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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
62/73

61話 実力差

よろしくお願いします。

 北軍の副士長サリバンの足取りは重かった。

様子見として出て行った士長のジェリマリガンも、哨戒(しょうかい)に出した銃騎隊のヴィカリーも帰っては来ない。

その代わり、新たにやっかいな二人が、まだ未完成な補給拠点に現れ、そして去って行った。


 一人は、王都の港を統べる貴族の跡取りにして、宰相からの特命を預かる剣士、カヌー・テネブリス。

もう一人は王都を守る獣人の勇者、稲妻のキャトス。

見張り櫓に登り、小さくなっていく二人の背中を見送ると、サリバンは拠点中央に作られた天幕に向かって朝日の輝く中を歩く。

荒野であっても、この朝の空気は清々しい。

軽やかに風に舞う砂に視線を泳がせれば、サリバンの気分は少しは晴れたが、

様々な判断を迫られる現実に変わりはなく、体の重さは刻々と増していくようだった。



 北軍の副士長サリバンは剣にも学問にも優れ、魔導回廊の中や外での政治の立ち回りにも精通していた。

テネブリス家のような、(いわ)くのある貴族の近況だって承知している。

だけれど、混乱の中で自身の判断を下す事を選んでは来なかった。

我慢強く待ち続ける忍耐力が自身の持ち味だと理解していた。


 騎士団の最終目的は、騎士団長ガデュロンの南への遠征だ。そのための確実な足掛かりとして、この補給拠点を建設している。

そして、それは騎士団だけではなく、王都の民にとっても必要なものだ。


 騎士にも彼らが(またが)る馬にも、食事や排泄や睡眠が必要なのだ。

これたけの騎士や馬や従者、そして輸送部隊の工兵が、何の準備も自立もなく、王都の避難民と混ざり合い生活を共にした所で、そこには何の生産性もない。


 騎士団が焦る必要など何処(どこ)にもない。

副士長であるサリバンが勝手に判断を急ぐ道理もない。

既に朝日は登ったのだから、そろそろ王都を守る兵士へ、騎士団の到着を知らせる使いを出す頃合いなのだろうが、まだ士長ジェリマリガンの様子見の結果を待っていても良いだろう。


 二人の剣客にしても、北軍の馬車に乗って現れたのだから、当然、騎士団長であるガデュロンの知る所なのだろうし、おそらくジェリマリガン()ての書面も預かっているはずだ。


