変わらずな性格のようだ。

『高校は楽しい?』

「ぼちぼちだよ」

『……』

「……」

 月夜の質問も淡泊ながら、朝日も淡泊な返事しかできなかった。

 十数秒の無言の時間が流れる。

 お互い気まずいのも仕方がない。高校が別々になってしまった理由が理由なだけに。そのある理由のせいで二人の父の間で取り決めが行われ、二人が会う事を禁止されてしまったのだ。だから今も父親の目を盗んで電話を掛けているのだろう。

『あのね、ちょっと朝日に相談したいことがあるんだけど』

 月夜の声が引き締まる。

「相談?」

『うん』

 月夜は昔から人に相談するタイプだし、人の相談にも乗るタイプだ。先の口調から察するに今回の相談は結構重いことのようだ。

「今帰り道だから後で電話するよ」

『わかった』

 電話を切り、帰宅を急いで足早に進む。二メートル間隔に設置されている公園の街灯が朝日が進む度に顔を照らす。

 しかし、ふと立ち止まった。夜の公園では不自然に目立つ「ある物」の存在に気づいたからだ。

 それは紫色の宝石のはめ込まれたペンダントだった。宝石の輝きがアスファルトを照らしている。

 しかも、よく見ると野良猫が首にかけている。

 こんな高価そうな物を何故猫が? その猫の相貌も風変りだ。

 右半分が白で左半分が黒の毛色。瞳は紅く、どこかこの世の生物とは思えない。

 じっと猫を見つめていると猫がゆっくり前両脚を地から上げ、後ろ両脚だけで立ち上がった。そして――、

「おめでとう、紫水朝日君! 君は念願の魔法少年に選ばれました!」

 二足歩行の白黒猫は朝日に日本語で語りかけてきた。

「……へ?」

 呆然とする朝日の心中等お構いなしに猫は首のペンダントを前両脚……いや両腕で外した。そして野球の投手のようなフォームでそれを朝日に投げつけた。

「行ってらっしゃい。魔法戦争ゲーム(サバト)新人研修(チュートリアル)へ」

 猫に投げつけられたペンダントがぶつかった瞬間、朝日の視界は渦巻状にグニャグニャになり、体は宙に浮いているような感覚になった。さらに高速で移動する時のような向かい風を感じた。

 そう、まるで何処かに飛ばされている最中かのような。


 ☆

「え……どこだここ……?」

 そこは教会の中だった。赤いカーペットが地面の全てに敷かれている。周囲を見回すと朝日のすぐ後ろに祭壇があり、更にその後ろに磔のキリストが縁取られたステンドグラスがある。扉から祭壇までは赤いマットが敷かれ、左右には無数の椅子が配置されている。

 朝日がぽかんとした表情を浮かべて周囲を観察していると、教会の入り口がバンッ! と強い音を立てて開いた。

 音の方に振り向くと、入り口に三人の男がいた。

 右と左の男は黒いコートに身を包み、黒い三角帽子を被っている。

 真ん中の男は五十、六十歳くらいに見える。背丈は百九十センチはあると思われる。赤いプレートアーマーを着た初老の男だ。顔の造形が強面で、服装と肉体も合わさり老戦士を連想させる。頭には紅の三角帽子を被っていて、プレートアーマーの被り物としては不釣り合いだ。

「おお、来たか! 貴様を待っていたぞ!」

 真ん中の男が大きな声で朝日に向かって声をかけた。

「あの、ここは……」

「そんな呆けた顔になるのも無理はない。だが事の経緯を口で話すと長くなる。貴様にはこれを見て瞬時に理解してもらうぞ。何せ、ゲーム開始までもう時間がないからな!」

 大男は腰にぶら下げていた杖を取り出して困惑顔の朝日に向けた。そして杖から眩い紅の光線が放たれ、朝日の体を貫いた。朝日はふらっと意識を失った。


 ☆

 朝日が眼を開くと自分の視界がおかしくなっている事に気づいた。

 場所は先程と同じ教会だったが眼に映る景色に色がなく、全てがモノクロに映っていた。まるで昔の白黒テレビの画面でも見ているかのように。

 扉から祭壇まで敷かれている絨毯の真ん中で棒立ちのまま、ふと祭壇に目を向ける。そこで二人の男女が向かい合い、お互いを睨みつけている。

 男の方は先程の三角帽とプレートアーマーを纒った初老の男。今は色が分からないが。

 女は四十歳くらいで、ゴシック様式のドレスローブと三角帽を身に纏っている。

「あの、僕に何をしたんですか?」

 初老の男に問いかけるが返事がない。無視しているというよりは存在その物に気づいていないようだ。

『王、何故魔女の軍への入隊を許可しないのですか? 今日下界でも強い女は戦地へ向かいます』

 女は決して大きくはないが重々しさを感じさせる口調で王に抗議する。

『貴方の魔女蔑視は貴方の部下にまで伝播しています。さらには国民全体にまで魔女は弱く、守られるだけの存在という認識が広まっています』

『魔法使いは世界と戦い、魔女はその魔法使いを支える。それがこの魔法界「ソーサリー」の(いにしえ)からの習わしだ、女王。何より、事実だろう……』

『何ですか?』

 王を睨みつけながら問う女王。

『魔女が魔法使いより弱いのは』

 王は冷ややかな声色でその言葉を紡ぐ。

 その先の一言を聞き、数秒唖然とした女王。だがすぐに我に返った。表情が怒りをも飲み込んだ後の、決意や覚悟を感じさせる表情に変わり、王に言い放つ。

『わかりました、魔法王。魔力の多寡の根源が性別にあるという、その考え方を改めて頂けないのであれば、私が貴方に代わりソーサリーの統治者になります』

『ほう、つまりどうすると?』

『これから魔女だけの魔女王国を設立します。そこは魔女だけが暮らす国。せいぜい魔女のいないこの魔法王国で男だけで生活してみてください。そうすれば魔女が存在するありがたみもお分かりになられるでしょう』

『この魔法王国の土地は全てワシの土地だ。誰が所有物を渡すと思う?』

『勘違いなさっているようですがこれは革命です。魔女達の貴方方魔法使いに対する革命。土地の所有権等知ったことではありません』

『ほう、良いだろう。ならば戦争だ。戦争でどちらか勝利した方が土地の領土範囲を決めることにしようではないか』

『良いでしょう。それで魔女の存在価値を認めて下さるなら。ですが戦争で魔女と魔法使いを戦わせてはたった一万人の人口のソーサリーにとって損失になりかねません。ここは下界の人間を使いませんこと?』

『下界の人間を使うだと?』

『ええ。下界の人間を魔法使い、魔女の見習いである童子どうじにする能力を持つこの変身へんしんせきを使い、我々の代理で戦ってもらうのです。』

 女王は先程朝日が公園で猫に投げつけられたペンダントに内蔵されていた宝石と同じ見た目の宝石をドレスのポケットから取り出した。

『魔童子としての素質を持つ男女を五百人ずつ選抜し、男女別で戦いあって貰うのです。私が魔法少女軍、貴方が魔法少年軍。そして先に敵側五百人のプレイヤーの石全てを破壊したチームの勝利とするのです』

『なるほど。勝利条件を石の破壊とすることで命の奪い合いにはならないという計らいか』

 魔法王が左の人差し指を顎に当て、考え込む。

『それに人材の集め方も悪くない。魔法の素質は人間界の十代から二十代が最も高い。加えて、七十億人という人間界の総人口数からの選抜なら一万人のソーサリーから集めるより良質な人材が確保できるな。良かろう。その魔法戦争ゲーム――サバトに乗ってやろう』


