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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
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5話 王都の朝

よろしくお願いします。

 シジフォスは朝焼けの中、城壁にそって坂を下っていた。


 王都の東側は、なだらかな丘陵地帯になっていて、伝統的な街並みが美しい。

丘の上には以前は王家の墓所があったそうだけど、今は緑の豊かな繁華街として賑わっている。


昨晩、カヌー達友人と夜通し散財を楽しんだカフェも丘の中腹にあった。

大雨の中、客足の途絶えたカフェは貸し切りのようになり、友人達にカフェのオーナーも交ざって、シジフォスの門出を祝ってくれた。


 その繁華街のある丘をまたぐように、巨大な城壁が横切るが、この城壁は王都の東側半分にしか存在しない。


 西側の城壁は、4代前の王様が崩して石材に戻し、港の建設に使ってしまった。

王族の墓所を遠くの王領へ移し、丘を繁華街に変え、その地下をミスリル工房に変えたのも、この王様だ。


 このカーディナル王は雷帝ベイトソンの友人だったらしい。


西側の城壁が無くなる時、住人は不安がって反対したが、カーディナル王は住民に王城を明け渡してしまった。それ以来、歴代の王は魔導回廊を通して、遠隔で統治を行っている。


 今も王城は、普段は美術館として観光客で賑わい、危機の際には住民の逃げ込める砦になる。

王城には、素朴だが温かみのある不思議な絵画が飾られていた。



 貴族街と繁華街の丘を、東側からぐるりと囲んだ城壁は、王都の南北で途切れるが、その城壁の途切れる両端には大きな塔が立っていて、それぞれ北軍区と南軍区の兵士達を押し込んでいる。


 シジフォスは朝日を浴びながら、南軍区の塔の窓から干される兵士達の洗濯物を眺めた。たまに、女性兵士の物も見えたりする。塔には強い風が吹き付けるから良く乾くのだろう。昨日の大雨で干せなかった分、今朝はいつもよりたくさんの衣類がたなびいていた。



 丘の上の繁華街に続く坂道の入り口周辺に、シジフォスの親が働くパン屋や、友人の家や宿があったが、仕事を辞めたばかりのシジフォスには、この辺りには近付きがたい。

父親は、もう起きて仕込みを始めているだろう。


 そんな言い訳をして、シジフォスは先ほど友人達と別れた。


 朝の冷たい風の中、シジフォスは大雨に洗われた街並みを眺めながら、細くて長い坂道を下って行く。

そして火照った頭でぼんやりと、元の安宿に帰るか?いっそこのまま引っ越してしまうか?を考えていた。





 付与魔術師の仕事は、取り立てて早起きをする必要もない。

むしろ早起きをしても碌な事がないのだ。

ティトは昨日の残業で重くなった体を引きずり、なんとかベットから降りた。


 魔力の自然回復力を持つ者は、体の魔力が最大値のままだと損だと感じる…そのままでは回復しないから。だから朝になると、皆が一斉に魔道回廊に接続して、魔力を少し預ける。

その時に魔道回廊に接続していたり、幹線の上を歩いていたりするのが、ティトは気まずい気がして嫌だった。


挨拶じみたものも面倒だし、上司の不機嫌を感じるのも気が滅入る。

同僚が接続に同期していると、どうしても気持ちが引っかかってしまう。

付与魔術師の職場は、同僚全員が魔力を持つ、平民には特殊な現場だった。


 ティトは気怠さと重苦しさを全身に感じながら、準備を終えて宿を出ると、扉の前の防犯用のミスリル床の上で、体の魔力を半分ほど魔道回廊に貯め込んだ。同時に流れ込んできた仕事の通知を、同僚から遅れて確認しながら、食事を物色しに裏路地に向かって歩く。


 上司のマルフェオからの通知が嫌でも目につく。

貴族の邸宅向けに作られた、配送用ミスリルゴーレムに対して、動作改善のために読ませた"印章"の魔方陣に誤記があったようだ。

ティトは記憶を探り、自分が関わった文字列では無かった事を確かめる。


 人通りのない港湾地区の、それも夜間に限って運用していた運搬用の小型ゴーレムに貴族が目を付け、普段の買い物に使いたいとワガママを言い出したのは一年前だ。


 流石に人通りの多い表通りの幹線では使えず、使用人の行き来する裏口から裏通りを経て、そして商店のバックヤードまでに限定しての動作で運用が始まったが、実装当初は裏通りを歩く使用人にケガを負わせるトラブルが多発していた。


 印章を何度となく読ませて、細かい調整を繰り返し、最近はようやく落ち着きを見せていたはず。

でもそこに騎士団から、ゴーレムに改造を施し偵察の任務にも組み込みたいという話が被さって来て、現場はゴチャゴチャになっていた。ティトは未だに頑固な騎士の要望に突き合わされ続けている事を思いだす。

先日も、使い走りにやって来た、腐れ縁の女性騎士を追い返したばかりだ。


 ティトは、ミスリル鎧の塊のような騎士団の人間も、ミスリルで作られた猿のようなゴーレムも、どちらも好きにはなれなかった。



 結局、ティトは食欲もなくなり、朝食は行商から果物を購入する事にした。

手早く魔力証に魔力を込め、行商の魔力証に重ねて支払いを終えると、歩きながら果物をかじる。


 大抵の行商は、魔力証に全財産を貯めたままにしている。

生まれつきの魔力が無く、魔力証からの漏れがない事は、彼らにとっての強みになっていた。魔導回廊に税を取られる事がない。

でも結局、ため込んだ魔力も、何か魔道具を買う時に吐き出すのだ。

そして高価な魔道具で儲けた付与魔術師は、国にしっかりと税を取られる。


 ティトは裏路地の行商が売ってくれるダンジョン産の果物を好んで食べていた。

香りも良く、適度な酸味があるのも良い。ただ、芯や種の部分が食べられず、ゴミになってしまうのは面倒だった。

これも宿で食べるとゴミが溜まってしまうけど、歩きながらであれば道ばたの草むらに捨ててしまう。


裏路地を抜け幹線の道路に出て、魔導回廊からストレスを感じると、冷えた紅茶が無性に飲みたくなるが、それは職場に付くまで我慢する事にした。紅茶もどうせ商会の経費で落ちるのだ。


 昨日までのストレスだった後輩が残した仕事はやっつけたし、今日はのんびりと職場にむかう。


 勉強になるならトラブルに首を突っ込んでも良いし、野暮な騎士団からの邪魔が入らないなら、久しぶりに自由に作りたい物を作っても良い。


 ティトが裏路地から広い幹線に出ると、肩の触れ合う大通りの人混みや、魔導回廊に流れて行く話題にも、大雨が明けた王都の、晴々とした賑やかさが溢れていた。

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