 サリバンは、キャトスとカヌーの二人は騎士団として歓待し、ゆっくりとジェリマリガンを待ちながら対処していくつもりだった。

カヌー・テネブリスを指導する…という建前で、ある程度、彼らをコントロールする事も出来たはずだ。


 しかし、サリバンにとって予想外だったのは、カヌー・テネブリスが騎士の装備であるガントレットを身に着けていた事だ。


 騎士の間では、それは実戦での最良の防具である以上に、お互いを高める訓練用の備品としても重宝されていた。

どんな真剣での斬り合いであっても、装備者の力量を無視して自動で攻撃を弾くガントレットを身に着けていれば、怪我は”左腕の骨折”で収まる。


 挨拶もそこそこに済ませた立ち話の中、一人の若い騎士が当然のようにカヌー・デネブリスのガントレットを褒め称えた。

そしてカヌー・デネブリスは礼を言う。

そのやり取りは、騎士の間の道理では、手合わせを願い、了承する事以外の意味はない。


 王都の直前で待機を命じられ、鬱屈(うっくつ)と退屈を溜め込んでいた補給拠点は、突然始まる決闘に沸き立ち、カヌーの礼を受けた若い騎士は剣を抜く。


 そんな唐突に始まった青臭い光景を眺めながら、サリバンは、若い貴族であるカヌー・テネブリスであれば決闘を降りるだろうと甘く見ていた。

歳を取れば騎士も貴族も同じような意固地な年寄になるが、若い騎士と若い貴族の性質はまるで違う。

勇者キャトスが(にら)みを効かせれば、この場の騎士の道理も簡単に踏み潰せるだろう。


だけれど、カヌー・テネブリスは少し戸惑った後に、その長い剣を抜いた。 

その構えは、ガントレットの使い方を何も解ってないようだった。


そして、その戦い方は、長い時間、剣を扱ってきたサリバンにとっても、一度も目にした事のないものとなった。



 カヌー・テネブリスと名乗った褐色の肌を持つ大柄な貴族は、長い長剣を持つ右腕を、ガントレットよりも前に構えていた。

若い騎士からすれば、それでは騎士としては半人前も良い所だ。眼の前に立つ男は、まともな修練を受けていないように見える。


 騎士団の魔道具、ミスリル・ガントレットは体の前に構えるものだ。

それは馬を操る際に手綱を操る位置でもある。

馬上でも地上でも、騎士は身を守るガントレットを前方に構え、剣や槍は後に引き絞る。


 若い騎士は、ただ魔力でガントレットを買ったような素人臭い貴族に向かって、一瞬で間合いを詰めると、後方に構えたカヌーの左腕のガントレットでは届かない、前に踏み出された右足の太ももへと剣を突き立てた。


するとカヌー・デネブリスは器用に長剣をしならせ、顔色一つも変えずに騎士の突き立てた剣を柔らかく受け流す。


そして次の瞬間、カヌー・デネブリスの体に魔力が走る。


 人は一度に一つの魔法か魔道具しか使えない。

ガントレットがいつでも魔力を使い反応できるように、一般的な騎士は戦闘中に魔法を使う事はない。

剣を受け流された若い騎士が体勢を整える間にカヌーの魔法は完成したようだが、誰もが、まだその効果には気が付かなかった。

 