 ☆

 朝日は目を開いた。視界はモノクロから色付きに戻ったが、場所は同じ聖堂だ。

「事の経緯は理解したかな?」

 魔法王と呼ばれていた男が床で尻もちをついている朝日に話しかけた。

「さっきの夢は……」

「記憶伝達魔法。貴様の脳にワシの記憶を直接送ったのだ」

(記憶伝達……魔法? 魔法って言ったのか今? 確かにこの爺さんの護衛らしき二人は黒ローブと三角帽のおかげで見た目が魔法使いみたいだけど。爺さんも服装除けば三角帽と杖持ってるし)

「貴様は下界で変身石を視認できた。その石は下界の人間には一定の潜在魔力を秘めた者でしか視認できない石なのだ。そして石に触れた者を一瞬でここ、魔法王国『ソーサリー』に飛ばすようできている。貴様はその石に選ばれたのだ」

 魔法王が、いつの間にか朝日の首に掛かっている金縁ペンダントに埋め込まれている宝石を指さした。

「魔法とか何とか、ファンタジーすぎて頭がついていかないんですが……」

 朝日はこの目の前の光景すら夢なのではないかと疑い始めた。

「つまり目の前の現実を受け入れられないと? よかろう。ならば貴様が変身石に選ばれた少年、魔法少年であるという証拠を見せてやろう」

 魔法王は再び腰の杖を抜き、朝日に向け、杖先から赤い光弾を放った。光弾がペンダントの宝石を貫いた。

 今度は朝日の体が紫の光に包まれた。光は朝日の着る高校の制服の形を作り変えていた。

 光がゆるやかに消えると、朝日は制服から、紫を基調としたローブ、ブーツ、三角帽子に着替えていた。手には三十センチ程度の、棒切れのように弱々しい木製の茶色い杖を握っていた。

「これで自分が魔法使い、もとい魔法少年になったことを自覚して頂けたかな?」

 魔法王は腕組みをしながら朝日の紫の姿、魔法少年のコスチュームを上から下まで見回した。

「……そうですね。何だかわかりませんが現実みたいですね。とりあえず僕のことを帰して頂けませんか? 明日学校なんです」

 かなり面倒臭そうに返事した。

(夢にしたってもう少し疲れない夢がみたい。朝が辛くなるに決まっている)

「ならんな」

 魔法王はきっぱりと言った。

「何でです?」

「これからすぐにサバト第八十五試合が始まる。貴様を帰すのはそれが終わってからだ」

 朝日はそれを聞いて露骨に嫌そうな顔をした。まだこの夢続くのか、こういう頑固そうなおじさん苦手なんだよなあ――等と思いながら。

 その朝日の表情を読み取ってか、魔法王が(なだ)めるように補足説明する。

「何、心配するな。下界での一分はこちらでの一時間だ。試合が終わって帰る頃でも下界の時間は数分しか経っていないだろう」

 魔法王は口角を少し上げて言う。

(そろそろこの夢醒めないかな? 多分公園で眠っているんだろうな僕。帰って学校の予習したい)

 朝日の顔はさらにしかめ面になった。

「まあ説明するより体感した方が速いだろう。それ、フィールドに行け」

 魔法王は朝日に向かって杖を向け、再び光線を浴びせた。

 朝日は自身の身体が軽くなり、公園でペンダントを拾った時と同じ感覚を覚えた。見えない力でどこかに飛ばされているのが分かった。


 朝日の消えた聖堂。

「貴様に基礎魔力の才は無い。であれば残された可能性は願いの重さだ。貴様の願いが七年で熟れたか、青いままかで魔法少年としての可能性が決まる。見定めさせて貰うぞ」

 王が独り言を呟く。


 ☆

 朝日の視界には夜の荒野が広がっていた。空には大きな満月が。

 朝日は平野のど真ん中に突っ立っている。その景色の美しさに数秒心奪われ、放心している。

『小僧、ワシの声がきこえるな?』

 頭の中で魔法王の声がして我に返った。この声はおそらくテレパシーのようなものなのだろう。

『重要なルールを口頭で伝えておく。一試合の時間は一時間。ノルマは十試合で最低魔法少女一人の変身石を破壊すること。このノルマが達成できない者からは変身石を没収し、魔法少年としての資格を剝奪する。無論、魔法少女サイドも同じルールだ。「人を傷つけられない」等とぬかされては変身石の無駄遣いだからな。没収した変身石で代わりの魔法少年をスカウトする』

 言葉の間に「ハァーッ」と王が長く嘆息した。

『一人も倒さないまま十試合逃げ回り、ノルマ未達成で強制脱落させた腑抜け新人魔童子の多い為に、変身石が破壊されないまま魔童子の人数だけが減るという時期もあった。魔童子の人数ではなく、石の数が0にならなければこのゲーム――サバトは終わらんからな。サバト初期の百八十年前――人間界単位での三年前から何度魔童子を入れ替えてきたことか……』

 王の人を小馬鹿にした口調が続く。

「そのゲーム、僕に何かメリットあるんですか?」

 夜空に浮かぶ月に向かって問いかける。朝日は選択権を与えられずに強制的に参加させられていることに腹を立てていたので、イラつきが王に伝わる口調で質問した。すると魔法王の笑い声が聞こえた。

『フフッ、よく聞いておけ。このサバト終了後、勝ち残った魔法少年、もしくは魔法少女には褒美としてどんな願い事でも一つ叶えてやることになっている』

 その言葉を聞いて朝日は目を丸くした。

(え……何だその少年漫画みたいなの?)

 自分の見ている夢の、手の込んだ設定に驚きを隠せない。

「願い事……。例えば不老不死でも金銀財宝でも願い事を百個にしろでも叶えられるんですか?」

 次はあえて図々しい願い事を聞いてみた。こういうので実は死んだ人は一人しか生き返らないだの、人を殺すなら願い事を叶えてくれる者より能力が劣る人のみだの、実は制約がありました等と後から言われても困る。

『願い事無限以外ならどんな願いでも叶えてやる。貢献度に応じてな』

 王は真面目に答えた。空から声が聞こえるだけなので声色で王の感情を判断せざるを得ない。今の声色はただ淡々としていた。

「でも三年前からスタートしている人達がいて、貢献度で叶えてくれる願い事の大きさが変わるという事は、今から参加しても大した願い事叶えてくれないんじゃないんですか?」

 夢に対して真剣な質問をするのも馬鹿らしいと一瞬考えたが、夢を楽しむ為という意味で聞いた。

「貴様が敵五百人の中で上位の強さの魔法少女を討ち取れば大きな貢献となる。または大勢倒すかだ。このどちらか、または両方を目指せば既存の魔法少年共より高い願いを叶えられる」

「その強い魔法少女を素人の僕じゃ倒せないのでは?」と言いたかったが止めた。いわばプロスポーツ界みたいな物なのだろう。ぽっと出のルーキーでも十年以上のベテランより優秀な事もある。

 しかし、朝日の願いは二つあったので、更に確認追求をする事にした。一つは今思いついた実現不可能な願い、もう一つは朝日が四年間求め続けている願い。

「例えば、『不老不死と金銀財宝、両方くれ』と言って二つの願いを一つにまとめるのはありですか?」

『……ああ、貢献度次第では叶うだろう』

(二つ願い事があっても叶えられるのか。それなら……)

 朝日の脳裏に二人の人物の背中がよぎる。

(例えこの状況自体が夢でも、少しはやる気が出てきたかも)

 荒野のど真ん中で一人でほくそ笑む朝日。

 そこに突如、大きな爆発音が響いた。視線を向けると、モクモクと上がる銀色の煙が見えた。

 更に、視線を煙下に向けると三角帽子を被る二人の人間の姿が見えた。片方は銀、もう片方はオレンジ。銀色の三角帽子を被っているのは二十歳前半くらいの銀髪の男。オレンジは同年代くらいのオレンジ髪の女の子。男が杖を相手に向けて光線を発射しては女の子が避け、すかさず女の子も杖を向け光線を発射している。そんな攻撃と回避の応酬を繰り返している。

