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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
64/73

63話 伝達

よろしくお願いします。

  魔導回廊を失った北軍の騎士団長ガデュロン・フッサートは、北の要塞に残されていた古い印鑑や印章、そして羊皮紙の書類といった謎の道具と、夜通し奮闘するつもりでいた。

 

 尋問(じんもん)したミノタウロスか語った闇ギルドの様々な情報伝達手段は、想像していたよりも洗練されていて、剣に生きてきたガデュロンにして見れば、その複雑さは、まるで貴族の社交のようにすら思えた。

 

 今となっては、貴族のように封をした手紙を扱う事も貴重な技術のように思え、ガデュロンも、砦に残されていた骨董品のような筆記具を集めさせてはみたが、羊皮紙を前にして手紙の筆記を試して見ると、乾いた古いインクは固い粘土のようになっていて、羽ペンを弾き返すような有様だった。


 文字のやり取りは、その大部分が魔導回廊の中で行われて来た。

そもそも、ガデュロンが文字を読めるようになったのも、魔導回廊の中での教育のお陰だ。

魔導回廊の外にも、店舗の看板や標識などの文字は溢れているが、騎士が自らの手で文字を書く事など滅多にない。


 筆記など、それこそ王都の役人が伝統を守るために行なうか、無能な貴族が箔付けに行なうか、それとも商人が自らの商品を誇示するために使うか…。

筆記は必要な情報を簡潔に伝えるよりは、不必要な情報を誇張するために使われていた。


 ガデュロンは不用なガラクタに変わった筆記具を脇に置くと、自分の手の平の分厚さを確かめる。

暇さえあれば剣を振り、慌ただしさの中では、心を鎮めるためにまた剣を振るう。


 結局、眠る事が出来ずに剣を振り、そしていつもよりも早く目覚めてしまえば、薄暗い自室の中でまた剣を振っていた。

部下に集めさせた古い備品の中には、羽ペンとインク以外にも、幾つか文字を筆記するのに使われていたらしい道具も目に入るが、一夜明けてみても、やはり自分の手には馴染みそうにはない。


 ガデュロンは迷っていた。昨日の軍議にしても、結局は殆どの事案に決断を下せなかった。

決める事が出来たのは、明日からは食事は皆で顔を合わせて取る事...その程度だ。


 ガデュロンは、自身を含めた大半の騎士の鈍さを自覚していた。

ジェリマリガンやヴィカリーといった、一部の頭の切れる騎士を頼りにはしていたが、彼らのやり方が騎士団全体の団結に繋がるのか?と言えば疑問が残る。

理解が出来ないほど複雑なものに、騎士は命を預けられるのだろうか?


 ガデュロンの頭に、王国の要所に走らせた部下の騎士の顔が次々と浮かぶ。

散り散りになった彼らにも、解りやすい指示を届けなければならない。



 昨日、ミノタウロスが語っていた闇ギルドの情報処理の実例の中には、風の精霊魔法で使役される”魔鳩”など、通常のローグやアサシンには勿論(もちろん)、騎士団にすら使えない様な高度な代物もあった。

だけれど、最もガデュロンの印象に残っていたのは、体に彫られた”入墨”と、訓練された”手信号”を暗号として組み合わせた通信手段だった。


 それはメッセージが書き込まれる媒体と、それを届ける人手と、そしてメッセージを送らざるを得なくなってしまった状況へ対処する人間..その3つが一纏(ひとまと)めになった仕組みだった。


 頭の回転が速く小賢しい男の体には、金勘定の上でやりとりされるメッセージを込めたいくつかの入墨が掘られ、また、腕力があり戦いに長けた男の体には、戦闘に関する命令が彫り込まれた、いくつかの入墨がある。

その状況に合わせて、誰を何処に派遣したのか?それ自体が闇ギルドからのメッセージであり、そこに手信号で詳細が加えられていた。


 ガデュロンは今まで様々な闇ギルド員を捕らえてきたが、彼らの半裸になった軽装の肩口から覗く入れ墨にも、そこには伝達されるべき意味があったのだ。  


 悩むガデュロンの耳には、外から部下の訓練の音が聞こえて来る。

剣撃をミスリル・ガントレットが弾き返す金属音だ。結局、騎士は皆、剣を振り続ける。


 ガデュロンが自室の窓を開け、外の景色を眺めれば、多くの騎士が広場に繰り出し、半裸のままで訓練に汗をかいていた。

半裸の騎士の肩には闇ギルド員のような入れ墨は無かったが、皆が同じガントレットを装備していた。


 そして窓から吹き込む朝の冷たい風は、ガデュロンの鈍い頭の、その曖昧さを吹き飛ばした。

ガデュロンは急いで着替えを済ませると、北の要塞直属の付与魔術師の部屋まで走っていった。





 シジフォスが少女と青い線で繋がっている間は、シジフォスから少女に向かって、何かが伝わっている手応えもあった。

だけれど少女からシジフォスに向かって、何かが伝えられる事は無かった。 


 そしてシジフォスの頭と体から、青い線がゆっくりと引き抜かれて行くと、その不平等なコミュニケーションは終わりを告げる。


 少女の頭から伸び、ぐるりとシジフォスを串刺しにしていた靑い線が、シジフォスの脳の中で音もなく左右に千切れる。

千切れる際に、その欠片(かけら)が少し、シジフォスの脳の中に残ったように感じたが、その欠片(かけら)は特徴的な冷たさを直ぐに失い、シジフォスの脳の生暖かさの中に溶けていく。

