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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
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71話 水の不足

よろしくお願い致します。

 

 北軍の女性騎士リオリタは、王城の前庭に集まっている兵士たちとの距離を図りそこねていた。


 王城の前庭は城の南側を向いており、元々、リオリタの所属する北軍の管轄ではない。

その王城にしても、ここは平時は観光客向けの美術館であり、リオリタからすれば、前庭は彼ら観光客を送迎する駅馬車の停留地という程度の印象しかなかった。


 そんな、さして広くもない王城の前庭に、今では北軍と南軍の兵士が入り乱れて(たむろ)している。

魔導回廊を失った軍隊は、まるで神経を抜かれ、活締めされた魚のようで、イキは良く見えるが、まるで身動きが取れていない。


 元はと言えば、魔導回廊も魚の活締めも、雷帝ベイトソンがこの世界に持ち込んだものだ。


 リオリタは活締めされた新鮮な魚を食べるのは好きだったが、自分たち王国の軍隊が、神経を抜かれた魚のように、まな板の上に乗り、後は美味しく食べられてしまうだけ…そんな状況に陥っている現状には寒気がした。

リオリタは思う。雷帝が魔導回廊を持ち込む前の軍隊は、どうやってその統制をとっていたのだろう?


 困惑するリオリタを兵士たちが笑顔で取り囲むと、彼らは水が空になったミスリル・フラスクを手持ち無沙汰に、図々しくも、あけすけな談笑でリオリタを話題の中心に引っ張り込んで来る。


リオリタの心は、彼らからジリジリと後退り、適度な余白を求めていたが、今、この場所から逃げる事が出来ないストレスは、リオリタの騎士としての精神を少しづつ歪めていった。



 リオリタが連れ立って来たもう一人の騎士は、流石に斥候の専門家だけあって、既に身を隠し、リオリタにもその居場所は解らない。


リオリタが一人で兵士たちに囲まれ困惑していると、不意に、リオリタの耳には音楽が聞こえてきた。


それはどことなく懐かしいメロディで、リオリタを、どこかセンチメンタルな気分にさせる。

その音は、魔導回廊の中で再現されていた荘厳でふくよかな音色とは違っていたが、か弱く優しく、哀愁を帯びた音色だった。


 リオリタは、そのメロディが、魔導回廊の中で聞かれていたクラシック「冒険者の酒場」である事に気が付いた。

剣士トネールの時代、まだ王都の産業が地下迷宮からの産出物に頼っていた頃の、吟遊詩人たちの奏でる音楽。

リオリタは、あの古臭い空気感の中で謡われる、権力闘争や裏切り、愛や共有された夢のような単純な歌詞が嫌いだった。

でも、今、王城の前庭に響いている音楽には歌唱は無い。


 リオリタは思わず空を見上げた。王城から見上げる朝の空は驚くほど青く、雲一つない晴れ渡った日だった。

彼女はふと、青空と、その空間に流れている柔らかい音楽に、子供の頃に父や母と訪れた東の大河や、そこで遊んだ記憶を思い出した。


あの頃は、全てが満ち足りているように思えた。不足している物は何もなかった。

あの時も空は青く、空気は冷たく、幼いリオリタには、何もかもが、どこまでも広がっているように感じられた。


 リオリタを取り囲んでいた兵士たちの熱気は、音楽の柔らかさと、か弱さに(ほだ)されて、彼らの視線は王城の中庭へと続く一角に集まっている。

リオリタも兵士たちの視座に気が付き、王城の中庭の方向へ振り向く。


 その一角では、王都の住民たちが腰を下ろし、銀色に輝くミスリルの楽器を奏でていた。





 パン屋の主人の耳にも、もう王城の厨房に備え付けられた井戸からは水を汲み上げられない事実が伝わっていた。

この裏庭にも井戸はあったが、今、思い思いにパンを食べる王都の住人たちが飲む水の量を考えれば、ここの井戸も直ぐに枯れてしまうのかも知れない。


 パン屋が明日も、今朝方に焼き上げたような長時間の発酵をとるパンを焼くなら、そろそろ生地の仕込みを始めなければならない。

だけれど、仕込みに使う水が手に入らないなら仕方がない。


 パン屋は手水として残しておいた水に、多めの酵母を溶かし込むと、それを枯れてしまった厨房の井戸の側まで運び、丁寧にミスリルの桶に移し替え、紐をくくり付けると、それを井戸の蓋の隙間から、慎重に冷たい枯れ井戸の底まで下ろした。


 明日は多めの酵母を使って、発酵の速い軽やかなパンを焼けばいい。

足りない風味は、今、井戸で冷やした生地を老麵として加えて補えばいい。

まだ慌てて仕込まなくても、夜明け近くに仕事を始める事が出来れば、皆の朝食には間に合うだろう。


 手持ちぶたさに体を開けてしまったパン屋の主人とその弟子たちは、厨房から裏庭に戻ると、まだ真新しい窯に背を預けながら、最後に焼き上がった大型のパンをミスリルのナイフで切り分け、皆でかぶり付いていた。