『さて、そろそろテレパス魔法を切るぞ。ワシはフィールド全体を宮殿から監視している。何かしらの不正があった場合も監督せねばならないからな』

「あ、ちょっと待って!」

 空に向かって右掌をかざして待ったをかけたが、少し遅かった。切れた音がした訳じゃないが直感的に通信が切れたことがわかった。

 空から地上に視線を戻すと交差する銀とオレンジの光がさっきよりこちらに近づいている事に気づく。ワルツを踊るように華麗な攻防を交わす二人の姿がみるみる近くなる。少し前まで百メートル程遠くにいた二人との距離は今や二十メートルもない。既に肉眼で二人の細かい容姿を捉えられる。

 オレンジは制服を着崩して露出度を高くした、長いオレンジ色ストレートヘアの女子高生だ。いかにもヤンキー高の不良女子。

 銀色はスーツ姿の青年だ。スーツ姿と言っても本人が長身イケメンな上、ワックスでガチガチに形を整えられたストレートパーマのミディアム銀髪なものだからサラリーマンというよりホストに近い出で立ちだ。

 オレンジと銀色。紫を基軸とした朝日のコスチュームと同じく、配色が実にシンプルだ。朝日も含めた三人の共通点は三角帽を被っている点と杖を持っている点だ。この二つの点だけが目の前の二人が魔法使いであることを感じさせる。

「なんだ? 援軍か?」

 ホスト風な青年が朝日の存在に気づく。

「アンタ、男二人がかりで女の子襲おうっての?最低だねえ」

 オレンジ帽の制服ギャルが銀色帽のホスト風の青年に向かって余裕の表情で吐き捨てるように言う。

 二人とも杖から光線を放っては避けるを繰り返しながら会話している。

「腕力とかならまだしも魔力は男も女も関係ないでしょ? それ言われちゃこのゲーム成立しないよ」

 銀色帽のホストが微笑した顔で言い返す。二人の喋りながら戦う姿は戦闘のベテランさを感じさせる。

(僕、何すれば良いんだろう? 魔法の光線も出せないのに)

 棒立ちする朝日のすぐ隣で避けては攻撃の応酬を繰り返す二人。

 が、一旦オレンジギャルが銀色ホストに杖を持たない左腕を伸ばして、掌を見せて待ったを示す。そしてホストから朝日の目に視線を移す。

「……アンタ、素人だろ?」

 強面なオレンジギャルが朝日を睨みつける。

「感じる魔力が低すぎんだよ。まだゲームをこなしてねえ証拠だ。それにトーシローじゃ感じ取れないと思うけど、アタイの魔力を百とするならアンタ、一だから。そこのホストの魔力を九十五として二人合わせて九十六。百のアタイには勝てない。分かったらすっこんでな!!」

 睨みを聞かせて咆哮するオレンジギャルに朝日は圧倒されて数歩退いた。

(なんだよ。お前達が勝手に近づいて来たんじゃないか)

 理不尽に罵倒され、朝日は内心で不満を溜める。だが言い返せば光線を浴びせられかねない。ここは黙っているのがベストだ。

「君、九十五って所が絶妙だね。誉め言葉として受け取っておくよ」

 やはり銀色ホストもこのゲームのベテランなのだろう。オレンジギャルの咆哮に少しも気圧されていない。

「そして少年。彼女が言うように下がっていた方が良い。初心者が無駄に潰されたらこちらサイドの敗北に近づいてしまうからね」

 微笑みながら朝日に言う銀色ホストは優しい人柄を感じさせた。

「ていうかアタイら二人以外で単独行動している魔童子なんてフィールドで見た事ねーんだよ。魔力が一人一人低いもんだから、群れないと簡単に変身石破壊されちまう連中ばっかだからな。単独行動してんのはアタイみたいな余程の実力者か入りたてのトーシローかのどちらかなんだよ」

 オレンジギャルは相も変わらず目付きを尖らせて、敵意剥き出しだ。

(そういえば魔法王が見せた映像の中で魔法女王とかいう人が五百人ずつと言っていた。このサバトというゲームでは五百人ずつの魔法少女、魔法少年が戦い合っているということ。確かにそれだけの人数なら集団での協力プレイは必須だ)

 ギャルに威圧されながらも脳内では情報収集に徹した。

 だがどこかで今だこの現状を夢だと思っている自分がいた。

「いや、僕は一人でいるの気楽だからって理由だけだからね?君みたいな自己中と一緒にしないでよ」

「何が自己中だ! テメェが他の魔法少女口説きまくってんのは知ってんだよ! アタイが孤立したのもアタイのダチ、テメェが口説きまくって内部分裂させたからじゃねえか! アタイにもあんな臭いセリフ吐いておいてこの女の敵が」

 どうやらこの対決は浮気相手への復讐現場ってことらしい。魔法使いというファンタジー要素の欠片もない。

「せっかくの男女分けバトルなんだから敵とも楽しく戦いたいでしょ?」

「テメェの手口は知ってんだよ。落とした女に『このゲームに勝ったら、願い事で君を幸せにする』とかほざいて女に自ら変身石を破壊させてリタイアさせる。汚ねえ男だ」

「僕は願い事で魔法少女皆を幸せにしてあげるつもりだよ」

 ギャルの剥き出しの怒りに笑顔で返すホスト。

 この二人のせいで朝日の魔法使いに抱いていたメルヘンなイメージがどんどん崩れていく。

「さあ、ビギナーなんて無視して続けるよ!」

「ええ、いつでもどこからでも」

 二人は再び戦闘を開始した。互いの杖からの光線を避けては発射する攻防戦が再開する。

 その二人の戦闘を朝日は棒立ちで見ているしかなかった。

(……何これ? せっかく魔法使いになれたのに魔法も使えない。魔法を使いこなす二人の戦いを指を加えてみているしかない?

 しかも、たかが夢の中で?)

 朝日の内側から劣等感と失意が込み上げてきた。

 小学生の頃、将来の夢に『魔法少年』と書いたこともあった。勿論、物心ついた時からそんなことを口にはおろか、思いすらしなくなっていた。

 特に小六の冬の『あの日」』からは。

 もしこの夢が悪夢のような出来事が起こってしまった『あの日』という現実を忘れたいために見ている夢だとしても、自分の弱さ、無力さを全身で味わった『あの日』の痛みを紛らわすための夢だとしても――

「夢の中くらい、強くいさせろ!」

 朝日はそう咆哮してから突進した。決してホストとギャルに向けた言葉ではなく、この弱さを思い知らされるだけの『自分が見ている夢』に対して言った言葉だった。

 しかし、この咆哮はオレンジギャルに敵対行動ととられてしまった。

「ビギナーが……。初期勢なめんじゃねーよ」

 オレンジギャルは咆哮した朝日の方に杖を向け、拳銃から弾丸を飛ばすかのような所作で丸くて黄色い光の弾を発射させた。

 光弾は朝日の左頬すれすれを通り抜け、頬を焦がした。

「あっつ!」

 朝日の左頬に痛みが広がり、両手で押さえ、その場に左膝をつく。光弾を食らった感触からあの光弾が電気を帯びていることに気づいた。

 遅れて、後方から強い爆発音がした。後ろを向くと大きな砂埃が遠くで舞っていた。さっきの光線が地面に衝突して起こしたのだ。

「彼女の二つ名は”電磁魔砲マギア・エレクト”。さっき名乗っていた通り、このゲームが始まった三年前からの初期プレイヤーだ。君とはキャリアが違う。さっき下がっていろと言ったばかりなのに……」

