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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
71/73

70話 一歩を踏み出す

よろしくお願い致します。

 

 公共窟の入口を塞いでいたミスリルの(かんぬき)が床に落ちると、役所の講堂には、甲高い金属音が響き渡った。


 (かんぬき)を固定していたミスリルの金具を外した、流れの鍛冶屋ファビスは、素早く足を引き、自身の足の上にミスリルの(かんぬき)が落ちてくる災難を避ける。


 鍛冶屋ファビスの足は、シーフのアリッサと火の魔導師セルペンが仮眠している間に造られたミスリルの具足で守られていたが、響いた音から察するに、もしもミスリルの(かんぬき)に潰されていれば、足は無事では済まなかっただろう。


 その骨を砕くような、硬く印象的な金属音は、鍛冶屋ファビスの後ろから作業を眺めていた王城の料理長、ファリナム・モーリスの耳と精神を痛めつけた。


その音は、ファリナムの父親が統治する自領で行われている、獣人の角を叩き斬る際の切断音を思い起こさせる。


 過去の朧げな記憶の中で、角を落とされ去勢された獣人は、農奴として、父親の農園で働いていた。


 父親の農園は、王都からも、国境沿いの最前線からも同じぐらいに遠い東の大河のほとりにあり、王族の目も役人の目も届きにくい環境にあった。

ファリナムにとっては、あの農園で働いていた獣人の農奴は、禁欲的だった頃の自身の幼少時代の象徴になっている。


 今となっては、上級貴族としての生活を捨てた放蕩の果てに、理想主義者として生きているファリナムには、もう禁欲的な生活などは縁が無い。あの農園には、近寄る事もないだろう。

それでもファリナムは、今、自分が酷い顔をしている事を自覚している。ファリナムにとっては、それだけ不快な音だった。

ファリナムは直ぐに冷静さを装って、いつものように顔色を取り(つくろ)う。


 ファリナムの記憶の中では、彼の父親は、農奴の獣人から切り落とした角で趣味の悪い短杖を作っていた。

そして、その白く短い杖でファリナムの事を叩いた。

幼いファリナムは、人と同じような事を、人より先に行うと叩かれ、人より遅れると、もっと叩かれた。

ファリナムの母親と弟は王都で暮らしていて、あの農園では、ファリナムはいつも父親と二人きりだった。



 一瞬の沈黙の後、ファリナム・モーリスが背後に振り返れば、上級冒険者アリッサの冷たい視線がファリナムに向けられている。

仮眠していたアリッサは、土の精霊がアリッサを守る"(まゆ)"のようなハンモックから優雅に立ち上がると、マルフェオ・レビリタスから預かったローブを肩から羽織り、以前にも増して威厳のようなものを身に(まと)っていた。


 ファリナムが前方に視線を戻せば、公共窟の入口を守っていた(かんぬき)は断ち切られ、既に扉は開け放たれている。


 王都の北、役所の講堂から地下に広がる公共窟に、確かにあったはずの安定感や安心感を、5人の冒険者の即席パーティーが一歩づつ、一歩づつ犯していく…王都の地下水道が止まってしまった原因を突き止めるために。


