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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
66/73

65話 言外

よろしくお願いします。

 地下へ続く”公共窟(こうきょうくつ)”の入り口に冒険者の一団を残すと、マルフェオは役所の講堂の扉を開け、朝の王都に向かって歩みを進める。

役所の入り口には小さな詰め所があるが、普段から衛兵など詰めてはいない。

マルフェオは、その無駄な空間を飾っていた花瓶から、(しな)びてしまった花の束を捨てると、残ったミスリルの花瓶を(ふところ)にくすねた。

そしてローブの中でミスリルの花瓶をインゴットに戻すと、そこから直ぐに自身の外套(がいとう)を作り直し、肩から羽織り直す。

新たに作られた外套は、まるで徹夜明けの役人の苦労が染み込んでいるような草臥(くたび)れた仕上がりで、マルフェオが昨日から着続けるローブに重ねても違和感はない。


 マルフェオは自分の小賢しさなどは(おくび)にも出さずに、開かれたままの役所の門を抜け、悠々と王都の大通りを渡る。

歩きながらの一瞬、マルフェオは、ふと、がらんどうの講堂や、兵士のいない詰め所、鍵のない役所の門などへ想いが至る。

魔導回廊が生まれた事で、貴族が講堂で顔を合わせる会議などは無くなっていたが、これからはどうなるのだろう?

だけれど、マルフェオは古い講堂に振り返る事もなく歩みを進めていた。

世の中の殆ど全てが変わってしまったのだ。考えた所でキリがない。


 頭の中の雑音を振り払うと、マルフェオは役人の官舎の横道を抜け、奥に続く湿っぽい安宿の列の前を通り過ぎ、王城を左手に見ながら南へ進んだ。

途中、東の森から吹き抜ける風に乗って、焼きたてのパンの香りのようなものを感じたが、その勘違いも振り払い、マルフェオの足は廃墟の混ざる商店街へ向かう。


 魔導回廊へ魔力が通らなくなっても、王都南の商店街に敷き詰められたミスリルの舗道は、朝日を浴びれば(ほの)かな温かさを蓄え始めていた。

そのミスリルの舗道には、わざわざ古代の石畳と同じ形に作られたミスリル板が使われていて、この地区の歴史に対する重苦しいまでの劣等感が滲み出ている。

ミスリル板には、角の磨り減り方から、馬車の車輪や騎士鎧の足跡が付けた傷に至るまで、そういった経年変化すら、細やかな装飾として丁寧に彫り込まれていた。

マルフェオは、そんな痛々しい模造品の古めかしさに、改めて自己嫌悪を感じると、商店街を横切り、本物の古さと格式を湛えた自身には不釣り合いな定宿(じょうやど)、レセンティブスの扉を潜った。


 

 久しぶりにレセンティブスに現れたマルフェオに、周囲の従業員は驚いた顔を見せたが、支配人のスリンクは穏やかな顔でマルフェオを迎えてくれた。

スリンクの柔和な笑顔の端からは、疲労と悲しみが零れていたが、マルフェオは足を止める事もなく会釈だけをして地下の自室に向かう。


 カウンターの脇から従業員用の階段を降りると、その踊り場にはレセンティブスが独自に集めた保存食が備蓄され、積み上げられている。

そして、その陰になるように、小さなミスリル製の(ひつぎ)が安置されていた。

ミスリルの棺には、故人が生前に使っていた魔力証が取り付けられ、そこから供給される魔力で遺体が保存される。

寺院が廃れて宗教の影響が少なくなっても、魔導回廊を拒む古い伝統は、機能性や経済性に押しやられながらも、不思議な形で生活の中に残っていた。


 棺に飾られる魔力証に書かれた"モーラ"という名前は女性のものだろう。

マルフェオは今までも沢山の葬儀で行って来たように、死者の魔力証に自身の魔力証を重ねると、追悼金として魔力を振り込み、そして物言わぬ遺骸となってしまった小さな女性に簡単な祈りを捧げた。


 この地下道も、以前は魔導回廊に”近すぎて”随分と騒がしい場所だったが、今では静謐(せいひつ)なミスリルの壁や壁面が、地上の中庭から取り込んだ光を反射して上品に輝いている。

マルフェオは、地中に埋められる事を待つだけになった棺を踊り場に残すと、自身もさらに階段を降り、地下道の先へと進んだ。


 レセンティブスの地下では、客同士がすれ違うような仕組みにはなっていなかったが、マルフェオの他にも何人かの客が宿泊しているようで、気配のような物は感じる事ができる。

その顔の見えない隣客の控えめな気配は、マルフェオの孤独感を紛らわせてくれた。

そしてマルフェオは、恐らく何処かの特権階級であろう隣客が抱えた孤独が、マルフェオ自身の足音で薄らいでいく小さな手応えも感じ取る事が出来ている。


レセンティブスには、カーディナル王の時代に作られた王族や貴族向けのシェルターもあったはずだ。


貴族は酷く面倒な生き物で、誰に対しても傲慢(ごうまん)さを隠し持っていたが、一人きりで生きる(たくま)しい力を持つ者など滅多には居なかった。

 

