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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
9/73

9話 生まれ変わる

よろしくお願いします。

 昨晩、シジフォスはあまり眠れなかった。

きっと仕事をせず、体が疲れていない事もあるのだろう。

二日続けて飲み歩き、まだ体はフワフワとしていたが、外套に袖を通し安宿を出ると、目標を叶えるために王都西地区の冒険者ギルドへ歩く。


 務めていた商会の前は通りたくなかったので、シジフォスは王城の裏通りを抜けて進んだ。

すると、王都中の子供たちを吸い込んでいく託児所が目に入って来る。


 王城の裏手が近衛兵向けの兵舎や練兵場だったのは昔の話で、今は託児所とその運動場に改築され、王都の働く母親を助けている。

近衛兵たちが王城の背中を護るために立哨していた石積の櫓は、子供たちが昇り降りする遊具のようになっている。

まだ魔力証も持たずに、無邪気に遊ぶ子供達を見ていると、シジフォスは子供の頃や付与魔術師になったばかりの頃の事を思い出していた。


 王城の背後を抜け、西地区へと下って行くと、遠くの倉庫街の先に、働く巨大なミスリルゴーレムが見えた。

今日も大きな体で船から港への荷揚げを行っている。

海鳥の群れがミスリルゴーレムを避けるので、空には大きな穴が開いているように見える。

大型ミスリルゴーレムの長い腕は、遠目に見ていても頼もしく感じられた。


 港を見下ろしながらスラム街を避けるように歩き、飲み屋街に戻ると、昨日の夜ほどの人通りは無かった。

ティトと利用した屋台は小さく畳まれて、道端の隅で店主の帰りを待っている。


 飲み屋街を抜け、仕事をしていない罪悪感を感じながら開店したばかりの商店の前を歩くと、遠くに王都でも一際古い冒険者ギルドの建物が見えてきた。

シジフォスは事前に軽く食事を済ませる算段をしながら、ギルドに向かって歩き続けた。



 ギルドの入り口前のミスリル床に立つと、扉を開ける前に、自分の存在がギルドの中の連中に伝わった事が解った。


 シジフォスにも、ギルドの中の他の冒険者の装備の内容まで伝わって来る。

待ち合わせているカヌーが既に到着している事も解った。

少しでも気にかけてしまえば、魔導回廊の中では筒抜けなのだ。


 扉を開けて中に入ると、他の冒険者の好意的な視線を感じた。

鉄板の初期装備を、しっかりとフル装備したシジフォスは優良物件だった。



「…シジ、今朝は何か食ったか?」

「あぁ、そこの行商でパンを買ったよ。不味かったけど。」

「…朝飯ぐらいなら構わないが、保存食は行商からは買うなよ。」


 ギルドに入ると、直ぐにミスリル製の椅子から立ち上がってカヌーが話しかけて来る。


椅子はミスリル製と木製がの物が半分づつぐらいだ。

木製の椅子を使い、魔道回廊に繋がらずに座っている冒険者も何人かいた。


「…あいつら行商はなんでも物を貯めこむからな。魔力を魔力証にため込んでる分には構わないが、食料だなんて、いつの物だか解ったもんじゃない…」


「果物なんかは美味しいじゃん。」


「…でも、この時間じゃ売って無かっただろ?果物を売ってるのは行商というよりは冒険者崩れだよ…朝早く取りに出かけて、昼頃に戻ってくるんだ。」


「そうなんだ」


「…武器の修理なんかにまとまった金が必要になると、行商の真似ごとをやったりもするんだ…」


 カヌーは魔導回廊越しよりも、直接会話をする時の方が良くしゃべる。

"誘引の剣"と"反動の盾"に"身代わりの鎧"を着込んだ盾役戦士の最適解をフル装備に、上から黒いローブを羽織っていた。


 カヌーは背が高く手足も長いので、盾は小さく、剣は短く見えるが、薄手の黒いローブはカヌーの褐色の肌に似合っていた。それでも、肩当ての外れた鎧はそろそろ修理が必要に見える。


カヌーに促されて、シジフォスはギルドのカウンターに向かって歩く。

大部分の事務処理は魔導回廊越しで事足りるので、誰も並んではいなかった。

受付で魔力を払い、今や懐かしい初級冒険者向けの印章を購入すると、早速受付で魔力証に紐付けた。剥き出しになった魔導回廊の突端に自分を紐付けた印章が吸い込まれ消えて行く光景は、それを生み出していたシジフォスにとっては感慨深い。

そしてあっさりと、魔導回廊に保存されているシジフォスの職歴は更新された。


 以前はギルドを通して仕事を依頼する人間が解りやすいよう、冒険者には職業やクラスといった枠組があったようだが、魔導回廊に職歴、装備、クリアしたクエストの履歴が残る今は、クラスと言った枠組みは無くなっていた。