 前に向き直り、銀色ホストの青年を見る。いつの間にか岩場で足組みをして寛いでいる。爽やかな微笑を作っているが、さっきの口調はどこか朝日を小馬鹿にしていた。

「助けて下さい!」

 頬の痛みが恐怖に変わり、朝日は思わず銀色ホストにすがりかけた。

「嫌だよ。君、弱いし」

 笑顔ですかされる。

「人の通り名勝手に教えてんじゃねーよ」

 オレンジギャルの首がホストの方に向く。

「まあ、どうせ記憶消されて覚えてらんないからいいか」

 首が再度朝日の方に向く。そしてゆっくり歩み寄って来る。右手の杖先には電光が(ほとばし)っている。

 先程の光弾を味わった恐怖で、朝日は地に膝をつけたまま足を動かせない。

「今なんて? 記憶が消される?」

「あぁ?! 聞いてねぇのか?」

 制服ギャルの表情が驚きで満ちる。

「……ったく、あのクソ猫といい王と女王といい、相変わらずのクソ運営だな。アタイらに重要な情報を与えねえ。ワザとやってんのか?」

 空を見上げながら空いた左手で髪を掻きむしり、思い出し怒りを顔に出している。

「変身石を破壊された魔童子は魔法に関する記憶をごっそり消された状態で人間界に帰るんだよ。変身石の仕様だとよ。アタイの魔法少女のダチだった奴も何人もアタイの事忘れちまった」

 最後の台詞だけどこか寂しげな声色だった。が、直ぐに空から朝日に視線が戻る。先程までの敵に見せる容赦のない表情に戻っていた。

「……何て事、これからそうなるアンタにゃ関係なかったな。良かったな、ビギナーで。魔法絡みのダチとかいねえ分失うもんもねえだろ」

 制服ギャルがゆっくり歩み寄って来る。

 電光迸る杖先の照準は朝日の変身石に合わせられている。止めを刺しに来るつもりだ。

 先程の電撃によってつけられた頬の痛みはこれが夢ではなく現実であることを朝日に自覚させるのには充分だった。

「あばよ」

 敵との距離感は十メートル程。電弾の射程圏内としては充分だ。

 そして――電気の塊が杖から発射された。

 雷弾が朝日の視界を光で覆う。


 ☆

 小六のクリスマス、サンタは朝日に悪夢のような現実を二つプレゼントした。

 母が通り魔に殺されたことと、月夜が左眼を切り裂かれたことだ。

 朝日がその知らせを聞いたのは二十五日の早朝。父と急いで病院に向かったが病室には左眼を中心に包帯が巻かれた月夜一人しかいなかった。

 母は既に霊安室だった。

 その時、朝日自身は月夜の病室でどんな表情をしていたのかわからない。涙より先に現実を受け入れられなかったからだ。

 涙を流すことができたのは三日後の葬式の日。病院では父が母の遺体に会わせてくれなかったので、母の遺体に対面したのが葬式だったためか。

 棺桶の中の遺体は葬式会場のスタッフの計らいか、切り傷だらけの体を白い百合で上手く隠していた。

 ただし、顔だけは隠しようがなかったのでその痛ましさは見る人に充分伝わった。

 朝日は泣くのではなく泣き叫んだ。朝日の横で顔の左半分が包帯巻きの月夜は(うつむ)いた顔を両手のひらで覆い隠し、指と指の間を涙で濡らしながら枯れた声で同じ言葉を懺悔するように繰り返す。

 ごめんね、ごめんね――と。

 朝日は何も言い返さなかった。月夜が悪い訳じゃないこともわかっていたし、悪いのは犯人に決まっているからだ。

 しかも犯人はまだ見つかっていない。だが犯人への怒りより悲しみの方が勝っていたので今は復讐とかいう気持ちにはなれなかった。

 自分に復讐のために犯人を捜しだす力なんてことができないことも分かっていた。だからただ、泣くことしかできなかった。

 葬式が終わった夜、家でふと母がクリスマウイヴの朝、塾講師の仕事に出かける前に言い残した言葉を思い出した。

(私は朝日のことと同じくらい月夜ちゃんのことが大好きだから、今は月夜ちゃんに守られてても、いつか守り返してあげてね)

 母の幼馴染である月夜の母は二人が小五に成り立ての春に癌で亡くなった。だからこそこの一年半、母は朝日と同じくらい月夜のことを実の娘のように大切にしていた。月夜の父だけでは女の子ならではの苦労に対処できないからと頻繁に月夜の家に顔を出していた。

 あの日も、自分の塾の生徒である月夜のためにお弁当を作って出かけていた。

 そんな母だったからこそ、月夜を守って死んでしまった事に不自然さはなかった。母だからこそできたことだろう。

 朝日はどうだろう?

 母と父に甘やかされ、月夜にもお姉さんのように守ってもらうだけの十二年間だった。だから母と月夜を守れず、犯人を探し出すこともできない。

 いや――これからはそうだったかもしれないけど、今日からはもう違う。変わらなくては。

(母さんの代わりに僕が月夜を助けてあげなきゃ)

 その日から朝日は月夜のために弁当を作り、月夜に勉強を教えられるように最低でも月夜より勉強ができるようにし、左眼の見えない月夜のために常に月夜の左側を歩いた。母が月夜にしてあげていた全てを自分が代わりにしてあげられるようにしたのだ。

 結果的に、料理の実力も学力も学年三位以内を中学三年間でキープする程になり、月夜の左目を自分で治してやるため医者になるという夢もできた。「現在の医療では治せない」と匙を投げられてしまった程の傷だが。


 中学生活は入りたての頃から大変だった。

 小学校と同じ地域だったため、朝日と月夜の話は既に学校中が知っていたからだ。

 動物園の希少生物でも見るかのような視線を朝日と、特に月夜の左眼の眼帯に向ける連中に腹が立って仕方がなかった。

 わざわざ朝日と月夜のクラスに見物しに来るような連中も数人いたが、朝日はそんな連中を教師より先に追い払った。

 教室を歩けば廊下を通り過ぎる生徒達が小声で何か言っているのも聞こえていた。朝日はそんな姿を見かける度、相手が男女だろうが、先輩後輩だろうが、更には教師だった時も「何ですか?」と威圧的に問いかけていた。

 結果、朝日は学年中から腫物扱いされる生活を送ることになった。

 朝日自身はそれを気にしなかったが、これが月夜を守る正しい方法なのかはわからなかった。

(僕が憂き目に合うのは構わない。だけど月夜がそういう扱いをされるのだけは我慢できない。……でももしかして、僕のこの態度が、月夜が憂き目にあう事に拍車をかけているんじゃないか……?)

 そんな葛藤も存在したが朝日にはこれ以外の月夜の守り方が分からなかった。

 そんな二年間の生活を乗り越えた、中三の十月に事件は起こった。

 月夜が他の女子グループから集団いじめを受けているという噂を聞いた。

 月夜は客観的に見て、普通の女子より見た目が可愛い。性格はお世辞にも強気ではなく、むしろか弱い。か弱さという欠点を補って余る程の他人への優しさという長所も持っている訳だが。「可愛さ」と「か弱さ」に左眼の失明という要素が加わったことで、悲劇のヒロインとして学校中の男子に扱われるには充分だった。

「悲劇のヒロインぶって男に媚びている」ように捉えていた女子グループもあった。

 加えて学校で一番人気の男子が月夜に気があったことも、怒りを買うことになった理由の一つだ。

 特にグループのリーダー的ポジションだった女子は、制服さえ着てなければ大学生にすら見える目立つ存在だった。百七十後半くらいの背丈でモデル体型が自慢で、一番人気の男子に告白してフラれた翌日に、他のメンバー以上の怒りを月夜に対してたぎらせていた。自分を振った男子を、月夜が振ってしまったことを知ったからだ。

 体育の授業中にそれは起こった。

 男女共同体育の時間のドッジボールの試合で、そのいじめっ子グループのリーダー女子がわざわざ月夜の左側に立って月夜の左眼に向かってボールを投げつけたのだ。うずくまる月夜の姿を他の仲間と一緒にケラケラ笑っていた。

 そのせせら笑いを見た瞬間、朝日はコートの中だとか授業中だとか他の生徒や教師の視界の中だとか……投げつけたのが女子だとかの、理性が飛んでしまった。

 我に返った時には投げつけた女子に馬乗りになって拳を振るっていた。

 女子は顔面痣だらけで病院通いになった。

 それが原因で学校側から問題児扱いされ、生徒全員からも今まで以上に異物とみなされた。

 更に事の後、父に月夜とは別の高校に進学するよう言い渡された。それが月夜にとっても朝日にとっても良いことだと。


 ――僕はどうすれば良いのだろう? 良かったのだろう? どうすれば母さんを救えたのだろう? どうすれば月夜を救えるのだろう――?

