53話 確認
よろしくお願いします。
旅の途中、ラトロも獣人も首の無い魔物の話は避けていた。
まだ生々しく残る苦い記憶が、ラトロの口を重くしていた。獣人も無闇に詮索はしない。
無言の二人の間を、馬の荒々しい息遣いが埋めている。
破棄された銀坑道に向かう途中、ラトロが乗る馬が先頭を切り、獣人が跨がる馬が呼吸を合わせ後を追っていた。
風は不愛想な音を立てながら大地を吹き抜け、上空には風に追われた灰色の雲が漂う。
二人の視界を遮る木々は、まだ風に抵抗していたが、波の音も潮風の匂いも、もう随分と遠くのものに感じる。
ラトロと獣人の二人は、目的地である荒廃した銀坑道へ向かう旅路に、その間にある荒れ果てた風景を結び付けていく。
木々を抜け風景が開けると、王国辺境の民の暮らしが垣間見えた。
営みの壊れた王国の辺境には、貧しさがついて回っていて、獣人の目には、まるで未知の土地のように映っていた。
ミスリルの舗装が剝がされた街道は、まるで老人の皺のようで、活力を失ってしまった地面が露わになっている。
ミスリルを失ったあぜ道は、魔力の痕跡が残る土から不自然な植物が生い茂り、その不気味な姿の中には何かの秘密を隠しているようだ。
獣人は、そのミスリルの残滓を糧にした不思議な植物と、以前旅した古代の遺跡との間に共通点がある事に気が付いていた。
荒れ果てた大地を進む獣人の胸の中では、遠い過去の記憶が今更になってざわめいている。
だけれど獣人には、馬を降りて植物を手に取る時間は無い。
獣人が漏らした溜め息に、ラトロが振り返る事は無かった。さして親しい間柄でもないのだ。
それでも二人は仲間となり、共に前に進む道を選んでいた。
やがて風が頬を撫でる柔らかさに変わると、上空を漂う雲の下に、ポツポツと人の姿が増えて来る。
自宅であろう家屋の前で彼らが見せている、悲しげで気だるい困惑や動揺は、ラトロを不快にさせていた。
人々の憂鬱な囁きをかき消すように、草のざわめきや風の音が、馬の蹄の音に混ざって、ラトロの少し強張った心に響く。
目指す目的地を思い、荒涼とした辺境を馬で横断して行くと、雲の隙間から差し込む柔らかな光が二人を照らした。
その光は、大地の上で散り散りになった傷跡を癒し始めたかのように見えて、ラトロの心にもこっそりと希望を抱かせた。
もう盗賊ラトロが魔導回廊から逃げ回る事は無かった。
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目的地に近づくにつれ、人の気配は無くなり、街道には剝がし損ねたミスリルの舗装が目に付くようになる。
街道沿いの廃屋や、周囲の柵などは古びていたが、舗装として残るミスリルは、まだ真新しいままだった。
破棄された銀坑道に辿り着くと、既に日は傾いていた。
坑道へと続く階段も、ミスリルの床材がそのまま残り、赤い夕陽の照り返しが輝いている。
銀の搬出に使われていた機械装置は、魔導具が撤去されたようで不完全な姿を晒していた。
ラトロは馬に跨ったまま、周囲の様子を警戒していた。
一通り周囲を伺うと、ラトロは馬と獣人をその場に留めたまま、刀の柄に右手を添えてえながら身を伏せ、ミスリルの階段を登り少しづつ坑道の入口に、にじり寄っていった。
坑道の入り口まで辿り着くと、ラトロは一度、馬と獣人の下に駆け戻って来る。
そして、階段の手前に2頭の馬を繋いだ。
ミスリルの美しさに比べて、馬留に作られた木製の支柱は腐りかかっていたが、ラトロは当たり前のようにそこに馬を繋ぎ、獣人もそれに習った。
馬と荷物を置くと、二人は改めて階段を登り、銀坑道に足を踏み入れた。
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ラトロも獣人も、既に首のない魔物がこの場所を離れている事には気が付いていた。
ラトロは暗いままの坑道の内部に進むと、慣れた手つきで魔導具のランプに明かりを灯す。
魔物の襲撃から数日が経っていたが、坑道の中には戦闘の後の血生臭い空気はまだ漂っていた。
ラトロは鉱山の中に残された戦闘の跡を記憶をたどりながら一つ一つ追いかけ、確認をし、あの首の無い大きな猫のような魔物の形跡を辿っていく。
その一つ一つの場所、場面で失った仲間を思い、そこに置き去りにしてしまった遺骸や遺品を探したが、銀坑道の何処にもラトロの仲間の死体はなかった。
そして、まるでその代わりであるかのように、坑道の奥には見慣れない大穴が開いていた。
