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ダークエイジ・ジャンクション   作者: プラベーション
42/73

41話 腹ぺこ

よろしくお願いします。

 

 黒一色の空間では、天井の低さからも差ほどの圧迫感は感じなかった。

圧迫感だけではなく、距離感そのものが曖昧だ。


 そこに灰色にぼんやりと光る生き物が現れると、急に距離感や現実感を覚える。

それらはシジフォスの中に、緊張感として積み重なっていく。


 その生き物に目玉は無かった。黒一色しか認識出来なくても、シジフォスにはその生き物の鼻の穴まで知覚できる。

だけど、そのウサギのような小さな額の下には、本来あるべき目玉がない。


 シジフォスはその生き物の姿を見て、子供の頃の学校の野外活動で東の森に出かけ、そこで捕獲し、皆で食べた羽ウサギを思い出していた。

学校は魔導回廊の中にあり、遠隔で事業を受けていた。だから野外活動は学友と顔を合わせる貴重な機会で、どの思い出も鮮明だった。


 森で飛び跳ねていた羽ウサギの耳は、羽毛を毟った後の鳥の翼のようで、頼りなさげに風になびいていた。

それでも、羽ウサギは風の精霊との付き合いもあるようで、上位種にもなると魔法を使う個体も居るらしい。

羽ウサギは森の木漏れ日の中を素早く逃げ回っていたが、引率してくれた冒険者はもっと素早く、解体の手際も見事だった。



 今、シジフォスの目の前にいる生き物は、羽ウサギよりも肉厚で丸みのある耳を持ち、シジフォスに体の側面を見せている。

シジフォスの衣服が衣擦れの小さな音を立てると、手前の肉厚の耳が素早くその音を追いかけ、奥にあるもう片方の耳はその反響を探すかのように小さく丁寧に動いている。

このウサギの亜種に慌てている様子は無かったが、シジフォスが考えなしに飛び掛かれば簡単に逃げられてしまいそうだ。


 シジフォスは、まず薄く大きく広がった右手をゆっくりと元に戻しながら、左手でミスリルの残りカスのようになってしまった”隠蔽の外套だったもの”に魔力を流し、それを短剣の形に作り直した。

このミスリルからは最初に込められていた印章が消えていた。出来上がった短剣は、もう魔法の力が込められた魔導具ではないが、ウサギ一匹を仕留めるには十分だろう。


 左手の中に出来立ての短剣が収まると、次に履いている消音の革靴に魔力を流す。

革靴に強めに込めた魔力がシジフォスの周囲の音を消すと、生き物の耳からは、シジフォスを追う素早い動きが無くなった。

両方の耳が丁寧にゆっくりと動き、小さな音も聞き逃すまいとシジフォスの事を探しているようだ。


 シジフォスは短剣を構え、生き物に足を向け一歩を踏み出した。生き物の姿に変化はない、相変わらずにシジフォスを探している。

まだ、シジフォスの右手は大きく広がったままだった。中々便利に使えそうな右腕だったが、少し大きく広げ過ぎたようだ。

それでもシジフォスは安堵していた。油断していたわけではない。自分の持つ装備は、この獲物と相性が良い。そう考えると、とたんにお腹が空いて来た。


 思い出にあるウサギの解体は、とても面倒な作業で、自分では二度と行うつもりはなかったが、その後の新鮮な肉料理の美味しさと比べれば、それも簡単な事に思える。


 そうやって右腕を縮めながらウサギの食べ方を妄想し、軽い足取りで生き物に近付いていると、シジフォスの右足が足元の小さな石ころを蹴とばす。

石ころは入口に向かって緩やかに傾斜する空間を飛び、壁に当たって反響を響かせた。

途端に生き物の両耳が素早く動き、その身を屈ませ両足の灰色の光がぼんやりと輝く。シジフォスには、この生き物が今にも飛び跳ね、逃げる力を溜めているように見えた。


 ウサギの亜種が飛び跳ねたのと、シジフォスが慌てて右腕を伸ばしたのは(ほとん)ど同時だった。縮ませるのに時間がかかった右腕は、その面積と軽さを生かして、素早く生き物の体を覆いつくした。

シジフォスの新しい右腕が覆い被さり、生き物は逃げる事も出来ずにジタバタと蠢いている。

ぼんやりと灰色に光っていた生き物は、黒い右腕に包まれて、今にも消えそうな弱い光に変わっていた。





 カヌーは馬車の中で目をさましていた。

開け放たれた幌の先に見えるのは、荒野を転がる馬車の車輪に跳ね飛ばされた小さな砂粒が、星空を濁らせていく夜景だった。

星々の弱い光は砂煙の中に次々と埋まり、たまに吹く強い風の間から月明りが(またた)く。

馬車の荷台にも砂が入って来ていたが、キャトスは無防備に眠ったままだ。


 カヌーの左肩から左腕にかけては、一体化した真新しいガントレットが覆っていた。

左の肩の装甲からはベルトが伸び、鎧の下で背中と腹を抱えて腰で固定されている。

ミスリルの金属片に覆われていた左手に掴まされていた走り書きの羊皮紙によれば、この固定ベルトまで含めた魔導具であるようだ。

効果は自動発動による矢逸らしと、刃逸らし。そして上手く使えば”火の矢”の魔法も弾き返せる…と書いてある。


 カヌーは、自分の使っている装備の中では、意図して魔力を込めて対象を弾き返す”反動の盾”よりも、攻撃を被弾した際に爆発反応で衝撃を弱めてくれる”身代わりの鎧”に近い物だと理解した。難点なのは外すのにも装備をし直すにも魔力がかかる事だろう。この辺りは使いながら慣れていくしかない。