だけれど今代の王は例外だった。

マルフェオには、あの頑健な体の内側に膨大な魔力を蓄える獣人の王が、高級宿の地下に、しおらしく身を隠している姿は想像できなかった。


 レセンティブスの地下道には毛足の長い絨毯が轢かれていたが、マルフェオの自室に向かう廊下からは、その絨毯は撤去されていた。

それはミスリルから作られたフェイクファーではなく、魔物の体毛を織り込んで作られた年代物で、ミスリル床から魔導回廊へ接続する際には邪魔になる。

その(わずら)わしさがマルフェオは気に入らなかった。


そして、魔導回廊に繋がる事が出来なくなったミスリル床は、魔導回廊に溢れていた人々の喧騒の代わりに、マルフェオが1人で歩む足音を、冷たい硬質な物として響かせていた。


 

 自室に着くと、マルフェオは扉を開け、そのままベッドに倒れ込むと、ベッド脇に備えられた、卵のような形に整えられた上質なミスリルインゴットを手に取り、それを上掛けに変化させ、その柔らかさの中に潜り込む。

マルフェオは、いつも自室に鍵をかけてはいなかった。

そもそも私物は持ち込んでもいないし、レセンティブスにしろ、その地下道にしろ、ここは常に全てが魔導回廊に筒抜けになる、王都で最も厳重な防犯設備に守られているはずの場所だった。


マルフェオはベッドから天井を見上げる。

壁と天井の境目のスリットからは、外からの日差しが柔らかく差し込んでいて、魔道具の灯も必要はない。


 マルフェオは目を閉じてみるが、眠りはまるで丈の足りない黒いカーテンのようで、その短さは何度もマルフェオを現実に連れ戻した。

いくらベッドや眠りに逃げ込んでも、魔導回廊から切り離された欠落感は、マルフェオの中で燻り続けている。


 その不安感は、マルフェオには正確に言葉にする事も出来ない。

そもそも言語を習い育んだのも、魔導回廊の中での話なのだ。





 馬車が止まったのであろう。

その(ほろ)が開かれて、荷台の中に入り込んで来た朝日の眩しさに、カヌー・テネブリスは目を覚まし、たまらず右手で顔を覆った。


 カヌーの目が朝日に慣れてくれば、目の前では特級冒険者キャトスが、猫のように上体を伸ばしている。

そしてキャトスの肩には、当たり前の事のように、カヌーが北軍の騎士団から譲られたはずの”隠蔽(いんぺい)の外套”が羽織られていた。


 キャトスは、差し込まれた朝日の中で軽やかに立ち上ると、カヌーの右手側へと、跳ねるように荷台の外へ飛び出していく。

呆気(あっけ)にとられていたカヌーは、自身の正面に視線を戻す。すると、さっきまでキャトスが尻に敷いていた物が、自身の黒いローブだった事に気が付いた。

手に取った黒いローブには、妙にキャトスの体温が残っていて、カヌーは躊躇(ちゅうちょ)もしてみたが、仕方なしにそれを肩から羽織り、荷台の天井に頭をぶつけないように背を丸めながら、キャトスの後に続いて外の荒野に降り立った。


 王都北の荒野は、中級冒険者として活動してきたカヌーにとっても、嫌になるほどに往復した見慣れた場所のはずだった。

だけれど、そこでは慌ただしく働く兵士たちによって新しい区画が整理され、均一に均された地表は普段の何倍も効率良く朝日を照り返している。

そして、その真っ白い一面には、立ち並ぶ騎士たちの作る黒々とした影が張り付いていた。

カヌーにしてみれば、騎士の全てが敵だったとしても、その足元には自分の味方が控えているような物だった。

 

 カヌーには、闇の精霊が何を言っているのか?は解らなかった。だけれど、闇の精霊たちには自身の意図が伝わるようなのだ。

今までのカヌーは、闇の精霊の力から逃げていた。付き合っても要られない…というのが正直な所だったが、今となっては(わら)にでも(すが)りたい。

改めて、騎士団の足下に隠れる闇の精霊を見れば、まるで狩人からの指示を待つ猟犬のように見える。

あの精霊とは対話などは出来ない。自分は優れた魔法使いにはなれないだろう。それでも、カヌーにはあの猟犬を使いこなす必要があった。


 そんな中、騎士団の若者から模擬戦を申し込まれた事には驚いたが、カヌーにとっては、それも都合が良かった。

カヌーには闇の精霊の言葉は解らなかったし、これからも闇の精霊魔法を唱えることは出来ないだろう。

だけれど、言葉の外で闇の精霊を猟犬のように使い、そして、馬のように乗りこなす事であれば、カヌーにとっては簡単な事のようにも思えた。



 あっけなく終わった模擬戦の後、カヌーはキャトスの背中を追いながら、王都北側の大通りを南下していた。

向かっているのは宰相ラスキンの待つ光の塔だろう。だけれど、事は簡単には運ばなかった。


 王都の北側、ようやく役所の建物が見えて来よう...という貴族街の片隅で、カヌーは足を止める事になる。

自分の足下の影が大きく泡立ち、まるで背中の毛を逆立てた猫のように緊張感を溜め込んでは、貴族街の一角に向けて今にも食いつきそうに張り詰めていた。


その一画にある邸宅の門は開いたままで、視線の先には黒カビに覆われたような黒い幹の庭木が見える。


 カヌーがその一角から感じたものは、人や魔物から感じる殺気のようなものではなく、黒い虚無感の塊りだった。

それは、あの黒い二本の巨大な脚から感じていた違和感と、とても似ている感覚だった。



 次の瞬間には、カヌーの隣からは、キャトスが剣を抜き飛び出していた。

そしてキャトスは壁を蹴り、その一角を飛び越え、奥にある貴族街のバルコニーの先へと消えていった。

時間がないですね。

のんびり続けます。


64話の最後に加筆しました。

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