42話 様子見
よろしくお願いします。
ジェリマリガンが王都の北に到着した時、既に日は暮れて、王都は暗闇に沈んでいた。
地上を転がる人の魔力を魔導回廊が集め、その魔力が地下に満ちれば、満たされた魔力は様々な街灯や照明が吸い上げて、地上を美しく照しているはずだった。
そんな王都の夜景は今では見る影もない。
商店街や王城へ続く目抜き通りに人が集まる華やかな南軍区と比べて、王都の北側は初めから無骨で大雑把だった。
それでも流石にこの暗さでは旧市街の廃墟のようだ。
ジェリマリガンが振り返ると、騎士団は輸送部隊を守るように方陣を組んでいた。
自国の王都に助けに入るのに、速度を殺して最大限の警戒を払わなければならない。
ジェリマリガンは歯痒さを噛み殺すと、方陣の四隅に目をやり、地形から溢れる守備に不要な騎士の数を見繕う。
「ヴィカリー!」
ジェリマリガンが声を張り上げた時は、既にヴィカリーと呼ばれた騎士は背嚢を味方に預け、 短杖を手にしていた。ジェリマリガンの指示を待っていたようにも見える。
ヴィカリーの銀色の髪と自作のミスリル軽鎧が月明りにぼんやりと光っていた。
ヴィカリーの付与魔術は趣味の域を出ていなかったが、風の魔法は騎士団随一、率いる銃騎隊は野戦では無類の強さを誇る。むしろ剣の腕と体力以外であれば、全ての面で騎士団長のガデュロンを上回っているだろう。
ヴィカリーは軽やかに馬を操るが、ジェリマリガンの下に近付く事はなく、既に馬首を目的地に向けているようだ。ジェリマリガンはヴィカリーの横顔へ指示を与える形になった。
「8騎預ける。王都を一回り哨戒してくれ。」
ジェリマリガンは声に出さずとも意図が伝わっている気もしていたが、他の騎士への戒めも兼ねて言葉を続ける。
「今回の件に"他国の干渉が無い事"の確証が欲しい。」
「魔導回廊に頼れない事を忘れるな。万が一に接敵したら、ここまで引き摺り回して来い。」
「了解です。」
ヴィカリーの返事が静かな王都北側の夜に響く。
大きな声ではなかったが、不思議と良く通る声だった。
ヴィカリーに従い進む8人の騎士も既に味方に背嚢を預けていたようで、銃を補充の弾丸だけを背負い、飛ぶように暗闇に消えていった。
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「コピアを呼べ」
続くジェリマリガンの呼び出しに、部隊の最奥からコピアが慌ててやって来る
コピアという部下は騎士ではなかった。
補給部隊を率いる中年の兵士だ。
「この周辺に野営を張る。設営場所や規模、機能、全てお前に任せる。」
コピアは驚き固まっている。
ジェリマリガンは話を続けた。
「北軍の騎士に補給拠点など造れるか?まだまだ補給物資は集まってくる。拡張性を最優先にしてくれ。」
コピアがジェリマリガンの目を見ながら頷くと、老騎士の話は続く。
「お前は役人との付き合いはあるのか?」
ジェリマリガンの問いにコピアは短く答えた。
「はい。」
「では、奴らが勘定しやすいようにやってくれ。補給拠点の警備は騎士団で責任をもつが、管理は役人に投げる。」
「解りました。」
頭を下げるコピアの返事を見留めると、ジェリマリガンは隣に従う騎士に語りかける。
「サリバン、コピアの補佐と野営地の守備を頼む。」
副士長サリバンは明らかに不服そうな顔だった。
でも、その視線はコピアにではなく、真っ直ぐにジェリマリガンに向いている。
その癖、その手には既に"隠蔽の外套"があり、馬を降りるジェリマリガンへ手渡された。
「様子見も程々にして下さいね。」
ジェリマリガンはサリバンの愚痴を聞きながら外套を受け取ると、周囲に視線を送りながら馬を降りる。いつの間にかに、腕に覚えのある斥候が集まり始めていた。
「4人付いてこい。徒歩で偵察に入る。」
4人が王都の暗がりの中に進んでいくジェリマリガンの後を追うと、残る斥候は散り散りになり、方陣の四隅の先で歩哨に立った。
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クーリエは人の波を掻き分けながら王城の裏門に辿り着いた。人気のない役所の書庫が懐かしい。
