劉弘さん 賭け事もほどほどにした方がいいよ
劉弘の夫婦喧嘩から1年ばかり過ぎたころのことである。
司隷校尉の李膺が洛陽で有力宦官の張譲の弟を罰したとの話が幽州涿郡まで流れてきた。
都から離れていてほとんど直接的な影響はないのだが、市井では話題に上り興味を持って語られた。
そのためこの涿郡でも治安が一時的によくなった。郡の役人が罰せられるのを恐れて真面目に仕事をするようになったためだ。最近は賭場もなかなか開けなくなった。当然劉弘は不満だった。
「最近は仕事も忙しくて大変だ。」
そういいながら本音は賭け事ができないことに対しての不満だ。
「なぁ、張さんとこで今晩あたりなんかしないか?」
劉弘は同僚の張何某に声をかけた。
「そうだなぁ。あと二人くらい読んで囲むか。」
「お、いいねぇ。久しぶりに机を囲んで語り合おう。」
どうやら麻雀のようなことをすることにしたらしい。
それからというもの劉弘たちはたびたび集まって打つという生活をつづけた。完全に睡眠不足になる。
ある日劉備が言った。
「父上、毎日遅くまでお勤めありがとうございます。」
「いつの間にこんなに立派になったんだ?」
「父上のおかげです。」
「お前はよく勉強して、立派な大人になるんだぞ。」
「はい。父上のように国のためになる大人になります。」
劉備はいたって真面目に父と会話をした。しかし家の奥からブッと噴き出す声が聞こえた。
「母上、大丈夫ですか?」
「ゴホン、ゴホン。大丈夫だよ。ちょっとのどに何か引っかかっちゃったみたいだよ。」
そういいながら劉備の母、耿氏は劉備の方へ歩いてきた。
「何が正しいのか、何が間違っているのか、しっかり見極められる大人になりなさい。」
「(よくわからないな)はい、母上。」
まだ劉備には難しい話だった。先ほどのあらかじめ用意した会話でないと大人びた話はできないのだ。
正直まだまだ発音もあやしい子供である。
「あんた、そろそろ話し合いが必要みたいですよ。」
耿氏は劉弘に向かってそう言った。
「??なんだろう??」
劉備にはもちろんわからない話だ。
劉備が眠った後、劉弘は妻に説教されることになった。
それから数日したころ、劉弘は突然出張の指令を受ける。
「劉弘、張の家で何をしているか私が知らないとでも思っているのか?」
「そ、それは・・。
「これが漏れると私にとってもよからぬことになる。なかったことにしてやるから、洛陽までの使者の護衛を命じる。お前たち4人と陳隊長で行ってこい。」
陳隊長は郡兵士が逆らわない強面の隊長だ。劉弘のような文官は本来関わることにならないはずだったのだが・・。
「は、承知いたしました。」
街道を荷車もなく馬で通っていくだけなので、山賊にあうこともほとんどない。
洛陽までの道はおそらく安全に踏破できるだろう。
一行は最低限の装備品を郡から借り受けて出立した。
道中何も起こらず油断して、張何某が大あくびをした。
「貴殿、この任務を何だと心得ておられる? 下馬されたい。」
陳隊長は目を怒らせてそういった。
そして張何某が下馬したところ、鉄拳制裁が行われた。
「ぐへっ。」
「天子様の住まう都への使者殿を警護しているのだ。油断なきよう。」
陳隊長はひらりと乗馬し道を再開した。
4人は馬の鞍が針のむしろに変わったような気分になり、押し黙ったままの旅となった。
「日も落ちてきた。今日はここで野営することにする。」
隊長の号令で4人は野営の準備に取り掛かった。
張何某が薪を集めていると、陳隊長が近づいてきた。
「あくびはかみ殺すようにすればよし。大あくびで目を閉じてはならぬ。うまくやり給えよ。」
そういって背中をたたいた。
(それは最初に言ってくれよ・・・)
準備が出来上がり、食事を摂る一同。
「お前たち。食事の時くらいは陽気にできないものか? わしにも陰気が伝わって気が滅入るぞ。」
郡主の書簡を届ける使者である爺さんが言った。
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
麻雀4人衆は陳隊長が怖くて何も言えない。
陳大将は隣にいる張何某の横っ腹を突いた。
「ぅっ!」
「なにか面白い話をしろ。」
なんという無茶な要求か、と張何某は陳大将の顔を見るが、陳大将は笑いをこらえているような表情をいsていた。
「では使者殿。そこにいる劉弘の家の話を聞きましょう。私たちはいつもそれで楽しませてもらっておりますので、どうかお聞きください。」
突然振られた劉弘は口の中のものを吐き出しそうになったが、何とかこらえた。
「いやいや、お恥ずかしいばかりで愉快なものではありません。」
劉弘はどうにかこの場をごまかそうとしたが陳大将が興味を持ってしまった。
「そういえば、貴殿の夫人は耿氏だったと聞いて居るが、それがしもそのあたりを聞いてみたい。」
「おう、美人で名高い耿氏を娶ったのは貴殿だったか。わしも興味あるぞ。」
使者の爺さんまで乗ってきたのでもう逃げられない。劉弘は腹を決めるしかなかった。
「どこから話しましょう・・。」
雑談が許される雰囲気になったことを感じ取り麻雀4人衆の緊張はある程度緩和された。
そのうちの一人が言った。
「やっぱりおれは、この間聞いたへそくり事件をまた聞きたいぞ。」
「いやいや俺は結局小遣いをくれた話がいい。あれは染みたからな。」
こうして劉弘の独演会状態になった夜は更けていった。
翌朝出発の時に陳隊長が言った。
「昨夜は気を許して話ができて良かったが、いつ何時 事が起こるかわからぬ。気を引き締めていくぞ。話をするなとは言っておらぬし、あくびもかみ殺せばいい。ただ目を閉じて見えない状態になることは許さんからな。」
張何某は我慢できずに言わなくていいことを言う。
「昨日言ってくれ・・・。」
「はっはっは。そうだったな。当たり前のことだと思って言わなかったが、お前たちは兵じゃなかったのだからな。」
陳大将が怒ることはなかった。しかし使者の爺さんが反応した。
「兵じゃないのか! わしは無事に洛陽まで行けるのか?」
「大丈夫です。私にお任せください。」
陳大将は胸を張って自信たっぷりに答えた。
「大丈夫かのぅ・・・。」
使者の爺さんは誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
がんばって書いてます