 そこに在るべきなのは、魔導回廊が管理していた人工の洞窟の中へと、自由に進んでいく冒険者の姿のはずだった。

だけれど、先頭を歩くファリナム・モーリスにとっては、この冒険が、自身を縛る新たな禁欲的な日々の始まりのように思えていた。



 5人の冒険者が公共窟に続く扉の先へ抜けても、地下へ進む空間に違和感は無かった。

そこはむしろ役所の延長のような場所で、迷宮と言うよりは、ただの廊下そのもの。

一歩角を曲がった先に役人用の食堂があってもおかしくはない…そんな退屈な空間だった。


 同じミスリルでも、多くの魔力を使われて製造された建材と、魔力を渋り、安く作られた建材と言うのは、素人目にも一目で解る。

その空間の廊下の床材や壁材は、格別に安っぽいミスリルが使われていた。

ファリナムの目には、その安っぽい表面が、魔導回廊が届かない田舎でやり取りされる、野暮ったいミスリル紙のように見えた。


 その空間の床にも壁にも艶は無く、強度もなく傷つきやすい…だけれど、歩く人も居ないから目立った傷もない。

天井だけは、役所の講堂に使われていた物と同じミスリル材のようで、天井のミスリルの上質さだけが、その空間から浮いていた。


 (かんぬき)で閉められていた扉から直進し、一度角を曲がると、床材と同じミスリル材で作られた安っぽい下り階段が現れた。

ただ、これまでの空間との違いは、階段の先には明かりが無い。


 この安っぽいミスリル材は、上質なミスリル材で作られた天井の余白から差し込む薄明かりの下では、病院や図書室のバックヤードのようにも見えていたが、真っ暗な暗闇の先のそれは、まるで戦時中に即席で作られる避難壕のようにも見えていた。





 その年若い僧侶はジャガイモのような顔をしていた。

どう見ても神職に就く僧侶の卵というよりは、スラム街を走り回るような、小生意気な悪ガキのように見える。


 ジャガイモは雷帝ベイトソンが普及させた食物で、昔は寺院の段々畑でも栽培していたという話だが、その若い僧侶レキップには、土を耕した記憶などは全くない。


 レキップが首から下げる魔力証には、今までセコセコと”施し”を貯めて来た魔力(ゴールド)があった。

レキップにとって、魔力を使って買い物をする機会が無かった訳ではない。

だけれど、レキップは商人に騙されて買い物に失敗するのが怖くて、今まで商人から物を買った試しが無かった。


 そんなレキップの魔力証に、今朝方、寺院で唯一魔力の回復力を持つ法師様が、路銀として魔力を重ねてくれていた。

レキップは、今では自分が、どんな物でも購入できるような気分になっている。

そしてレキップは初めて寺院の正門を抜け、寺院の前を横切る街道に向かって歩き出した。


 レキップが寺院の立つ緩やかな丘を降り、その寺院を取り囲んで来たミスリルの柵の扉を閉めると、その扉のノブは手垢でベッタリ汚れていた。


 この柵を出入りしていた旅の商人は、寺院の扉を開ける際に手を清めもしない。

寺院には、その扉に浄化の魔法をかけられる僧侶も殆どいない。

そしてレキップも、そのベッタリと汚れてしまった右手を、自分の法衣の端で(ぬぐ)った。

レキップの法衣には、もう汚れを(ぬぐ)う余白は残されていなかったが、法師様も他の僧侶も似たようなモノで、レキップは気にもしてはいなかった。


 丘の下から見上げる寺院は、日の光に照らされて、レキップの目には、いつもよりも見すぼらしい姿に見えていた。

寺院の窓から見る限り、破棄された段々畑の先は、その段差の影に隠れていて、その畑に何があるのか?は気が付かなかったが、丘の下からその全貌を眺めると、まるでゴミ捨て場のようになっていた。

その殆どが、寺院から溢れたゴミというよりは、旅の商人たちにとっての、ただの不要な投棄物だった。


 レキップは見すぼらしい寺院と、ゴミが折り重なった段々畑に背を向けると、幼い頃から暮らしてきた、このカビ臭い故郷から、一歩外に出る。


 丘の南側にある寺院の出入り口から少し西へ進み、丘の西側に回り込むと、そのまま寺院の作る長い影の下を歩きながら北上していく。

右手には、幼い頃から遊んできた寺院の裏庭やその先の雑木林が見える。

裏庭はぐるりと回廊で囲まれていて、その屋根の上にも上がる事が出来た。


 レキップは幼い頃からずっと、その回廊の屋根の上で旅の商人たちが王都に向かって行く姿を見ていた。

その商人達が進んでいた街道を、今では自分が北上している。


 レキップは、与えられた役割など、簡単なものだと思っていた。

王都で暮らす老いたエルフに、法師様から預かった手紙を渡せばそれで良い。

そんな役割を済ませてしまえば、後は、たまに座る事を許されていたミスリルの椅子から、レキップも繋がる事が出来ていた魔導回廊...