左右に分かれた青い線は氷のように滑り、スルスルとシジフォスの体の中から逃げていった。

そして青い線がシジフォスの左右の肘の裏側、関節の柔らかい部分から抜き取られると、それは直ぐに(ほぐ)れていき、柔らかく漂う少女の髪の中に帰っていった。


 シジフォスを見下ろす少女の目からは、冷たい緊迫感は無くなっていた。

その目は、今会ったばかりのシジフォスの、全てを見限っているようだった。



 「とりあえず…名前を聞いてみようかしら?私の言葉は伝わっている?」


 突然、凍ったように白い肌を持った神々しい少女が、自身と同じ人の言葉を話し始めた事に、シジフォスは驚きと居心地の悪さを抱いた。

シジフォスには、少女がまるで犬の鳴き真似をしている人間のように見えた。

そしてシジフォスは、自身が犬や猫になってしまったように錯覚する。


 シジフォスが本当に犬や猫であれば、素知らぬ振りで言葉を無視してしまう事も出来たのだろう。

だけど少女の言葉はシジフォスに伝わり、そしてシジフォスの目は、既に理解の色を見せているはずだ。

シジフォスは少女に返す言葉を探しながら、自身の喉の渇きに気が付いていた。

 

「言葉は…伝わっています。…僕はシジフォス。付与魔術を使うシーフです。」

 


少女はつまらなそうに顔を緩め、シジフォスに言葉を返した。


「伝わっているのね。どうやら口語と文語に、あまり差は無いみたいね。」


人の言葉を(こぼ)しながら、少女の長い髪は、その背後で左右に踊りはじめ、その髪はひとりでに編み込まれていく。

 

 そして青い髪を結わいた少女は、腰を抜かしたシジフォスの脇を抜け、歩みを進める。

少女は当たり前の事のように、背後で星のように輝いていたスカラベの抜け殻に手を触れた。

少女の氷のような白い手に触れられたスカラベの抜け殻は、一瞬で青い粒子の粒に変わり、少女の体の周りに漂う。


 シジフォスが腰を捻り、スカラベの抜け殻があった場所へ振り返ると、虚空を漂う青い粒子は、少女の身に付ける青い鎧に形を変えていく。


 その鎧の形は、戦闘を行なうには軽装過ぎるように見えた。鎧と言うよりは祭事に使われる巫女の法衣のようだ。

だけれど、シジフォスは直ぐに、王都で最も高名な特級冒険者の、殆ど水着のような鎧を思い出した。

彼女たちからすれば、相手の攻撃をもらう事など考えてもいないのだろう。

 


 星のような輝きを残していたスカラベの抜け殻を鎧に変え、その身に纏うと、少女が放っていた冬の朝日のような輝きは幾分(いくぶん)後退して、シジフォスの目には優しい月明りのように映っていた。

その場の空気も(なご)み、シジフォスの体には(りき)みも無くなって行く。

少女はシジフォスの方に背中を見せながら、幾つかの言葉も残してくれた。


「旅人のように彷徨(さまよ)っていたいなら、そうするのも良いでしょう。」


 言葉と同時に少女は首を傾け、シジフォスを視界の端に収める。


「だけれど地上に戻りたいなら、あなたは足下に広がる空間に、一旦降りる必要がありますね。」


 続けてもう一言、言葉を残すなり、少女は振り向きざまにシジフォスの胸を蹴飛ばした。


 その白くか細い足には不釣り合いな脚力で、シジフォスの体は硬い岩盤の上をゴロゴロと転がる。シジフォスには彼女の目的は伝わっては来なかったが、その意思は体で受け止める事になった。


そしてシジフォスは、少女がやって来た縦穴から、暗い階下へ落下していった。


 


 

 荒野を吹きすさぶ砂煙は、朝日に柔らかく照らされていた。

 

 北軍の騎士団が守る要塞から、新たに任命された伝令部隊の面々が馬に(またが)り、王都の要所へ向かって、それぞれが駆けて行く。

彼らの左肩に輝くガントレットには、付与魔法で黄色く着色された部品が装着されていた。

その色の意味は”北の要塞へ集結し、防衛せよ。”


 真っ先に飛び出して行った伝令部隊長の、白く優雅な馬に据え付けられた鞍袋(くらぶくろ)の中には、同じように黄色く着色されたガントレットの部品が収められている。

現地では、その部品がガントレットに取り付けられ、新たな部隊員が情報を拡散させていく。

 



 北軍の騎士団が集う朝食の席で、騎士団長ガデュロン・フッサートから提案された案は、単純だが要点を付いていて、騎士の鈍い頭にも染み込みやすい物だった。

ミスリルの色を変える程度の事は、付与魔術師には造作もない事、それでも、そこに込められた意味が騎士団の団結を強くする。


 そしてガデュロン・フッサートは、最低限の黄色い肩の守備隊を要塞に残し、自身も馬に跨り出陣する。

その左肩は青く輝いていた。その意味は”王都に集結し、防衛せよ。”

騎士だけではなく、輸送部隊や工兵隊に参加する兵士の左腕にも、青い腕章が巻かれている。


 北軍の騎士団は出遅れていた。数も随分と減っていた。

ガデュロンは、採用した騎士団の情報の伝達手段が、不完全である事も自覚していた。もっと仕組みを練り込み、訓練を繰り返す事も必要だろう。


それでも彼ら騎士団は一丸となり、王国の安寧を取り戻すため、急ぎ南へ進路を取った。


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