背中には、まだ窯の温かさを感じる事ができる。


窯の前に立ち続け、焼成を担当していた職人だけは、まだパンは喉を通らないようで、汗に濡れた作業着を窯の前に干したまま、裸で体に不足した水を飲み続けている。


 パン屋も王城に避難している住民たちも、皆、黙々とパンを食べていた。

そんな中に、王城の前庭の方向から、兵士たちの騒ぐ声が聞こえて来る。


 一度大きく盛り上がった声援は、その後も穏やかで暖かい談笑に変わり、兵士たちの喜ぶ声は遠くに響き続けていた。


そんな賑わいに誘われて、お腹を満たした何人かの住人が自身の楽器を持って立ち上がった。

魔導回廊の中で、過去の名演が再現されるようになり、本職の吟遊詩人はこの王都からは姿を消したが、余暇を楽しむ素人の真似事は無くならない。

むしろミスリルで複製された安価な楽器が出回った事で、町場の演奏家の数は増えていた。


 楽器を持ち込んでいたのは、大きな荷物をもって逃げて来た東の丘陵地帯の住人が殆どで、その大半がパン屋の主人の顔見知りだった。


パン屋の主人は、まだ残るパンと、残り少ない井戸の水を弟子に準備させると、楽器を担いだ住人たちに少し遅れて、自身も王城の前庭に繰り出していった。





 王都の役人オフィリアが一晩溜め込んだ疲れは怒りに変わり、上司であるマルフェオへの苛立ちが、その怒りに油を注いでいた。

 

 さらに王城の中庭を横切って来た野蛮な馬丁のような男が、雑に官服を羽織っている姿を見止めると、オフィリアには、さらなる燃料が注がれ、その今にも弾けそうな鬱憤(うっぷん)はオフィリアの役人としての精神を歪めていく。


そして、オフィリアの歪んだ怒りは、強い悲しさや情けなさに変わっていった。


 オフィリアは、自身の婚約者であるクーリエが、あんな野蛮な馬丁のような男から親しげにパンを受け取っている事が許せなかった。


 クーリエの顔には、目立つ痣が出来ていて、まるで腕の悪い冒険者のような粗暴さを感じさせる。

クーリエは働き者で合理的な男だったが、身なりを整える事や、役人らしく立ち居振る舞う事も、無駄な事だと切り捨てるような極端な面も持っていた。


だけれど、クーリエが手にしているパンは艶やかで、まだ温かな湯気が立ち、オフィリアの目にも魅力的だった。

パンから漂う湯気には野菜を煮詰めたソースが焦げたような香りがあり、お腹を空かせたオフィリアの食欲を(くすぐ)る。


 野蛮な馬丁のような男の事を、クーリエが一言二言、語っていたようだが、パンに目を奪われるオフィリアの頭には、クーリエの言葉は入って来ない。

 オフィリアは、自身の婚約者がパンに浄化の魔法をかけてくれた事を見とめると、恐る恐る香りを確かめ、その小さなパンを口に運んだ。

柔らかく瑞々しいクラムは直ぐに溶けてなくなり、香ばしいクラストの香りは鼻から抜け、溶けた粉の甘味が喉に落ちていく。


 温かなパンを食べ終えたオフィリアが、小麦の甘さに搔き乱された、自らの怒りや情けなさの置き場に困惑していると、その前を楽器を持った王都の住民たちが横切っていった。

何人かの住人は、オフィリアには目もくれなかったが、彼女の婚約者クーリエには笑顔で会釈をしている。


 彼ら上機嫌な王都の住人たちが歩き去ると、その後から、素手のまま抱えられた大きなパンと、ミスリルの樽を担いだパン職人の面々が、ノシノシと大股で歩き、オフィリアの前を通り過ぎて行った。

彼らの機嫌の良し悪しは解りにくく、役人にも興味は無いようだ。


 そして、彼らの快活な背中が、自身の腹の底に落ちた甘いパンの現実感に紐付くと、オフィリアは、国家の裏方たる自分たちの職務…不足する井戸水への対処に立ち返った。





 王城の前庭に流れる音楽は、より穏やかな旋律に代わり、遅れてやって来たパン屋が切り分けたパンを食べれば、女性騎士リオリタの周囲には、いつの間にかに適度な余白が生まれていた。


 

 リオリタは、結婚して夫の家の家名を授かり、夫と共に騎士となった。

それ以前は北軍の兵士として働いていたが、リオリタは兵士の中では浮いていた。

仲間の話など聞かなくても、魔導回廊に繋がっていれば、命令や情報のやり取りは事足りていた。


 改めて見回せば、リオリタの周囲に居るのはベテランの兵士ばかりで、若い兵士たちは気の合う若者同士で寛ぎながら、パンを食べ水を飲んで語らいでいる。


 リオリタは、自分から離れて座っている、まだあどけなさを残す若い兵士たちを見て直感的に理解した。

これからは、親がまだ魔導回廊に繋がる魔力証を持たない子供を叱るように、兵士に訓練を施し、率いていかなければならないのかも知れない。


 リオリタには、まだ子供はいなかった。

だけれど、騎士であるリオリタの周りに集まるベテラン兵の中には、子を持つ親も多いのだろう。


 リオリタは彼らベテラン兵の一人一人から話を聞いていく事にした。

彼らは、それぞれが異口同音に問題を訴え掛けて来る。

今、王城で最も問題になっているのは水の不足のようだった。そして王城の貯蔵塔の扉が開かない。


 リオリタが北軍の士長ジェリマリガンから受けた任務は、ここで北軍の副士長サリバンを待つ事だ。

サリバンに情報を届ける手はずになっている騎士、ラテラルは北軍の中でも指折りの剣士で、任務を仕損じる事はないだろう。


 リオリタは時間をかけ、今王城の前庭に集まるベテラン兵たちの顔と名前と人柄を覚えていく。 

根拠は何も無かったが、リオリタにはそれが今の軍には必要な事に思えた。

病院から初投稿


端折っている分、だいぶ雑になってる気もしますが、まずは書ききる事を最優先。

手直しは後から大幅に行うと思います。

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