(いいや、最後のは違うだろう?)

 心の暗闇の中、自分が自分に問いかけてきた。

(おまえ)は月夜を救いたいんじゃない。月夜の側にいる口実が欲しいだけだ)

 朝日が朝日に囁く。

「そうだな。(おまえ)の言うとおりだ。だけど……」

(だけど?)

 月夜を虐めた女子を殴り飛ばして、停学で自宅に籠もってた頃、月夜が朝日の家までやってきて、言ったのだ。

 ありがとう……ごめんね――、とだけ。

「月夜にとって僕のした事は迷惑だったはずだ。なのに……」

(なのに?)

「なのに僕にありがとうって……ごめんねって、言ったんだ」

(月夜はそういう奴だろ? お前の善意から生じた負の結果にも作り笑顔ができる奴だ。お前を悲しませない為にな。あの後、月夜もお前と一緒に学年から更に浮いた存在になったのを忘れたのか?)

「分かってる。分かってる。でもあの時、僕は今までより、もっとずっと強く思ったんだ」

 月夜の笑顔が脳裏に過ぎる。

「月夜の左眼を必ず治してやるって――」

(……)

 朝日はもう一人の朝日を見る。その朝日の姿は、暗闇の中に吸い込まれて消えた。そして入れ替わるように赤い鎧を纏った老人が現れた。

『どんな願いでも叶えてやる』

 その老人のたった数文字の言葉が心の中で鳴り響く。

 ☆

(今のは……走馬灯……?)

 視界は迫る稲妻の塊から発する光で覆われている。

 朝日は一瞬過去を高速で思い出していたが現実に引き戻された。引き戻されて初めに「どんな願いでも叶えてやる」という魔法王の言葉を思い出した。

(どんな……願いでも? 人を生き返らせることでも、人の傷を治してやることでも? 今の痛みで分かった。これが現実な事は理解した)

 稲妻の塊が自身に迫る。もう二秒もしないうちに直撃する。

(だったら尚更……四年間諦めていたことが叶う可能性があるなら尚更……)

 朝日の体は考えるより先に勝手に動いていた。首にかかる変身石を右手で守るように握りしめ、右ステップで雷弾の回避を試みた。

 だが回避しきれずに被弾してしまう。左肘あたりに命中した雷弾が肘より先をふっ飛ばした。

「ゔぁぁぁぁぁー!!」

 激痛による朝日の悲鳴が荒野に木霊する。朝日は地に付す。

 後ろで肉が地面に落ちる生々しい音が聞こえた。さっき吹っ飛んだ左腕が落ちた音だ。

 肘より先の無い左腕が業火に焼かれているような激痛を帯びている。痛みで気絶しそうだ。

 だがここで気絶する訳にはいかない。朝日はこれが現実だと受け止めたのだから。どんな願いでも叶えられるチャンスを得た事実を認めたのだから。

「バカが。変に動かなきゃ楽にリタイアだったのに。アタイになぶり殺しの趣味はねーんだわ」

 朝日を見下ろすオレンジ制服のギャルは苦々しい顔をしている。罪悪感を感じているようにも見える。

 しかし、手を緩める気はないようだ。右手の杖先を真上の空にかざす。

 再び杖先に電流が集まり、電気の玉を形成して徐々に円が膨れ上がる。

「次は動くなよ? 痛いの嫌だろ? もしくは変身石を差し出せ。それが早い」

「雷門ちゃん。悪趣味だな〜」

 ホストは今も近くの岩石上に座り、寛いでいる。決して割って入らず、攻撃が飛び火しない程度の距離から二人を傍観している。制服ギャル、雷門の容赦ない追撃に引き気味な口調だが、いつもの仮面のような笑顔は崩していない。朝日を助けてくれる素振りは微塵もない。

「だったらてめぇがこいつから変身石取りあげろよ。初戦で上級者に当たっちまった可哀想なビギナーの為によ」

 傍観を決め込むホストの方向へ雷門が一瞥して睨みつける。

「それ、『同性同士の戦闘禁止』のルールに抵触しちゃうから」

 睨む雷門にホストは笑顔で返答する。

 二人の会話をよそに、地を這う朝日は右手に握る杖にさらに強く握り直した。

(魔法が使えないなら……)

 左側の痛みを堪えて立ち上がり、雷門から見て右斜めに全力ダッシュで走った。

 真正面から縦に突っ込む戦法では守りが甘いし、逃げに徹して横移動するだけの戦法では攻めが甘い。一方、縦横移動の戦法に比べ、斜めへの移動なら敵の魔法に当たりにくい上、徐々に距離を詰める事もできる戦法。

 魔法を持たない朝日が考えた唯一の攻撃方法は肉弾戦だった。

 敵の雷門とかいう制服女子は女にしては百七十センチはある長身。肉弾戦でも百五十七センチの朝日に勝ち目は無いかもしれない。だが朝日は中学時代まあまあ喧嘩の腕っぷしはあった。大きくても相手は女子。魔法の有無を考慮しなければ勝負はまだわからない。

 雷門は杖先を真上に(かざ)したっきり、電撃を溜めるばかりで仕掛けてこない。朝日の斜めダッシュが近接戦を狙っているとわかっているからだろう。

 先に仕掛けた方が負ける。だが相手は突っ立っているだけなのに対し、こちらは走り続けなければならない。

 長期戦は不利。結局、朝日から仕掛ける他ない。

 雷門は左腕の激痛に耐えながらも走リ続ける朝日を不快と疑問の入り混じったような表情で見ながら尋ねた。

「アンタ、わかってんのか? 左腕が失くなったんだ。アンタはこれから片腕で生活することになる。サバト招集時も片腕だ。それだけで他の魔童子より分がわりい。そんな絶対絶命のアンタには、石を差し出さないだけの理由になる願い事があるんだろうねぇ?」

 試すような物言いだ。

「僕には……命を賭けてでも叶えたい願いがあるんです!」

 朝日が叫んで返答する。

 しかし朝日のこの言葉は雷門にとってのタブーだった。雷門の表情が疑問符から憤怒に変わる。

「命を賭けてでも叶えたい願いを持っている奴なんてこのゲームに数えきれない程いる。アタイも勿論だ。自分だけを特別だと思ってんじゃねえよ!」


 ☆

 雷門千鳥にとって、その台詞は三年間聞き飽きた、典型的嘘付きの魔童子が吐く台詞だったのだ。

 ——死んでも叶えたい願い事がある——。

 それは今まで戦ってきた魔法少年共や味方の魔法少女共から何千何万回と聞いた台詞だった。しかし心から死んでも叶えたいと思っている魔童子を見た事がない。そんな台詞を吐いた癖に危険になれば逃亡するか、自分で変身石を砕いてリタイアする等、自己保身に走る奴ばかりだったからだ。安易にその台詞を吐く奴が許せないのだ。

