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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
68/73

67話 苦手な男

よろしくお願いします。


 王都の南西、商店街とスラム街に挟まれた"飲み屋街"は、朝日が照らす真新しい荒廃の中に、そのまま溶け込んでしまいそうだった。


元々狭い地域ではあるし、そもそも昼間は存在感が無い。

そこに来て、巨大な黒い足に踏み潰された商店街の北側と、魔導回廊からの"施し"が止まり、ザワつき始めたスラム街の不穏さに挟まれてしまえば、飲み屋街は輪郭からその中身まで、全てが消えてしまいそうだった。


 だけれど、当の飲み屋街の住人の生活は、昨日までと何も変わらない。

折り畳まれた幾つもの屋台は、今日も店主の帰りを待っている。


 最初に飲み屋街で目を覚ましたのは塩屋の老人ザラだった。

老人は、昨日、大量に売れた塩の儲けのおかげで今日は機嫌も良く、朝の水汲みの足取りも軽い。 

飲み屋街の古い井戸の水位は、いつもよりも低く、壺を満たすのに一苦労もしたが、壺を満たし終える頃には、ザラの下には漁師崩れの何人かが魚を売りにやって来る。


 ザラは、漁師達の魔力証に次々と自身の魔力証を重ね、魔力(ゴールド)を払い、全ての魚を買い取っていく。

魚は既に漁師たちの手によって神経が抜かれ、活締めにされている。

ザラは飲み屋の屋台の連中から頼まれていた魚は、そのまま水を満たした壺に納め、そうでない魚は捌き、塩を満たした壺で塩漬けにしていった。

 

そして一通りの作業が終わると、ザラは小さな店舗兼住居の奥の板間で身を横たえた。

客が来れば、ここからでも足音でわかる。


 ザラは体を壊していた。

ザラの腹部には、昔から張りと重さと弱い痛みがある。

それがどれだけの病なのかは解らないが、不幸な事にザラは回復魔法が苦手だった。


回復魔法をかけられると、溺れたように気持ち悪くなり、魔力を口から吐き出してしまう。

誰もが病を癒せないザラを不憫に思ったが、気がつけば、ザラは病を抱えながらも、飲み屋街で最も長く生きた一人となっていた。



 買い物客の喧騒が落ち着く昼下がりになると、方々から屋台の主人が自分の仕事場に戻って来る。


もう商店街に買い物客の姿などは無いのだが、屋台の主人達は、いつもと同じ時間に飲み屋街に集まり、各々、肉を串に刺したり、野菜を煮込んだり、酒屋から酒を仕入れたりと、各自のんびりと働いていた。


 商店街の酒屋は潰れてしまったようだが、飲み屋街の酒屋は昨日までと変わらずに営業を続けていた。 

この酒屋に並ぶ縦長の壺の中には、まだそこそこの酒の在庫があるようだった。


 塩屋のザラも、のんびりと注文のあった魚を売り、塩を売り、塩漬けになった魚を売った。

ザラの店に訪れる飲み屋街の屋台の店主達は皆、魔物や獣の肉の仕入れに困ってると愚痴っていった。



 日が傾く頃になると、昨日までと何も変わらず、苦手な魔導回廊から逃げるように、酔っぱらい達も飲み屋街に集まって来た。


もう魔導回廊などに囲まれ、囃し立てられる事もないのだが、それでも酔っぱらいは飲み屋街に集まった。


 今日は、特に冒険者の数が多かった。

皆、潰れてしまった冒険者ギルドを見ては、酒でも呑まなければ、やり切れない気持ちになっていた。


飲み屋街の屋台の椅子は直ぐに埋まり、飲み屋街には立ち呑みや、路地の座り呑みの客が溢れていった。

 

そんな剣と盾を背負った酔っ払いが、見るからに病弱そうな塩屋の老人に声をかける。


「爺さん、何か困りごとはないかい?」


塩屋のザラは病を抱え、回復魔法も苦手としていたが、存外に商才には長けていた。


ザラは酔っ払いの良く手入れの行き届いた鎧を見定めると言葉を返した。


「魔物や獣の肉が足りなくてな。狩ってきてくれれば高い魔力(ゴールド)で買い取るよ。」


酔っ払った冒険者は


「…そうだな、暇があったら狩って来てやるよ。」


と軽く答えたが、冒険者は誰もが、もの凄く暇を持て余していた。



 塩屋のザラは直ぐに獣肉とその塩漬けも扱うようになり、ザラの塩屋の周囲には冒険者が(たむろ)するようになる。


そしてザラが預かる”困りごと”も、少しづつ複雑なものが増えていった。





 魔導回廊からの影響が止まっても、役所の講堂は居心地の良い場所だった。

古くに作られた施設は皆そうだ。 


 講堂には凝った装飾は何も無かったが、等間隔に彫り込まれた細い通風孔のスリットと、光を取り込む少し幅のある縦長の窓が連続して並ぶ姿は、上級冒険者アリッサの目にも美しい物に思えた。