 その場が騒然としたのは、若い騎士が二撃目を放とうとした時だ。

若い騎士は、再び引き絞った右半身から刺突攻撃を放とうとするが、その右足が付いてこない。


驚く騎士が足下に視線を落とせば、自身の影の縁がめくれ上がり、くるくると輪を作り回転している。

そして、その影が自身の右足を地面に()い付けている。


若い騎士は右足の自由を奪われていた。心には覚えのない魔法に対する怯えが沸き上がって来る。

だけれど、決闘に興奮する若い騎士が戦いから引き下がる事は無かった。

新たな魔法を目撃した周囲の喧騒も、今は騎士の耳には届いていない。


若い騎士は、左足を後に引きながら、体の捻りを使い、右腕の力で牽制の刺突攻撃を繰り返した。

馬上の戦闘であれば、踏み込みを活かせないのは当たり前だ。下半身を使えない窮屈さも、日頃の訓練で体に染み付いている。


むしろ、魔法を使っているカヌーには、今はガントレットの自動防御の恩恵はない。

若い騎士は、この貴族が魔力切れを起こす事も見越して、カヌーへのカウンターを狙っていた。


 カヌーからすれば、このまま自身の長い腕と長い剣を活かして、若い騎士の間合いの外側から相手を切り刻む事も出来たはずだ。

カヌーが一流の魔法剣士であれば必ずそうしただろう。


 だけれど、カヌー・テネブリスは若い騎士の剣の誘いに踏み込んだ。それも右腕の長剣を体の前に残したままで。 

そして、踏み込みに合わせて放たれた騎士の刺突攻撃に対して、剣を滑らし手首を返し、巻き込むように内側に捌いて、自身の体は外側に逃がす。

その命を粗末にするような粗暴な判断は、まるで魔物の処理に捨て駒にされるギルドの盾役戦士(ガード)のようだ。


交差する剣が(こす)れる音と共に、カヌー・テネブリスは一息に距離を詰める。

そして若い騎士の影を踏むと、その影の上を滑るように高速で動き、易々と若い騎士の背後を取った。


 戦闘を見守る周囲の騎士たちには、カヌー・テネブリスの足捌きを見定める事は出来なかった。

その動きはまるで風に乗った鳥のように、影の上を滑空していた。


 大柄な褐色の体が、滑らかに急旋回すると、カヌー・テネブリスを覆っていた黑いローブが遅れてはためく。

黒いローブの下から、周囲の目にあらわになったカヌー・テネブリスの鎧は、数え切れない細やな傷がザラザラとした質感を作り、朝日を鈍く照り返していた。

鎧の傷の一つ一つが、積み重ねられた戦士の経験を物語っている。

決闘を見守った周囲の騎士たちの目には、その傷だらけの鎧が、戦に散った祖先の遺品のように見えていた。



 突然始まった決闘が、あっさりと終わってしまうと、その光景を寝転がって眺めていた稲妻のキャトスは、猫のように体を伸ばし、あくびをした。

そして眠そうな顔のまま音もなく立ち上がると、王都の中心に向かって歩みを進める。

カヌー・テネブリスも同様に、長い剣を鞘に収め、軽く頭を下げると、キャトスと共に補給拠点を離れて行く。


 朝の補注拠点は白けきっていた。誰も補給拠点から離れて行く二人の剣士を、留め置く事は出来なかった。





 魔道士ラスキンは一晩かけて光の塔の周辺の地面に、深い溝を掘った。土の精霊とこれだけ長い時間戯れるのは久しぶりの事だった。

そして、その溝を硬く押し固めると、そこにミスリルの大きな輪を作る。

材料のミスリルは、宰相となった後、光の塔に自らが持ち込んでいたガラクタをかき集めた。


 付与魔法で膨張させたミスリルの輪の可塑性(かそせい)は限界まで高まり、非常に軽くスカスカの状態で耐久性は低い。

しかし、時期に周囲から集まる死にぞこないの精霊が、死骸となって魔素の膜を作れば、それが保護となるはずだ。

そして、この可塑性の高いスカスカのミスリルの中でこそ、魔力はより速く走って行く。


 ラスキンは、日の光から魔力を生む光の塔を、この自作の”魔導回廊の模型”に繋げた。

これで日中に作られた魔力の余剰は、このミスリルの輪の中に備蓄され、夜間も光の塔はその機能を維持できるかも知れない。


 ラスキンは、この広い王都のたった一区画に、魔導回廊の(まが)い物を作ってみて、改めて思い知る。

これは一人の魔導士で行っていける仕事ではない。多くの人間を集め、役割を分担し、工程を監督し、沢山の人が集うリスクやトラブルを引き受けて、初めて成し遂げられるものだ。

それは魔術に対する知識、経済的な力に加えて、人を束ねて進む政治力こそが問われる。


 ラスキンは呆然とした頭を覚ますように深呼吸をすると、白み始めた夜空へ顔を上げ、そして周囲を見渡した。

遠くに見える貴族街の屋根から光の精霊たちが騒ぎ始め、細かく泡立ち始めている。

自分の周りには誰もいない。仮にも、自分は王都で最も政治力があるはずの宰相なのだ。


 何が自身に足りないのか?がラスキンには理解出来なかった。過去の王や宰相は、そして雷帝ベイトソンは、そんなに魅力的な人間だったのだろうか?

それとも、人を束ねる力の何かを、魔導回廊は奪って来たのだろうか?


 ラスキンは眠りにつく前に、体に残った魔力を、自作の”魔導回廊(もど)き”に流して眠るつもりだったが、その体には、もう殆ど魔力は残って居なかった。


 ラスキンは光の塔への”魔力施錠”は諦めた。さりとて、鍵のかからない光の塔の中で、貴族の使い走りに絡まれるのは耐えがたい。


 ラスキンは少し離れた空き地に最後の魔力を振り絞ると、地面に小さな洞穴(ほらあな)(えぐ)り、入り口に埃の魔法で偽の土くれを作って外からの視線を遮る。

そして、まだ一介の冒険者だった頃のように、その洞穴の奥で、小さく丸まって眠りについた。


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