 そして鎧とガントレットを着る自分を包むのは ”隠蔽の外套”足元には”消音の革靴”

腰からぶら下がるのは、真新しく生まれ変わった”誘因の長剣”。

カヌーは一度、腰から鞘ごと剣を外し、眼前で鞘から引き抜いてみる。

座ったまま正眼に構えてみても、自分に合わせて調整されているのが解る。片手でも両手でも扱えそうな長さと重さだった。


 自分でも軽く短いと感じていた片手剣だったが、他の剣を試したり、作り変えたりするのは、逃げるような気がして嫌だった。

魔導回廊の中で皆に選ばれている物であれば、自分にも最適なはずだと信じていた。

だけど剣の専門家の調整を受け入れて見れば、自分の腕の延長のような、自然に収まる長剣が手に入っている。

カヌーには選択を行う機会すら無かったが、それも今に始まった事でもない。


 カヌーは再び自分の環境や状況が変わった事を受け入れた。

港から東の丘陵地帯のフレジャの宿へ移り、初めて自分の部屋を与えられた時、カヌーは自分の荷物を部屋まで上げる事も出来なかった。

最初から兵士やフレジャの力を借り、迷惑をかけ続け、なんとか生き延びて来たのだ。

新転地に踏み込むというのは、そもそも誰かの荷物になって、放り込まれる事なのかもしれない。

自分を変える事は出来ても、自分の環境を変える事は簡単ではなかった。


 カヌーは長剣を鞘に戻すと、荷台の奥で眠るキャトスに目をやる。

キャトスの足元には、すでに空になった二人分の弁当の空き箱が捨てられている。

カヌーは空腹を感じていたが、王都までなら我慢できない距離でもない。

そんな距離を、行きも帰りもカヌーは寝ていただけだった。


 カヌーはフレジャがわざとらしく残してくれていた”売れ残り”のスープや”余り物”の干し肉を思い出す。干し肉はフレジャの特製の調味液に付けられた後、丁寧に燻されて、その煙は東の側塔から王都の外に逃がされていた。



 カヌーは馬車の荷台に寝転ぶと、車輪が砂粒を蹴るたびに車軸の震える馬車の揺れに体を任せる。

目を閉じれば、無理やりではない眠りの中に自然に落ちていく事がで来ていた。




 黒一色の空間の中で小さく灰色に輝いていた生き物を、シジフォスはその右腕の中に感じていた。

天井の岩肌の先に腕を突っ込んで、”石”や” 土”を感じ取る事が出来たように、今腕の中に居る生き物の”肉”や”骨”の位置を、文字通り手に取るように理解出来ていた。


 そして黒い右腕は、透けているように壁や天井に自由に手を入れる事が出来たように、今、手の中にある生き物へも、その体が透けてしまっているかのように、内部にまで触れる事が出来ている。シジフォスはその右腕の中で、生き物の”肉”だけを掴み取る事が出来ていた。



 生き物から肉だけを取り出すのは簡単な事だった。血が流れる事すらなかった。

シジフォスが右手を上げると、その手には生き物の新鮮な肉だけが握られていて、地面には”それ以外”が詰まった革袋が転がっていた。

シジフォスには、それが精工につくられた、ぬいぐるみのように見えた。


 冒険者が東の森で行い、学生だったシジフォスに教えてくれた生き物の解体のプロセスは、それを省いてみると、シジフォスに罪悪感のような物を残した。

解体の手間や苦労は、生き物への礼儀なのかも知れない。

シジフォスは生肉をもう一度、黒い右腕で包み込み、肉の中に居る寄生虫の類も腕の中でより分ける。右腕の外へ砂粒のように小さい虫が落ちていった。


 シジフォスには、地上で親しんでいた肉料理を行う手段など何も無かった。

生肉のまま食べてしまおうか?とも思ったが、それも思い直した。

試しに肉の中の水分だけをより分け、腕の外に出してみる。すると黒い右腕から水滴が零れた。


 シジフォスは右腕を上げると、顔も上げ口を開き、生肉から絞り取られた水滴をすする。

味は井戸の水と何も変わらなかった。ただウサギの体温が残る生温かい水だった。

シジフォスは、(ほほ)へと涙が流れそうになるのを堪えた。



 全ての水分を飲み干すと、シジフォスの手には硬い干し肉が残っていた。

一口齧ってみるが味はしない。灰汁の強い野草のような香りが、シジフォスの口と鼻腔に残り続けていた。



 硬い干し肉をゆっくりと咀嚼し、残りを大切に懐にしまうと、シジフォスは黒い右腕で地上に転がる薄い皮になったウサギの亜種を包みこんだ。

そのままゆっくりと右手を地面に埋めていく。


 思った通りに右腕はウサギの亡骸ごと地面に沈んでいった。

そしてシジフォスは手を放し、ウサギの亡骸を土に手渡すと、埋葬を済ませ、その場所を後にした。

読後感が悪かったので表現を変更し追記を行いました。


狩猟のシーンは、あっけらかんとは書きたくないのですが、暗くなるのも考えものですね。


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