 だが本当に許せないのは、三年の月日の中で、実力と魔法少女グループ内の地位だけは向上して、中身はそんな連中と変わらなくなってしまった自分自身だった。

 魔童子で一番強い「あの死神」と戦う事を意図的に避けている自分を意識していた。あの死神に植え付けられた過去の恐怖と、全魔童子の中で五番手の実力者の自分では一番手であるあの死神には勝てない事を分かっているから奴と戦う事を避けているのだが、それは命を賭けているとは呼べない。自分の覚悟が月日が経つにつれて薄れてきている事を自覚しているからこそ、雷門の中でその台詞はタブーと化していた。その台詞を聞く度に、自分を死神から庇った二人の魔法少女の姿を思い出す。思い出しては、現在の自分自身の折れた心を自覚するのだ。

 だから許せない。「お前がアタイだったら心折れないか」と問い詰めたいくらいなのだ。

 剥き出しの怒りを刺し殺す気概で紫ローブの少年に向ける。

 だが少年に怯む様子は見えない。

「僕は……母さんを生き返らせ……月夜の左眼も……取り戻す!」

 息を乱して途切れ途切れながら喋っている。喋りながらも、雷門の周囲を走り続けている。止まったその時がこちらの雷弾を打ち込む手筈だった。そう、手筈だった。

 予想外の事態が起きた。先程、少年が何気なく紡いだ宣誓に雷門の集中力が奪われたのだ。

 少年の先の台詞が雷門の頭の中で繰り返し木霊する。

(母さんを生き返らせ……)

 戦闘への集中力を欠いて呆然とする雷門。

 ふと昔の記憶がフラッシュバックした。幼い頃、自分を背負って公園を散歩させてくれた父の姿を思い出した。トラックに轢かれた後の、白装束姿も。

 更に三年前の初試合で敵に追い詰められた時に口にした少年と同じ台詞も脳内に蘇った。『生き返らせてみせる』と。当時の、命賭けになれていた自分の姿を思いだした。


 ☆

 朝日は敵の呆然として集中力を欠いた姿を見逃さなかった。

 雷門の背後に回る事に成功。杖の先端を敵の右脚の太腿(ふともも)に向かって振るい、突き刺した。

「グチャッ」という肉を貫く生々しい音が朝日の攻撃が成功した事を知らせてくれた。

「いってえええ!!」

 初めて雷門の痛みの叫びを聞いた。

「クソが!」

 雷門の背中側の朝日は雷門の振り向きついでの左手の甲の攻撃で殴り飛ばされた。しかし、朝日が離れたせいで太腿に刺さっていた杖も無理やり抜けてしまった。

「ツッッ!!」

 雷門が痛みからかしゃがみ、太腿を抱える。だが視線はあくまで朝日を視界に捉えたままだ。

 敵の杖先の照準が再度朝日に合わせられる。

 さっきまでのやりとりの最中でも杖の電力チャージは自動で行われていたのを一瞥していた。

 今や人がまともに食らえば塵も残らない大きさの雷弾に成長している。

 しかしそれが打ち込まれる前に朝日は雷門に質問を投げられる。

「アンタに聞きたい。アンタ……何で今アタイの心臓狙わなかったのさ?」

『舐めるな』という面持ちで朝日に問い詰める。

「心臓貫いて、殺して無理やり変身石奪えば良かったじゃねえか。まさか、『人を殺す覚悟はありません。だけど願い事はかなえたいです』なんてほざきやがるんじゃねえよな?」

「違う。そうじゃない」

「だったらなんだ?」

 雷門の問いに朝日は真剣な面持ちで答える。

「貴方はさっき、貴方にも命を賭けて叶えたい願いがあると言っていた。貴方と僕は願いの為に命賭けになれる点において、似た者同士だ。そんな、僕と似ている貴方の願い事が万が一にでも僕と同じく、『大切な誰かを救う為の願い』である可能性がある以上、僕に貴方を殺せません。

 同属愛……と言うべきですかね? 動きを奪ってから変身石を奪わせてもらいます」

 朝日が地を右膝でつく雷門の方に足を運ばせようとした瞬間、意識が朦朧としてその場で倒れてしまった。

(何だ……眩暈……血?)

 血を流しすぎた。地に伏す朝日の左腕からは多量の血が溢れ出て止まらない。

 幻聴か、死神の足音すら聞こえた。

 地に伏す朝日の姿に雷門は勝機を見出したようだ。

 倒れる朝日に容赦なく電力充電満タンの杖先を向ける。

 そして説得するように、眉をひそめながら朝日に命令する。

「最後の情けだ。変身石を投げろ。それくらいの力残ってるだろ? でないと、死ぬぜ?」

「……すみません。僕にそれはできません。僕に石(願い)を諦める事はできません……」

 何故か優勢にいるはずの雷門の方の手が震え、冷や汗が額から流れ出ているのが見えた。

 朦朧とする意識の中、朝日の口から弱々しい枯れた言葉が自然と漏れた。

「僕は……母さんを生き返らせ……月夜の……左目を……取り戻……す」

 無意識に紡いだ言葉の羅列。その二つは失った日から今日まで埋まっていない心の空白。

 ――その時だった。

 朝日の胸にかかる紫のペンダント――変身石が光を放ち始めた。

 光はあっという間に朝日の全身を優しく包み、紫色の眩い液体に変化し、球体を作った。

 球体の中はとても安らげた。きっと母親のお腹の中にいる赤ん坊はこんな感覚なのだろう。あまりの心地良さに朝日は急激な睡魔に襲われ、意識が溶けて消えた。


 ☆

 液状の球体中の少年を雷門が覗き見る。球体の中の液は少年の傷を僅かながら癒しているようだ。左腕の傷は完治とはいかなくとも出血は抑えられている。雷門の攻撃で傷つけられたマントやローブは球体の中で修復されていった。小さなすり傷程度なら完治している。

 だが雷門が最も注目した部位は少年の髪だ。少年の黒髪がどんどん根元から紫に染まっていく。ゆっくりだが、確実に。

 球体の中の少年は両目を大きく見開いているが、目に色が無く、意識があるように感じない。目を開いたまま寝ているようにも見える。

 この光景に雷門は見覚えがあった。何せ自分が魔法少女になった初日にこの液状の球体に包まれたのだから。

 その時も雷門の黒髪は徐々にオレンジ色に変えられ、最終的に球体が破裂し、孵化した。そして他の魔童子が持たない、自分だけの固有魔法である電磁魔砲(マギア・エレクト)というギフトを手に入れたのだ。さながら、卵という小さな世界を破壊して、炎の息吹を手に入れた子龍のように。

(この球体は卵。あの黒髪が紫に染まりきった瞬間、殻を破った龍が産まれる。つまり、真の力を解放させたガキが出てくる)

 魔童子の覚醒現象。その場面に立ち会える者はそうはいないが、何を隠そう、雷門自身が覚醒者だったのだ。

(球体から出てきた時には、アイツには固有魔法が与えられている筈だ。どんな魔法かはまだ分からねえが電磁魔砲(マギア・エレクト)に匹敵する魔法かもしれない。ならば、出てくる前のこの状態のうちに潰しておかないと)

 雷門が杖先を液状の卵に向ける。もう一分もしないうちに『覚醒』が完了する。その前に片づけなくては。だが上手く杖の照準が合わない。何故だろう?

(同属愛……と言うべきですかね? 僕に貴方を殺せません)

 少年の言葉は想像以上に、雷門の思考と決断力を鈍らせていた。

 手が震える杖の照準を何とか合わせようと(しばら)く努力した。

 攻撃するか否かを逡巡した後、球体に向けて伸びきった右腕を静かに降ろした。そして少年の生まれ変わりを黙って見守る決断をした。

(アンタの言葉をパクって言うなら、これは同属愛だ。大切な人を生き返らせたいという願いを持つ者同士の同属愛。それに免じてアンタに勝ち残るチャンスを与えてやる。どんな魔法が産まれるのか、見せてみろ! 何より……ビギナーの頃のアタイそっくりなアンタを覚醒させた上で倒せれば、アタイはあの男に立ち向かう勇気を取り戻せる気がする!)