少なくとも、空掘り町の雷帝廟よりは余程良い。


静かな講堂の中では、肌に朝の風を感じる事は出来ないが、風の通り抜ける音は遠くに小さく響いている。


 アリッサは火の魔術師セルペンと共に、まずは役所の入口に向かった。

マルフェオの手引で、講堂まで一直線に入って来てしまったが、万が一の際は脱出口となるのだから、見落としがあっては敵わない。


 役所の入口周辺は、簡素な美しさのある講堂部分とは対象的で、当時の役人や警備兵のための雑然とした部屋が細かく区切られていた。

特に、警備兵の休憩室からは、粗末な外階段が二階や屋根へも続いており、外の通りや講堂の中から見ていた印象とは違った実用的な構造をしている。


 火の魔術師セルペンは、当時の小役人や警備兵たちの細やかな業務改善のための努力の跡には何の興味も持てないようで、不服そうな顔をしながらも、アリッサの後に付き従い、安全確保の雑務をこなしていた。


 アリッサは、この男が苦手だった。

おそらく大貴族であるファリナムの配下なのだろうが、人の下に収まる人間特有の謙虚さや卑屈さが、まるでない。

ファリナムから引き離して、雑用がてら様子を伺ってはみたが、セルペンには掴み所がなく、態度も変えずに黙々と作業をこなしていた。  



 一通りの哨戒を終え、アリッサはセルペンと共に講堂に戻って来る。


 アリッサが気になっていたのは、役人向けに作られたような地下更衣室の壁に入った大きな亀裂と、最も入口沿いにある警備兵の詰め所に捨てられていた花束だった。


地下の亀裂は、これから潜る公共窟の歪みを想像させるような、人の手には負えないような迫力があった。


逆に、入口近くの詰め所に投げ捨てられていた花束は、手癖の悪いコソ泥がミスリルの花瓶をくすねて行ったような有り様で、人間臭さと同時に王都の治安の悪化を感じさせた。


 

 アリッサは少し考えた上で、講堂の入口に土の魔法で固く鍵をかけた。

大袈裟かも知れないが、魔導回廊が無くなり接敵が判りにくい状態で、自分たちの背後を空けたまま、ダンジョンに潜る気にはなれなかった。


そんなアリッサの姿を見ては、火の魔術師セルペンが口を開く。


「魔法が使えたのですね。素晴らしい精密さだ。」


アリッサは言葉を選んだ事をセルペンに悟られ無いよう、素早く軽口を返す。


「生まれつき土の精霊には、とても好かれてるのよ。」


実際にはアリッサの魔力は少なく、魔法だけでは食べては行けない。

ただ、ここぞという時に、質の高い土の精霊の補助は、いつもアリッサを助けてくれた。


そして、アリッサとセルペンは、しばらくお互いの魔法や、ダンジョンの中での立ち回りについて話あった。即席のパーティーとしては十分な情報の交換だった。 


だけれど、やはりアリッサは火の魔術師セルペンという男が苦手だった。

それこそ人相にしろ素性にしろ、死んでしまった以前のパーティーメンバー、トーマックの方が余程に怪しい。

実際に彼は砂漠の国の工作員だった。

そんな男と比べても、やはりアリッサはセルペンの事が信頼は出来なかった。


特段の理由のない一方的な思い込みかも知れないが、アリッサはセルペンの蛇のような目を、真っ直ぐに見る事が出来なかった。





 付与魔術師のアービットは、騎士や軍人が王都の正門から大通りに至るまで、ズラリと並び行進する、長ったらしいパレードが苦手だった。だけれど、今ではその必要性を理解している。


 王城が待ち望んだ北軍騎士の到着と歓迎は、不意打ちの流れ星のように、あっと言う間に終わってしまっていた。

せめて自分が、今パンを食ってる裏庭の連中や中庭の連中に知らせ、彼らが集まるまで、騎士の行進が続き、あの歓声がもっと王城を振るわせるように溢れれば良かったのに。


 アービットの眺める先では、二人の騎士を中心にして、兵士たちは内輪向け...仲間内だけで語り合っているような、緩んだ空気で談笑を初め、今にも酒宴が始まりそうだ。


 本来であれば、アービットはそんな空気感や疎外感も気にならない。

2人の騎士の鎧は所々破損し、明らかに戦闘の後のように見える。その後王城まで歩いて来たのであれば腹も空いているはずだ。アービットが手にしているパンも喜ばれるだろう。

ただ、輪の中心にいた女性騎士は別だった。

あれは自分とは馬が合わない。さっきクーリエと一緒にいた女と同じだ。


 アービットは、自分に出来る事、出来ない事が、嫌という程に身に染みる程には歳をとっていたし、今の王城での自身の微妙な立場も解っている。

慣れない場所で苦手な相手に油を売ってるぐらいなら、仕事に追われている方がマシだった。


 女性騎士は騎士鎧に身を包んでいたが、ガントレットは装備していなかった。その代わりに、田舎住まいの一昔前の冒険者が持つような大ぶりな魔導具”理力の長剣”を身に付けていた。

アービットは付与魔術師として、久しぶりに見た理力の長剣に興味もそそられたが、あの細くヒステリックな女と面と向かうのは気が滅入る。


 アービットは近くにいた気弱そうな兵士に、ミスリル製の籠に収まるパンを押し付ける。


「騎士様や兵士みんなで食べてくれ。足りなければ裏庭に行けば、まだ焼いていると思う。」


 アービットは後ろ向きに、そのまま元来た道へ帰ろうとしたが、クーリエの連れの女を思い出すと、兵士たちの前でウロウロと優柔不断な姿を見せ、そして成り行きにまかせるように、視界に入った城から伸びる厩舎へと下って行く細い階段を降りて行った。

昨年末から体を壊し、2月末まで入院してました。とりあえず完治はしました。

仕事が面白くて執筆が遅れるだけではなく、今後は体調を鑑みながら、さらにノンビリと続けて行く形になります。



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