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王都の南の植栽地の闇を、倒れた駅馬車に備えられた古いランプが弱く照らしていた。
地面には背に矢傷を負った冒険者が倒れたままで、その体は横転した駅馬車にもたれ掛かり、影は駅馬車のものと混ざっている。
弱いランプの光は、馬車の側に立ちつくす3人の影も、ぼんやりと作っていた。
空気は緊張感に満ち、3つの曖昧な影は、それぞれ秘密を抱えているかのようだった。
ドワーフの技術者ノーリは、自分の選んだ進路が間違っていなかった事を確信していた。
ノーリは背負っていた革袋から自作の魔導具を取り出し、それを愛用のウォーピックの先に取り付ける。
ノーリが魔力を流し込むと、ウォーピックの先から吊り下がったミスリルの勾玉は光り、3人の影を背後の暗闇へかき消した。
ノーリはトーチライトに変わったウォーピックを地面に建てると、灯りに照らされた二人の女性の表情を確かめる。
背の高い女の髪は長く、背の低い女の髪は短かった。
歳はノーリと比べれば、どちらも子供のようなものだ。人族の女はいつ見ても華奢で折れそうだった。
魔力は背の低い女の方が高そうだったが、仕事は背の高い女の方が出来そうだ。
二人とも表情は固かった。相手がドワーフ女であれば、挨拶代わりにスキットルに忍ばせた蒸留酒を勧めるところだが、ノーリほど長く生きてもいれば、そんな酒臭い社交が人族には通用しない事も解っていた。
ノーリは魔力で青白く輝く右手を背の高い女に差し出した。
差し出された右腕に装備されていたミスリル製の小手は形を変化させて、中からドワーフの分厚い手の平が現れる。
「ワシは、王都の南西”砂降り街”の開拓者、ノーリじゃ。王都ではミスリル技術者としても仕事をさせてもらっておる。」
ドワーフの差し出した右手を、背の高い女は手に取り、二人は握手を交わした。
「助けて頂き、ありがとうございます。私は王都の役人オフィリア。お見知りおき下さい。」
役人という言葉を聞いて、隣の背の低い女が驚いた顔でオフィリアと名乗った役人を見上げていた。
ノーリが考えていたほど、この二人は親しくもないらしい。
次にノーリは、その背が低い女に右手を差し出す。
彼女は丈夫そうな帆布で作られた鞄の位置を直し、一度髪を気にする素振りを見せると、小さな手でドワーフの手を握り返した。
「...リナ・クワリテです。助けて頂きありがとうございます。」
クワリテという名字に、ノーリもオフィリアも驚き固まってしまった。
ノーリは生唾を飲み込むと、スキットルに忍ばせた蒸留酒が恋しくなる。
ノーリも王都で起きている騒動の詳細は解らなかったが、南軍の兵士を束ねるクワリテ士長の行方が解らないという話は魔導回廊から拾っていた。
魔導回廊が止まり、王都に魔物が現れたのは、クワリテ士長の失踪があってからの話だ。
今回の駅馬車の襲撃も、何か関りがあるのかも知れない。
ノーリはリナの手を放し、固まったまま言葉を選んでいると、隣のオフィリアが優雅に跪く。
「クワリテ様。ご無礼をお許し下さい。このオフィリアが必ず王都まで安全にお届け致します。」
慌てたようにリナも跪き、オフイリアの手を取る。
「やめて下さい。貴族と言っても私は何もしていません。…家だって、今後がどうなるのか?も解りませんし...」
ノーリは話の尾を掴むと、ドワーフらしく強引に、リナとオフィリアの間に自分の質問を差し込んだ。
「クワリテ殿、兄上はどうなされたのだ?」
ノーリからの質問に、背の低い女は、さらに肩を落として答えた。直した鞄の位置が、再びずり下がる。
「兄は死にました。王都南の草原に新種の魔物の巣穴が現れ、その調査中に...」
3人を沈黙が包み込みそうだったが、ノーリは直ぐに動き出した。
「事態の重大さは解りました。」
そう言うと、地面に差したトーチを背中に背負い直す。青白い魔力が光ると、トーチは長く湾曲し、ノーリの前方を照らした。
「ここに居ても賊の追撃があるやもしれん。賊を撃退したのはワシではありません。騎士団が居合わせてくれたのじゃ。」
言葉を崩しながら、ノーリは半壊した駅馬車のそばに進むと、馬がもう使えない事を確認し、その後、倒れた冒険者を肩に担ぐ。
そして地に落ちていた冒険者の片手剣を手に取り、何度か素振りをすると二人に振り返る。
「急ぎましょう。」
3人の心臓は、見通しの悪い暗闇の中で鼓動していた。
ドワーフの力強い脚が王都に向けて進み始めると、オフィリアはリナの手を取り、奇妙な3人組は、夜の中を足音を揃えて歩き始めた。
もう一説、付け足すか思案中です。