 感情の昂ぶりに思わず口角が上がる。

 今の雷門はビギナーを潰すベテランでは無く、強大な壁に立ち向かう挑戦者の心持ちだ。


 無言で見守る静寂の空間。目の前に存在する球体に迸る電光のバチバチという音だけが雷門の耳に響く。

 僅か一分……龍の誕生を見守る二人にとっては実際の何倍もの体感時間に感じられただろう一分が過ぎ、事は動いた。

「パキッ」という音を立て球体に亀裂が入った。さらに「パキッ」「パキッ」と音が連続で響き、亀裂が広がっていく。球体の中の朝日の髪は黒から完全に紫に染まり変わった。

 そして最後に一番大きな破壊音を響かせ、球体は完全に砕け散った。

 飛び散った球体の殻は地面に落ちる前に自然消滅した。

 少年を癒やしていた紫の液体は光に変化し、少年の体に纏わりついていた。まるで体からオーラを発しているよう。

 少年の大きく開かれた瞳も紫に光り輝いている。あまりに無表情で目だけが大きく開かれているため、意識があるのかないのか判断し辛い。

 少年は右手を真っ直ぐ伸ばしきり、ゆっくり持ち上げた。天まで上がりきった、右手に握る杖を振り降ろし、先端を雷門に向けた。

 そして、機械音のように無機質だがはっきり聞き取れる声色で謎の呪文を言い放った。

杖解(じょうかい)――”謀反物リフレクター”」


 ☆

 何故そんな言葉が出てきたのか朝日自身分からなかったが、それが脳内で浮かんだ文字列だった。

 言霊に反応したかのように、棒切れと呼べる程弱々しい見た目の杖が紫に発光し始める。三十センチ弱の杖がみるみる勝手に形を変え、長さを伸ばしていく。

 杖が刃を生やし、その刃先に光の輪が出現する。柄が三十センチ……四十センチ……五十センチと伸びていく。そして――形を変え終わったのか、紫の光はゆっくり収束していく。

 先程まで棒切れ程度の長さだった杖は先端にトランプのダイヤのような形をした巨大な刃と、一メートル以上の長さの柄を持つ長槍に変わっていた。ダイヤ型の刃の周囲にはルーン文字の刻まれた蒼い光の輪がかかっている。

「杖解――全ての魔法少年に一本だけ与えられる杖の、潜在能力を解放した姿。その言霊は杖の形を時に大剣に、時に弓に、時に生きた蛇や鳥等の生物にすら変える。

 杖から魔法を放つ『放出型』の魔法少女の雷門ちゃんに対して、杖自体に魔法をかけて形を変化させる『武装型』の魔法少年だった訳か彼は」

 雷門より後ろの岩場で寛いでいるホストが顎を撫でながら呟くのを聞いた。何か逆転劇でも期待しているかのような笑み。

「へえ、それがアンタの……」

 雷門はホスト以上に期待を抱いた笑顔を全面に出している。

「魔力は九十って所か? まともに戦えるレベルの基礎魔力までには引き上がったようだね」

 朝日の見た目だけでなく、中身も雷門を満足させる水準に至ったようだ。

 そして、再度光弾纏う杖先を朝日に向ける。電弾は最大限チャージされたままだ。

「ここまで魅せといて簡単に逝くなよ?」

 最高火力の電撃の光弾が杖から放たれた。

 迫る光弾に対して朝日は長槍の刃先を真っ直ぐに向ける構えをとった。

 光弾は槍の、光の輪を纏う刃先に命中した。

 直撃した瞬間、にまりと笑う雷門。

 しかし雷門の期待に反して、光弾は槍を破壊できなかった。そのまま避雷針で曲げられたかのように、元来た方向に帰って行った。

「うっそだろ!!」

 雷門の腹部に光弾は命中。

 そのまま五メートル程吹っ飛び、仰向けに倒れる。杖も手元からどこかへ吹っ飛んだ。

 数秒の沈黙後、ゆっくり起き上がる。ダメージは腹部に掛かっていたある物がクッションとなったため、大きくない。それはオレンジ色の宝石の埋め込まれたペンダント――変身石だった。

 起き上がってすぐに雷門が自身の胸元を見て驚愕する。変身石が粉々に砕け散り、破片が地面に広がっている。

 雷門の両脚元が透明になり、消え始めた。


 ☆

(へえ、魔法を跳ね返す魔法少年か……)

 岩陰から物珍しそうな物を見る視線を朝日に向けるホスト。二人の戦いの決着を判決し、隠れるようにその場から立ち去った。


 ☆

「アタイの負けって訳か」

 朝日は、棒立ちの雷門が吹っ切れたような表情で自身の薄れ消えゆく脚元を眺めながらそう呟くのを聞いた。そして視線を朝日に向け直す。

「勝者への褒美にアンタにアドバイスしといてやるよ。アタイは全魔童子の中で五番目に強い。だけど、そのアタイに勝ったからって調子に乗って強い魔法少女に喧嘩吹っ掛けんのはやめときなよ。何故なら、アンタがアタイに勝ったのまぐれだから。負け惜しみとかじゃなく」

 雷門の表情に嫌味や悪意はない。むしろ長年のライバルに向けるような清々しい表情だ。

「アンタの魔法が『魔法を跳ね返す魔法』って知らなかったからこそ成功した不意打ちだ。アンタの魔法が魔童子達の間に広まれば対策される。そうなったらアンタはその魔法だけじゃなくて、魔童子の身体能力を向上させる基礎魔力の方も武器にしなきゃならない。

 だが初心者のアンタにはそれが圧倒的に足りない。長年戦ってりゃある程度勝手に伸びるがな。だから弱い魔法少女と戦って地道に経験積んでいきな」

 雷門の体は既に腹部より下全てが消え薄れていた。

「……どうして僕にそんなアドバイスを?」

 朝日は雷門の朗らかな表情変化を感じ取り、目を丸くして尋ねた。

「言っただろ。勝者への褒美だ。それに負けた今となっちゃ魔法少年とか少女とかどうでもいいからな。ま、それら以上の一番の理由は……アンタはアタイと同属だからね」

 歯を見せつけて格好つけたように笑ってみせる。

「後、アンタ魔法王から説明省かれたみたいだから教えといてやる。その左腕だけどな、ゲームが終われば元に戻るぜ」

「……え?」

 朝日は聞き違いを疑う程自分の耳を疑った。

「それにこのゲームは絶対死なねえルールだから安心しな」

 更に雷門は言い加える。

 朝日が彼女の言葉の意味を問おうと口を開きかけた。

 が、それより早く、彼女の最期の時がやってきた。

 朝日が口を開くより先に雷門が開いた。遺言を残すかのように。

「アタイの代わりに願い、絶対叶えな。大切な人、助けてやんな」

 初めて雷門は少女らしい――というより姉のような、慈愛のある笑顔を見せた。

 それは初めてであると同時に最後でもあった。終わりの瞬間、雷門は祈るように目を瞑っていた。

(そして叶うならアタイの代わりに……あの男に一泡吹かせられる魔童子に……。いや、同性だから無理か……)