その魔導回廊の先で輝いて見えていた、王都での時間を楽しむのだ。


 レキップは、街道とは”幹線”と呼ばれる、魔導回廊に素早く繋がる事が出来る道なのだ…と他の僧侶から聞かされていたが、実際に歩く街道は、寺院の裏庭から雑木林へと伸びる、あぜ道と何も変わりがない。

だけれど、日の光を反射して白く輝く王都への街道は、若く生意気なレキップに期待を抱かせるには、十分に魅力的な物だった。





 冒険者カヌー・テネブリスは、これまで行動を共にしていた特級冒険者”稲妻のキャトス”が貴族街の邸宅の先へ飛び跳ねて行く背中を眺めていた。

そしてキャトスが壁を蹴り、邸宅のバルコニーの先に姿を消すと、その邸宅の庭に植えられた黒い幹の樹木の枝が、キャトスを追いかけるように揺れた...カヌーの目にはそう見えた。


その直後、カヌーが感じていた黒い虚無感の塊りが、ブワりと立ち上がったように感じた。

そしてこの黒い虚無感の塊りも、キャトスの背中を追いかけようとしている。


 カヌーは直ぐさま、その足を一歩、強く鋭く踏み出した。

その刹那、黒い虚無感の塊りはカヌーの気配に気が付き、こちらに振り返ると、邸宅の門の影から、その姿を現した。


 黒い虚無感の塊りは、騎士の鎧を身に付け、その左腕にはカヌーと同じ”反射のガントレット”を装備している。

その右腕の剣は深く後ろに構えられ、その剣先をカヌーに向けていた。

そして、騎士の鎧の肩口の間には、あるべき騎士の頭が無かった。

その首元は、まるでミスリルで蓋がされているようで、鈍く太陽の光を照り返している。


 首のない騎士は、時間を惜しむようにカヌーに斬りかかって来る。直ぐにカヌーの事を片付け、キャトスの後を追いたいのだろう。


 カヌーにとっては、先ほど戦った騎士との模擬戦の繰り返しのようにも思えたが、その束の間、カヌーの足下で大きく泡立っていた影は、風に煽られた小舟のようにフラフラと揺らぎ、玩具のコマのように横に回転をし始める。

カヌーの影は、消えかかった、か弱いつむじ風のようで、模擬戦の時のように敵に向かって行くような素振りは見せなかった。


 カヌーの影に足止めを受ける事もなく、首のない騎士の鋭い袈裟斬りは、カヌーに向かって襲い掛かる。

カヌーは剣を鞘から抜きざまに相手の剣撃を受けたが、その重さに押され、左周りに体を流し、カヌーの剣先は相手から外れた後方の地面に向いてしまった。

剣を下げてしまったカヌーの無防備な右半身は、相手に剥き出しになっている。


 そこに首のない騎士は素早く手首を返し、逆袈裟で切り上げて来る。

カヌーは対応が遅れた事を悔やんだが、咄嗟に自身の足下の影に魔力を流すと、その影の上を滑るように、素早く首のない騎士との距離を取った。

首のない騎士が切り上げた剣先は、逃げざまのカヌーの右肩の鎧を掠める。

その瞬間、”身代わりの鎧”の爆発反応装甲が弾け飛び、カヌーの生身の右肩が露わになった。


 カヌーは右足を引きながら距離を取り直し、首のない騎士との間合いも計り直す。

やはりカヌーの影は相手へ向かって行く事は無い。闇の精霊へ攻撃を促す言葉があったとしても、カヌーには唱える事は出来なかった。


そしてカヌーは目を細めると、左腕に装備した”反射のガントレッド”を体の前に構え、その魔導具に魔力を流した。

目の前には、まるで鏡写しのように、首のない騎士が同じ構えで立ち塞がっている。


カヌーと首のない騎士の双方は、まるでお互いが引き合うように、相手への距離をジリジリと詰め寄っていった。


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