"シーフ"というのも、シジフォスが憧れから言っているだけだ。

必要が無くなっても、憧れに根差した人々の目標は変わらなかった。


 受付嬢は小柄で可愛らしい女性だったが、余計な会話は一言もなかった。

直ぐ奥のミスリル椅子に座るギルドの古株と思われる職員が、目を閉じ無言で集中している。おそらくは魔導回廊越しに冒険者のサポートをしているんだろう。

受付の職員は奥でサポート中の先輩職員に気を使っているようだった。



「…シジフォス、依頼の提示版はこっちだ」


 カヌーが妙に嬉しそうにギルド内を案内してくれる。


「…木札とミスリル札があるだろ。木札が非公開依頼で、魔導回廊に情報を伏せたい依頼。逆に、ミスリル札は魔導回廊に広く公開されている依頼だ。」


 シジフォスは公開依頼の事は知っていた。意識すれば魔導回廊越しに何処からでも依頼の確認をすることが出来る。

付与魔術師を辞める前に、何度も依頼を眺めながら、冒険者としての生活を想像していた。


 木札は随分無くなっていたが、ミスリル札はだいぶ余っている。


「…ミスリル札の依頼は国や軍が絡む公の物など、軽くて地味な依頼か?どうしようもなく重たい依頼か?のどちらかだからな。まぁ人気は無いな。」


「そうなんだ。」


 シジフォスはカヌーに返事をしながら真新しいミスリル札を手に取る。


「……密入国した獣人の子供を送還する旅程の護衛依頼か…50万ゴールド??…犯罪者一人を送り返すのも魔力がかかるね。」


「…その依頼は地雷だ。金額は魅力だが、どう考えてもただ事じゃないし、関わりたい冒険者は居ないだろう。一週間はここで干された後に、南の砦から騎士団が出向いて来て片付けるんだろうな。」


 シジフォスはカヌーに促されてミスリル札を元の場所にかけ直した。

カヌーは少し考えた後、別のミスリル札を手に取って、シジフォスに向き直る。


「…この辺りが妥当じゃないか?王都内で断線したミスリル線の調査依頼。場所はスラム街の奥。二人で行けば楽勝だろ。」


「そうだね。僕は初めてだからカヌーに任せるよ。」


 二人は無口な受付の職員の待つカウンターに向かい、依頼のミスリル札と二人分の魔力証を提出した。




 マルフェオは付与魔術商会の机で役所の仕事を片付けていた。


 昨晩、急に宰相から通知があり、王都の北東にある肉屋の取り潰しが決まったそうで、その影響の調整を投げられていた。

いつものように理由は伏せられている。

知りたければ正式に内務卿になれと言う話だ。


 肉屋が一つ無くなる影響は以外に広く及びそうで、マルフェオがたまに楽しんでいた役所の側にある屋台のサンドイッチも無くなりそうだった。

あの臭みと旨味が味わえなくなるのは、少し寂しい気もしていた。


 別の肉屋を紹介する事になるだろうが、同じ味にはならないだろう。

魔導回廊を通して肉屋の帳簿を見ていると、獣肉の塩漬けが余りそうだったがサンドイッチの屋台で使い切れる量でも無さそうだ。

マルフェオは他の買い手にも連絡を取り、肉屋の営業のような仕事を続けていた。



 マルフェオが仕事に区切りをつけると、ティトが黙々と働いていた。

今日は珍しくマルフェオよりも出勤が速かったはずだ。



 ティトの机の上には、魔導回廊から引き出した火の精霊を模した印章が散らかっていた。

どうもこの魔法陣をさらに小型化しているようだ。

手元を見るとメモ書きのような図面を引いている。


 しばらく後ろから覗いていたが、ティトはマルフェオに気が付く事もなく作業に没頭していた。


 マルフェオは、取り敢えずはティトがミノタウロスの子供の事を引きずる事なく、仕事に専念している事に一応の安堵はしていたが、少し目付きの変わったティトに、危なっかしさも感じていた。



 テミスはもう50歳を超える老婆だったが、今日も港中に響き渡る大声で指示を飛ばしていた。


 

"ベイツ"と名付けられた巨大なミスリルゴーレムが、船から大きな木箱を荷揚げしている。

重たい大型ゴーレムは、本来海岸の砂浜の上を歩く事は出来ない。体が沈み込み、足を取られてしまうからだ。


 でも港には砲弾をも跳ね返してしまいそうな硬い石畳が敷き詰められ、ゴーレムが歩き回ってもビクともしていない。

大型ミスリルゴーレムによって引き上げられた木箱に労働者が群がり、それぞれの台車に荷物を分けて倉庫に運び込んでいた。


 大型ミスリルゴーレムの"ベイツ"という名前は、雷帝ベイトソンにちなんで名付けられた。


 雷帝ベイトソンは、この世界に転生して来た時、この港の小魚を塩漬けにする壺の中に捨てられていたそうだ。

そこから壺を作る奴隷として成長したが、生まれ持っての魔法の才能を、異世界から持ち込んだとされる不思議な知識と組み合わせ、魔導士として大成し世界を作り替えた。


 テミスの祖母は生前のベイトソンと面識があったようで、子供の頃はよく話を聞かされた。

生まれ変わった港では、小魚の漁も塩漬けの製造も行われていない。テミスが知る限り奴隷も居なくなった。


 テミスはベイトソンが作ってくれたこの世界に、毎日たっぷりと愛情を注ぎ続けていた。

世界で最も豊かになった港も、ベイトソンが育った頃とは全く別の場所になっていた。


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