 雷門の透明化が頭の天辺までまわり、彼女の体は小粒の光となって完全に消滅した。人間界に還ったのだろう。


 ☆

 一部始終を自身の城の王座からテーブルに置かれた水晶を通して見ていた魔法王。朝日の覚醒を見てほくそ笑む。

「ゲームスタート時の魔力の多寡は二つの事柄で決まる。

 一つは『才能』と片付けるしかない潜在魔力。

 もう一つは『願いの重さと覚悟の強さ』。

 後者の『願いの重さと覚悟の強さ』に関して、新人の魔童子を三種類に分類できる。

 一つ目は『願い事を持たずにゲームに参加する』魔童子。

 二つ目は『願い事を初めから持つ』魔童子。

 最後に『願い事を戦いの中で見出だした』魔童子。

 この『願い事を戦いの中で見出した』魔童子に変身石は覚醒の力を与えることが稀にある。しかし覚醒の力を与えられるのは相応の『願いの重さ』と、何を犠牲にしても叶えるという『戦いへの覚悟』を持つ魔童子だけだ。世界には『人の想いや願いは比べる物ではない』等とぬかす者もいるが、そんな台詞は自分の願いの軽さを見透かされたくない者の戯言だ。変身石は人間の『願いを叶える意欲の度合い』を容易に見抜く。奴の『母を生き返らせ、友の左眼を取り戻したい』という願いの重さと、『それを叶える為なら他人の身も自分の身も犠牲にできる』程の戦いへの覚悟は変身石に認められたという訳だ。『才能』は並みかそれ以下だが『願いの重さと覚悟の強さ』は計千人の魔童子の中でも五本指に入るかもしれん。ふふっ! ワシは良い収穫をしたのかもしれんな」

「独り言は年寄りの悪い癖だね」

 王の高揚に誰かが水を差した。

 王室の入り口から右半分が白で左半分が黒の猫がトコトコ柔らかい歩法で王座に向かって歩み寄る。

「プレア、今回貴様が見つけてきた人材は当たりだったぞ!」

「それは良かった。何せ彼は七年かけた人材だったからね」

 満足気な王に対して白黒猫、プレアは無表情に微笑した。表情に変化はなく、声色だけが微笑している。

「ところで、何故紫水朝日は雷門千鳥(らいもんちどり)に勝てたのだろうね?」

「それはワシより貴様の方がよくわかっておろう。ワザと言わせたいのか?」

「そうじゃないけど、王様の見解を聞いておこうと思ってね。あの二人は同じ『変身石に覚醒の力を与えられた』魔童子だ。願い事も『人を生き返らせたい』という共通点がある。ならば紫水朝日に与えられる魔法は雷門千鳥と同程度の魔法となり、互角の戦いとなった筈だ。だけど、結果として紫水朝日は『魔法を跳ね返す魔法』という、雷門千鳥を上回る魔法を手に入れた。何故、同じ願い事なのに彼が上回ったか? 君はどう考える?」

 プレアが首を傾げて魔法王に問う。

「ふん。簡単な話だ。先に言っただろう、『変身石は人間の「願いを叶える意欲の度合い」を容易に見抜く』と。

 紫水は『どれ程叶えたい願いか』を変身石に証明できたのに対し、雷門は変身石に見抜かれていたのだよ、『覚悟の風化』を」

「覚悟の風化?」

 更にプレアが首を傾げる。百八十度に達しそうな程だ。

「誰でも初めは高いモチベーションでサバトに臨む。雷門も新人の時は紫水に劣らない程強く『父を生き返らせたい』と望んでいた。だが三年の時の中で、雷門は魔法少女のベテランとしての実力と同時に地位や権力も手に入れていった。奴のチームは今やこのサバトの中でも一、二を争う巨大魔法少女組織だからな。巨大な組織の長ともなれば多くの部下にもてはやされる。その時、大抵の人間は今の居場所に満足してしまう物だ。自力で願いを叶えようというストイックさも削がれ、慢心してしまう。極めつけは、「あの死神」に闘いの恐怖も植え付けられてしまったからな。慢心と恐怖の二つが奴に『覚悟の風化』を(もたら)した。

 対して紫水は、友の左眼を治すため、約四年近く医者を目指して毎日自己研鑽を積んできた。このサバトを利用するまでもなく、人間界で願いを叶えるつもりだっただろう。ワシが奴に『傷と生死』に関するルールを説明しなかったのも、変身石に奴の覚悟を証明する為、敢えて教えなかったのだ。あのルールを知ると知らないでは安心感が全く違うからな。あのルールを教えない事で覚悟を試した今までの新人魔法少年は例外なく全ての者が、死の危険が迫ると臆して、変身石を自ら破壊し、サバトを棄権した。中には『命より願いが大事だ』と口だけではほざいた者もおったな。だが実際は、誰も自身の命より大切な願い等持っておらんかったのだ。そんな連中と比べて、奴は自分の願いが自分の命より勝る事を行動で変身石に証明した。……まあ、ワシらが奴の下調べを済ませた上で魔童子に選んだのだから、必然と言えば必然な人材だったと言えるがな。

 結論だが、願いを叶える為に命を賭ける事ができないベテランとそれができるビギナー……変身石に選ばれたのは後者だったという話だ」

「その通りだよ。流石王様だよ」

 王の解答は満点だったようだ。プレアが満足気な声色を放つ。しかし表情はやはりない。

「ふん! 知っておった事をわざわざ聞くな」

 ギロリと一層強くプレアを睨みつけた。

 恐怖を感じない生き物な為か、無邪気な事にプレアは痒そうに右前脚で頭を掻き始めた。

「僕は彼がこの先、雷門千鳥に匹敵するベテランになっても彼女のようにならないと信じているよ。七年間彼を見てきた僕の鑑識眼に賭けてね」

 プレアは真面目な言葉を不真面目な態度で言ってのけた。


 ☆

 朝日は誰もいない荒野の中、他の魔法少女を求めて移動することにした。

 一人でも多く敵の変身石を破壊した方が、自身の二つの願い事を叶えてもらえる可能性が上がると考えたからだ。

(まだ一人目。こんな貢献度で魔法少年サイドが勝っても、僕の二つの願い、どちらの願いも叶えて貰えないかもしれない。

 魔法王の説明通りなら、そういう評価基準で叶えられる願い事が決まることになる)

 しかし覚醒時に一端は止まっていた飛ばされた左腕の出血口が少し開き始めていた。同時に麻酔をかけられたように消えていた痛みも少しずつぶり返してきている。

 雷門の残した言葉が真実なら、早く一時間経ち切って欲しい所だ。

 幸いフィールドはほぼ平野のため、全体を見渡す事ができる。だが逆に言えば敵も簡単に自分を見つけることができる。

 ひたすら荒野を進む。すると、突如桜の花びらが視界に入った。

「……桜? こんな荒野で?」

 頭上を見上げるが月に照らされた夜空しか存在しない。

 どこから飛んできた桜吹雪なのか分からない。こんな荒野に桜の木が存在するとも思えない。

 朝日は瞬時に敵に攻撃を仕掛けられていることを理解した。

 無数の桜の花びらがカッターのように朝日を襲う。

 花びらの雪崩をぎりぎりで回避した朝日。回避跡には砂を巻き上げた小さなクレーターができている。

 後ろに人気を感じ、振り向く。五メートル程度離れた岩場の上に少女が真っ直ぐな脚を交差させて立っている。杖先は朝日に向いている。

 下半身はミニスカートにニーハイソックスとハイブーツ。上半身は帯を巻き、袂のはためく着物。頭に三角帽子。上下合わせ洋風な和服という印象。色はピンクと薄紅がバランス良く配色されている。そして左眼に桜の模様の入った眼帯をつけている。

 髪型は胸元まで垂れる長さの薄紅色の髪を花飾りで二本に分けて纏めて、下向きツインテールにしている。

 武器をこちらに向けているが表情に敵意はなく、競技中のスポーツ選手や演奏中のピアニストのように真剣だ。その右眼の瞳は純真さを感じさせる。

 顔の造形は大人びた美しさと、幼い可愛さを両方併せ持っている。肌色は雪のように白い。

 朝日の少女に対する第一印象は(はかな)い『戦乙女』や『聖少女』だった。

 朝日は新手の魔法少女の顔を見つめながら呆然とした表情で小さく呟く。

「月夜……」


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