劉備の族弟
劉弘が旅立ってからほどなく、劉備の家に来客があった。劉備の母の家族だ。
冀州のほうに居を構えていたが、事情があり一時的に移り住むことになったのだ。冀州ではそれなりの地位にいて貧乏ではない。だがいきなり幽州へ来ても家があるわけではないので一旦親戚の劉備の所へ身を寄せることになった。劉備の家の敷地の端の空いている場所ではすでに新しい家の建築が行われている。劉備の母は連絡を受けてすぐに、彼らの住む家の建築を手配していたのである。もちろん費用は親戚持ちだが。
「すぐに取り掛かったのですが、間に合いませんでしたねぇ。」
「突然のことだったので仕方なかろう。母屋を借りることになってすまないね。」
劉備の母の父はそう答えた。名はわからない。
「備は何歳になる?」
「4歳になりました。」
劉備の母はそう答えると、劉備を呼んだ。
「そうか、4つか。うちにも小さいのがいるから仲良くしてくれたらいいんだがな。」
「雍ちゃんでしたね。会うのは初めてですね。」
「おい、雍を呼んできなさい。」
劉備の母の父は家人に声をかけた。
少しして雍と呼ばれた子が劉備に遅れて部屋に入ってきた。なんとも穏やかな表情をした子だった。
「雍よ、この子は劉備という。お前の兄にあたる。挨拶をしなさい。」
「劉備兄上、耿雍です。」
「劉備です。弟ができてうれしいよ。」
二人はそれほど緊張もせず微笑んだ。
その夜劉備は弟と寝るといって耿雍と一緒に眠った。
それから毎日二人はいつも行動を共にした。父が旅に出ている寂しさも紛れたのでちょうどよかった。
家が出来上がると親戚たちは当然新居へ移住した。耿雍もそちらに行くため劉備は一緒に寝られなくなり不満を持った。とはいえ歩いて数分の距離。朝が来ればすぐに迎えに行きどこかしらへ遊びに連れて行った。本当の兄弟のように仲が良かった。
ある日劉備の母は二人がよく話をしていることに気が付いた。
(学問を始めてもよさそうだ)
そう思い、午前中を学問の時間にすることにした。
「備、雍、明日から朝は学問を教えますので、出かけるのはそのあとからになさい。」
「わかりました母上。」
「わかりました伯母上。」
二人とも素直に従う。
劉備の母は簡単な文字を教えることから始めた。
名まえをかけるようになったときに耿雍は言った。
「伯母上。かん、という字を教えてください。みんな私のことを簡雍というのです。」
「この辺の人は耿を発音できないからねぇ。私も簡さんと呼ばれるよ。」
そういって”簡”の字を教えた。
耿雍はそれから名前を簡雍と書くようになった。間違いを指摘するよりも合わせてしまえという適当な性格のようだ。
簡雍の親類に耿武という者がおり、のちに韓馥に仕えた。
韓馥が袁紹の誘いに乗り冀州を譲ってしまうときに強く反対したため、袁紹の配下の田豊に殺害されたのだが、簡雍は幼少期に冀州を離れて暮らしていたために耿武という人物をしらないまま育った。このような事件が起こっても簡雍は特に思うところもなかったらしい。
族弟に耿紀というものがおり曹操に仕えていたが、同様に面識もないため興味も持たなかった。
姓を変えていたので連なる者として考える者もいなかった。
洛陽の劉弘たちは土産でも買って帰るか、ということに落ち着いた。
劉弘は古道具屋で柄の装飾に龍をあしらっている剣を見つける。鞘はおそらく適当なものを合わせただけに見える。刀身は刃こぼれがあり、実用に耐えるようには見えない。要は柄だけ派手なガラクタだ。しかし劉弘はどうしてもこれが気になり、買うことにした。
ほかの面々も思い思いの土産物を買い、4人まとまって帰還することにした。
「北門から出ると、河を下る船に乗れるらしい。渡った津まで陸を進むより早いという話だ。」
張何某はどこかでその情報を得たらしい。
「それはいいな。そうしようじゃないか。」
劉弘は乗り気だ。
「船はちょっとなぁ。」
船酔いを恐れたやつが反対をする。
「早くて楽な方がいいだろう。」
劉弘は楽をしたい。
「「沈没したら一巻の終わりだし、来た道で帰ろうぜ。」」
「どちらにしても結局船には乗るんだ。ここから乗ってしまった方がいいと思うぞ。」
張何某も説得にあたる。
しばらく問答を続けた頃、劉弘が提案した。
「囲むか。」
麻雀のようなもので決めようというのだ。ふつうにくじ引きでもいいだろうに。
「「「いいねぇ。」」」
全会一致で決まった。
どこで打つかが問題だが、市場の方でそういう場所があったのを思い出した。
屋内ではなく外で打っているので、賭博を疑われることも少ない。
卓と牌を借りて4人は打ち始めた。始めると周りに見物人が何人か囲ってきた。
落ち着かない。いつも夜中で部屋に隠れてやっていた彼らは人に見られることに慣れていない。
座り心地の悪いまま局は進んだ。
1荘が終わったが見物人は打ち方や内容についてどうのこうの話していて離れる様子がない。もう結果が出たので出発したいのだがたつに立てず、次のゲームに入ることにした。
結局陽が沈むまで打ってしまい、帰りは翌日に持ち越された。
「これだけ打って勝ち負けなしだろ。疲れただけだな。」
「賭けないとあんまりおもしろくないな。」
余計に時間を使ってしまい、一行は疲れをためた。
ちなみに帰り道は船コースになった。
劉弘の旅なんてどうでもいい・・・