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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
52/73

52話 誇り

よろしくお願いします。


  ルイン・コキュースは没落貴族だった。とは言え、今や名字を名乗る事はない。

大通りの屋台で細々とサンドイッチを売る男に、名字を聞く者など居ないのだ。


 ルインと他の貴族との間にある深い溝は、貴族との摩擦やストレスからルインの事を守っていた。

貴族たちもルインの屋台を訪れたが、彼らはルインを落ちぶれた貴族として軽んじる事なく、むしろ上品な行商として丁寧に扱った。

ルインの本来の身分を知らないだけなのだろうが、ルインからすれば、貴族の付き合いに(わずら)わされるよりは、ずっとマシだった。


魔導回廊があったとしても、誰だって、興味も持てない男を詮索することは無かった。



 王都の空を舞っていた粉塵はようやく収まっていたが、日は既に暮れていた。

サンドイッチは流石に余るかと思っていたが、羽振りの良い宿屋の小間使いが買い占めてくれたお蔭で、全て(さば)けている。


 ルインは街灯の明かりも途絶えた大通りの暗がりに自分の屋台を畳むと、煙草を(くゆ)らせながら夜空を見上げる。

ルインは着火の魔導具を人目もある大通りで使う事は控えていたが、人気がなくなった大通りでは、そんな遠慮は消えていた。

 吐いた煙は暗闇の中に、そのまま無くなり跡を残さない。

街灯の虚飾を無くした王都の夜空は、里山や草原で見上げる星空と何も変わらなかった。


 王都始まって以来の惨事に、王都の民は皆が王城に避難していた。


ルインは避難はしなかった。自分は貴族だという痩せ我慢があった訳ではない。自分が逃げると思うと、ただ恥ずかしかった。

身分を隠してサンドイッチなどを売っている事は恥ずかしくないのか?と言われれば解らない。

ただ冒険者や行商として野山を駆け巡っていた頃よりは、小さな仕事であっても、ここに自分の居場所を感じていた。


 ルイン・コキュースは短くなった煙草を踏み、ミスリルの石畳に灰を残すと、自宅のある空堀り町への帰路に就いた。




 ルインはいつも通りに王都を北東に進み、貴族街から開け放たれた門をくぐると階段を下りる。

この門にしても、閉鎖されずに空堀り町の住人が使い続けられるのは、貴族連中の宰相への忖度(そんたく)なのだろう。


 階段は、まだ東の堀に水が張られていた頃に作られた古い物だ。

かつて階段の下には、貴族が接待に使っていた小舟が止まる桟橋が続いていた。

階段は当時の水面があった高さまでは美しいミスリルで作られていたが、途中からは土魔法で即席に作られた無骨な物に姿を変える。


 階段を降りると、直ぐ左手には北の堀の水を塞き止めるミスリルの分厚い壁があり、壁の一部は雷帝ベイトソンを祭る雷帝廟として美しく彫り込まれている。

北軍の兵士が暮らす塔から東回りに、この雷帝廟のミスリル壁までの区間だけ王都北側の水堀は残されていて、ここは今でも貯水池になっていた。


 ルインの自宅は雷帝廟のすぐ側にあったが、ものの見事に倒壊していた。

それでも、隣の建物が雷帝廟にもたれ掛かったおかげで、その隙間で小さく潰れたルインの自宅が、瓦礫に埋もれる事はなかった。


 ルインは斜めに傾き半壊している隣家が倒壊しないか?と恐れながら、自宅の残骸から私物を漁る。

サンドイッチを売りながら、いつの間にかに家財道具は増えていたが、その殆どは見る影もなく潰れていた。

それでも冒険者時代に使っていた長剣と、いくつかの魔導具は掘り返す事が出来た。

獣皮の鎧は諦めた方がよさそうだった。土埃の汚れも酷かったが、ルインの体形も変わっている。


 剣を鞘から抜くと既に錆びが浮いていた。当たり前だ。もう何年も手入れをしていない。

それでも、物騒になってしまった王都を歩く事を考えれば、腰に鞘を下げていると気分が落ち着く気がした。 


 ルインが潰れた自宅から離れると、空堀り町の中央にある古い酒場跡からは人の(にぎ)わう気配があった。

隣人たちの昨日までと何も変わらぬ習慣には、今は頼もしさすら覚えていたが、ルインがふと気が付くと、足下には覚えのない泥濘(ぬかるみ)を感じる。右足は水溜りに靴が半ば埋まる程だ。


ルインは着火の魔導具に、たっぷりと魔力を注ぐと周囲を照らして様子を伺う。

よく見れば、雷帝廟には亀裂が入り、その下の地面は陥没し、水が(あふ)れ初めていた。


 ルインが魔導具に火を灯したまま呆然(ぼうぜん)としていると、遠くに銃声が聞こえた気がした。気のせいだったのかも知れない。 


 ルインは空堀り町の一角、酒場跡の方へ振り返る。

ツマミになる獣の塩漬けの持ち合わせがない事は申し訳ない気もしたが、ルインは仕方なく、嫌な話を抱えて酒場に向かう事にした。



 


