40話 食い扶持
よろしくお願いします。
夕暮れの中、王城の前庭には避難民の中でも働ける者が集まり、兵士と入り混じって、手探りで不慣れな糧食の調理を始めていた。
料理というよりは、荷運びと荷解きが作業の大半だった。
王城の貯蔵塔には、様々な食材が備蓄されているはずだったが、魔導回廊からの魔力の供給が無くなると、貯蔵塔は扉を開き中に入る事も出来ない。
兵士達は、仕方なしに北軍区の塔から野外訓練用に備蓄されていた糧食を運び出し、王城の前庭に広げた。
王城に遅れてやってきたジルは配膳を担当し、出来上がった食事を手押しのワゴンに乗せ、王城の裏庭から託児所に連なって広がる仮説の住居に配っている。
料理は麦を炊いた粥だった。
栄養価を補うために、伝統的な薬草や木の根も煮込まれている。兵士であれば食べ飽きている、いつもの食事だ。
ジルが配る粗食に、王都の民は文句を付けなかった。
急場しのぎに量産された、薄く軽いミスリルの食器をジルから渡されると、黙って粥がよそわれるのを待ち、王都の民は皆、ジルに労いの言葉をかけた。
皆が魔導回廊を通して、黒い両足を恐れずに偵察を強行したジルを知っていた。
ジルは、だいぶ弾倉の軽くなったミスリル銃を背中にかけてはいたが、兵士には見えない程に軽装で、公務に着く者としての礼節も捨てていた。だけど、誰もそれを咎める事は無かった。
王都の民は、食事を受け取りながらジルに笑顔を向けると、何かを悟ったような顔をして、口々に酷く単純な話をした。
「あなたに神のお導きがありますように。」
「王都には神のご加護があります。」
「これは神をないがしろにした罰なのかも知れません。」
「悪魔は必ず神の前に滅びます。」
率直であるのは美徳なのかも知れないが、こうも人々が神だ悪魔だと、安直な結論を言い切ってしまっている事が、ジルには気味が悪かった。
ジルは愛想笑いを浮かべて作業をこなしながら、王都の民との間に距離感を感じる。
寺院が廃れたのは随分と昔の話のはずだ。どうして今になって神の話になり、それがここまでひろがるのだろう?
確かに魔導回廊の崩壊は人の慢心が生んだ物かも知れないが、その崩壊が天罰だとは、とても思えない。
あの黒く巨大な両足と尻尾は、ひどく人間臭い存在だった。
あの黒い両足の歩みは遅く、何か迷いのような物を感じたし、尻尾の攻撃にしても派手ではあったが、弾切れを気にする斥候のような無意味な威嚇だった。
崩壊した東の丘に残され突き刺さるミスリルゴーレムの左足に至っては、まるで女々しい意趣返しのようにも感じる。
それに、ジルには今更に神様などと言われても、よく分からない。
だけど、職場や商売を奪われた職人や商人が見せるのは、神にすがる、子猫のような無垢な顔なのだ。
ジルは、突然に王都の民の心の中に現れた神様に、よそよそしさを感じながら、妙に精巧に作られたミスリル製のワゴンを押して、弱り疲れ切った王都の民へ麦粥の配膳を続けた。
▼
▼
▼
マルフェオはティトを連れて一度王城の二階の広間を横切り、奥まった小さな扉をいくつか抜けると、細く急な階段を降り中庭へ向かった。
ティトは黙ってマルフェオの後ろを付いてくる。足取りは重そうだ。マルフェオはティトには悟られぬように歩く速度を緩めた。
まだ王城に王の宮廷があった頃は、中庭は、商店にとってのバックヤードのような場所として使われていた。
中庭と、そこを囲う美しい回廊は、王族の住まう部屋と給仕や使用人の働く厨房や作業場を最短で繋ぐ通用路も兼ねていて、王族の部屋に搬入される宝物の仮置き場でもあった。
中庭に仮置かれるのは、自室の掃除を待つ王族その人も含まれていたが、そんな優雅なお茶会に使われていたような椅子やテーブルがあった場所には、今は避難民向けの仮設の住宅が並んでいる。
避難民の中で働ける者は王城の前庭に集まり、中庭を囲む回廊には女性と子供が多く、仮設の住宅の中では老人が寝ていた。
マルフェオが中庭に現れると、不満そうな顔をした中年の女性がマルフェオの方に駆け寄って来る。
たくさんの要望を抱えているのであろうご婦人方に囲まれる前に、部下の役人が現れ、マルフェオと避難民の間に入ってくれた。
マルフェオは作り笑いでその場を切り抜けると、中庭の隅から、また奥まった小さな扉に入り、ティトを連れて地下の区画に入っていった。