王城の中に入る事は、思っていたよりも簡単だったが、王城の中にも人の波は続いていた。
王城の分厚い壁の裏や、華やかな絨毯の地下に張り巡らされている使用人の通用路は、全て中庭に向けて集約していて、上手く使えば王城のどこに行くにも近道になる。
クーリエは衛兵に事情を話すと、衛兵が立つ脇の小さな扉を開け、蒸し暑い通用路に入る。
魔導回廊と共に改築された、まだ新しい通用路だったはずだが、自動で動作していた浄化の魔法が止まってしまうと、通用路の床は兵士の靴のドロで汚れていた。
魔導回廊の明かりも消え、通用路の中は、新たに持ち込まれた古いランプで灯されていたが、獣脂の臭いと、発っする熱は不快だった。
獣の油の臭いに触れると、クーリエは包に入った獣肉のサンドイッチを思いだしたが、流石に食欲は萎えている。
兵士の詰め所を過ぎた所で、地下に降り、臭いの止まらなくなった下水の点検口を横切って通用路を歩くと、外の明かりに照らされた階段が見えた。
クーリエは簡単に身だしなみを確認すると、階段を登る。薄々気が付いていたが、やはり中庭も避難民で溢れていた。
クーリエは頭が痛くなってきた。
この中庭にまで人を詰め込んでしまうと、王城では物を上手く動かす隙間もなくなるのだ。
クーリエは難民の管理の仕切り直しも、マルフェオに提言する事に決めた。
クーリエが中庭の喧騒を避けながら、マルフェオの執務室…というよりも、倉庫に近かったが…へ抜ける通用路の扉を探していると、そのマルフェオが直ぐ先の扉を開けて現れた。
クーリエは突然の上司の登場に驚いた。
直ぐ側にマルフェオが居ても自分が気が付かなかった事が不思議だった。
そして、マルフェオが自分に気が付かずに背を向けたままで居るのも奇妙だ。
クーリエにとって、上司のマルフェオは常に魔導回廊の中にいて、仕事越しに自分を見ているような存在だった。
クーリエはしばらく様子見を続けてみようか?とも思ったが、そうもいかない。
目の前のマルフェオは、避難民とは思えない程に逞しい女性たちに取り囲まれていた。
おそらく商店街で店を構えるオーナーや、その奥方だろう。
生活のかかった訴えに、マルフェオは今にも磨り潰されそうだ。
クーリエは意を決して間に割って入り、マルフェオを先に行かせた。
クーリエが付与魔術のティトに気がついたのは、女性たちの逞しさに押されながら、その後ろ姿を見た時だ。
魔導回廊の無くなった世界では、彼女は驚く程に存在感の無い、弱く小さな女性に見えた。
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ノーリには、ドワーフの技術者として、魔導回廊の敷設に関わるようになる前からの固い信念があった。
2つに分かれた道の選択を誤れば、どれだけ先に進んでいても、その分かれ道に引き返すしかない。
それも今まで掘って来た道を埋め戻しながらだ。
誤った道から、正しい道へ、その間にある物を無視して真っ直ぐに突っ切る近道なんて存在しない。
それは道を外れることだ。それは自分の誤りを誤魔化すために、他人の領分に土足で踏み込む事なのだ。
だからドワーフのノーリは、道が2つに分かれた岐路に立つと、納得が出来る結論が出るまで、時間を省みる事なく、その岐路に留まり続けた。
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魔導回廊の明かりの消えた王都は暗く、星空は明るく輝いていた。
ノーリは土魔法で作った窪みに金剛石の矛先を付けた愛用のウォーピックを立てると、それを柱に、合わせ目を解いた荷袋をかけ天幕にする。
小さな即席のテントからは、ドワーフの無骨な革靴が飛び出していたが、地面の窪みは揺りかごのように柔らかく湾曲していて、酒浸りのドワーフを抱き抱えている。
夜風が吹き抜けるたびに、何度も天幕が揺れた。
ノーリは悩んでいた。
魔導回廊が見当たらない今、自分が帰るべきなのは、古い友人の待つ王都なのだろうか?
それとも同僚のドワーフの待つ辺境の村なのだろうか?
悩むドワーフの視線の先には、暗がりの中を進む一台の駅馬車の、小さな明かりが見えていた。
本業の繁忙期に入って来たため、投稿ペースが落ちていくと思います。