 月明りと、それを柔らかく反射するミスリルの石畳が、ぼんやりと王都の大通を包み込み、その(はかな)げな光の中を魔力を灯さなくなった街灯が等間隔に並んでいる。


その街灯の間隔、一つ分の距離を取って、北軍の士長ジェリマリガンと、背から腹へと黒い尻尾に貫かれたミノタウロスの幼体は対峙していた。

ミノタウロスの腹部を侵す黒い尻尾が揺れ動くたび、周囲の闇がざわめいている。


 剣を構えるジェリマリガンの鋭い視線は、ミノタウロスを貫く黒い尻尾が、王都の夜空に黒い粉のような物をまき散らしていた事に気が付いた。

ミノタウロスの頭上には闇に紛れた黒いモヤが掛かり、その足下のミスリルの石畳には、黒い粉が降り積もったように影を作っている。


そして、ジェリマリガンがその意味に気が付いた時には、既に背後から奇襲をかけていた二人の部下は、振り向きざまのミノタウロスの左腕に弾き飛ばされていた。

黒い粉に(まみ)れた隠蔽の外套は、もはや魔力の無駄にしかならなかった。

直撃を受けた一人の部下は、黒く染まった外套をまとったままヨロヨロと体を起こしていたが、もう一人は空中で身をひるがえすと、すぐさま外套を脱ぎ捨てて剣を構え直している。


 想定していた形とは違ったが、ジェリマリガンが背を見せたミノタウロスの(すき)を見逃す事は無い。


右足に貯めていた魔力を爆発させると、ジェリマリガンはガントレットをまとった左の肘を体の前に、剣と右腕を後ろに引き絞ったまま、一直線にミノタウロスに肉薄する。

そのまま右腕を突き出し、ミノタウロスの左の背中から、心臓を串刺しにするつもりだった。


しかし、ミノタウロスとはまるで別の生き物であるかのように、その体を貫通している黒い尻尾はジェリマリガンに反応し、その姿を変えた。

背中で(うごめ)いていた太い尻尾の断片は、両刃の大剣のように鋭く、そして鞭のようにしなやかにジェリマリガンを迎え撃つ。


ジェリマリガンの装備していた反射のガントレットは蓄えられていた魔力を使い、敵の初撃をはじき返した。

ガントレットごと自動的にジェリマリガンの肘は伸び、左半身は外に開く。黒い尻尾の斬撃は重く、ジェリマリガンの関節は(きし)んだ。

自分の半身が、まるで魔導具に乗っ取られてしまったような感覚は、常に不快なものだったが、そんな感覚は長い訓練で身に染みている。

ジェリマリガンはガントレットの弾ける魔力で開いた左半身の勢いを使い、そのまま回転させるように右半身を突き出した。


心臓からは少し外れてしまったが、ジェリマリガンの長剣はミノタウロスの背中を貫いた。剣は肺まで達しているはずだ。


ジェリマリガンは、一度反射のガントレットの魔力を解く。

すぐさまその左腕でミノタウロスの左肩を掴み、背から長剣を抜き取ると、左足でミノタウロスを蹴り飛ばしながら後ろへ反転し着地する。

ガントレットがはじき返した黒い尻尾は、刃となってミノタウロスの体に食い込んでいたが、ジェリマリガンもその左腕を痛めていた。


 ジェリマリガンに躊躇は無かった。惜しむ事なく、もう一度、反射のガントレットに魔力を流すと、ガントレットは騎士の誇りに答え、控えめな輝きを返す。

ジェリマリガンの攻撃に合わせて、一人の部下もミノタウロスに斬りかかっていたが、部下は腹側の尻尾に弾き返されたようだ。

ダメージは与えられなかったようだが、部下も深手を負う事はなく、挟撃の形を保ったままミノタウロスに圧力をかけ続けている。


 一瞬の静寂の中、ミノタウロスがこちらに振り返ると、ジェリマリガンはその目を見止めた。

その瞳は恐怖に怯え潤んでいる。そして、まるでミノタウロスの恐怖を吸い込むように背中の(こぶ)が大きく膨らんだ。

そして膨らんだ瘤が勢いよく(しぼ)んで行くと、背中側から貫いたはずのミノタウロスの傷が、また塞がろうとしているようだ。


だけど治癒の魔力の全てがミノタウロスの傷口に流れる事は無かった。

その魔力を搾取(さくしゅ)するように、黒い尻尾はさらに赤黒く巨大化し、その無邪気な闇の勢いは増していた。

黒い尻尾は治癒の魔力に加えて、ミノタウロスの生き血も(すす)っているようで、ミノタロスから滴っていた血液も逆流している。


 そして王都の夜に、またミノタウロスの苦痛の声が響き渡った。



 次の瞬間、ジェリマリガンの背後から二人の騎士が躍り出た。

どうやら新しい部下は力を発揮したようだ。

この力の何処が"擬き"なのだ?


 感嘆を飲みこんだジェリマリガンを追い越すように、

負傷者と治療者を守っていたマルトスが右前方から先行し、その左後方から回復した妻のリオリタが続く。

訓練通りの形だった。


巨大化した黒い尻尾はマルトスに襲い掛かるが、それをマルトスはガントレットで頭上に持ち上げるようにいなした。

そしてその隙にリオリタが黒い尻尾を両断しようと斬りかかる。

リオリタはガントレットを装備してはいなかった。だけど、リオリタが攻撃後の隙を突かれる事は無い。


両断された黒い尻尾が王都の夜空に舞うと同時に、ジェリマリガンは鋭く踏み込み、ミノタウロスの首を斬り飛ばした。



 ミノタウロスの体が闇の中に(かす)れて行くと、王都の夜に静けさが戻る。

ジェリマリガンは粉のような闇を払いのけ、ミノタウロスの遺骸に歩み寄った。


ジェリマリガンが見下ろすと、首がなくなったミノタウロスの胴体は、首のない子牛の胴体に変わっていた。

子牛の胴体には、当たり前のように牛の前足と後ろ足が生え、短い尻尾まで付いていた。


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