▼
王都の地下、古くから使用人の作業場が集積されて来た区画は暗く、少し息苦しかった。
魔導回廊からの魔力の供給が切れ、魔導具の一部が機能していないのだろう。
それでも、王城の下層は、魔導回廊が敷設される前からの施設も多く、作業が困難になる程ではない。
地下にあった厨房も、古い通風孔が細々と風を通し、鍋から上がる熱と外の空気を入れ替えていた。
マルフェオは厨房の裏口から続く廊下に積まれた、麦俵の上に腰を下ろし、ティトにも座るように声をかけた。
ティトの視線はマルフェオの手にした羊皮紙を見ていた。それが魔導具の図面である事は当然見て取れているだろう。
腰を落ち着けると、直ぐに話を始めたのはティトだった。声には怒気も感じられる。
「私に何を作らせたいのか?は知らないけど、最優先に考えるのは安全よ。解ってるでしょ。」
マルフェオにも解っていた。だからティトの帰りが心配だったのだ。
警戒をしながら王都を歩き、登城に疲れたティトのやつれた顔には説得力があった。
例えば魔導回廊が止まった表通りでは、”隠蔽の外套”で透明化した野盗が怖くて、女性一人では外も歩けないだろう。
それに限らず、魔導回廊の魔力が量産した魔導具は、魔導回廊が止まってなお王都に溢れかえっており、それはそのまま魔導回廊を失った王都の脅威になっている。
黙るマルフェオを横目に、厨房からは小奇麗なコックコートを着た痩身の料理人が現れ、挨拶もなくマルフェオとティトにミスリルの皿を手渡す。
すると、少し段の低くなった麦俵の上に料理人も腰をかけた。
「まぁ食べてくれ。俺は成り行きで料理長をやってるファリナムだ。」
マルフェオは皿を受け取りながら会釈を返した。
しばらく前に正式な料理長が厨房を去って以来、城の厨房は確かに成り行き任せだ。
普段は美術館に併設されたカフェのようなものなのだし、ここには腕利きの料理人など必要ない。
ティトも皿を受け取っていたが、中身の麦粥を見つめて顔を強張らせている。麦粥の淡白な草の香りは、ティトの怒気を和らげる事は出来なかったようだ。
ファリナムと名乗った料理長にしても、怒るティトの声が聞こえていただろう。だけど、そんな話の腰を折り、ファリナムは話に割って入った。
「いやな、最優先なのは貯蔵塔の扉の鍵だ。誰も中に入れない。このままでは全部が腐る。」
3人の手に収まる貧相な麦粥の皿は、ファリナムの話に説得力を持たせていた。
マルフェオは、視線をファリナムから手元にある麦粥に移すと、羊皮紙を足元に置き、右手に匙を持ち、麦粥を一息にかき込む。
麦粥は塩加減がちょうど良い。固くて濃厚な北部産のチーズを削れば、なお美味しいだろう。
ふとティトを見ると、マルフェオに対しても、突然現れたファリナムに対しても、麦粥に対しても不機嫌そうにしていた。
空になった皿を手にしたまま、マルフェオは二人の目を交互に見ながら自分の考えを話した。
「二人の話はもっともだ。必ず解決する。」
マルフェオは、一度背後の麦俵の上に皿と匙を置くと、二人に向き直り話を続けた。
「ただ、最優先に考えるのは、魔力の融通だ。貨幣価値の交換性だ。」
二人はマルフェオの顔を固い顔で見ている。
マルフェオは足元に置いた羊皮紙を拾った。
「いいか?このままではお前たち二人の給料も払えない。」
「粥を焚いてくれる料理人の給料も、護衛として共に歩いてくれる兵士の給料も、貯蔵塔の扉を開けてくれる魔法使いの給料も払えないんだ。」
話をしているマルフェオにしても、今置かれている困難に現実感がなく力が抜けてしまった。
今は皆が恐怖で麻痺しているが、これから混乱がやって来る。
短い話だったが、話を聞いた二人は項垂れていた。マルフェオには、二人が迷子の子供のように見えた。
マルフェオは抱える難題を打ち明けてみたつもりだったが、二人との距離感は広がったように感じていた。
800文字程度、加筆するかも知れません。悩んでます。
※加筆は止め、サブタイトルを変更する形になりました。
シジフォスの狩りのシーンを「食料」の話の中に追加しようか?考えていたのですが、
800文字では収まりませんし、最近、一話あたりの文字数が多すぎたのでここで切ろうと思います。




